戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第9話 銀翼の雷鳥現る


 ほとんど塗装らしい塗装をされていない銀翼の航空機が一機、離陸体勢に入っていた。
機体は、これ以上ないというほど磨き上げられており、日光を反射してきらきらと輝いていた。
場所は、大セレネバ帝国、セレウベル海に面する海岸から50qほど内陸に入ったところにあるハーヴィ飛行場である。
 他にも滑走路脇には、双発の大型航空機、複葉機など大小様々な航空機が並んでいたが、その中でも銀翼の航空機は異彩を放っていた。流線型の機体、翼下に備えられた二基のエンジン、機首部に集められた機関砲群。
一見すれば、普通の双発航空機のようであるが、一つ、従来の航空機とは決定的に違う部分があった。
 それは、レシプロ機ならば必ずあるプロペラがないことだ。
ではなぜ、この航空機は空へと飛び立てるかと言うと、翼下に備えられた二基のエンジンにその秘密がある。このエンジンは、従来のレシプロエンジンによる推進方法とは全く違う新しいエンジン、ジェットエンジンなのである。
 ジェット航空機は、名を「Ptarmigan(ターミガン)」と言った。
ターミガンとは、霧城連邦皇国の言葉で雷鳥と言う意味だ。これは、開発した技術者達がターミガンに雷を呼び、嵐を呼ぶような航空機になるようにと名づけたものであった。つまり、画期的なこのジェット航空機で空での戦い方を塗り替え、嵐の中に差し込む一点の光のように大セレネバ帝国の勝利をもたらしてほしいと言うものである。
まだ、ターミガンは試作段階だが、その最高速度は時速900kmにも迫り、機首に備えられた30ミリ機関砲4門は、相手がどんな航空機であってもこれを一撃の下に撃墜できるものであった。
 滑走路への進入を完了したターミガンは、エンジン出力を最高まで上げ、滑走し始めた。
しかし、時速900kmにも迫るという高速機にしては恐ろしく鈍重な加速であった。例えてみれば、両翼に二基ずつ、四基のエンジンを搭載した大型重爆撃機が離陸するようだ。
 ターミガンは、エンジン出力に合わせてレシプロ機のように物凄いスピードでプロペラが回転するわけではなく、二基あるジェットエンジン後方の開口部から青白い炎が噴出し続けるだけであった。
その青白い炎が、ターミガンに空での戦いを大幅に変える力をもたらしたのである。
「司令部よりXJ‐C1へ。今日最後の試験飛行では、新しく付け替えた機関砲のテストを行う。目標機は、いつも通り爆撃機に曳航され、8km先を飛んでいる。くれぐれも母機を打ち落とすんじゃないぞ」
 離陸を終え、高度を上げたターミガンのコックピット内に司令部からの無線通信が入った。
「了解しました」
 ターミガンのパイロットは、機体の姿勢を維持しながら徐々に速度を上げていく。ターミガンは、時速700qを超え、800qを超えて巡航速度である時速820qに迫っていった。
 こんな高速を出せるのは、世界中探してもターミガンしかいなかった。
 巡航速度に到達するとほぼ同時に、パイロットは機体を援降下させ始めた。同時に、機関砲の安全装置をはずし、いつでも発射できる状態に移行させた。
機体は、援降下によってさらに速度を上げ、時速900kmに迫った。
瞬く間に距離をつめていくターミガンの中で、やや吊目のオレンジ色の瞳が目標機の一点を見続け、機関砲が射程範囲内に入ったと同時に発射トリガーを力いっぱい引き絞った。
ターミガンの機首から火花とともに30ミリ機関砲弾が飛び出し、目標機を直撃した。目標機は、弾が当たった部分から空中分解を起こし、原形を留めぬほど小さな破片に分解しながら人工の隕石となって地面へと降り注ぐ。
パイロットは、機体を起こして水平飛行に入らせると司令部へと通信を入れた。
「XJ-C1から司令部へ、目標機を撃墜、機関砲にジャムは起きませんでした。しかし、照準が上方へややずれているようです」
 やや厚い唇が動き、言葉を紡ぎだす。
「こちら司令部。曳航機からも無事撃墜した旨の報告を受けている。アルファは、即刻帰還体制に入れ」
「了解」
 緩やかなカーブを描き、機体を回転させ、徐々に速度を減速させながら飛び立った滑走路へ反対方向からの進入体制に入る。
 車輪を下ろし、速度もある程度は落ちているものの、まだ時速190q近かった。この着陸速度は、霧城連邦海軍で主力航空機だった零戦よりも50q以上速いのである。こちらは陸上機で、零戦は艦上戦闘機なので単純な比較は出来ないが、それにしても190qちかい速度というのは速すぎる。
ターミガンは、ジェットエンジンを搭載した画期的な航空機として開発されたが、実情は高い操作技術をパイロットに強要させる航空機だったのである。
高度を少しずつ下げていき、前から後ろへと流れ行く滑走路に少し機首を上げた形で接地した。後ろの車輪が着陸の衝撃で伸縮し、機首を少し上げた形のまま少し滑走して、機首が少しずつ滑走路に降りてきてすべての車輪で滑走路をがっしりと掴んだ。
接地すると、スロットルを徐々に下げながら、ブレーキを利かせて速度を落としていく。
それと同時に、流れる滑走路の速さがだんだんと遅くなっていき、程よく速度が落ちたところで、機体を滑走路脇の停留地に機首を向ける。
そして、ブレーキをいっぱいにかけて機体を停止させた。
「今日もご苦労だった。降りたら、飲みにでも行こう」
 返答した司令官は、疲れをねぎらう言葉をかけていたが、パイロットには司令官のほうが疲れているように感じた。
 司令官からの通信に答えると、シートベルトを外してからコックピットの風防を開けた。
そして、頭に被っていた飛行帽とゴーグルを取り去ると、そこから現れたのは女性の顔だった。吹いている風に靡いた髪は、濃い緑色をしており、後ろ髪はちょうど肩に着くくらいの長さで、前髪は目に少しかかるほどの長さだった。ストレートで眉尻に行くほど細くなっている眉に高い鼻、やや吊り目のオレンジ色の瞳からは鋭い眼光が放たれ、女性らしさと軍隊の兵士特有の男っぽさが同居した顔つきだった。
「今日も見事な飛行でした。中尉殿」
 コックピットのそばまで寄ってきていた兵士の中で一番の古参兵が話しかけてきたのだった。
「ありがとう。でも、これは、あなた達の日々の整備の賜物です。私はただ、その機体を操縦しているだけですわ」
 彼女は、ターミガンから降りながら言った。そして、古参兵に握手を求めた。
 降り立ったその姿は、あまり長身というほどではなかった。しかし、女性の中でという風に考えれば十分長身だった。
「日々の整備、お疲れ様です」
 古参兵は、照れて頭をかきながら、空いている右手で彼女の差し出した手を握った。
「感謝のお言葉、嬉しく思います。中尉殿のお言葉を聞き、溜まっていた疲れが一気に吹き飛びました」
 古参兵は、握手をし終わると、姿勢を正して敬礼をした。
「中尉〜、アンナ中尉〜」
 手にした帽子を振りながら走り寄ってくる兵士が一人、軍服の階級章によると少尉のようだ。
「はぁはぁ…。アンナ中尉、今日もお見事です」
 アンナ中尉は、整備兵たちに一度敬礼してから、その少尉へ振り向いた。
 少尉がアンナ中尉の近くまで走ってきたところで、アンナ中尉は話しかけた。
「呼びに来なくたって、すぐに行くわよ。あなたは、いつも気が早いのね。そう急がなくたって何も問題ないのに。それとも、私に気があるのかしら?」
 言い終わって、アンナ中尉はわざとウィンクをしてみる。走りよってきた少尉は、突然の出来事に顔を赤らめながらそれを否定した。
「そ…そんなことないですよ。ただ、疲れをねぎらおうかなと思って迎えに来ているだけですよ」
 本人は完璧に隠しているつもりだったが、他人から見ると照れているのが丸分かりだった。
「そう、なら良いんだけど」
 アンナ中尉は、飛行服をロッカーに戻すためパイロットの更衣室に向けて歩き出した。その後ろを少尉がついてくる。
 二人は、ジェット機の格納庫脇の更衣室の入り口についた。
「それじゃ、私は着替えてくるからあなたは先に行っていなさい。くれぐれも覗くんじゃないわよ? 覗いたら最後、もう日の出は見られなくなると思うことね」
 アンナ中尉は、更衣室に入るとき、少尉のほうに向き直ってウィンクをすると、後ずさりしながら中に入っていった。

★

 アンナ中尉たちが寝静まり、夜も半分が過ぎようとしたころ、ハーヴィ飛行場から西へ数百q、セレウベル海の海上を船の一団が航行していた。三日月の微かな光だけが照らす海。波はほとんどなく、空には雲ひとつ見られなかった。クルージングをするには絶好の環境だ。
 しかし、その海を航海する船は、クルージングとは程遠いものだった。
船団の中心を位置しているのは、原油を満載するタンカーが四隻、弾薬を満載した輸送船三隻、食料、その他を搭載した運送船が二隻の計九隻である。その周りを艦の前後に二基ずつ15p連装主砲備えた巡洋艦が一隻、巡洋艦の半分ほどの大きさの駆逐艦が五隻、遠くから見て武装といえるものは艦首部分にある単装砲がしかない小型の護衛艦が四隻の計10隻が輸送船の周りを固めている。
そして、もう一隻。輸送船団から離れること10q、海中に忍者のごとく潜んでいる潜水艦がいた。
「こりゃぁ、大セレネバ帝国の輸送船団ですな」
 副艦長が潜望鏡を艦内に下ろしながら言った。
「魚雷は、まだ残っていたかな?」
 艦長は、魚雷発射管がある艦首部にいる水雷長に館内電話で聞いた。
「昨日、輸送船団を攻撃したので、あと2発しか残っておりません」
 この潜水艦は、霧城連邦皇国から遠路遥々、二千q以上の道のりを輸送船団の攻撃のために進出してきたのであった。
「そうか……」
 副艦長は、艦長がうつむいて攻撃をするかしないか迷っているのを見て取って口を開いた。
「我が潜水艦部隊の他にも高速空母部隊も進出していることですし、彼らに通報してこちらは監視役に徹するっていうのはどうでしょう?」
 副艦長の言葉に少しの間考えをめぐらせていた艦長であったが、顔を急に上げると副艦長に向き、頭を大きく横に振った。
「いや、ここは一丁、雷撃を仕掛けてみるか」
 艦長のこの言葉に、艦内の乗員は一気に沸き立った。大きな音を出すと敵に発見される恐れがあったので、乗員たちは音に注意しながら喜びを表現した。
「水雷長、魚雷発射準備を至急整えてくれ」
 艦長は、水雷長に命令するのと同時に操舵手に敵艦隊に合わせて舵を切るように命じ、艦内に放送を流す。
「ただいま、本艦から距離2000の海上に敵輸送船団を発見した。我が伊二五は、これより発見された敵輸送船団に対して魚雷攻撃を敢行する。魚雷攻撃後は、敵駆逐艦等からの反撃もあり得る、総員命令を一言も聞き逃さぬようにせよ!」
 艦内は、先ほどの高揚した雰囲気とは打って変わって重い緊張感で満たされた。
 乗員の誰もが艦長の『撃て』の合図を待った。
「こちら水雷長、一番、二番発射管に魚雷装填完了」
「敵輸送船団との距離、1700まで縮まりました。敵は我が伊二五を右から左に通過する進路にあります」
 最後の確認にと潜望鏡を上げていた副艦長が状況を艦長へ告げる。
 艦長は、一度深呼吸をすると、水雷長に向けて命令を発した。
「魚雷、一番、二番撃てっ!」
 魚雷発射のスイッチを押し、水雷長が魚雷を発射させる。魚雷は、発射管を圧縮空気によって滑り降り、海中を推進する。
 ソナー員は、魚雷の行方を見届けるため、機器に耳を傾け続けた。
 魚雷発射から何十秒経っただろうか、乗組員の誰もが魚雷の命中を待ち望み続けているとき、水の分子を振動させ、それは伝わってきた。
「艦長、魚雷命中です!」
 ソナー員が報告してからすぐ、二回目の爆音が聞こえてきた。ということは、放った魚雷二発がすべて命中したという奇跡が起こったのだった。
 一発も命中しないのではないかと不安を抱いていた乗組員もいて、二発中一発命中すれば儲けものだという思いが大半を占めていた中で、二発とも命中したという報告は乗組員たちの気分を最高潮まで高めるのには十分すぎるものだった。
 敵が目の前にいるということをひと時の間頭の隅へ押しやり、歓声を上げて乗組員同士で抱き合ったり、手を握り合ったりした。
 しかし、彼らは潜水艦の乗組員であった。歓声を上げていたかと思うとすぐさま気持ちを切り替え、逃げる体勢に入った。
「急速潜航用意、安全深度ぎりぎりまで潜るぞ」
 艦長の言葉に、乗組員たちはきびきびと作業をこなしていく。
まず、浮上するためにタンクに充填していた空気を押し出すと、代わりに海水を流し込む。そして、操舵手が操縦桿を倒して海底深くへと潜航していく。
ソナー員が艦長のほうを緊迫した表情で振り返り、駆逐艦の接近を告げる。
「爆雷が降ってくるぞ。衝撃に備えよ」
 ソナー員が耳に当てているヘッドフォンから聞こえる敵駆逐艦のスクリュー音がだんだん大きくなり、全速力で近づいてくるのが分かった。
「まもなく来ます!」
 その声のすぐ後、潜水艦全体を衝撃が襲う。
 戦艦などの装甲に比べれば圧倒的に薄い装甲板を隔てた先から伝わってくる衝撃は乗組員を右へ左へと揺さぶり、艦内にあるあらゆるものを床へと散乱させる。爆発の圧力に耐え切れなくなった箇所から水が浸入し、乗組員はその対処に右往左往する。勢い良く水が噴出すパイプのハンドルを数人がかりで回し、破口には手近にあったものを詰めて少しでも勢いを抑えようとしていた。
 潜航する途中、何度も爆雷攻撃を艦の付近に受けたが、伊二五はそれを間一髪潜り抜け、安全深度を少し超える深度まで潜航を完了した。
 安全深度は若干浅めに設定してあるとはいえ、場くらい攻撃の衝撃を何度も受けた艦体からは金属の軋む声が何度も聞こえ、何十メートルか上で爆発する爆雷は一向に止む気配を見せず、攻撃をあきらめ早くこの場を立ち去ってくれることを祈った。
 体感的には何時間も爆雷攻撃に晒されていたのではないかと感じる長い時間が過ぎ、やっと駆逐艦は攻撃をやめて去っていった。
 しかし、伊二五の艦長はすぐには浮上命令を出さず、さらに十分程度潜航したまま待った。そして、駆逐艦が戻ってくる気配がないことを確認した艦長は、部下へと浮上命令を出す。
「メインタンク・ブロー、潜望鏡深度まで浮上。その後海面まで浮上し、付近に敵がいないことを確認して司令部へ敵発見を打電」
 伊二五は、メインタンクに圧縮空気を注入して浮力を得ると、急速に海面へと浮上していった。
「艦長、付近に敵艦影は認められません」
「よし、海面まで浮上する。通信員はすぐ打電できるように準備しておけ」
 伊二五の艦首が海上に姿を現し、艦全体が海面上にその姿を映し出した。伊二五が浮上したときには、空は次第に明るくなってきており、見張りのため艦上に出た兵士が周辺の海を見ると、見渡す限り見える艦艇は自分の乗っている伊二五以外は見当たらなかった。
 艦長は、潜水艦が浮上してすぐ、通信員に打電する内容を伝えた。
「潜水艦隊司令部宛。“我、敵輸送船団を発見せり。敵は輸送船10隻前後を含む20隻以上の船団なり。ただし、敵輸送船団に護衛空母は確認されず”だ」
 通信員は、モールス信号を使ってアルデンテ島にいる司令部へ打電した。

 伊二五からの報告は、伊二五と司令部の中間地点にいた別に潜水艦を介して司令部へと届けられた。潜水艦司令部は、この報告を同島にある艦隊司令部に伝えた。
 さらに、10分後別に潜水艦からも敵輸送船団を追跡しているとの報告があり、進行方向、位置、輸送船団の陣容などから同じ輸送船団であると判断され、これも艦隊司令部へ直ちに伝えられた。
艦隊司令部は、潜水艦隊と同じく輸送船団の攻撃に当たっている高速空母部隊の一つである第9空母部隊に命令を伝える。
「艦隊司令部から、第9空母部隊へ。第9空母部隊は、潜水艦部隊が発見した敵輸送船団を直ちに航空攻撃すべし。現在位置は先に伝えた位置から北へ100キロメートルの位置なり」
 第9空母部隊は、飛竜級軽空母二隻、戦艦一隻、その他、巡洋艦と駆逐艦10隻からなり、30ノット以上の艦のみで編成された高速部隊であった。

★

「発艦準備急げ!」
 第9空母部隊所属の飛竜級空母『海龍』では艦長の檄が飛ぶ中、攻撃隊の発艦準備が急ピッチで進められていた。その編成は零式艦上戦闘機(以降、零戦)、九七式艦上攻撃機(以降、九七艦攻)、九九式艦上爆撃機(以降、九九艦爆)と主力空母部隊が使用する烈風などと比べれば旧式だが、現場で使用されている期間が長い分改修を加えられており、操縦性も良かったのでまだ捨てたものではなかった。
 それらの艦載機が、第9空母部隊に所属する海龍、黄龍に合わせて125機積まれていた。そして、航空攻撃に参加する第一次攻撃隊は、この中から零戦17機、九七艦攻15機、九九艦爆26機の計58機であった。
 第一次攻撃隊が発艦してすぐに、零戦12機、九七艦攻10機、九九艦爆16機の第二次攻撃隊も発艦する手筈となっていた。
 二隻の空母の飛行甲板上には、格納庫から航空機が次々と上げられ、格納庫内では第二次攻撃用に九九艦爆や九七艦攻に爆弾や魚雷を取り付ける作業が進められていた。
「司令、天気は一向に良くなりませんね。これだとなんだか…」
 第九空母部隊司令官の隣にいる若い参謀が何時間も前から曇ったまま日が差してこない空を見上げていった。
「敵輸送船団を発見してこれからそいつを撃滅しに行こうかっていうときに何弱気なことを言ってる。空がどうあろうと、我々は格好の標的を得たのだ。だから、今はただ、航空隊がその的の真ん中に矢を射られることだけを祈っていれば良いのだよ」
 若い参謀は、司令官の顔を見て申し訳ありませんでした、と一言だけ言うと任務へと戻っていった。
 そして、ふと司令官も空を見上げたそのとき、視線の墨に黒い点が一瞬見えたような気がした。まさかと思い、外で見張りをしていた兵士の方向を見ると、見張り員とちょうど目があった。
「て、敵機発見。敵の哨戒機です」
 見張り員は、司令官と目が合うなりすぐに大きな声で言ってきた。
「艦隊上空にいる直掩機(艦隊上空を守る護衛機のこと)をすぐに迎撃に向かわせろ。敵に我が艦隊の情報をこれ以上打電させるな!」
 司令官の命令に、上空を旋回していた零戦は機首を上へ向け、哨戒機に向けて上昇を始めた。パイロットはスロットルを全開まで上げ、一秒でも早く敵機を狙える位置に着こうと必死に飛んだ。哨戒機のほうも零戦の上昇に気づいたようで、きびすを返すと高度を上げつつ逃走状態に入った。
 零戦は、エンジンの悲鳴を上げさせながら上昇し、何十秒と立たずに、攻撃の絶好の位置へつくことができた。上昇してきた零戦で最初に交戦位置に着いたのは3機。それらが哨戒機の上空から降下しながら攻撃を加える。
 哨戒機は、旋回や効果でそれを避けようとしたが、運動性の勝る零戦に次第に追い詰められ、ついに零戦の20ミリ機関砲の射程に入った。
 その瞬間、零戦からは、ぱっぱっと花火のような音が聞こえ、20ミリ炸裂弾が発射された。20ミリ炸裂弾は、直線の弾道ではなく、やや曲がった弾道を描きながら敵哨戒機に殺到した。
 攻撃を受けた哨戒機は、被弾した機体の中央部から真っ赤な炎をあげ、ついで主翼に命中したところから閃光とともに爆発を起こした。そして、次の瞬間には、ばらばらになって落ちてくる片翼を失った胴体部前部と胴体後部が見えた。
 空母上にいる司令官からは、雲に隠れて空戦の様子は見えなく、撃墜された敵哨戒機がばらばらになって落ちてくるのを見ただけであった。
「司令官、これで、敵に我が空母部隊の位置が知られてしまったかもしれません。敵の航空攻撃の危険性が」
 しかし、司令官は参謀の言葉に動じることなく、反対に少し微笑みつつ返答した。
「なあに、敵に発見されたとしても敵の航空機による攻撃はまずないさ。あったとしても、所詮民間機改造の出来損ない爆撃機が来るだけだよ。そんなやつくらいなら、我が防空巡洋艦と零戦がやっつけてくれるさ。まぁ、潜水艦からの攻撃の危険性はあるがな」
 そういうと、通信員などがいる方向を向いて命令を下した。
「対潜、対空警戒を厳とせよ。せっかく敵を倒しても潜水艦にやられたんじゃ割に合わんからな」
 航空機について中心に扱う参謀が敬礼をすると報告してくる。
「第一次攻撃隊の出撃準備完了いたしました。発艦命令を」
「攻撃隊、発艦」
 その号令に、甲板上の要員は空母の先のほうに止まっているパイロットの乗った零戦から車輪止めをはずし、空へと送り出していった。それが終わると、九九艦爆、九七艦攻の順で発艦させていく。
 艦長や司令官も艦橋から手を振って見送りながら、彼らが大戦果を挙げてくれることを祈った。

★

 アンナ中尉は、外の騒がしい音に目が覚めた。この飛行場は、彼女らの部隊のほかにも新型航空機を試験している部隊があり、その音かと彼女は最初に思ったがそれにしては騒がしすぎる。外から聞こえる音から少なくとも数十機の航空機が発動機を回しているようだった。
 そこに、室内電話のベルが急に鳴ったのである。
ただ事ではないことを悟った彼女は、昨夜に飲んだ酒の影響でぼーっとしていた頭を無理やり覚醒させると受話器を手に取った。
「至急、航空服を着て集合してください。詳しい説明は後でします」
 相手の緊迫した声を聞いたアンナ中尉は、軍服がかけてあるハンガーを手に取るとそれを素早く着て、勢い良く部屋のドアを開けた。
 アンナ中尉が所定の集合場所に到着すると、既にほかのテストパイロットたちは集合しており、彼女が最後であった。
「中尉、遅いぞ」
「も、申し訳ありません」
 司令官に向かって敬礼して謝るとすぐにパイロットたちの列に並んだ。
 パイロットが全員集合したことを確認した司令官は、一度大きく咳払いをして話し始めた。
「朝早く諸君たちを起こしてしまい、申し訳ない。予定なら君たちには今日一日は休暇を与えようと考えていたのだが、そうはいかなくなった。君、後はよろしく」
 君と呼ばれて一歩歩み出た副官が司令官に代わって説明を始める。
「続きは私が説明します。本日未明、セレウベル海の海上輸送路の近くで敵部隊を味方哨戒機が発見した。発見されたのは軽空母二隻を含む高速機動部隊だ。哨戒機は敵発見からすぐに撃墜されてしまったが彼らの報告によると既に航空機の発艦準備をしていたそうだ。そのことから、空母部隊は輸送船団を狙っているものと判断し、一番近い位置にあるこのハーヴィ飛行場から敵攻撃隊を撃退せよとの命令があがっている」
 そこまで聞いてアンナ中尉はこの騒がしさの理由がやっと飲み込めた。
「命令は、主にハーヴィ飛行場に駐屯する航空隊に対して発せられてはいるが、この機会は我がジェット機の性能を証明するのに打ってつけである。そこで、我が部隊は試験中のジェット機を用い、敵攻撃隊を攻撃することに決定した。諸君らは、直ちに機体へ搭乗し、離陸準備を整えてくれ。以上、解散!」
「了解」
 テストパイロットたちは声を合わせてそう言うと自分の機体がある方向へ散っていった。
アンナ中尉も自分のターミガンに向かって走り出した。
 格納庫の中に入ると、彼女の乗る機体は、燃料その他の充填を完了させ、準備万端の状態であった。
「朝早くからご苦労さまです」
「いえ、24時間機体の面倒を見ていつでも百パーセントの力が発揮できるようにしておくのが私たちの仕事ですから」
 アンナ中尉は、手馴れた様子でコックピットへ乗り込むと、エンジンを始動させてスロットルを少しあげた。機体はゆっくりと格納庫から滑り出し始める。コックピットの外では整備兵たちが手を振っており、彼女は敬礼をしてそれに答えた。
 今日彼女が乗るターミガンは、長距離飛行用のために胴体下に大型のドロップタンクが二つ備え付けられていた。これがないと、ターミガンは1000キロメートルくらいしか飛ぶことができない。
 アンナ中尉のターミガンが滑走路脇まで着たとき、正規の航空隊である陸上攻撃機中隊の最後の一機が飛び立とうとしているときであった。
 攻撃機がすべて飛び立った後、アンナ中尉に滑走路への進入許可が与えられた。滑走路の一番後ろの部分から進入したターミガンは一時停止して管制塔からの離陸許可を待つ。
「こちら、管制塔。XJ-C1の離陸を許可する。貴官の幸運を祈る」
 アンナ中尉は、スロットルを上げ、地面を滑走して速度を上げていく、そしてゆっくりとその機体を浮かび上がらせた。
 高度を取ると、緩やかな旋回をして遼機を待った。
「こちら、XJリーダー。XJ-Cは、敵艦隊攻撃に向かい、味方双発攻撃機が現場に到達する前に敵防空戦力をできるだけ殺いでくれ」
「了解」
 アンナ中尉がそう返答したすぐ後、後から離陸してきた遼機から通信が入った。
「こちら、XJ-C2。今離陸しました」
 遼機からの通信を聞くと、アンナ中尉は旋回をやめて既に点にしか見えなくなっていた攻撃機の方向に機体を向けた。
「XJ-C2、しっかりついてくるのよ」
 アンナ中尉は、後ろを振り向いて遼機が付いてきていることを確認してからスロットルを上げる。
機体の速度は、見る見るうちに上がっていき時速750キロメートルに達する。そして、コックピットから見える景色もその様子を変えていき、高速なことから生じる強いGが彼女をシートに押し付ける。ジェットコースターに乗っているような気分なのだろう。否、どこにあるようなジェットコースターよりもスリル満点に違いない。
 アンナ中尉の乗るターミガンのスピードが上がるにつれ、先行する攻撃機隊にどんどん近づき、ついにはこれを追い越してしまう。
「速いっていうのは良いものね。このスピードに慣れたら普通の航空機なんて乗れなくなっちゃうわ」
 事実、アンナ中尉は、以前模擬戦闘でレシプロ機と戦った際、レシプロ機のあまりの遅さに驚いてしまったのである。
「アンナ中尉、途中、味方輸送船団の上を通ることですし、空戦にちょっと加勢しませんか?」
「あぁ、私もそのつもりよ。でも、何分も空戦してるわけにいかないから、一航過だけ攻撃を見舞いましょう」
 途中小さな都市の上空を通り、森の上空を抜けた先は海であった。通常のレシプロ機の何倍もの巡航速度で航行しているターミガンはあっという間に海岸線を突破し、波のない静かな海を飛び続ける。
 そして、15分ほど経った時、前方の海上に守るべき味方輸送船団が見えてきた。
「まだ、敵攻撃隊は来ていないようね」
 味方輸送船団は、高角砲や機銃を空へ向け戦闘態勢を整えていたが、その上空に敵機はまだ近づいていなかった。そこに司令部から通信が入る。
「こちら司令部、輸送船団に所属する巡洋艦の偵察機による報告が入った。もうすぐ、輸送船団の上空へ到達するぞ」
 司令部からの通信が終わってすぐに遼機から興奮した声が聞こえてきた。
「中尉、前方に敵機らしきもの発見」
「よし、一発お見舞いしてあげましょう」
 彼女は、スロットルを最大まで上げ、高度を上げていく。それにつれて、速度も速くなり、巡航速度からさらに増速して敵攻撃隊に迫る。
「XJ-C1より、2へ。準備は大丈夫?」
「はい、いつでもどうぞ」
「じゃあ、行くわよ」
 高度を上げ、敵攻撃隊の頭を抑えられる高度に差し掛かったとき、アンナ中尉は号令とともに機首を下げて突撃にかかった。
 機体の速度は平行飛行での速度よりもさらに上がり、コンマ何秒と言う間隔で急速に距離が縮まってくる。
 上空にあった雲を突っ切って完全に敵機の頭を抑えたとき、敵側はようやく回避運動を始めたばかりであり、まだ完全にできていない間に彼女らは突っ込んだ。
「運が悪かったことを呪いなさい」
 その言葉を浴びせかけると同時に機首の30ミリ機関砲が火を噴いた。零戦や烈風が搭載する20ミリ機関砲よりも一回り以上大きい機関砲弾がやや遅い初速で飛び出す。その弾は、攻撃隊の上空を陣取っていた制空隊の一機に注がれた。
 突然上空から現れた敵機に長所の運動性を発揮することなく零戦の一機はもろい機体には過剰すぎる威力の砲弾を浴びる。当った弾はたった三発であった。しかし、零戦にとっての運命を決めるには三発でも十分すぎた。まず、右翼に命中した一発が翼の片方をもぎ取り、二発目は上空から落ちた稲妻のようにコックピットの上面ガラス、パイロットの脳天から彼の座っていた座席、そして機体の背面までを貫き、本物の稲妻に当たるよりも強力な30ミリ機関砲は彼の体を瞬時に四散させた。
 最後の一発は、投下する暇もなかったドロップタンクを撃ち抜き、火花を散らし、入っていたガソリンは引火して機体自体もパイロットと同じ運命をたどったのであった。
 間髪入れずにアンナ中尉は、制空隊の下を飛ぶ攻撃機と爆撃機に狙いを定めて30ミリ機関砲弾という死の稲妻を落とす。
 またしても、運悪く稲妻を食らった攻撃機と爆撃機3機が四散して墜落した。
 アンナ中尉の後ろでも死の雷鳴がとどろき、さらに何機かの敵機が撃墜された。遼機がやったのだろう。
「XJ-C2へ、攻撃が終わったら高度を取って離れるわよ」
「了解」
 制空隊の零戦がきびすを返し、アンナ中尉たちを追撃しようと迫ってくるが、時速にして100キロメートル以上違うのでは追いつきようもなく簡単に突き放されてしまった。
 アンナ中尉たちは、攻撃隊に攻撃を加えた後高度を下げ、低高度飛行に入った。これは、敵に機体の発見をできるだけ遅らせるためである。
 そして、10分ほど経ったとき、アンナ中尉たちのターミガンはさらに海上を進み本命の敵が目前に現れた。
 事前の報告どおりだ。敵艦隊は中型の空母を艦隊の真ん中に据え、その周りを護衛艦艇で守るオーソドックスな防空陣形を取っていた。艦隊上空には直掩の戦闘機が旋回し、空母からもさらに戦闘機が飛び立とうとしているところだった。
「XJ-C2へ、ドロップタンク投下」
 カチャッという金具の外れる音と共にここまでの飛行であらかた消費しつくした外付け油槽が海へと投下された。このドロップタンクが無くなるだけでターミガンの機動性は大幅に変わる。機体に懸架されたドロップタンクは空戦時には余計な空気抵抗を発生させるもの以外の何物でもないのである。
「霧城連邦の出来損ない戦闘機に、このターミガンを落とすことはできないと証明してあげるわよ」

★

 アンナ中尉たちのターミガンが第9空母部隊に到達する少し前。
「輸送船団攻撃に向かった攻撃隊隊長より緊急伝。我が攻撃隊は、輸送船団を目前に敵の新型戦闘機に遭遇。敵は一航過の後そのまま第9空母部隊の方向へ向かったなり、されども二機の敵戦闘機に一航過で8機の味方機を喪失したなり。敵戦闘機にプロペラなし、敵は墳進式なり」
 この報告を聞いた空母部隊司令官は、自分の耳を疑った。墳進式と言えば霧城連邦でもまだ実用化されていないジェット推進により飛ぶ新型機のことだ。それを既に実用化しているというのか。大セレネバ帝国の航空機といえば霧城連邦の航空機よりも一世代以上旧式なものばかりだったはずだ。それが、いつの間にかそこまで追いついていたとは。
「待機させていた直掩機をすべて発艦させよ。総員、第一級戦闘配備」
 艦内にブザーの音が鳴り響き、寝ていた兵士もたたき起こされて各自持ち場に向かう。
「航空参謀、君は墳進式についてよく知っていたな。あれはどんな性能を発揮できるものなのかね」
 第9空母部隊の航空参謀は、一時期ジェット機開発の部署にも配属されたこともあったである。
「敵に性能については、小官もわかりかねますがわが国の墳進機はいまだ試作機の段階ですが、時速は烈風を軽く凌駕し、時速800kmを叩き出します。プロペラが機首にない代わりに機銃を機首部分に集中配備でき弾の収束性も上がっております。格闘戦には不向きですが、一撃離脱を行わせたらこれに勝る戦闘機はありません」
「それほどなのか…」
 空母部隊司令官というポジションにいる関係で墳進機についてある程度知識を持っていたが、ここまでとは想像もつかなかった
「至急、零戦隊にこれから来る航空機は墳進機の可能性が高いから十分注意するように通信を入れろ」
「了解」
 通信員が、直掩隊の隊長に無線でその旨を伝える。
「しかし、司令。彼らの中で墳進機という名前を知っているものならまだしも、それがどういうものなのか正確にわかっているものが何人いますでしょうか」
 司令官もそれはわかっていたが、何も言わないよりはということで言ったのであった。
「て、敵機だっ!!」
 外で見張りをしていた兵士の声が艦橋内のすべての音を遮って鳴り響いた。
「敵機は何機か」
 見張り員がすぐに返答する。
「二機であります」
「直掩機隊に迎撃を下令」
 司令官が命令を発している間にも敵戦闘機は尋常ならざる速さで艦隊との距離を縮めてくる。

「こちら直掩機隊隊長、了解した」
 隊長は、中高度にいた指揮下の中隊に上昇を命令し、自機と副長機もそれに乗じて上昇に転じた。
「後続機が来る危険性を考慮しなければならないが今現在の敵は二機だ。新型機と言うことだが慎重に挑めばどうということはない」
 隊長は敵がどれほどの力を持っているか正確には把握できていなかった。先ほど参謀が心配したとおり、ジェット戦闘機について具体的な知識は隊長でさえもほとんど知らなかったのである。
 どちらにしても、彼らはこれから始まる空戦でジェット機がどのような性能を持つか身をもって経験することになるのであった。

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 アンナ中尉は、機体を上昇に転じさせ低高度から一気に高高度まで上昇をさせた。ジェット機はレシプロ機と違い、高高度の空気の薄さを全くものともしていないようだった。
 そして、敵戦闘機に対して高度的優位が確実に得られる高度に達したとき、急降下へと転じたのであった。
 急降下によって速度が900キロメートル近くまで速くなり、水平飛行しているときより生じる風切り音がさらに大きくなった。
そして、位置エネルギーで優位に立つターミガンは敵直掩機隊に覆いかぶさるように攻撃を仕掛ける。
 最初に標的となったのは、回避運動が一瞬遅れた零戦であった。まだ新米だったのだろう。だが、一瞬の動作の遅れは運命を決定付けるには十分な時間であった。
 機関砲の発射トリガーに指をかけ、零戦を照準したと判断した瞬間、彼女はトリガーと引く。30ミリ機関砲が発射され、急降下の速度の影響もあり通常よりも速い速度で零戦に殺到する。
 一瞬前まで零戦としての形を保っていたものは、その一瞬のうちに粉々の金属片へと形を変えてしまった。その破片が吹き飛んだ後には何も残らなかった。
 遼機も攻撃を仕掛け、後方でいくつか爆発音が聞こえた。アンナ中尉たちは、そのまま零戦隊の下まで突っ切ると、零戦の追撃に目もくれず機体を上昇に転じさせた。零戦は発動機を目いっぱい回してターミガンを追って上昇したが、速度を保ったままのターミガンにはまったく追いつけなかった。高度がそれ以上上がらなくなった零戦隊は恨めしそうにターミガンよりも低空で敵を待ち受ける。ターミガンは、高度を上げると零戦隊から距離をとってから緩やかな旋回に入り、また零戦隊への攻撃コースを取る。
 そして、二度目の一撃離脱攻撃をかけようと降下体勢に移ったとき、下方にいた零戦の一機が急に爆散した。
「おいおい、スコアを独り占めとは感心しないな」
 後から追いついてきたほかのジェット戦闘機編隊であった。
「的はまだたくさん残してあるわ。スコアがほしかったら好きなだけどうぞ」
「それじゃあ、言葉に甘えて撃墜スコアを稼がせてもらうぜ」
 アンナ中尉とその遼機のパイロットも新たな零戦に狙いを定めて急降下を始める。瞬きをしてる暇がないほどの速さで敵機との距離が縮まっていき、機関砲の射程に入ったそのとき、再び死の雷鳴が轟いた。飛び出した無数の30ミリ機関砲弾は、金属の稲妻と化して敵機を容赦なく襲う。
 一機は、機体後部に被弾して海へと墜落し、違う一機は発動機に被弾し、機関砲弾の破片と発動機の破片によってパイロットはシュレッダーにかけられた紙のようにばらばらに引き裂かれた。
 その後すぐに機体中央へ機関砲弾が命中し、金属と肉の欠片となって海へ降り注いだ。
 攻撃を回避しようとした零戦は、ちょうど斜めから乗っていたパイロットを襲い下半身に命中して貫通して行った。下半身ごと機体の下半分が乱暴にもぎ取られたかのように持っていかれ、止めの一発によってこれも破片へと変えた。
 下降体勢から上昇に転じようと機首を上げたアンナ中尉のターミガンを上方からから来た零戦が狙った。
 しかし、零戦が必殺の銃弾を浴びせた先にあったのは空気だけであった。ジェット戦闘機の速度は従来の戦闘機の速度とは比べ物にならないほど速く、零戦のベテランパイロットでも未来位置を瞬時に判断することは容易ではなかった。
攻撃が完全な空振りに終わった零戦に訪れたのは、ただ一つ『死』だけであった。後から降下してきたアンナ中尉の遼機が30ミリ機関砲を浴びせかけたのである。今度は、その零戦のパイロットが空気の一部へと成り下がった、一つ幸運だったのは、彼が自機を敵に撃墜されたということを感知する前にあの世へと旅立ったことだろう。
最初、アンナ中尉らの迎撃に出た零戦は20機。さらに9機が空母より飛び立った。
その三分の一近くをわずか二回の攻撃でアンナ中尉ら4機のターミガンが葬り去ったのである。こちらは被弾を全くしていないどころか攻撃らしい攻撃さえもほとんど受けていないのである。
「XJ-Bへ。ほかのターミガンは?」
 距離をとり終わったアンナ中尉が先ほどの編隊に聞いた。
「ほかの隊は、攻撃隊を迎撃に行ったよ。それにしても30ミリ機関砲とジェットが相手じゃさすがの敵戦闘機も形無しか。なんだか、面白くねぇな」
 アンナ中尉の問いかけに一拍置いて返答した彼の声には、しかし、明らかな喜びが含まれていた。
「にしては、嬉しそうな声が聞こえたけれど?」
「まぁ、訓練目標狙うよりは面白いけどな」
 その返答のすぐ後、金切り声のような音が聞こえ、ついで機関砲のうなり声が聞こえた。
「敵機には、俺の撃墜スコアに漏れなくなってもらって申しわけねぇな。少し同情するよ」
 アンナ中尉たちの編隊は、味方攻撃機が到達する間、一撃離脱を繰り返し、そのたびに確実に敵を葬り去っていった。何度か攻撃されるうちに零戦隊のほうも少しはコツを掴んだのかベテランパイロットの中には攻撃をどうにか避けられる者も出たが、それで精一杯であった。ターミガンを撃墜するなど到底かなわなかったのである。

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「直掩機隊が全滅だと!? 直掩機は敵の十倍はいたのにか」
 司令官は目の前の状況に唖然としていた。空戦が始まる前に第九空母部隊の上空にいた直掩機は29機だったが、それが今や上空を飛んでいる零戦は片手で数えられるほどしか存在していなかったからである。
 彼ら第9空母部隊には、不利になる点が最初からあった。
 第九空母部隊に配備されている艦載機は、先のアルデンテ島攻防戦に参加した機動部隊と違い艦載機が零戦などとやや旧式であったが、それに乗るパイロットの半分はほとんど“新品”に近かったのである。
 ただ、機銃弾の残りが少ないのか艦隊への機銃掃射は一度も受けていなかった。
 しかし、この海上に漂ったままでいることは敵の陸上機の攻撃を受ける可能性がある。直掩機が全滅した今、たとえ敵機が旧式でも少なくない被害が出る可能性は高まっていた。
「敵輸送船団を攻撃に向かった攻撃隊からの報告はまだ上がっていないか」
「いえ、つい10分前ほどに攻撃隊から電信による報告が上がってきていました。ですが、その内容が…」
 士官は報告内容を伝えるのを渋っているようだった。
「10分前だと。攻撃隊は暗号電文で打ってきたのか? それとも、そんなに長い内容だったのか」
 司令官には、報告に10分かかるなどまったくもって信じられなかった。それが高度な暗号電文であれば解読に少しは時間がかかるだろうが、航空機から打たれる電文が暗号だとしてもそんなに時間はかからないし、平文で来ていればもっと短い時間で報告できる。
「それで、どんな内容なんだ。早く言え」
 士官は、持ってきている紙を見ながらゆっくりと口を開いた。
「はい、攻撃隊から来た電文を読みます。 “我が、第一次攻撃隊は有力なる敵戦闘機隊に遭遇せり。敵は6機なれども全てプロペラを持たず、制空隊を潜り抜け攻撃機、爆撃機に火砲を集中させこれに多大な被害を与えたなり。我が攻撃隊は、制空隊の援護を受け、全力で輸送船団への攻撃を敢行し、敵輸送船の内2隻を撃沈、一隻を中破させ、他に駆逐艦一隻撃沈、一隻に大破相当の被害を与えたなり。されども、敵の猛攻激しく、遅れて加わってきた双発戦闘機の迎撃を受け、それ以上の攻撃は困難と判断したなり”です」
 司令官は、二度目衝撃を受けた。直掩機が全滅したと聞いたときは、まだ攻撃隊が大戦果を上げていればと思っていたが、それさえ叶わないとは。
「新たなる編隊接近!」
 司令官は、その編隊が攻撃隊だと一縷(いちる)の願いをこめて部下に聞いた。編隊が味方なら機銃弾の尽きたと思われる敵機を撃墜し、護衛戦闘機が残っていればその後の防空にも使用できるかもしれないからだ。
 しかし…。
「編隊に対して通信を行いましたが、返信はまったくありません。また、機体の形状から敵の双発戦闘機と陸上攻撃機だと判明しました」
「対空戦闘用意。敵が対空火器の射程圏内に入り次第、各個に攻撃を開始せよ」
 最後の願いも無残にも打ち砕かれた司令官であったが、艦隊の長である彼に落ち込んでいる暇は与えられなかった。彼は、各艦艇に対空攻撃の準備を命令すると、視線を発見された敵編隊に向け戦闘開始を見守った。
 残った直延機は、最後の力を振り絞って敵編隊迎撃に向かう。本来なら零戦が駆る側で相手は恐れる側であったが、少ない直掩機が迎撃に行くのを見ているととてもそうには見えなかった。
 それを証明するように敵編隊は、双発戦闘機で零戦の相手をさせている間に陸上攻撃機を艦隊防空射程目の前まで進出させていった。
「敵陸上攻撃機、対空火器射程圏内に達しました!」
 敵が対空火器の射程圏内に入ると旗艦海龍に搭載された高角砲が唸り声を上げて砲弾を一斉発射させた。それに続けて他の艦艇も高角砲による射撃を開始させる。
 敵陸上攻撃機は、まず雷撃を仕掛けてきた。高角砲によって途中、何機か撃墜されながらも魚雷投下位置に着いた陸上攻撃機は、搭載していた魚雷を海面へと投下させる。
「右舷より雷跡2」
 海龍の見張り員が報告を上げる。
「取り舵いっぱい」
 艦長の命令で海龍は、左へ大きく回頭し始める。魚雷は、ぐんぐん迫ってきたが、海龍は難なくこれをかわす。
「左舷からさらに雷跡3」
 これも海龍は、大きく舵を切ることによってなんとか避けることができたが、その魚雷は海龍の後方にいた防空巡洋艦紀野に被害をもたらした。紀野は、魚雷一発を艦前方に受け、そこから流入した海水で速力を大幅に落とした。
しかし、幸いにも大きな誘爆は兵士の懸命の努力によっておこらず、それ以上被害が拡大することはなかった。
 だが、速力が落ちたということは敵の目標になるのには一番だった。敵陸上攻撃機は、速力が落ちた紀野に狙いを定めると両舷から接近してこれを雷撃した。防空巡洋艦なだけあって対空火力は大きく、近づくのは容易ではなかったが、それはただ数が多いだけでいわば弾幕射撃であり、後のレーダー使用の対空射撃とは大幅に命中率が低かった。
 魚雷は、紀野の両舷に向け、計6発放たれ、その内二発被雷した。
 今度は、海水の流入だけに留まらず、艦自体が横に傾斜して速力がさらに低下し、火災も発生した。この火災が目印となったかのように、紀野は敵陸上攻撃機の集中攻撃を受け、瞬く間に撃沈されてしまった。
 この雷撃と同時に双発戦闘機による機銃掃射を受け、陸上攻撃機から雷撃でないこうげきも始まった。

 しかし、この陸上爆撃機は、通常の水平爆撃ではない方法を使用してきたのであった。敵の陸上爆撃機隊は徐々に高度を落とすと海面に激突してしまうのではないかというような超低高度で迫ってきたのである。
「なぜ、敵は高度を落とした。航空参謀、分かるか?」
 そう聞かれた航空参謀は、もう一度敵陸上爆撃機を見てから言った。
「いえ、雷撃するにしても明らかに高度が低すぎますし…」
 陸上爆撃機は、尚も超低空を飛んだまま迫ってくる。そして、対空砲火の射程圏内に入り、射撃が開始された。超低空を迫ってくる陸上爆撃機に向けて容赦なく高角砲による射撃が加えられるが、陸上爆撃機は網の目を縫うように攻撃を避けながら迫った。
「おかしいな、もう雷撃距離には達しているがまだ魚雷を投下していないな。機銃掃射でもするつもりなのか」
 陸上攻撃機で爆撃や雷撃をしないで機銃掃射をするとは不思議だと思った司令官だったが、こんな近距離で大型航空機が雷撃するとは考えられなかった司令官は、陸上攻撃機に搭載されてい機銃による機銃掃射だろうと思っていた。
そして、艦隊との距離が500メートルに近づいたとき、陸上爆撃機はお腹にある爆弾層を開くと超低空で爆弾を投下したのである。
「敵爆撃機、爆弾投下」
「なにぃ? そんな超低空で爆弾を投下してどうなるって言うんだ」
 投下された爆弾は、海面に一度沈み込んだが、また浮き上がり、また沈み、浮き上がりを繰り返しながら迫ってきた。
 司令官がそう言うと艦内で誰かが独り言を言った。
「まるで水切りのようだっ」
 司令官は、その言葉に目をこれ以上ないというほど見開き、慌てて口を開いた。そう、この時司令官は敵陸上爆撃機の攻撃方法が雷撃でないことにはじめて気づいたのである。
「敵の爆弾は水切りだ。各艦、至急回避運動を取れ」
 海面を爆弾が水切りのように跳ねながら迫ってくる。
 この水きり攻撃を最初に受けたのは、駆逐艦の一隻であった。高速で迫る爆弾は、ちょうど海上から海面下に沈み込んだところで駆逐艦の喫水線下に命中した。甲板上ではなく、喫水線下の装甲の弱い部分に爆弾が命中したのではたまったものではなかった。まるで魚雷が命中したかのように喫水線下に大穴が開き、海水が流入し、駆逐艦をどんどん傾斜させていった。
そして、駆逐艦はあれよあれよという合間に沈んでいき、あっという間に海面下にその姿を沈めていってしまった。
「さらに、左舷より水きり爆撃と思われる陸上攻撃機が接近」
「回避っ!」
 今度その災厄を受けたのは黄龍であった。黄龍は、回避運動をしたものの、運悪くその舷側喫水線上に二発続けて命中したのである。黄龍は、沈没は免れたが格納庫内で待機させていた機体の燃料に引火し、大火災を発生させた。これにより黄龍への着艦はできなくなり、火災は攻撃が終わってから何時間も燃え続けることになったである。
 この後、水切り攻撃は二度行われ、駆逐艦3隻が撃沈、戦艦榛名が中破という被害を受けた。
 水きり攻撃が終わった後、陸上攻撃機は帰還していったが、その護衛に付き添っていった以外の双発戦闘機が艦隊上空に残ってなおも機銃掃射を続けてきた。機銃掃射によって、艦上にいた兵士の多数が死傷した。
 第九空母部隊の上空に最初に到達し、零戦隊を殲滅させていったジェット戦闘機部隊はいつの間にか姿を消しており、双発戦闘機も機銃掃射を終えて帰還していってやっと第九空母部隊の上空には敵は誰もいなくなった。
 第九空母部隊は、最終的に直掩機部隊が全滅の被害を受け、防空巡洋艦が一隻撃沈、駆逐艦4隻が撃沈、空母黄龍が中破、航空機が着艦不可能になる被害を受け、榛名が中破した。
 さらに、良くない知らせが帰還した攻撃隊からもたらされた。
 輸送船団を攻撃に向かった攻撃隊は、敵ジェット戦闘機部隊と迎撃に出た単発戦闘機隊の迎撃を受け、帰還してきたとき、黄龍が着艦不可能だったので、海龍に着艦するように命令を出したのだが、着艦してきた機数は海龍から飛び立った機体の半分も大きく割り込むような数でしかなかった。
 これには、艦隊内の誰もが呆然とした。
 第九空母部隊は、艦載機の大半を喪失し、一隻の空母をある意味使用不能にされたことにより、即刻帰還しなければならなくなった。一度の空戦で、しかも、どちらも敵の主力戦闘機は双発であったのに墳進式戦闘機の介入で優勢なはずの零戦は終始翻弄され、本来は敵輸送船団を全滅させてもおかしくない戦力だったのにもかかわらず、反対に攻撃隊を壊滅させられるという大被害を受けたというのは大変な屈辱であった。

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 アンナ中尉たちの活躍のおかげで、輸送船団は壊滅を免れ、攻撃隊の撃退に成功した。また、ジェット戦闘機ターミガンの実戦での有用性が証明され、軍上層部でも真剣に正式採用が検討されるようになった。
 だが、ターミガンには、いまだ不安定な部分があり、量産には否定的であった。
 とはいえ、ジェット機への期待度が上がったことは間違いなく、ジェット機開発部門には資金援助が強化され、戦局を一気に打開できるような機体の開発が急がれることになった。
 また、この戦闘によって通商破壊戦に空母を投入するのは危険として、霧城連邦はしばらく空母を投入するのを控えることになった。
 しかし、大セレネバ帝国に対する潜水艦による通商破壊戦は続けられ、物資補給の面で大きな痛手を被ることになったことには変わりなかった。

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