戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第8話 アルデンテ島攻防戦 霧城連邦戦艦部隊、敵を撃退せよ! 11月17日


 第一水上打撃艦隊の上空には、敵艦隊の偵察に行った水上機が戻ってきていた。母艦のすぐ側の海面に着水した水上偵察機は、クレーンによって艦上に引き上げられてもとあった場所へと移動させられた。
「我が艦隊の水上偵察機によって敵艦隊の接近が確定しました。来た情報を総合しますと、このまま行けば、会敵予想時刻は約30分後です」
「30分か…。後30分で砲撃戦が始まるのか」
 坂東大将は、その敵艦隊が姿を現すであろう方角を向きながら言った。
「そうです、坂東大将」
「我が海軍が空母を主力としている今、戦艦同士による艦隊戦は今回が最初で最後になるかもしれないな」
 事実その可能性は極めて高かった。比較的高速の金剛級と、新鋭の紫花級戦艦を除いた他の戦艦群は、速力の関係で空母の護衛には使えないのでアルデンテ島攻略作戦の時のような陸上への砲撃任務に使われるようになるだろう。坂東大将自身、そんなことは空母を主力として連合艦隊を編成するようになったときから承知していた。
 それでも、敵戦艦を撃滅すべく建造された味方戦艦が陸上砲撃という本来の任務と全く違う任務に使われるようになると改めて考えてみると、坂東大将は少し悲しくなったのであった。
 しかし、だからこそ本海戦への戦意が沸く。昔考えられた艦隊決戦にように何十隻対何十隻という大規模のものではないが、敵の新鋭戦艦と正々堂々砲撃戦で戦えるというのは戦艦が海戦の主力だと考え続けていた者たちの夢をかなえることが出来ると思った。夢をかなえる以上、この海戦で必ずや敵を撃滅してみせる。そう、坂東大将は、敵が現われるであろう方角を見ながら考えたのである。
これは、彼だけの考えではなく、戦艦に乗り組んでいる将兵たち全ての考えでもあった。
「水上偵察機を収容し終わったら、陣形を整えなおして前進する」
 最後の水上偵察機が着水し、母艦の巡洋艦のクレーンで引き上げられようとしているのを視界の端に捉えながら、坂東大将は言った。
「警戒艦から通報! 少数の航空機を発見。データーと照合の結果、セレバンテス帝国の偵察機と戦闘機だと判明しました」
 静かだった艦橋内に一人の通信員の大きな声が響いた。敵機の接近を警戒していたレーダー装備の駆逐艦が発見したようだ。
「付近にいる直掩戦闘機は至急現場に急行すべし」
 艦橋の中で次々と命令が発せられる。
 その騒がしくなった艦橋の中で坂東大将が声を発した。
「今は、少数の偵察隊なら積極的に攻撃する必要はない。相手が至近距離まで接近しない限り攻撃しないように。敵機の方向に向かった直掩機は呼び戻すように」
 坂東大将が声を発している間、艦橋内には坂東大将の声だけが流れた。そして、命令を最後まで言い終わり口を閉じて一瞬たった後、また艦橋内に騒がしさが戻った。
「命令訂正、今の命令を受けて現場に急行した直掩機は至急引き返せ」
 第一水上打撃艦隊の目的は、敵艦隊との砲撃戦をすることである。そのためには、敵のほうも自分たちの艦隊に向けてこられなくてはいけない、そのためにわざと偵察機を逃したのだった。
 セレバンテスの偵察機とその護衛戦闘機は、最初は艦隊と一定の間隔をとって警戒するように飛んでいたが、相手が襲ってこないと判断するとじっくり第一水上打撃艦隊の様子を観察して、来たときと同じように去っていった。

 それからの30分はあっという間に過ぎた。陣形を整えて速力が25ノットを超えた時、外に立っていた見張り員の緊張と喜びが入り混じった声が艦橋内に響いた。
「敵戦艦部隊発見!」
 その声に、艦橋内にいた将兵達が皆そちらの方向を見る。双眼鏡を持っている者は双眼鏡で、持っていなかった者は肉眼で見る。
 その水平線上に見える黒い点は、次第に大きさを増し、双眼鏡無しでもある程度艦種を判別できるほどになった。
「第二水上打撃艦隊と第一遊撃隊は所定の位置についているか?」
 坂東大将は最後の確認にと担当官に聞いた。
「はい、どちらの艦隊も所定の位置についております。いつでも開始できます!」
「うむ。発光信号を放て」
 坂東大将は、語尾を少し強めて言った。
 旗艦紫花の艦上に、我へ注目せよの意の発光信号があげられた。
そして、坂東大将の『マストに旗旒(きりゅう)信号(しんごう)を揚げよ』の号令と共に旗艦のマストに1つの旗が揚がる。作戦開始の旗旒信号だ。
戦艦と巡洋艦から、まず、艦載水上偵察機がカタパルトに乗せられ、火薬の爆発を利用して乾いた音と共に次々と飛び立っていった。
それが終わると、速力を上げ始め最大戦速まで上げた霧城連邦皇国の第一水上打撃艦隊と、セレバンテス、大セレネバ帝国の連合艦隊は急速に距離を詰めていった。
まず、第一水上打撃艦隊の第一戦艦部隊は坂東友児郎大将の乗る旗艦「紫花」を先頭に同型艦「要芽」、40cm連装砲4基搭載の「長門」「陸奥」、36cm連装砲6基搭載の「伊勢」「日向」「山城」「扶桑」が一直線に並び、その後ろを重巡洋艦の「妙高」「那智」「羽黒」が付き従う。「足柄」は先のアルデンテ島攻略戦の際、大破の損害を受けていまだ修理中であった。
そして、それら艦艇群の両側を軽巡洋艦「阿賀野」と駆逐艦十四隻で編成された第一水雷戦隊、軽巡洋艦「能代」と駆逐艦十二隻で編成された第二水雷戦隊が並走する。
第一戦艦部隊から6kmはなれて平行に第二戦艦部隊が航行している。こちらの編成も、須藤晴海中将の乗る旗艦「金剛」を先頭に同型艦の「霧島」「比叡」「榛名」、重巡洋艦「利根」「筑摩」「高雄」「愛宕」「青葉」「衣笠」「吾妻」「会津」、軽巡洋艦「最上」「三隅」「鈴谷」「熊野」を従え、両側を第一戦艦部隊と同じく軽巡洋艦「矢矧」と駆逐艦十二隻の第五水雷戦隊、軽巡洋艦「酒匂」と駆逐艦十二隻の第六水雷戦隊が並走する。
対するセレバンテス、大セレネバ帝国の連合艦隊は、それぞれ艦隊を別々に編成していた。
セレバンテス帝国側の第一艦隊は、エトヴァス・ツヴァリンゲ大将の乗る旗艦「フーロル・メス・ギガント」と同型艦「デレ・メント・ジェーラル」の二隻、アリエ級戦艦「アデレイド」「ディスリン」の二隻をあわせた四隻の戦艦を中心に、重巡洋艦二隻が戦艦の後ろに続く。そして、両側を軽巡洋艦一隻と駆逐艦九隻の第一水雷戦隊、軽巡洋艦一隻と駆逐艦八隻の第二水雷戦隊が並走する。
大セレネバ帝国の第二艦隊は、ドーリ・アベルト中将の乗る旗艦「ヴァルカ」と同型艦「メヘレディ」、トーオル級戦艦の「トーオル」「ネサタム」、ハルグタ巡洋戦艦の「ハルグタ」「ゴルジュ」を中心に配し、その後ろに重巡洋艦八隻と軽巡洋艦四隻が続き、両側を他の艦隊と同じく二個水雷戦隊で固めている。
「第一戦艦部隊は、このまま直進。第二戦艦部隊は右弦の方角にいる艦隊へ向かえ」
新鋭戦艦を配す霧城連邦海軍の第一戦艦部隊は、同じく新鋭戦艦を配すセレバンテス海軍の第一艦隊と交戦する針路をとり、第二戦艦部隊は第二艦隊と交戦する針路をとった。
「第一艦隊は、敵の新鋭戦艦が配されたほうの艦隊に向かう。第二艦隊は巡洋戦艦が配されたほうの艦隊へ向かえ。そちらの相手は旧式の巡洋戦艦なのだから、我々より敵を撃滅するのが遅くなったら許さんぞ」
 エトヴァス大将が命令をくだし、連合艦隊側も第一水上打撃艦隊をあわせた秒路をとることになった。二組の艦隊は、それぞれに舵を切り距離を詰めていく。
「最大戦速、距離二万まで接近したら砲撃を始める」
 第二戦艦部隊の須藤中将が命令する。
 金剛級四隻の主砲は36cm砲。それに対して敵には40cm砲搭載の戦艦が二隻もいる。しかも、金剛級は、この海戦に参加している戦艦の中で一番の旧式艦である。そのため、砲力、防御力で劣り、辛うじて速力が少し速いだけだ。その金剛級が敵と対等に戦うためには、できる限り接近して多くの命中弾を出す事だった。敵の艦隊に接近すれば、それだけ敵の砲弾に当たる可能性も高くなるが、今はそうする他なかった。
「現在の敵艦隊までの距離は?」
「2万2千であります」
 須藤中将が部下に敵までの距離を聞いて、返答をもらって前に向き直った時、敵艦隊の先頭艦の主砲が火を吹いた。敵艦隊は、第二戦艦部隊を「丁」の字になるように艦隊運動をして頭を押さえる格好で砲撃を始めた。
「取り舵いっぱい。丁字に持ち込まれるのは必ず避けなければいけない。敵と同航戦に入るぞ」
 同航戦というのは、敵と同じ方向を向いて並走する事を言い、丁字というのは敵の頭を押さえてその名前の通り「丁」の字になるように舵を切ることをいう。なぜ、丁字に持ち込もうとするかというと、戦艦は艦の中心線上に主砲を配置している。なので、艦を横にして弦側を見せるように砲撃をすれば、その戦艦の搭載している主砲全てで敵を砲撃できる。これに対して、真っ直ぐ敵の方を向いて砲撃をすると前方の第一と第二主砲しか砲撃できず、艦の後半に配置された主砲はないものと同じになってしまう。これを聞いただけでも丁字をとられると不利だと分かるのだが、複数の戦艦で丁字を作って砲撃をすれば、さらに不利になる。
 丁字に持ち込んで弦側に砲撃をする艦は、真っ直ぐ縦に航行してくる敵艦に集中砲撃を加える事ができるからだ。だから、普通は頭を押さえられないように舵を切る。
 そのため、双方が頭を押さえられないように舵を切って同方向に平行して走る同航戦に入る場合が多い。そして、第二戦艦部隊と第二艦隊は、同航戦に入ることになった。
 第二戦艦部隊は、完全に平行になるまでは舵を切らずに、斜めに航行をしてさらに距離を詰めた。その間も敵艦隊から40cm砲の砲弾が飛んでくる。
「敵砲弾、金剛に1発至近弾」
 部下が少し驚いた様子で報告をしてくる。
 それと同時に須藤中将の乗る金剛のすぐ脇で、ものすごく大きな水しぶきがあがり艦橋の前面ガラスにも海水が降りかかった。
 しかし、須藤中将の方は少しも驚くことなく返答をする。
「1発至近弾が出たくらいで驚くな。距離二万まで近づいたらすぐ射撃を開始できるように、しておけ」
 艦上では各種レーダーアンテナが回って刻一刻と近づく敵との距離方位等を測り、その観測にしたがって主砲塔の向きの微調整を行っていた。
 老齢艦の金剛級であったが、霧城連邦海軍に所属する数少ない戦艦だけあって何回も大改装を受け、砲撃戦に耐えうる装備を施されていた。その1つが、艦上で回るレーダーアンテナである。
 至近弾はあまりなかったものの、艦隊の両側に幾つもの水柱を上げさせられながら第二戦艦部隊は、ようやく待ちに待った時を迎えた。
「距離、2万!」
 さすがの須藤中将もこれには興奮したのか、立ち上がって命令を下した。
「撃ち方始め。金剛、霧島は敵一番艦を、比叡、霧島は敵二番艦を目標にせよ。」
 言葉では『撃てぇ』だが、『て』の部分により力をこめて言ったので他の兵士達には『てぇ』と聞こえたのだった。
 とにかく、この命令により、四隻の金剛級の36cm連装砲16基、交互撃ち方で計16門が一斉に火を吹いた。少し遅れて、もう16門からも砲弾が発射される。
 それらのレーダーの反応に連動して発射された砲弾は、何十秒かの時間をかけて敵の40cm砲搭載艦の一隻で旗艦の『ヴァルカ』と『メレヘディ』に集中して着弾した。
「敵一番艦、右舷側に6発、左舷側に5発、前方にずれたのが3発、内3発が至近弾です。他は外れました」
 第二艦隊の恨めしそうな視線を受けながら、第二戦艦部隊所属の水上偵察機は弾着観測を行っていた。やはり、まだこの方法が一番確実である。
「次弾発射準備、急げ!」
 それぞれの砲塔では、砲弾を出来るだけ早く装填しようと何十人もの兵士達が力仕事に打ち込んでいた。すばやく、それでいて一つ一つの動作を確実に砲弾の装填を行えるのは、日々の訓練の賜物であった。自艦の砲撃、敵の砲弾が着弾した時の音や、衝撃で艦が揺れるのに耐えながら作業を進め、最初の砲撃から30秒を少し過ぎた時、砲弾の装填が完了した。
 砲弾を装填していた兵士達に、一際大きな爆音を轟かせながら金剛級の36cm砲が火を吹く。装填作業担当の兵士は射撃を行うと、また次の砲弾の装填にかかっていった。
放たれた砲弾は、先ほどよりも軌道を修正され、そのうち何発かが敵戦艦の艦上で炸裂した。
「敵一番艦、後尾の第4砲塔に二発命中。4発が至近弾です」
 『ヴァルカ』の第四砲塔に命中した二発の砲弾は、厚い砲塔防御に阻まれて貫通はしなかったが、確実に損害を与えた。『ヴァルカ』の第四砲塔は、駆動系が破損してしまったのか、大幅に旋回速度が落ちていた。
「二射目から命中弾とは幸先がいいぞ。このペースのまま……」
 須藤大将が言い終わる前に、主砲の発射音とは明らかに異なる爆発音が鳴り響いた。
「重巡洋艦、吾妻に敵砲弾が命中。36cm砲弾が命中したようです」
 第二戦艦部隊で、最初に被弾したのは『吾妻』だった。命中した36cm砲弾は一発だったが、艦首に命中したこの砲弾は装甲が施された甲板をいとも簡単に貫いた。厚い鋼鉄の装甲が、まるでアルミニウムの柔らかい薄板のようだった。
 被弾した吾妻は、艦首に大穴を開け、普段なら見えないはずのスクリューが見えるほど艦尾が持ち上がり、一気に速力を落した。
ほとんど停止しているかのような速力になった吾妻に、止めとばかりに敵重巡洋艦の20cm砲弾が次々と命中した。先ほどの36cm砲弾の直撃よりは威力は小さかったが、今の吾妻には致命傷だった。
後続の会津が衝突しそうになり慌てて舵を切った。会津は、擦ってしまうのではないかと言う近距離で、吾妻のすぐ隣を通り抜けた。
 その間にも、吾妻は爆発を繰り返し、自らを構成する部品を武器にして味方の兵士を殺傷した。艦の至る所から火を吹き、穴という穴から海水が流入し、運よく甲板上まで出られた兵士が次々と海へと飛び込んでいった。
今の状況では、吾妻の乗組員を救助する暇は無いであろう。
 そんな吾妻を尻目に、体勢を立て直した艦隊は砲撃を続行する。
「海戦が終わったら、必ずや救助に来る。それまで生きていてくれ」
 しかし、例え、今救助に向かったところでどれほど救助できるか分からないのに、それよりも後になっては何人救助できるのか…。そう、須藤中将は思った。
 一瞬考えに耽っていた須藤中将を、砲撃による衝撃が現実へと引き戻した。
「今は、何射目か?」
 側にいた部下に須藤中将は聞いた。
「七射目であります」
「命中弾は?」
 間髪入れずにさらに問いかける。
「先ほどの二発以外は、まだ出ていません」
 そう、部下から報告を受け取って敵艦隊の方を見た須藤中将の目に、敵戦艦の主砲が火と煙を吹き上げながら砲弾を発射するのが映った。
 須藤中将は、その砲弾がどんどん近づいてくるのを少しの間目で追っていた。
そして…。
「敵砲弾、金剛、比叡を挟叉。霧島にも至近弾一」
 金剛級四隻のうち、金剛、比叡、それぞれを中心に左舷と右舷に砲弾が着弾し(砲弾が艦を挟んで両側に着弾する事を挟叉という)、霧島の至近距離に落ちた砲弾が堅い装甲板に水を打ちつける。
 敵砲弾によってできた水柱を撃ち破りながら、金剛級が主砲を轟かす。レーダーを使っているから良いものの、艦橋から見える景色はほとんど水柱で、たまに敵艦が見えるだけだった。発射された砲弾は、弾着観測を続ける水上偵察機の下を通って着弾する。
「敵1番艦を挟叉。しかし、至近弾はない模様」
「挟叉はするのだがな…」
 須藤中将は、水上偵察機からの報告を聞き、独り言を言った。
 敵艦隊の方を見ると、戦艦の主砲がまた火を吹く。しかし、火を吹いた後すぐ、第二戦艦部隊の艦が上げるどの水柱よりも高い水柱が敵艦隊の周辺に上がった。

★

「反対弦より砲撃!」
「新たに戦艦一隻、重巡二隻の艦隊を発見」
 ドーリ・アベルト大将は、双眼鏡で砲撃のあったと思われる方向を見る。そのレンズに、艦の前後に三連装砲を二基ずつ搭載した戦艦が映った。全長は自分の乗るヴァルカ級戦艦よりも長そうだった。先ほどの水柱から推測するに、36cm砲よりは大口径であろう。
36cm砲よりも大口径の三連装砲を搭載する戦艦と言えば、ルヴィアゼリッタ合衆国のサウス・ダコダ級戦艦と霧城連邦海軍の紫花級戦艦しかない。この二つの型の内、ヴァルカ級戦艦より全長が長い戦艦といえば紫花級戦艦以外にありえない。
しかし、それはありえない事だった。事前に調べた情報によると、紫花級は二番艦が竣工したばかりのはずであり、セレバンテス帝国の艦隊が相手をしている艦隊に2隻とも配されていると報告を受けていたからだった。秘密裏に三番艦を建造していたのであろうか、それとも我々の知らない他の国の戦艦なのだろうか。その事について十分考える暇もなく、新たに発見された戦艦は砲撃を加えてきた。
「ヴァルカ級二隻の砲撃目標を反対弦の戦艦へ変更。トーオル級は金剛、霧島を、ハルグタ級は比叡、榛名を継続して砲撃せよ」
 ドーリ大将は、突然の出来事に混乱しつつも的確に判断を下す。この命令に、今まで第二戦艦部隊を狙っていた砲塔が180度旋回する。
 しかし、それが射撃準備を完了させる前に、ヴァルカは今まで経験した事がない被害を経験する事になる。
 紫花級戦艦の『伊瀬』が発射した40cm砲弾12発の内、3発がヴァルカの第4砲塔とその近くに命中した。第四砲塔に命中した砲弾は、まだ機能を失っていなかった砲塔をまるで紙で作ったものであるかのように破壊した。幸い砲塔の下にある弾薬庫までは貫通しなかったが、第四砲塔自体はもう影も形もなかった。
 砲塔脇に命中した砲弾が、弦側に設置してあった対空機銃や高角砲群を造作なく破壊した。後には、機械類の破片と破片とも言えなくなった人間が折り重なり、艦の動きに合わせて甲板上に赤い塗料を撒いた。
 しかし、幾人の兵士の命が奪われようと、砲塔が一つ破壊されたくらいでドーリ大将が戦意を失うことはなかった。否、失うわけにもいかなかった。
「発射準備急げ! 一刻も早くあの戦艦に砲弾をお見舞いするんだ」
 砲撃準備をしている兵士は、次はわが身と敵砲弾の直撃を恐れながら発射準備を進めた。
「敵砲弾、ヴァルカを挟叉」
 敵戦艦は、初弾から命中弾を出し、次弾は挟叉という驚異的な正確さで砲撃を続けてくる。
 ただでさえ照準するというのは大変なのに、戦艦は敵砲弾が飛んでくると少しずつ針路を変えた。そのたびに、何度も何度も複雑な計算をやり直す。
 そして、砲弾が装填され、やっと砲撃準備が完了する。
「砲撃準備完了」
「発射!」
 ヴァルカの第四砲塔以外の40cm主砲が、先の命中弾で死傷した者たちの意志を受け継いでいるかのように耳をつんざく爆音と、オレンジ色の火を吹いた。
 それら40cm砲弾は、本当に意思が籠もっていると思い込むほどの正確さで敵戦艦に吸い込まれていく。これで、死んだ者の恨みが晴らせるとヴァルカの乗組員の誰もが思ったとき、敵戦艦のすぐ側で爆発が起こった。その爆発は、敵戦艦の姿を第二艦隊から少しの間隠す。
「よしっ。命中だ。敵の被害を報告せよ」
 双眼鏡を持った兵士が、爆発で生じた煙が徐々に消えていく敵戦艦を興奮した気持ちで見る。
 しかし、煙が消えていくごとに兵士の興奮した気持ちは消え去り、代わって信じられないと思う気持ちが増大する。
いつまでたっても報告をしてこない兵士に不信感を抱いたドーリ中将は、得体の知れない何かを感じ、いてもたってもいられなくなった。
「どうした? 早く報告をよこさないか」
 ドーリ大将の怒鳴り声を聞いた士官が、双眼鏡で覗いているままの兵士に声をかけた。
 ぼーっとした表情で敵艦を見ていた兵士は、あわてて報告を返す。
「て、敵戦艦に、命中弾なし。我が砲弾による被害はほとんど見受けられません」
 その報告を受け取ったドーリ大将は、その兵士が言った事を理解できなかった。いや、理解はしていたのだが、彼はそれを事実として受け止められなかったのである。
「な…なんだと? 確かに命中弾はあったはずだ。もう一度確認しろ!」
 双眼鏡で覗いていた兵士は、すぐに返答する。
「何度も、何度も確認しましたが、やはり命中弾はありません」
 その兵士は、当然のことを言っているまでなのだが、興奮しているドーリ大将はまた命令する。
「いいから、もう一度確認しろ!!」
 上官の命令とあっては仕方なく、もう一度双眼鏡で確認する。
「やはり、命中弾はありません。全ての主砲塔は無傷で砲撃を続けています」
「そうか…。分かった」
 ドーリ大将は、ここまで来てやっと事実を受け入れることが出来たのであった。
 
「砲弾同士が当たったのだろう。運の良いやつだ」
 重巡洋艦イルフォンデの艦長は、双眼鏡でその戦艦をのぞきながら言った。
 ヴァルカ級戦艦後ろを付き従う重巡洋艦隊の一隻、イルフォンデ級重巡洋艦のネームシップも新たに現われた敵巡洋艦を砲撃するように艦隊旗艦から命令されていた。
「新たに出現した敵は、紫花級戦艦一、高雄級重巡二、桜級駆逐艦三、他に巡洋艦級四、駆逐艦級二の部隊と判明」
 旗艦からの情報と自艦の情報を合わせて判断された構成を、士官が艦長へと伝える。
「初弾観測急斉射。目標、高雄級。発射準備は良いか?」
「はい、いつでも撃てる状態です」
 ネームシップ、イルフォンデは自艦の搭載する三連装20cm砲を敵巡洋艦に向け、後は艦長の命令を待つばかりだった。
「よし。…撃てっ!」
 轟音と共に砲弾が発射され、砲口から噴出した煙が艦橋の窓の外まで流れてくる。砲塔の中では兵士が次の砲弾を込める作業に入り、観測員は敵艦に向け飛んでいく砲弾を目で追う。
 砲弾は、敵重巡洋艦に吸い込まれていくように見えたが、大きく右にずれたようだった。
「初弾、右へずれました」
「左への修正射撃、用意」
 先の砲撃の観測結果を元に、弾道を修正する。そうとは言っても、高度なコンピュータが積まれているわけではないので、修正のためにする計算はほとんど人間が行う。
「用意完了」
「撃てぇっ!」
 敵重巡洋艦に、第二斉射を加える。
 しかし、これも有効打とはなりえなかった。
「今度は左へ少しずれています」
「着弾距離が遠すぎる、仰角を下げよ」
「距離が近すぎる、もっと仰角を上げろ!」
 自艦と敵艦を結ぶ空中の風速、敵砲弾からの回避運動、微妙な砲身のすり減り、これら様々な要因により、毎回、毎回敵艦の相対的方向と距離は刻一刻と変わる。これで砲弾を当てようとするのだからすごい。
「仰角を二度下げ、砲塔を三度左へ」
 砲術員は、敵の回避運動などを考慮しながら、修正を加えていく。
 砲撃を行っても、だいたいははずれとなってしまうのだが、ラッキーショットも生まれる。
「我が砲弾、敵巡洋艦を捉えました。高雄級一隻に二発命中」
 双眼鏡を使わなくとも、艦橋からは黒煙と炎を上げる敵巡洋艦がはっきり見えた。
 二発の砲弾を受けた巡洋艦、重巡洋艦摩耶は、艦の舷側に位置する対空砲群に多大な被害を受けた。その砲弾は、摩耶の主砲発射の衝撃から身を守るため対空砲の陰に隠れていた兵士を襲う。まともに砲弾の被害を被った兵士は、自分が身を守るために隠れた対空砲が根元から吹き飛び、破片が自分の方向へ飛んで来るのを見た。
 しかし、兵士がその破片によって痛みを覚える事はなかった。なぜならば、体に配された痛覚からの信号が脳に達し、痛みを感知する前にその脳自体が機能を果たさなくなってしまったのだから。
 また、摩耶のすぐそばに落ちた砲弾が海水を舞い上げ、海の怪物が巨大な手のよって傷を負った者とそれを運ぼうとした兵士共々海中に引きずりこんでいった。
 何斉射目かわからない射撃で初めて命中弾を得たイルフォンデでは、艦橋内にいたものたち皆が歓声を上げていた。
「このままの調子で敵巡洋艦を海中に引きずり込んでやる。次、射撃準備」
 部下達と同じように目いっぱい叫ぶことだけはどうにか堪えた艦長は、悲鳴を上げなかった代わりに今日一番の大声で命令を下した。
 度重なる砲弾の装填作業で疲れていた兵士にも、砲弾命中の伝えに短い間疲労を忘れて喜んだ。
 そのおかげなのか、先ほどよりも10秒は早く射撃準備が完了した。
「方位よ〜し、仰角よ〜し、砲弾装填作業よ〜し」
「射撃準備完了しました」
「撃てっ!」
 艦長は、先ほどにも勝るとも劣らない大声で射撃を命じる。
 イルフォンデの主砲が、再び轟音と衝撃と、火を吹いて砲弾を発射した。
 しかし、それとほぼ同時に、否、正確にはイルフォンデの主砲が火を吹く一瞬前に発せられた凄まじい轟音はイルフォンデの主砲が発した音を全て吸収し、何倍もの衝撃を与えた。
「旗艦ヴァルカ、艦の前後に3発命中。うち1発は舵を損傷、1発が甲版を貫通、それにより機関に大きな損害を受けた模様」
 イルフォンデの艦長は、あまりの衝撃に声も出せないで立ち尽くしていた。
 艦長は、旗艦から主砲の発射とは明らかに違う黒煙が上がるのを確認した。
砲弾が何発か命中してなお全速力で先頭を走っていた旗艦が、見えざる巨大な手で引き戻されそうになったかのように一気に速力を落とす。速力が一気に一桁台まで減った旗艦は、左に徐々に寄っていった。
「各艦、我を省みず攻撃を続行せよ」
 旗艦からの悲痛な通信を聞き、二番目を走っていた同型艦メレヘディが先頭に出る。
ヴァルカは完全に艦列から離れ、速力の桁が一桁違う後続艦に次々と抜かれていく。
 抜かされていく途中、敵は容赦なくヴァルカに砲弾を命中させていった。
 イルフォンデがヴァルカを追い抜かす時には、目も当てられないほどの惨状になっていた。前後に2基ずつあった主砲の内、二基が根元からなくなり、一基は砲塔自体が引っくり返っていた。そして、残るもう一基は、失敗したアメ細工のように砲身がぐにゃっと曲がっていた。
 その中で、艦橋だけがほぼ無傷で残されており、余計に悲惨であった。
ヴァルカが艦隊から遠く離れていく間も砲撃は続けられ、イルフォンデは三斉射をしていた。
 発射準備を完了したイルフォンデの主砲が紅蓮の炎を上げ、射撃の衝撃で艦全体を揺らしながら100kg以上の砲弾を発射する。前後三基ある主砲から放たれた20cm砲弾は、見事な弧を描きながら飛んでいく。その内何発かが複雑な回避運動を続けながら射撃を続ける艦、重巡洋艦鳥海を捉えた。
 鳥海は、ちょうど取り舵を切ったところでイルフォンデにとっては幸運な、鳥海にとっては最悪の形の被害を与えた。命中した砲弾のうち、一発は今まさに射撃をしようとしていた前部第一砲塔に直撃し、砲身をひしゃげさせた。
しかし、第一砲塔が受けた被害はまだ終わらず、コンマ何秒か遅れて発射された砲弾が砲身内で爆発し、第一砲塔は内部から崩壊した。砲身から逆流した爆風は、砲塔内で作業をしていた兵士達を次々と押し倒し、吹き飛ばした。壁や床に頭から激突した者、大小様々な破片を全身に浴びた者などはほぼ即死状態だったが、そこまでの被害を受けなかった者は永遠とも思える時間を苦しみながら死と言う終焉を待たねばならなかった。
さらに、艦の中枢といえる艦橋にも砲弾が直撃した。砲戦距離が近かったこともあり、ほぼ水平方向から艦橋正面に直撃した砲弾は艦橋要員を軒並み薙ぎ倒し、艦長以下全員の命を瞬時に奪い去った。
他に命中した砲弾で、第二砲塔を使用不能にした。そして、至近弾となった砲弾が舵を損傷させ、左に舵を切った体勢のまま動作しなくなってしまった。
 先ほどヴァルカに起こったことが、攻守所を変えて鳥海で起こったように見える。だが、鳥海の方はより深刻だった。艦橋を破壊されたからといって鳥海の全ての装備が破壊されたわけではなく、主砲も第三、四砲塔は射撃可能であったが二個の砲塔での統一射撃は不可能で、各砲塔独立に砲撃をする他なかった。これでは命中弾など見込めるはずはない。それに、舵が動作不能になったことで敵との位置関係を一定に保つ事ができなくなったこともあり、せっかく撃った砲弾も目標の敵艦とは全く違う明後日の方向に飛ぶばかりであった。
 こうなっては、鳥海は群れから一匹だけ離れてしまった動物と同じであった。そんな獲物を敵が逃すはずがなく、イルフォンデもさらに砲撃を加える。
 また、戦艦部隊に付き従っていた水雷戦隊の内一個駆逐隊四隻が鳥海に雷撃をするべく、敵味方の砲撃の合間を縫って鳥海に接近する。
「これで敵巡洋艦一隻の運命は決したな。残りの巡洋艦を狙うぞ」
 イルフォンデは、戦闘能力を半ば失った鳥海を無視して摩耶を狙う。
 前後三基、全て無傷な砲塔を摩耶に向けて回転させる。
 何十発と砲弾を発射し、触れば火傷をするくらい摩擦で熱くなった砲身がまたしても砲弾を発射する。
 その重さからは想像ができないほどの速さで風を切りながら跳んで行く砲弾は、僚艦が一隻やられたことをものともせず攻撃を続ける摩耶に襲い掛かった。

★

「摩耶、敵巡洋艦からの砲撃で、命中1、至近弾3。速力が若干落ちています」
 見張り員が、ほかの士官を通してリオン中将に損害を伝える。
「鳥海、多数の主砲弾を受け、後部砲塔で独立射撃での攻撃を続行中」
 今度は、鳥海の状況を伝えてきた。
「鳥海の乗員収容のため、駆逐艦を派遣するように」
 リオン中将の命により第一遊撃隊から、桜級駆逐艦が鳥海の救援に向かう。
 桜級駆逐艦桜、紅桜、若桜の三隻からなる駆逐隊は、左へ左へと回頭する鳥海の前に出て敵駆逐隊から守る位置に回りこむ。
「主砲発射準備が完了次第、各艦の判断にて攻撃開始せよ!」
 駆逐隊の隊長の命令を受け、桜級が搭載する12.7cm主砲が火を吹き砲弾を発射する。
 主砲も駆逐艦にとって大事な兵装の1つだが、駆逐艦にはあわよくば戦艦をも撃沈する事のできる兵器が搭載されている。それが魚雷だ。
 魚雷発射には砲撃する時よりも近距離に接近しなくてはいけないが、命中したときの威力は計り知れない。ちなみに、桜級には、四連装二基が装備されている。
 敵駆逐隊も主砲による攻撃を開始しており、両駆逐隊の周辺には幾つもの水柱が上がっていた。
 接近を続ける途中、敵駆逐艦一隻の艦上でオレンジ色の炎が上がった。味方駆逐隊の砲弾が命中したのだ。その駆逐艦は運悪く搭載していた魚雷発射管に命中したようで、魚雷に詰まっている爆薬が誘爆してさらに炎が広がった。この一隻を落伍させられながらも敵駆逐隊はなおも接近する。
「魚雷発射管、1番発射用意」
 桜級3隻は、二基あるうちの一番発射管で敵駆逐隊を撃退しようとさらに接近する。
「用意……、撃てっ!」
 十分に敵を引き付けたと判断するや、駆逐隊の隊長は魚雷発射を命じた。
 主砲の発射とは違い火を吹くことはなく、舷側に指向された魚雷発射管から圧縮空気によって滑り落ちるように魚雷が発射された。
 発射された計12発の魚雷は、推進スクリューの起こす白い航跡を残しながら一直線に敵駆逐隊に向かって進む。
 敵駆逐隊を構成する三隻の駆逐艦の内、一隻は魚雷の航跡を発見して舵を大きく切って回避する事ができたが、もう一隻は舵を切ったものの魚雷を避けられずに左舷に二発被雷した。
その駆逐艦は、被雷した箇所を中心に艦を前後に引き裂いて大空に向けて艦内にあったありとあらゆる物を吹き上げた。そして、二つに分かれた駆逐艦はそれぞれの裂けた口を上にして急速に沈んでいった。
最後の一隻は、魚雷を避けることには成功したものの急に舵を切った事で速力が大幅に減速し、そこを紅桜の放った12.7cm砲弾が艦首部分にまともに命中してしまった。被弾により艦首部分を損傷した事で水の抵抗が大きくなり、さらに何発もの砲弾が命中する。
 魚雷も砲撃も当たっていないもう一隻の駆逐艦は、慌てて魚雷を発射させると牽制射撃を続けながら一目散に逃げて行った。
 味方の駆逐艦にも数発の砲弾が命中したが、幸いにも大事には至らなかった。
 鳥海を守りきった味方駆逐隊は、艦首部分を損傷した敵駆逐艦に止めの砲撃を加える。
三隻の駆逐艦から容赦ない砲撃を加えられた駆逐艦は、砲塔や艦橋、機銃群など全てを破壊され、ジャブを全身に食らったボクサーのように傷だらけになりながらその船体を海中に没していった。
「我が駆逐隊は、敵駆逐艦二隻を撃沈、一隻を大破させ、敵駆逐隊の撃退に成功しました。鳥海は、大破状態で自力航行は不可能」
 旗艦伊瀬へ向けて戦果と鳥海の状態を報告すると、旗艦からは将兵の収容後駆逐艦の魚雷で自沈処分するように命じられた。
 度重なる命中弾を受け、既に船体を停止させていた鳥海に紅桜が横付けしようと近づいた。鳥海の艦上は、目も当てられない惨状で出撃前の面影は少しも残っていなかった。艦のいたるところから炎を上げ、大小の爆発を繰り返していた。これでは、紅桜が横付けすれば爆発のあおりを受けて大損害を負ってしまう危険も帯びていた。
 紅桜は、その危険に臆することなく鳥海に横付けした。接舷すると、命からがら艦上に這い出ていた将兵を救助すると同時に火災を消火しようと放水し始めた。
また、桜、若桜も艦載の小型艇を出して海に漂流している将兵を引き上げる。しばらくの間、3隻の駆逐艦は救助活動を続けていたが鳥海から脱出してくる将兵の収容が一段落し、火災も一向に収まる兆しを見せず、いつ大爆発するか分からない状況ではこれ以上の救出活動は中止したほうが良いと判断された。
駆逐隊の隊長の命令の下、紅桜は鳥海から離れていった。今まで接舷していたところから離れて少し経った時、鳥海の甲板上の切れ目から盛大に火が吹いた。そして、艦内から突き上げる格好で艦が持ち上げられる。鋼鉄の装甲板がいとも簡単に曲がり、艦内のあらゆるものが押し出された。それらは、紅桜はもちろん、鳥海から比較的はなれた距離にいた桜と若桜の艦上にも降り注いだ。彼女ら二隻の駆逐艦も救助を中止して鳥海ともっと距離を取ろうと機関出力を一気に引き上げる。
救助活動をしていた兵士や、今まさに救助されたばかりの兵士もそれらの破片は容赦なく襲い、少し風が吹けば消えてしまうほどのはかない命の炎を灯し続けていた兵士を台風にも勝るような風で命を奪う。大爆発が収まり、艦内に避難していた兵士が外に出て鳥海を確認した時には、海面下に沈み込んでいく艦尾が見えるだけであった。

 第一遊撃隊の指揮官リオン中将は、鳥海の生存者を救助に向かった駆逐隊に生存者を一度紅桜に集めるように命令し、引き続き紅桜に救助活動を続けさせるよう命令した。他の、桜、若桜には本隊に復帰する命令を下す。
 桜と若桜は、紅桜から急速に遠ざかると本隊のいる場所まで全速力で戻って行った。
 リオン中将の乗る戦艦伊瀬は、その巨艦が艦載する3連装40cm砲で今海戦最高の砲撃力を発揮していた。先ほど、大セレネバ帝国の戦艦ヴァルカを大破させた後は、戦艦への命中弾には恵まれていないが、衰える兆しを見せない砲撃は敵将兵に少なくない恐怖を当て続けていた。反対に味方の士気を維持するのにも役立っていた。
「中将、敵艦隊より水雷戦隊の一部が接近中であります」
 レーダー員から報告があがってきた。
「摩耶に接近中の水雷戦隊を迎撃するように伝えて。伊瀬も両用砲で砲撃開始」
 摩耶の連装20cm砲4基と伊瀬の連装10p両用砲が一斉に砲撃を始める。とりわけ伊瀬の射撃は射撃速度が速い。一門あたり毎分30発以上の発射速度を誇る本両用砲の砲撃により、絶え間ない砲弾の雨が敵水雷戦隊の頭上に降り注ぐ。しかも、伊瀬の両用砲はレーダー連動型で驚異的なほど正確であった。
 これに摩耶の放つ20cm砲弾が砲火と過剰と思うほど飛んでくる。
 さらに接近した目標には、第一遊撃隊の構成する全艦艇から機銃、機関砲、ビーム機銃で目も開けられないような猛攻撃を浴びせる。
 敵水雷戦隊は、瞬く間に命中弾を出す。ある駆逐艦は、艦首から艦尾までまんべんなく砲弾を命中させられ、強力なブルドーザーで整地された砂地のように真っ平らになった。
 またある駆逐艦は、嫌がらせのように撃とうとした主砲を立て続けに使用不能にさせられた。駆逐艦長以下の将兵は、残った魚雷で復讐をしようと準備をする。魚雷発射管を旋回させ駆逐艦長の発射の命令を待つ。
「魚雷発射用意、…撃てっ!」
 必殺の魚雷が、将兵達の復讐の気持ちを込めて海中を力強く進む。
 他の所属艦艇も次々と魚雷を発射した。
「敵水雷戦隊より、魚雷接近。左舷より数6」
「さらに、魚雷4接近」
 旗艦伊瀬だけでも、10発以上の魚雷が接近してきた。
「機関増速、取舵一杯っ!」
 艦内がより一層緊迫する、リオン中将も魚雷の静かに動向を見守った
 伊瀬は、艦尾に魚雷が当たるのを避け、艦首方向を向けるように舵を切った。避けるだけなら面舵で右に舵を切っても良いのだが、艦尾には推進スクリューや舵があるのでこれを破壊されたり、使用不能にされたりしてしまう危険性がある。ここに被害を受けて艦の自由を奪われれば、いくら艦載兵器が無事であってもヴァルカや鳥海のように格好の餌食になってしまう。
 ソナーやレーダーで事前に攻撃を察知できても、魚雷を撃たれてしまったら回頭して避けるしかない。
 伊瀬の方向に向かう魚雷は、白い航跡を描きながらどんどん近づいていき、今にも命中してしまいそうな勢いだ。その魚雷を見ていたある兵士は、伊瀬のすぐ横を通り過ぎる魚雷をはっきり確認した。兵士は、艦との間にほんの数センチくらいしか離れていなかった魚雷をしばしの間呆然と見つめていた。
「魚雷は全て回避成功。被雷はひとつもありません」
 リオン中将は、その報告に聞き張り詰めていた表情を少し柔らかくして次の命令を言った。
「舵を元に戻せ」
 先ほどとは違い、伊瀬は緩やかに回頭をはじめる。
 伊瀬が回頭し終えて元の進行方向へ戻った時には、機関砲などの小型砲での射撃はあらかた終了し、散発的に攻撃を続けるのみであった。
「敵水雷戦隊はどうなったか。所属艦艇の被害状況を報告せよ」
 リオン中将は、周囲を見渡して水雷戦隊との戦闘が一段落したと判断して戦闘報告を上げるよう指示した。
 艦橋から見える範囲では、所属艦艇の何隻かが火災を発生させており、近くの艦ではホースを手に取り消火活動をしている兵士も見えた。
「敵水雷戦隊を構成する艦艇の内巡洋艦一隻を大破、駆逐艦三隻を撃沈、二隻を大破、一隻を航行不能にさせ、残りは後退しました」
「これまでの攻撃での被害は、鳥海が大破して自沈処分になったほか、摩耶は右舷に被弾して高角砲群などを損傷、多数の死傷者を出しています。駆逐艦には、命中弾を出した艦はありますが、大きな被害は受けていません」
 リオン中将は、その報告を聞き、小さく頷くと口を開いた。
「そうか、では、引き続き敵艦隊への砲撃を続けるように」
「了解」
 リオン中将から命令を受け、艦上にいた将兵を安全な場所に避難させる。これは、主砲の射撃の際に発生する衝撃波で将兵に被害を及ばないようにするためである。
 レーダーなどの情報を元に主砲塔が旋回し、仰角を調整する。そして、照準が完了すると伊瀬、摩耶の主砲が火を吹いた。炎と共に、衝撃波が発生して艦を反対舷へと揺らし、主砲弾が発射された方の舷側の海面には大きなクレーターのようなくぼみができた。
 ヴァルカが落伍してから、敵艦隊の砲撃は大幅に減った。元より、二つの艦隊を1つの艦隊で相手にしているのだから仕方なかった。
 今は、ヴァルカの同型艦メヘレディとイルフォンデ級重巡洋艦二隻が砲撃を続けている。
 長い時間砲撃戦を繰り広げ、同行戦で射撃距離もある程度決まっていたという点から、第一遊撃隊の伊瀬はもちろん、摩耶の砲撃も正確さを増してきた。
 それは、敵艦隊の砲も同じではあったが、その中でも伊瀬の射撃の正確性は飛びぬけていた。
 伊瀬から発射された砲弾は、度重なる命中弾でダメージを積み重ねていたメレヘディを捉える。
前部第一砲塔の真上から砲弾が直撃する。それは、今まで砲撃を続けていた第一砲塔を一瞬の内にスクラップにしてしまった。第一砲塔の当たった砲弾は、そのエネルギーを減衰させながら砲塔を踏み潰すように壊し、大きくへこませた。
 舷側にも二発命中した。それらは、舷側に搭載されていた機銃、高角砲群を破壊した。
「第一砲塔に1発命中、舷側に二発命中。至近弾多数」
 摩耶の放った砲弾も、イルフォンデに命中弾を浴びせる。
 放った砲弾のうち2発が艦前部に命中、機銃座を破壊して火災を発生させる。しかし、主兵装である20cm主砲は依然健在であり、砲撃を続けていた。
 お返しとばかりに、敵砲弾の命中弾も出す。摩耶は、後部第三砲塔に命中した。 砲塔の装甲に阻まれて使用不能にされてしまうほどの被害は受けなかったが、砲塔上面が少しへこんだ。
 伊瀬にも砲弾が迫る。内一発は、確実に命中コースに乗っていた。
 リオン中将の命令で舵を切るが間に合わない。ついに伊瀬も命中弾を出してしまうのかと思ったその時、伊瀬に搭載されたビーム砲からビームが放たれた。ビームは、伊瀬に迫っていた砲弾にビームの特徴である光速に迫る速度でジャストミートする。ビームは徹甲弾に穴を空け、弾道を変える。その後も次々とビームが命中して砲弾が伊瀬にたどり着く前に跡形もなくなってしまった。
 伊瀬は、お返しにメレヘディに40cm砲弾を見舞う。風を切りながら飛んだ砲弾は、メレヘディをまたしても捉え、第二砲塔の機能を奪った。
「敵戦艦、第二砲塔に命中。他は至近弾です」

★

 その頃、霧城連邦の第一戦艦部隊とセレバンテス帝国の第一艦隊は、ジャブの打ち合いを演じていた。当初の予想では、戦艦の数で圧倒的に勝る霧城連邦第一戦艦部隊のほうが優勢と見られていたが、予想を裏切って両者引き分け状態の戦況が続いていた。
 第一艦隊の戦艦は、主砲弾の命中を厚い装甲で跳ね返し、依然砲戦能力を十分発揮できる状態にあった。
「陸奥、敵砲弾の命中で先の第一砲塔に続き、第三砲塔も使用不能」
「長門、火災鎮火。機関損傷により、最大速力22ノットに落として航行中」
「敵旗艦に二発命中、火災発生、速力が若干落ちた模様」
「アデレイド、第3主砲塔損傷。発射不能になったようです」
 両艦隊の中で、一番グロッキーな撃ち合いを演じていたのは紫花とフーロル・メス・ギガントの旗艦同士であった。
 第一遊撃隊の伊瀬を除けば、海戦に参加している全艦艇の中で一番高性能な装置を備え付けられており、砲戦攻撃力も一番の艦艇たちである。
 紫花は、第4砲塔を使用不能にされ、舷側の高角砲、機関砲、機銃をこれでもかというほど徹底的に破壊され、浮かんでいるのが奇跡的だというほど命中弾を受けていた。
 艦の速力も落ちており、25ノットの発揮が精一杯であった。
「紫花、第三砲塔付近の甲板上と舷側に命中弾。第三砲塔は攻撃続行可能ですが、浸水と火災が発生しています」
 艦橋に、次々と報告が上がってくる。
「至急、ダメコン班を急行させろ」
 紫花の艦長が命令を下す。
「前部の下士官用居住区で発生した火災は消火できたか?」
 坂東友児郎大将が担当士官に聞く。
「消火活動を続けていますが、依然燃焼中です」
 このやり取りの間に、新たに発生した火災現場へとダメコン班が急行して活動などを始める。
 艦が大きく揺れる。紫花の主砲が火を吹いたのだ。艦全体に轟音が鳴り響き、人々が話す声が一瞬かき消される。
 ほぼ同時に、後続艦の要芽、長門、陸奥が斉射を行い、少し遅れて伊勢級と扶桑級の四隻が斉射を行う。
 紫花から発射された砲弾は、何十秒か空を飛翔して第一艦隊旗艦に集中する。まるで、糸で繋がっていたかのように、後部砲塔二基を襲う。
 第三砲塔は、砲身をありえない方向に曲げ、砲塔の天蓋を大きくゆがませ、穴を作った。第四砲塔にも砲弾が命中し、稼動用の機械が故障して以後の射撃が不可能になってしまった。
 また、砲塔の近辺にも何発もの砲弾が命中して辺りをでこぼこにしながら、艦上と艦内の将兵を殺傷した。
 同時に艦尾が少し持ち上がり、反対に艦首が海面に没した。それに合わせて、艦上にあった物が甲板上を滑り、物や人を海へと飲み込む。
 同型艦要芽の砲弾は、敵二番艦を挟叉し、至近弾の着弾によって生じた水柱によって艦上を洗い流す。
 後続の戦艦では、長門がアデレイドの舷側に砲弾を命中させ、装甲板を大きく歪ませ、浸水を発生させ、確実にダメージを蓄積させていく。他の戦艦は、挟叉して至近弾を何発見舞っていた。
 時間差で、敵艦隊からの砲撃も飛んできて味方艦隊を襲う。
「陸奥、第三砲塔に砲弾が命中」
 既に38p砲弾の直撃弾を受けて使用不能になっていた第三砲塔にさらに砲弾が命中した。
 命中弾は、既にダメージを受けていた第三砲塔の天蓋に直撃した砲弾は、砲塔の下にある弾薬庫まで一気に貫通した。
 内部からくぐもった爆発音が聞こえ、第三砲塔が爆風によって空高く持ち上げられ、海へと落ちていった。そして、砲塔のあった穴からは、まるで火山が噴火したかのように炎と黒煙があがり、内部のありとあらゆるものをその穴から噴出させた。
 弾薬庫の誘爆によって起きた大火災は、瞬く間に広がり、次々と大爆発を起こしていった。
 大爆発が収まったときには、陸奥の姿はどこにも見つからず、燃料である重油となにやら金属の破片が浮かんでいるだけであった。
 陸奥の大爆発によって、一時的に隊列が乱れる。
「陸奥は…、どうなった」
 旗艦紫花の艦橋で指揮を執っていた坂東大将にも大きな爆発音が聞こえていた。
「轟沈です。これにより、我が艦隊の隊列が一時的に乱れています」
 坂東大将は、『そうか』と一言だけ言った。
 一瞬、思考が停止してしまうほどのショックを受けた坂東大将だったが、すぐに持ち直し、命令を下す。
「砲撃続行。隊列を整えろ」
 第一戦艦部隊は、今海戦で初めて戦艦を喪失した。
 陸奥のいた場所に伊勢がついて1つずつ前にずれる格好となった。
残った戦艦たちは、隊列を整えると砲撃を続行する。
 すると、敵旗艦の艦上でいくつものオレンジ色の炎が上がる。紫花が放った砲弾が命中したのだ。旗艦フーロル・メス・ギガントの各所からは、傷だらけの自分を覆い隠そうとしているかのように黒煙が上がり始めた。
 それとほぼ同時に、紫花にも砲弾が命中する。紫花も大量の黒煙を上げ、がくんと一気に速力を下げた。
「紫花に砲弾命中、前部弾薬庫付近で火災が発生しています」
「敵旗艦に砲弾命中。落伍していきます」
 ついに、両者の体力が力尽きようとしていた。
「紫花の艦内で発生した火災は、とても手に負えません」
 部下から、悲鳴のような報告が上がってくる。
「火災をなんとしても食い止めるんだ。最悪、弾薬庫に注水してもかまわん。弾薬庫への引火だけはなんとしても避けるんだ」
 乗員の必死に消火活動も虚しく、炎は確実に弾薬庫へと迫っていく。
 坂東大将は、落伍した旗艦に雷撃を決行するように水雷戦隊に向けて命令した。
「大将、火の手が止まりません。このままでは、本当に弾薬庫まで引火してしまいます」
 火災は、収まる気配を全く見せず、可燃性のものなら何でも燃やしながら、弾薬庫へと近づく。
「分かった。こうなっては仕方あるまい。至急、前部弾薬庫へ注水せよ」
 誘爆を防ぐため、弾薬庫への注水が行われる。これで、引火して大爆発する可能性はなくなった。が、これで、砲撃能力は半減してしまった。
 第一戦艦部隊の右側に位置していた第一水雷戦隊は、落伍したセレバンテス艦隊旗艦に雷撃をしようと針路を変えた。
 これに対して、セレバンテス帝国第一艦隊の脇を固めていた水雷戦隊が迎撃に出た。
しかし、これまでの砲撃で半分以下に数を減らしていた敵水雷戦隊は、第一水雷戦隊の敵ではなかった。敵水雷戦隊の旗艦であった軽巡洋艦には、第一水雷戦隊の軽巡洋艦阿賀野と駆逐艦二隻が相手になり、ほかの駆逐艦4隻には、それぞれ2隻ずつ相手になる形で交戦した。
両水雷戦隊の所属艦艇は、艦載している砲をほぼ水平に倒すと、ほとんど目と鼻の先にいる敵艦に向けて発砲する。
旗艦同士の戦いは、あっけないほどすぐ決着がついた。敵水雷戦隊の旗艦は、軽巡洋艦と駆逐艦合わせて三隻の集中砲火を受け、瞬く間に命中弾を受ける。
さらに、阿賀野が止めに魚雷を見舞う。4発発射されたうち、三発が水雷戦隊旗艦に命中した。
大爆発を起こした旗艦は、一瞬の内に海に沈んでいった。
 旗艦を撃沈した三隻は、他の駆逐艦の砲撃に参加して、他の艦と協力しながらこれも沈没させていく。三隻の駆逐艦を撃沈された敵水雷戦隊は戦いを放棄し、一目散に逃げていった。
 隊列を整えなおした第一水雷戦隊は、速度が落ちた敵艦隊旗艦を狙う。
「魚雷発射用意」
接近してきた水雷戦隊に、旗艦は主砲以下使える全ての砲を動員して迎撃するが、一隻駆逐艦を撃沈したところで運命の時が訪れた。
「用意…、撃てっ!」
 全艦合わせて、20発以上の魚雷が旗艦に向けて発射される。
 敵旗艦は、雷撃にすぐ気づき、最後の力を振り絞って舵を切る。
 驚くほど鈍い動きで舵を切り始めるが、回頭し終える前に魚雷が敵旗艦へとたどり着いた。
 フーロル・メス・ギガントの舷側にざっと数えても10個以上も大きな水柱があがった。
しかも、その全てが片側に集中して当たったのである。両舷にまんべんなく当たれば、ダメージコントロールで被害を最小限に抑えられるが、片方に集中したとなれば大きな被害は免れない。それが満身創痍の艦ならなおさらである。
 砲弾の命中によって起こった艦の各所への浸水と、火災の消火に追われていた乗員達は破滅的な状況に追い込まれた。
 魚雷の命中で、折れかかっていた前鐘楼が折れて海面へと落ちた。それにより、艦橋にいた将兵たちは、避難する暇もなく鐘楼と共に海へと沈んでいった。

★

 フーロル・メス・ギガントの指揮機能が喪失した事により、アデレイド座乗のセレバンテス帝国第一艦隊第二戦隊の指揮官であるリーベ・シュヴェスター中将が第一艦隊の指揮権を引き継ぐ。
 第一艦隊第二戦隊のリーベ中将は、残った戦隊と通信を繋がせる。
「第一艦隊第二戦隊のリーベ中将だ。エトヴァス大将の乗った旗艦が指揮機能を喪失したと判断されたので、これより第一艦隊は私の指揮下に入る」
 これと同時に大セレネバ帝国の艦隊も合わせた総旗艦も、事前の規定どおりアデレイドが引き継ぐ形になった。
「各艦、状況を報告せよ」
 リーベ中将のアデレイドが旗艦になった関係で、彼の艦が一番先頭に出る。
「第二水雷戦隊は、駆逐艦二隻を残して沈没。第一水雷戦隊はまだましですが、駆逐艦が半分にまで減っています。第十七戦隊は敵戦艦の砲撃で、戦隊を構成する重巡洋艦2隻のうち一隻が撃沈」
 続いて、大セレネバ帝国の第二艦隊からも状況報告が届く。
「こちら、第二艦隊トーオル。先ほど、旗艦ヴァルカが脱落したため、臨時で指揮を執っています。我が艦隊は、ヴァルカのほかに戦艦一隻が中破、重巡洋艦2隻撃沈、軽巡洋艦一隻撃沈しました。水雷戦隊の被害は詳しくは分かりませんが、少なくとも駆逐艦5隻が撃沈されました」
 どちらも、主力艦の数としてはまだその多くが残っているが、周りを固める水雷戦隊が大きく数を減らしていた。そして、もう1つ、これは霧状連邦の艦隊にも言えることだが、主力艦である戦艦の砲弾が尽きかけていたのだ。
「主砲の砲弾は後どれくらい残っているか?」
 そうリーベ中将が聞くと、このままのペースで射撃すればすぐ尽きてしまうと報告があがってきた。
 また、砲撃戦開始直後には明るかった空も、今では徐々に暗くなってきていた。
「参謀長」
 リーベ中将がそう呼ぶと、隣に立っていた参謀長が振り返った。
「このまま、全速力を出したら、今撃ち合っている敵艦隊を振り切れそうか?」
 参謀長は、少しの間押し黙って考えたから返答をした。
「そうですねぇ…。しかし、後退など勝手にしてよろしいのですか?」
 リーベ中将は、参謀長が後退すること自体を止めているわけではないことはわかった。
では、何を言ったのかというと、後退したあとの本国での処分について言っているのだった。
「なあに、参謀長、君はそんなことを心配しなくて良いのだよ。責任は私がとる」
「それなら、問題ありませんが…」
 リーベ中将は、通信員に後退することを第二艦隊に伝えるように命令した。
「機関出力最大、この海域より離脱する」
 第一艦隊は、霧城連邦第一戦艦部隊から遠ざかるように舵を切ると全速力で航行を開始した。

 しばらく霧城連邦艦隊から砲撃は続いたが、砲弾が尽きたようで戦艦群からの砲撃は止んだ。
しかし、霧城連邦艦隊は、戦艦群からの砲撃がやめた代わりに、軽巡洋艦と駆逐艦からの砲雷撃を何波にもわたって決行した。もちろん、第一艦隊側もただ見ているだけのはずがなく、使用しうる全ての砲で迎撃を試みた。
しかし、通常小型艦艇を迎撃する水雷戦隊の大半がいなくなったこの状況では防ぎようがなかった。
そして、やっとのことで第二艦隊との合流地点まで着いたころには、残った3隻の戦艦のうち一隻のディスリンを撃沈され、第一艦隊最後の重巡洋艦も撃沈されてしまった。
リーベ中将の乗るアデレイドも魚雷を1発受け、乗員達が必死の排水作業を続けていた。
「リーベ中将、第二艦隊です」
 アデレイドの進行方向から見て右の方向を見ると、戦艦を中心にした艦隊が航行していた。
 案の定、第二艦隊も砲撃戦前に見たときとは大きく変わっていた。艦隊を構成する艦の数が一目見て分かるほど減っており、残った艦も無傷なものは一隻もいなかった。
 中央の列の最後尾にいる艦は、黒煙を大量に上げていて、時々爆発の炎が見えていた。
「こちら、第二艦隊。合流地点に到着しました。敵水雷戦隊の攻撃で、メヘレディが撃沈。巡洋戦艦ハルグタが魚雷3発を受け大破、何とか艦隊について来られている状態です。現在、復旧作業中ですが、いつ大爆発を起こすかわからない状…」
 第二艦隊の指揮官が言葉を言い終わる直前、ハルグタから吹き上げられていた黒煙が何倍にも増えた。そして、文字通り大噴火した。
 ハルグタは、弾薬庫には既に注水されていたが、重油タンクの切れ目から燃料が気化したものが発生し、艦内の一部に充満していた。そのガスが、周辺で起こった火災の熱で間接的に暖められ、着火温度まで暖められていた。
 乗員達は、細心の注意を払っていたが、ある兵士が通路を走っている最中に靴の裏と地面との間に小さな火花を作ってしまった。
 この小さな、小さな1つの火花が、巡洋戦艦ハルグタと乗員達の運命を決めてしまったのである。
 ハルグタは、艦の奥底から鋼鉄の甲板を引き裂いて炎を上げた。舷側に大きな穴が開き、そこから一気に海水が浸入した。
 大爆発を起こした割に、艦の前後が真っ二つに折れて沈むとか、もっとばらばらになるということはなく、ある程度形を保ったまま海面へと沈下していった。
 そのおかげで、爆発を生き延びた兵士達の多くが艦と命を共にすることなく脱出することに成功した。
 ハルグタが海へと没していくさまを見ていたリーベ中将に、突然部下から声がかかった。
「西60度に敵駆逐艦らしきもの発見!」
 リーベ中将は、視線をその方向へと移し、双眼鏡で敵と判断された駆逐艦を見る。
「ばかもん。あれは、大セレネバ帝国の駆逐艦だ。ちゃんとお前の目で見ろ、国旗がしっかり掲げられているだろうが」
 リーベ中将は、その勢いのまま誤った報告をしてきた兵士を怒鳴ろうとしたが、その前に新たな報告が来た。
「西40度に敵潜水艦らしき反応を発見」
 リーベ中将は、それを報告してきた士官を鋭い視線で睨み、口を開いた。
「味方の潜水艦を敵と間違えて報告しているんじゃないのだね?」
 士官は、リーベ中将の視線と言葉に一瞬たじろいだが、姿勢を整えなおすと報告を追加した。
「はい、敵に間違いありません。我がソナー員が発見された潜水艦のスクリュー音から霧城連邦海軍の主力潜水艦だと判断しました」
 リーベ中将は、そこまで言われて初めて睨むのを止めた。
「至急、駆逐隊を向かわせろ」
 リーベ中将から命令が飛ぶ。
第一艦隊の右舷に位置していた一個駆逐隊がソナーの反応を元にして、敵潜水艦のいるほうへと接近していく。
「第二艦隊にも敵潜水艦発見を伝えよ」
 通信員が第二艦隊に情報を伝える。
 第一、第二両艦隊は、味方兵士の救出などで乱れていた縦隊の陣形をあわただしく整えなおした。駆逐艦のソナー員は、敵潜水艦が放ってくるであろう魚雷を見逃さないよう、ソナーの反応に集中する。
「西38度から雷跡四」
「各艦、回避運動を取れ」
 リーベ中将の乗るアデレイドも、魚雷に当たる確立を少しでも減らそうと艦の矛先を大きく変える。
 敵潜水艦が放ってきた魚雷は、回避運動の甲斐もあり、海面上に白い航跡を描きながら艦と艦の間や、艦隊の前方を通過していった。
 敵潜水艦の襲来は、この後も三度にわたって行われ、うち一発の魚雷が残り少なくなっていた味方駆逐艦に命中し、既に先の艦隊戦により中破程度の損傷を負い、賢明な復旧活動をしていたその駆逐艦をたった一発の被雷によって瞬く間に海の藻屑へと変えてしまった。
 それからしばらく経ち、艦隊の混乱もようやく収まり、第一、第二艦隊は合流を果たした。
 両艦隊とも港を出たときとは比べ物にならないほど数を減らしていた。特に、補助艦艇群は主力艦たる戦艦を守るべく文字通り盾になって散っていっていたのである。
 そのころには、日は落ち、辺りは月の光に満ちていた。
 潜水艦の攻撃はやんだが、いつどこでまた攻撃してくるか分からない、なぜならば、補助艦艇群を壊滅的にされ、対潜攻撃能力が明らかに落ちていたからである。こんな状態であれば、潜水艦は喜んで攻撃してくるであろう。
しかも、艦隊の中核となっている主力艦には一隻に減滅したとはいえセレバンテス帝国の最新鋭戦艦が含まれているのだから。
「参謀長、我が空母部隊とは連絡がつかないのか」
「はい…、我々の前方を航行中だということは分かっているのですが、詳細な位置が分からず、こちらの呼びかけにもまったく応答しませんので…」
 リーベ中将は、潜水艦攻撃によって艦隊自体が全滅してしまったのではないかと言う不安に駆られた。最後に来た返信では、艦隊の規模を大幅に減らしていると言ってきていたからである。
「では、第三三空母部隊の居場所はどうか。彼らは、まだある程度艦隊を保持していると聞いていたが?」
 しかし、リーベ中将の問いに、参謀長はゆっくり首を振り、返答をした。
「第二艦隊に問い合わせましたが、第三三空母部隊とも連絡がまだついていないとのことです」
 リーベ中将は、30分ごとに両空母部隊の情報を聞いてきたが、参謀長は首を振るばかりだった。
 それから、また何時間も経ち、ちょうど日付が変わろうとしていたとき、ようやく第33空母部隊の情報が入ったと参謀長が報告してきた。
 参謀長からの報告によると、第三三空母部隊は、敵空母部隊の攻撃から逃れるように北へ、北へと退避している途中、第一艦隊らと同じく潜水艦からの魚雷攻撃を受けるが、同艦隊長の類稀な指揮と、各艦の艦長による賢明な操艦により、一隻の沈没艦も出すことなく、これを振り切ったと言うことだった。
 さらに、次の交信で第三二機動部隊の動向ももたらされた。
 第三三空母部隊からの返信によると、第三二空母部隊の発見状況は次のとおりであった。
日が暮れた後、暗闇からの攻撃を警戒するために駆逐艦数隻を哨戒に当たらしていた時、地平線の彼方に幾つかの光点が見えた。
 第三三空母部隊司令部は、味方艦の可能性もあるとして、所属不明艦に問い合わせを行ったが、一向に返事は返ってこなく、敵と判断するに至った。
敵と判断すると、すぐさま第一級戦闘配置を命じ、哨戒に当たらしていた駆逐艦を向かわせた。
 主砲を敵と思われる艦に向け、魚雷の発射準備も完了させていた駆逐艦が照明灯を照射すると、それは、大セレネバ帝国の第三二空母部隊の所属艦であった。
 第三二空母部隊は、今にも沈没しそうなキメルニアを駆逐艦二隻が守りながら航行していた。
第三三空母部隊は、味方だということを示す電報を打ち、発行信号でも知らせながら接近した。同時に、第三三空母部隊司令部に味方であることの旨を知らせた。
 そして、合流を果たした両空母部隊は一つの部隊となって航行していたと言うことだった。
 ようやく、空母部隊と連絡がつき、やっとすべての艦隊と空母部隊が合流することが出来た。どこも損害が大きく、目も当てられないほどではあった。
 しかし、艦隊の乗組員の頭は、ただただ自軍の勢力範囲の港へと急ごうという考えで埋め尽くされていた。。

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