戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第7話 アルデンテ島攻防戦、アルデンテ島沖航空戦、中編


 大セレネバ帝国機動部隊旗艦、イオン・アラネス。
 大セレネバ帝国機動部隊の指揮官は、空を見上げた。そこには、味方の航空機がぽつぽつとバラバラに飛んでいるのが見えた。
それが、大セレネバ帝国の機動部隊から発艦した攻撃隊である。
発艦した時は、100機以上の大編隊だったが、戻ってきたのは半分よりも少なかった。
 その証拠にイオン・アラネスには、まだ10機も戻ってきていなかった。しかも、戻ってきた機体もほとんどが『やっと飛べる』だけの機能しか残していないものばかりだった。
 彼の指揮するイオン・アラネスに、また一機が着艦態勢に入った。F-3C艦上戦闘機だと思われるその機体は、今まで着艦してきたものよりは遥かに損傷の度合いが低いものだった。
 そのF-3Cは、車輪降ろし、フラップを調整して少しずつ速度を落としながら母艦への着艦コースに進入する。そして、機体に取り付けられたフックを制動索に引っ掛けて停止した。
 指揮官は、それを目で追っていた。F-3Cが無事に着艦したのを確認した彼は、艦橋から外に出て、パイロットのいる場所へと向かった。
「良くぞ、帰ってきてくれた」
 指揮官は、機体から降りてきたパイロットにねぎらいの言葉を掛けると共に片手を差し出した。
 パイロットは、一度敬礼をしてからその手を握る。
「ありがとうございます。大将から言葉を掛けてもらえて光栄です」
 握手をしている手を指揮官が開放させると、パイロットが口を開いた。
「ところで、飛行甲板上には他の機体は見られないようですが、何機帰ってきたのでしょうか?」
 指揮官は、一拍置いてから答えを返す。
「いまのところ、君を入れてちょうど10機だ」
 パイロットは、空を見上げて他の艦上機が飛んでいないか確認したが、もう自分で最後のようだった。
「もう、私で最後かもしれませんねえ…」
「いや、まだ分からない。少し遅れて帰ってくるのかもしれない」
 指揮官は、パイロットを元気付けようと言ったが、燃料の搭載量の関係で、その可能性が圧倒的に薄いことは誰の目にも明らかだった。
 それは、さっき着艦した機体の燃料の残量がからに近かった事からもわかる。損傷が少ない機体でもこんな状況だ。損傷してやっと飛べるような機体では、途中で燃料切れを起こして墜落するしかないだろう。

★

 セレバンテス帝国、大セレネバ帝国連合艦隊の機動部隊では、第二次攻撃隊の発艦を一時見合わせて作戦を協議していた。
形式上は、大セレネバ帝国にも指揮権はあったが、実質的にセレバンテス帝国の機動部隊指揮官が、大セレネバ帝国の機動部隊の指揮も行っていた。
「戦闘機隊は7割を超える機数を喪失。爆撃機と攻撃機も半数近くを喪失したという事です」
「…敵は、機動部隊本体の前方に空母2隻、戦艦1隻の別働隊を配しているとのことです。第一攻撃隊はこの別働隊から迎撃を受けたものと思われ、二隻の空母は艦載機を戦闘機一機種に絞った迎撃専用の空母だと考えられます」
 セレバンテス帝国の機動部隊指揮官は、部下からの報告をただ何も言わないで聞いていた。そして、部下が言い終わったのを確認してから口を開いた。
「ほう。先のセレウベル海海戦で我々が使った方法を使ったのだな」
「そうです」
 機動部隊指揮官は、口には出さず部下に目で次はどうすると問うた。彼の部下は、その仕草を汲み取って話し始める。
「大将、ここはその別働隊を全力攻撃するというのはどうでしょう。敵の艦載戦闘機はおそらく新鋭の『烈風』です。しかし、第一次攻撃隊の帰還機の一部を加え、予備機まで出して攻撃すれば、或いは…です。」
 部下も、上官へ目で合図を送った。
「ふむ、それは良い考えかもしれない。別働隊の戦艦を撃沈できれば、世界で初めて航行中の戦艦を撃沈した名誉を得る事ができる」
 そこまで機動部隊指揮官が発言して、一人の参謀が挙手をした。
「なんだね」
 参謀は、機動部隊指揮官の問に、自信無さそうに左右を確認してから言った。
「帰還した第一次攻撃隊の搭乗員に聞いたところ、敵戦艦は強力な対空火器を持っており、未知の新兵器を搭載しているとのことです」
 機動部隊指揮官は、そうか、と一言だけ言い、興味を全く示さなかった。
「敵が、我々にはない対空火器を搭載していても、だ。所詮下手な鉄砲数撃てば当たる、だよ。新兵器であってもそれほど命中率が良いとは思えない。我々が、数の優位を持って攻撃すれば、平面の攻撃しかできない艦船は我が航空隊の敵ではないのだ。分かったかね?」
 何か言おうとした参謀であったが、機動部隊指揮官の有無を言わさぬ鋭い眼光に圧倒されて押し黙ってしまった。
「参謀長、航空機は何機用意できるかね?」
 参謀長は、紙を見ながら返答する。
「第一次攻撃隊の中から、攻撃能力を残している機体を加えますと、二個機動部隊から、戦闘機52機、爆撃機73機、攻撃機60機の合計185機が出せます」
 機動部隊指揮官は、頷く。
「すぐさま、発艦準備にかかりたまえ」
「了解」
 将兵達が、あわただしく作業に取り掛かる。
 機動部隊指揮官は、もう一度頷くと、自分の席に座って作業を見守る。
 各空母の飛行甲板上に、次々と艦上機が上げられ、エンジンが起動させられる。
「あ…あの、大将」
 機動部隊指揮官が声のした方向を向くと、先ほど異論を挟んだ参謀がいた。
「また君かね。今度はなんだ」
「作戦に異論を挟むつもりではないのですが、もう少しだけ制空隊の機数を増やしてはいかがでしょう」
 機動部隊指揮官は、艦橋の天井を見上げて少し考えた。
「うむ、それには一理あるな。戦闘機の数を増やすように伝えるように」
「は、はいっ。了解しました」
 参謀は、すばやく敬礼をして、走っていった。

 戦闘機の数が少し増やされ、第一次攻撃隊を上回る合計196機の大編隊が二個機動部隊から発艦して行った。
「これだけあれば、敵戦艦の一隻くらい、簡単にやれるな」
 機動部隊指揮官は、この時戦艦撃沈を確信していた。

★

 第一遊撃隊、伊瀬所属の哨戒ヘリは、敵の第二次攻撃隊に備え、警戒飛行を行っていた。この哨戒ヘリは、二回目の哨戒任務に出ており、第一次攻撃隊をはじめに発見したのもこの哨戒へリだった。
「対空レーダー、対水上レーダー共に異常ありません」
 レーダー員は、既に一時間近く何も反応がない各種レーダーを見続けていた。
連合艦隊司令部の予想では、第二次攻撃隊は30分くらいで来るだろうと考えられていたからその倍の時間を待っていることになる。
「機長、敵さんまだ来ませんね」
 レーダー員は、黙っている事に耐えられず、機長に話しかけた。しかし、視線はレーダースコープに集中したままだ。
「第一次攻撃隊が、あんなになったら、敵だって少しは考えるだろう」
「そうですねぇ」
 レーダー員が言い終わると、機長はレーダー員に見えるわけでもないのに指を一本立てながら言った。
「それに、もう1つ。例え、敵が来ていたとしても、我々の哨戒している空域じゃないところから着たら分からないだろう。ヘリじゃなくて艦載水上機が発見するかもしれない」
 敵攻撃隊の出現を監視するべく空を哨戒している飛行隊はヘリだけではなく、戦艦等の大型艦に搭載されている水上機や空母艦載の航空機も哨戒に出されていた。
 そこまで話して、操縦席にある無線機が反応した。
『こちら、伊瀬。どうぞ』
 どうやら母艦からの通信のようだ。機長はヘッドフォンについているマイクで返答する。
「こちら、みかげ所属哨戒へリ二号機。どうぞ」
『摩耶の水上偵察機が敵航空隊を発見したとの報告があった。しかし、すぐ撃墜されてしまって機数までは分からなかった。なので、いますぐその地点まで急行して詳細を報告するように。地点は…』
 無線機から、位置情報が知らされる。
「了解、すぐ向かいます」
 無線を切ると、機長はヘリを知らされた方角へと飛ばす。
「いよいよ、敵さんの登場だ。索敵範囲に入ったら、すぐ情報を伝達できるようにレーダースコープから目を離すんじゃないぞ」
「了解です」
 レーダー員は、グッドのマークを手で作り、機長に見せた。
「機長、報告された地点だと、攻撃隊の向きにもよりますが、機動艦隊の方角と言うより、第一遊撃隊の空母部隊のいる方角に近くありませんか?」
 副操縦士が、機長に言った。
 副操縦士が言うとおり、発見された攻撃隊は第一次攻撃隊よりも西にずれていて第一遊撃隊を狙っている様でもあった。
「まぁ、それも見たからだよ」
 哨戒ヘリは、元々指示された地点に近い場所にいたこともあってすぐ着いた。
「レーダーに反応。北北東の方向です」
 操縦席から双眼鏡で見た副操縦士にも小さな黒い点のようなそれが写った。
「大編隊のようですね。もしかすると、第一次攻撃隊よりも多いかも知れません」
 レーダー員が言う。
「機数はどれくらいだ?」
 レーダー員が、レーダーの反応を分析して言う。
「少なくとも200機前後はいるかと。あと、やはり第一遊撃隊の方向に向かっているようです」
「分かった」
 機長は、母艦に無線を入れる。
「こちら、哨戒へリ二号機。敵攻撃隊を発見しました。敵は、200機前後の規模の攻撃隊です。あともう1つ、敵攻撃隊が第一次遊撃隊の空母がいる方向に向かっている模様」
 母艦から返答が来る。
『了解。哨戒ヘリ二号機は、引き続き敵攻撃隊を捕捉し続けるように』
「了解しました」
 そう言って機長は無線を切った。
「これは、敵も本気のようですね。空母2隻に200機とは…」
 対空レーダーに映る敵攻撃隊の反応は、第一遊撃隊へと確実に近づいていった

★

 第一遊撃隊、戦艦伊瀬。
「敵攻撃隊は、200機以上からなる大編隊の模様」
 リオン中将は、哨戒ヘリから報告を受け取った。
「翔鶴と瑞鶴に戦闘機隊の発艦を下令」
 通信員が、二隻の空母に命令を伝える。
「針路修正、面舵3度」
 羅山艦長が、転進を命じる。これは、攻撃隊の針路にあわせるためだ。
「敵は、機動艦隊への攻撃をやめて、手近な目標である第一遊撃隊の空母を選んだようですね」
 近藤中佐が、リオン中将に言った。
「うふふ。敵から進んで来てくれるなんて、飛んで火にいる夏の虫っていうものね。まぁ、今は秋だけれど」
 リオン中将は、上機嫌だった。もう少しで鼻歌でも歌ってしまうほど気分が良い。
「リオン中将。翔鶴から通信です。迎撃に出す戦闘機隊をもう少し増やしてみてはと言ってきています」
 リオン中将は、すぐに返答した。
「翔鶴の判断に任せる。と伝えて」
「了解。では、翔鶴にそう伝えます」
 通信員は、翔鶴に通信を返す。
 リオン中将は、一回咳払いをして笑みをとめると、部下に次の命令を出した。
「所属艦艇に対空警戒を厳にするように伝えて。一応、対空誘導弾の発射準備もしておくように」
 伊瀬からは、既に哨戒任務に出ているヘリに加えて、対空警戒のレベルを上げたためさらにもう一機が発艦準備にかかった。
 艦尾格納庫からエレベーターで甲板上まで上がってきたヘリコプターは、哨戒ヘリよりも一回り以上大きく、全長で言えば、霧城連邦空軍が運用する中型陸上攻撃機に匹敵する大型機であった。そのヘリコプターの折り畳まれていた回転翼が元の位置まで展開し、パイロットが乗り込む。
そして、パイロットがエンジンを始動させ、大小二つ回転翼、メインローターとテイルローターが回転をし始める。ローターの回転速度が徐々に速くなっていく。
 ヘリコプターの他の搭乗員も、次々と乗り込んでいく。
 今まさに飛び立とうとしているヘリコプターには、既に飛び立ったヘリコプターと違い、バルカン砲と防御用ミサイルの他に長距離対空ミサイルを4発搭載していた。
 強武装ながら航続距離は哨戒ヘリとほとんど変わらず、武装を積んでいる時でさえ、哨戒ヘリよりも長く飛べるほどの大型戦闘ヘリであった。
「戦艦伊瀬所属、三号ヘリコプター離艦します」
 搭乗員が全員乗り込んだことを確認した機長は、外にいる乗員に飛び上がる合図をして、艦橋にも報告をしてからメインローターの角度を調整して機体を上昇させ始める。
 三号ヘリコプターは、高度を上げながら伊瀬からだんだん離れていく。
 巡航状態に入った三号ヘリコプターの窓から、烈風の編隊が見えた。
「レシプロの戦闘機っていうのも良いものですね。あんな大編隊、映画の中くらいでしか見たことなかったです」
 三号ヘリコプターの最前席に座る若い射撃手が興奮気味に言った。
「俺は、若い頃にレシプロの戦闘機に乗ったことがあった。あれにはジェット戦闘機にはない魅力がある。時速じゃジェット戦闘機の足元にも及ばないが、旋回半径が圧倒的に短い。サバンナで草食動物を追いかける猛獣のような戦いができる。それに、武装が機関砲だけだというのもミサイル満載のジェット機とは違う。それにな…」
 射撃手の後ろの席に座る副操縦士が、射撃手よりも興奮した表情で話し始めた。副操縦士は、射撃手よりはいくらか年上で30前半くらいだった。これがヘリ搭乗中で無ければ、副操縦士は、身振り手振り、足も使って全身を動かしながら何時間でもしゃべっていただろう。
「中尉!」
 機長が表情はそのままで口調だけを強めてそう呼ぶと、副操縦士ははっとした顔になって口を手で塞ぎ、申し訳無さそうに頭を少し下げた。
「すいません、機長。どうも、こういう話になるとつい口が勝手に動き出してしまうもので…」
 機長は、その言葉を聞き、微笑を浮かべ、言葉を発した。
「副操縦士がそういう性格だということは良くわかっている。それに、機内で全く話をしてはいけないとも言わない。しかしだ。いくら気分が良くなったからと言って、今は任務中だ。私語はできるだけ慎めよ」
 副操縦士は、コンパクトに敬礼をすると、了解と一言だけ言った。
「まぁ、興奮するのはある程度は仕方ない。私だって、本当は語りたい気分なんだ」
 階級で考えれば、副操縦士よりも確実に年上な階級である。
しかし、副操縦士の顔に刻まれた数々のしわや、皮の分厚くなった手など、いかにもベテランと感じる風貌をしているのに対し、機長は、貫禄という点では、副操縦士よりもどっしり構えていて冷静な印象が得られるが、しわはほとんどなく、どう見ても年上には見えなかった。
彼らのことをあまり知らない人から見れば、機長と副操縦士を逆に見てしまうに違いない。それほど、機長は若々しかった。
 窓の外では、烈風隊が三号ヘリコプターの巡航速度の倍近い速度であっという間に遠ざかっていった。
 烈風隊が小さくなっていくとレーダーに新たな反応が現われた。敵攻撃隊である。フロントガラスから見える空の彼方に、烈風隊と同じくらいの小さな点が現われ始めた。
「機長、敵攻撃隊です」
 副操縦士が、指でそれを指差して示す。
 三号ヘリコプターがさらに接近しようと飛んでいると、無線が入った。
「これより、任務を終了して帰還する」
「了解、任務を引き継ぐ」
 三号ヘリコプターの左前方からひとつの黒い点がだんだん近づいてきてすれ違った。戦艦伊瀬の所属哨戒ヘリだ。哨戒ヘリは、こちらのヘリに敬礼をしながらすれ違った。
「さぁ、これからが本番だ」
 三人の乗員は、前方で繰り広げられるであろう空戦が始まるのを見守った。

★

 この日、二回目の迎撃戦に参加していた第113戦闘機中隊のすみれ大尉は、11人の部下を率いて敵攻撃隊に迫っていた。
 そのすみれ大尉の無線機に迎撃隊の隊長から通信が入る、
「迎撃隊隊長より、各機。これより迎撃を始める。各機、ドロップタンクを投下して空戦を開始せよ!」
 すみれ大尉は、迎撃隊隊長からの通信が終わると、部下だけに聞こえるように通信を切り替えて、口を開いた。
「行くわよ!」
 そう一言だけ言うと、自分の機体胴体下に装着されていたドロップタンクを機体から切り離して投下させる。そして、機体を傾けると、下方に見える敵攻撃隊に向けて降下を始めた。
 敵攻撃隊は、即座に迎撃機の存在を察知し、戦闘機隊を上昇に転じさせて向かわせてくる。
 すみれ大尉は、その中で上昇に転じるのが遅れた一機のF-3Cに狙いを定めて降下を続ける。
「永子、支援よろしくねっ」
 そう言って、機関砲発射のトリガーに指をかけると、やっと鼻先をこちらに向け始めたF-3Cに対して短く射撃を加えた。
 すみれ大尉は、ほんの一瞬トリガーを引いてすぐに離した。敵も機銃を発射しようとしていたが、それを行う前に、すみれ大尉機の20o弾が機体を引き裂いた。
 F-3Cは、右翼付け根に20o弾を受けた。右翼はいとも簡単に胴体から切り離された。いや、むしろむしり取られたと言ってもいい状態であった。
 右翼を失ったF-3Cは、大きく的を外して機銃弾を撃ったが、そんな射撃がすみれ大尉機に当たるはずはなかった。そして、F-3Cは大きくバランスを崩しながらすみれ大尉機の方向に迫る。
 すみれ大尉は、その機体を自機の降下角度と方向を調整する事で回避する。
 そこで、敵攻撃隊を上方から突き切った格好になり、反転して上昇に移ろうと機体を起こした。そこを、今度はRe-109Tが後方から銃撃を加えてきた。
 すみれ大尉は、機体を捩る事でその攻撃を回避する。そして、機体を機動させて敵の背後に回りこむと、逆に攻撃を加える。背後から胴体へと銃撃を受けたRe-109Tは、胴体を貫通しながら20o弾が炸裂する。
 胴体内燃料タンクに穴が生じ、次の20o弾の炸裂で漏れ出したガソリンに引火した。
Re-109Tは、全身を瞬く間に火で覆い尽くす。パイロットもその火に包み込まれたが、焼死する事はなかった。周りを火で囲まれ、操縦不能になったその時、最後の20o弾がパイロットの後頭部から頭を貫通してフロントガラスから抜けていき、パイロットの命を強制的に断ち切ったのであった。
すみれ大尉は、今度こそ高度を回復しようと機首を上げた。
すると、上昇軌道上に攻撃機の一個小隊が差し掛かりそうであった。
「邪魔よっ!」
すみれ大尉は、機体の角度を変えて避けようとしたが、それが無理だと一瞬で判断すると、三機の攻撃機に向けて20o弾を発射した。20o弾は、三機のうち一機の胴体中央部に命中し、胴体内燃料タンクを食い破って火災を起こさせ攻撃機を火達磨にした。発射した20o弾のほとんどを受けたその攻撃機は、火達磨になってすぐ、爆散し、四方八方に破片を飛び散らせた。
 残った他の二機は、次の射撃から回避しようとそれぞれ右と左に旋回して距離を開ける。すみれ大尉は、その開いた隙間を縫って攻撃機の間をすり抜けていく。途中、爆散した攻撃機の破片が、機体に当たり、金属と金属がぶつかるカンカンという音がする。
「中隊長、後方に敵機!」
 すみれ大尉が、下方を見ると、F-3Cが必死に食らいついてきているのが見えた。通常は上昇を続ければ追いつけないのだが、すみれ大尉は、敵機が機銃弾を発射させてくると読んで、機体の角度をもっと急にして背面飛行の体勢に入らせると機体を横に回転させて背面飛行から元に戻す。予想通り、敵機は射撃を加えてきて間一髪の差で銃撃を避ける事ができた。
 佐渡中尉は、すみれ大尉の機体を追って速度が一時的に落ちた敵機に向かって機体を急降下させる。速度計測器の針が指す場所がどんどん変わっていき、コックピットの外では機体が風を切って音を立てる。体当たりでもするかのように一直線に敵機に向かって飛び、背面飛行の状態から復帰できていない敵機をお腹から銃撃する。
 20o弾をしこたまお腹に命中させられたF-3Cは、胴体部が爆発を起こし、両翼と尾翼の辺りを三方に飛び散らせ、胴体部は火達磨になりながら海面へと落ちていった。
 佐渡中尉が攻撃を終えて機体を立て直そうとした時、機体の後ろの方で機銃の発射音が鳴り響いた。
「永子、後ろっ!」
 不覚にも後ろを取られてしまったらしい。敵機の機銃弾は、幸いにもわずかに目標を外していたらしく、機銃弾の内一発が右翼を掠り過ぎていった。佐渡中尉は、操縦桿を大きく倒し、機体を急旋回させる。体に強力なGがかかり、座席に体を押し付けられる。
 急旋回状態から機体の角度を元に戻し、今度は上昇状態に移行させている途中で、機体後方に機関砲の発射音に次いで、大きな爆発音が鳴り響いた。
 流れから想像して、誰かが他の機体を撃墜したことがわかる。永子がその方向に振り向くと、銃撃を終えた一機の烈風が爆発した機体の側を通り過ぎていくのが見えた。
「お互いに、危ないところだったわね。ありがと」
「いえいえ、こちらこそ助かりました」
 二機は、合流して高度を回復すると、次の獲物を物色する。空戦を行っている中で、敵機に追われている烈風を発見した。その烈風は、小隊を組むもう一機が撃墜されたか、他の機体で手が塞がっているらしく、旋回を繰り返して敵機を振り切ろうとしていた。
 すみれ大尉は、隣を飛ぶ佐渡中尉に、手で合図を加える。
 そして、機体を横転させて降下態勢に入ると敵機に接近しながら銃撃を加える。敵機は、20o弾が命中する少し前に機体を急旋回させて攻撃を避ける。
 すみれ大尉の機体が敵機とすれ違ったあと、佐渡中尉が時間差で銃撃を加える。
 しかし、これも敵機は背中に目でも付いているかのような俊敏さで、鮮やかに攻撃を避けてきた。
 すみれ大尉は、反転上昇して再び射線に押さえようと旋回と、上昇をする。だが、二度目の攻撃も当たる寸前のところで避けられてしまった。
 このことで、すみれ大尉の心の中の何かに火がついてしまったようだ。その敵機を追従する姿勢に入ると、佐渡中尉に通信を入れる。
「私、ちょっと行ってくるわ。後は任せたからね」
 佐渡中尉のため息が一瞬聞こえた気がするが、了解と一言だけ返答してきた。
 敵機は、まるですみれ大尉を誘っているかのように機動を行っていた。
「うふふ、そっちがその気なら、私も誘いに乗ってやるわ」
 速度で勝るすみれ大尉機は、敵機F-3C艦上戦闘機にどんどん近づいていく。
 そして、敵の尾を機関砲の照準内に押さえたすみれ大尉がトリガーに指をかける。
しかし、トリガーを引き絞ろうとした一瞬前に、すみれ大尉の前から消え失せた。すみれ大尉が、視線をめぐらせて敵機の居場所を探すと急旋回と上昇、降下を行って反対に自分の尾に付こうとしているのが見えた。そうはさせまいと、すみれ大尉は、機体を急旋回させてこれを交わす。
敵機は、少し大回りながらもすみれ大尉の後を追ってくる。敵機を切り離そうと旋回を繰り返していると、敵機は、旋回状態から急に上昇して、すみれ大尉の烈風を上から押さえようと降下してきた。
「今に見てなさい。必ず落としてやるんだから」
 すみれ大尉は、視界に入った敵機を目で捉え、狙い済ました20o機関砲で銃撃を加えるかのように睨み込んだ。

★

 すみれ大尉らの空戦をずっと観察していた第3号ヘリコプターは、戦況を逐一報告していた。
「烈風隊、ただいま善戦中。しかし、小隊規模で迎撃網を突破した機体も多数」
 機長が、そう母艦へと報告すると、すぐに返答が帰ってきた。
「突破した戦闘機はいいから、攻撃機と爆撃機を攻撃せよ」
 我が方は、戦闘機しか出していないので、お腹に爆弾や魚雷を搭載した攻撃機か爆撃機なら見間違って味方機を撃墜する可能性は低かった。
「了解」
 機長は、前席に座る射撃手にミサイルを撃つように命令する。
「補足完了しております。いつでも撃てます」
 射撃手の言葉に頷くと、機長は手で射撃の合図をした。
「ファイアッ!」
 射撃手が掛け声と共にミサイルを発射するボタンを力いっぱい押す。左右に二発ずつ懸架されていた対空ミサイルの内、右翼の一発が勢い良く発射された。
 ロケットエンジンが雄たけびをあげながら、音速を超える速度で空を飛びぬける。ミサイル自体に搭載された誘導装置が、敵機の姿を鮮明に捉え、一寸たがわぬ弾道で迫っていく。一秒前まで、小さい点ほどの大きさしかなかった敵機が驚くべき速さで大きくなっていき、三機いたうちの中央に位置する小隊長機に命中した。
 小隊長は、轟音が聞こえたと思った次の瞬間には魂を持って行かれていた。同乗していた機銃手や爆撃手も自分に何が起こったかを全く把握できずに散って行った。
 同小隊で、密集陣形を取っていた他の攻撃機は、爆散した小隊長機の破片を近距離からまともに受けた。コックピットのガラスに破片が当たってひびが入り、他の破片はガラスを貫通してコックピットの中で跳ねた。
 機銃手の一人が破片で首の血管を切り、吹き出した血でコックピット内が赤く染まる。外からも赤い水滴がガラスの外側に張り付き、生き残った乗員の視界を奪う。2機の攻撃機が互いに衝突しそうになったのを立て直したとき、進行方向から向かって右側の機体が急に機首を下げた。上昇、降下を操作するための昇降陀が故障したらしい。
 一人は、どうにか脱出できたが、もう一人は脱出できずに攻撃機と運命を共にした。
「機長、やりました。敵機2機撃墜です」
 ミサイルが敵機を撃墜して、さらに一機が墜落した時、副操縦士が大きくガッツポーズをして言った。
「中尉、それはそうと、空戦の状況はどうだ?」
 副操縦士は、自分の目の前にあるレーダーを確認する。レーダーに映る機影は明らかに減っていた。今度は、双眼鏡で空戦が行われている方向を確認する。双眼鏡には、霧城連邦の国旗を機体に描いた戦闘機が大半を占めていた。
「敵攻撃隊、明らかに減っています」
 そこで、射撃手が振り返って言った。
「空だけ見てると気づきませんが、第一遊撃隊とだんだん距離を詰めていませんか?」
 射撃手が言ったとおり、敵攻撃隊は、半数以上を撃墜されながらもじりじりと前進を続け、距離を確実に縮めていった。戦闘機部隊が烈風隊を翻弄し、敵をひきつけている間に、攻撃機と爆撃機の編隊が爆弾や魚雷という大きな重りを背負い、遼機を次々と失いながらも、前方に見えてきた敵艦隊へと迫りつつあった。
「さらに、敵一個中隊が迎撃網を突破」
 第3号ヘリコプターは、突破した攻撃隊を搭載するミサイルで迎撃したが全部撃ったとしても4発しかない。他にも対空ミサイルを装備したヘリが飛び立ってはいたが、全て防ぎきれるものではなかった。
「機長、戦闘機、こちらに向ってきます」
 戦闘機が一個小隊2機、右前方から向かってきていた。
「烈風ではないな?」
 双眼鏡でその戦闘機を確認した射撃手が返答する。
「いえ、大セレネバ帝国の艦戦です」
「ミサイル迎撃用意」
 射撃手が、目標を捕捉してミサイル発射準備を行う。
「撃てっ!」
「ファイアッ!」
 第3号ヘリコプターに搭載された防衛用ミサイルが発射される。ロケットに点火したミサイルが敵機に向かって飛び去っていく。さらに、もう一機に向けたミサイルが続けて発射された。
 敵戦闘機は、目にも止まらないものすごい速さで迫ってきた飛翔体にとっさに機銃を撃ちはなって応戦したが、音速を超えるミサイルに目測で機銃を当てるなど不可能だった。
 それに、機銃を撃ち始めたとほぼ同時にミサイルが視界いっぱいに広がり、激突した。
 一機は、右翼部に命中し、これを跡形もなく破壊して翼の半分を強引に剥ぎ取った。もう一機は、尾翼付近にミサイルが命中して、胴体の後ろ半分をむしり取った。
 そして、2機の戦闘機は、それに乗るパイロットと共に海へと没した。
「こちら、第3号ヘリコプター。さらに一個中隊規模の航空機が迎撃網を突破」

★

 リオン中将は、敵機が来るのを今か今かと待っていた。迎撃網を突破してくる航空機がいるのは最初から織り込み済みだった。
 既に、上空直掩機を全機発艦させており、各対空砲、対空機関砲、対空機銃等には戦闘配置済みだった。
「敵攻撃機接近。数、38」
 レーダー員より待ちに待った情報が入る。
 リオン中将だけでなく、第一遊撃隊に所属する艦艇全ての乗員が自分の対空砲火の射程範囲に入るのを待っていた。
「リオン中将、対空誘導弾の発射はどうしましょう?」
 リオン中将は即答する。
「対空誘導弾は使用しない方向で行くわ。偵察に出たヘリが搭載したミサイルで敵機を撃墜しているし、これくらいの数、ミサイル以外の対空兵器だけでも十分対応できるわ」
 第一遊撃隊は、このとき、突破した敵機を誘い込むため空母を戦艦伊瀬の後方8キロまで前進させ、防空巡洋艦一隻、駆逐艦二隻を空母側に配置した他は、重巡洋艦と防空駆逐艦や防空巡洋艦を戦艦伊瀬のすぐ後ろまで前進させていた。これに、駆逐艦と空母自身の対空火器が集まれば、優に一個機動艦隊の対空射撃能力をも上回るほどの激しい射撃を加える事ができる。第一次攻撃隊の時は、念のため防空巡洋艦や防空駆逐艦は空母に張り付かせて敵機からの攻撃に備えていたが、第二次攻撃隊ではその空母を目標としていると判断されたため、あえてそれら防空艦を前進させていたのだった。
 こうすれば、まず、敵機は艦隊の防空網を突破できない。仮に突破されたとしても、戦艦伊瀬による対空ミサイル攻撃を加えれば容易に撃墜できると考えていたのだった。
 そうなると、対空ミサイルで最初から敵機を撃墜すれば良いのではないかと言われるかも知れないが、ミサイルはこれからの戦いのために極力温存しようと考えていた。
そのため、今回のようにミサイルを使わなくても敵を排除できると判断された時は、もしもの時の為の予備として取っておき、使わない方向で行こうと決めていたのだった。
「敵機、我が対空火器射程内まで後10秒、9、8、7、6、5、4、3、2…」
 対空火器を扱う兵士達が『撃て』の合図を待つ。
「ゼロ!」
 カウントダウンがゼロになったと同時に、リオン中将が大きくはないが遠くまでよく聞こえる声で言った。
「対空射撃開始。撃てっ!」
 まず、戦艦伊瀬や防空巡洋艦などが装備する両用砲、高角砲が火を吹いた。それに続いて、伊瀬の装備するビーム砲が攻撃を始める。
 並みの一個機動艦隊の対空火器に勝るとも劣らぬ、ものすごい対空砲火が敵攻撃機の群れへと発射された。
 敵攻撃隊は、散開してこれを交わそうと機動する。雷撃機は、スロットルを目いっぱいまで上げ、濃密で、厚い対空砲火の弾幕の中を被弾も恐れずに進んでいく。
 急降下爆撃機は、いったん高度を稼ごうと急上昇の姿勢に入る。
 しかし、戦艦伊瀬のビーム砲は、上昇に転じて動きが鈍くなった急降下爆撃機を容赦なく撃ち落していく。ある機体は、胴体を蜂の巣にされ、他のある機体は器用にも右と左の翼を綺麗に剥ぎ取られ、またある機体は蜂の巣になる前に胴体下に搭載していた爆弾に命中弾を受け、燃料タンクを撃ちぬかれ、爆発を起こして両翼、尾翼、機首部分を四方八方に吹き飛ばした。
「急降下爆撃機、一機逃しました。戦艦伊瀬の真上より来ます!」
 リオン中将は、この報を聞き、すぐさま迎撃ミサイルを発射するように言った。
「撃てっ!」
 ミサイル垂直発射装置の蓋が開き、対空ミサイルが一発発射される。空に白い航跡を残しながらミサイルは飛んでいき、今まさに爆撃を行おうとしていた敵機を撃墜する。
「ミサイル命中。敵機撃墜」
「雷撃機、右舷三十度より6機来ます」
 レーダー員から敵機の報告が入る。
 これを受け、戦艦伊瀬の搭載する最終防御システム、CIWSが毎分何千発という猛烈な弾幕を張る。敵雷撃機は、先ほどの弾幕の何倍もの機銃弾をしこたま撃ち込まれる。1発命中しても機体が四散してしまうほどの威力を持った30o弾であるから、それを何十発と撃ち込まれたのだからたまったもんじゃない。
 敵雷撃機は、瞬く間に被弾し、四散し、粉々になりながら海面へと墜落していった。
「リオン中将は、敵攻撃隊は、空母よりも戦艦を目標にしているようですな」
 艦長の羅山大佐が言った。
「それなら、それよ。全機、撃墜するまで」
 第一次攻撃隊の時とは違って、敵機は対空砲火に晒されながら被弾をものともせず、爆弾や魚雷を早く投下して逃げるというような事はしなかった。敵攻撃隊は、多数の命中弾によって、途中多くの脱落機を出し、機体の外版をささくれ立たせながら進撃を続けた。
「左舷40度より雷撃機接近」
 レーダー員が、対空射撃の音に負けないように、大きな声で言った。
 戦艦伊瀬の対空砲の内、左舷への迎撃可能な対空砲が敵雷撃機に向けて砲撃を始める。この雷撃機部隊は、通常の魚雷とは違う新型魚雷を搭載していた。雷撃機は、大セレネバ帝国のA-31Cマージェリーで、お腹に抱く魚雷は常用する航空魚雷と比べて炸薬の量は同じだが、一回り以上大きく、長距離を走るものであった。この魚雷は、海戦に、実験的意味合いを込めて投入されていたのである。
 ビーム砲が敵雷撃機の機体を焼き切りながら貫き、両用砲が毎分何十発という高速で砲撃を続け、空になった薬莢が次々と放出される。
 機関砲や機銃も、艦内の弾薬を全て消費してしまうのではないかと思ってしまう勢いで、射撃を続ける。
 時間が経つごとに、弾が次々と発射され、砲身が少しずつ磨り減り、艦内の弾薬が消費されたことにより、艦の排水量が減っていった。
 戦艦に限らず、艦艇は皆、燃料、弾薬、その他いろいろなものを載せて運用されているが、燃料と弾薬はその中でも大きな割合を占めている。戦艦伊瀬は、原子力が動力なので艦の推進用の燃料は積んでいないが、代わりに航空機用の燃料を積んでいた。
 伊瀬が砲塔を片弦だけ使っても、毎分トン単位で砲弾を消費しているのだった。今は、主砲を使っていないので、主砲を使えば、これが何倍にも膨れ上がる。
 左舷より迫っていた敵雷撃機は、そのほとんどを魚雷投下前に撃墜されていたが、一機だけ投下位置まで前進する事ができていた。
「投下用意…、投下!」
 乗員が投下スイッチを押したのとほぼ同時に、伊瀬の放った対空砲弾が雷撃機を襲った。胴体は両用砲弾を受け、両翼には機関砲弾や機銃弾が何十、何百発と命中して一機にそんなに撃たなくてもと思うほどの命中弾を受けたその雷撃機は、機体を粉々に破壊した。
 しかし、魚雷だけは、敵の攻撃が当たる前に海中に投下された。その新型魚雷が、高速で海中を推進する。
「魚雷一発接近」
 ソナー員が投下からすぐに報告してきた。
「最大速力、取舵いっぱい」
 羅山艦長が部下へと命令を下す。
 なおも対空射撃を続けながら、全長270メートルの巨艦が魚雷を避けるために舵を切った。舵を切ってから少し時間を置いて、ゆっくりと曲がり始める。
 魚雷は、曲がり始めた伊瀬の艦首部分に向かう形で接近し、どんどん距離を詰めていく。
 ソナーに映る魚雷の反応が刻一刻と迫っていき、伊瀬の切っ先をあと何十センチも無いくらいすれすれの距離を斜めから通り過ぎていく。
 外を見ていた見張り員は、白く跡を引く魚雷をじっと見つめていた。魚雷を投下したパイロットにしてみれば、一番の大物を逃がしてしまってさぞ悔しかったであろう。しかし、イロットは魚雷が避けられるのを見る前に命を奪われてしまったので分からなかったが…。
 この頃には、何回かに分かれて攻撃を仕掛けていた敵攻撃隊は全て撃墜されたか、命からがら母艦へと引き替えしていた。その機体もほとんどが空を守る直掩機に撃墜されていった。
 やはり、第二次攻撃隊もまったくの空振りで終わる事になるのであろうか、空母部隊司令部に『戦果無し』の報告があげることが決まりかけていたその時、報告を変えなければいけないことが起こりつつあった。
 先ほど、伊瀬に向けて放たれた魚雷が前衛部隊を抜け、後方の二隻の空母に迫っていたのである。
 しかし、戦艦伊瀬ら前衛の艦艇は、後方の空母部隊に魚雷が迫っている事を通知していなかった。それは何故かと言うと、魚雷は、戦艦伊瀬の手前数qの位置から発射されたものであり、伊瀬から10q以上離れた翔鶴らのいる所にたどり着くまえに燃料が尽きてしまうと考えたのである。これによって通知が遅れている間にも魚雷は白い航跡を描きながら空母の方へと迫っていった。
 1q前方まで魚雷が近づいて初めて、空母らの艦艇に回避運動を取るように命じた。
長距離を走るため速力は遅いほうだったが、1qと言えば、到達まで一分とかからない距離だ。そんな近距離で翔鶴と瑞鶴は初めて回避運動を取り始めた。

 二隻の空母は、艦の出力を一気にあげ、大きく舵を取った。水を切りながら、全長250mの空母が少しずつ、少しずつ曲がり始める。魚雷は、まず、翔鶴の艦首に向かって迫っていった。翔鶴は、懸命に舵を切り、魚雷を艦首すれすれで交わすことができた。艦首を通り過ぎた魚雷は、翔鶴の舷側を少しずつ離れながら疾走し、翔鶴すれ違っていった
 翔鶴に当たらなかった魚雷が次に目指したのは、同型艦の瑞鶴であった。
 しかし、瑞鶴は既に魚雷の進む先にはおらず、300m離れたところへと退避できていた。瑞鶴の舷側では、見張り員が、双眼鏡で艦首の左前方を走る魚雷を見ていた。
これで一安心と艦艇の乗員達が思いかけたその時、双眼鏡に映る魚雷の挙動が急に変わった。魚雷のスクリューが立てる白い航跡がジグザグに走ったかと思うと、瑞鶴の方向へと角度を変えて迫ってきたのであった。
 A-31Cマージェリーの放った魚雷は、新型のものであるが故の初期不良を抱えていた。開発されてすぐで、実用試験を全て終わらない前に無理やり実戦投入したため、駆動系に故障が発生したのだった。
「速力最大。取舵一杯」
 操舵手は、操舵輪を目一杯回して舵を大きく切った。
 しかし、距離は300mという近距離である。魚雷は、30秒と経たずに瑞鶴を襲う。瑞鶴は、魚雷が目と鼻の先に迫って、やっと舵が効き始め艦が曲がり始めた。これでは、魚雷を避けられるはずが無かった。
 左舷前方やや後方の喫水線下に命中した魚雷は、命中と同時に炸薬を爆発させて瑞鶴の対魚雷防御装甲を食い破ろうとする。翔鶴級は、450kgの炸薬を搭載した魚雷を防げるように防御を施されているが、それは機関部や弾薬庫などの重要部を集中して防御しており、艦首部分など全幅が狭い部分は幅の問題から十分な防御が出来ていなかったのだ。
 艦前部に命中した魚雷は、重要部に比べて薄い防御装甲を突破して艦内部まで穴を開けた。舷側の破口からは、海水が大量に浸水し、前部居住区を水に沈める。
「ダメージコントロール班は、至急現場に急行して浸水を止めろ」
 艦長の命令を受けて、ダメコン班が魚雷の命中によって生じた穴を塞ごうと浸水現場に急行する。
 浸水のほかにも、瑞鶴は、魚雷命中による衝撃で思いもよらない被害を受けていた。航空機用燃料タンクの繋ぎ目に衝撃による綻びが出ていたのである。その綻びにガソリンの圧力が集中して、少しずつ亀裂を走らせていった。
 しかし、艦の乗員は、たかが一発の魚雷で燃料タンクに穴が開くなど夢にも思わず、浸水を止めるために、水が勢いよく噴出すパイプの側にあるバルブを必死に回していた。
 少しずつ亀裂を大きくさせていき、ついに燃料タンクに破口を生じさせた。開いた穴からは、ガソリンが漏れ出し、気化し、辺りに充満し始めたのである。
 最初にガソリン漏れに気づいたのは、上の階にいた乗員で、ただならぬ不安を感じて、燃料タンク近くまで降りてきていたのだった。彼は、燃料タンク近くまで来て濃度の濃い気化ガスの匂いを感じた。
 これはやばい、そう判断した彼は、仲間に燃料タンクのことを知らせようと下りてきた階段を急いで駆け上がった。だが、この彼の行動が、より一層事態を悪化させてしまった。彼が履いている靴の裏側には、金属の鋲が打ってあるのだが、これは乗員が通常履いている靴だった。この金属の鋲が、階段と摩擦を起こして、小さな火花をおこしたのであった。
 その、青白い小さな火花が無色透明の気化ガスに引火し、爆発を起こしたのである。
 上の階へと続くハッチを開けようと、ハッチについているハンドルを回そうとした彼を爆発の圧力が襲う。それによって彼の手をハンドルから引き剥がし、通路の壁に打ち付け、壁と爆風で挟み込んで命を奪い去ってしまったのだった。
 この爆発は、瑞鶴の艦橋にいる要員も襲った。
「この揺れは何だ」
 艦長が部下にそう言ったのに少し遅れて、艦橋に息を切らしながら一人の兵士が入ってきた。その兵士は、艦長の前まで来ると手に持った紙を見ながら報告をし始めた。
「現在起こった爆発は、航空機用燃料タンクのすぐ側で起こったことから、気化したガスに引火したものと思われます」
 そこまで兵士が報告をしたとき、艦長は、驚きに目を大きく見開いた。
 艦長が目を見開いたのは、部下が報告したことについてではなかった。その部下の背後で起こったことに驚いたのであった。
 先ほどの爆発で、燃料タンクに開いた穴がさらに大きくなり、漏れ出した大量のガソリンが気化し、艦中央部で爆発を起こして飛行甲板を内部から押し上げたのである。先の爆発よりもはるかに大きい衝撃に、艦長たちはトランポリンのように艦橋内を跳ねた。
 そして、飛行甲板が歪曲して生じた穴からどす黒い煙が立ち上る。艦内の所々で火災が起こり、ようやく止めたところだったものを台無しにし、さらに大量の海水が艦内に流入した。
 艦長は、体のいたるところを骨折していたが、近くにあった機械を支えにして腕の力だけで立ち上がった。そして、部下に命令を下した。
「浸水区画を閉鎖。弾薬庫へ注水、火災を食い止めろ」
 艦橋内の要員が慌しく走っていった。その中で一人、艦長に近寄って傷を手当てしようとした兵士を艦長は怒鳴った。
「私はどうでも良い。そんなことを私にしている暇があったら、艦内に降りて他の作業を手伝いたまえ」
 その兵士は、手をすぐに離して敬礼をすると艦内への階段を下りていった。
 瑞鶴は、艦載機のほとんどを戦闘機にしていたので、ほとんど爆弾等を積んでいなかった。それが、幸いにも瑞鶴の艦内部での誘爆を最小限に収めたのであった。これが、通常空母であれば、大量に搭載されている爆弾や魚雷に引火し、誘爆し、艦内を火の海にしていた事であろう。
 瑞鶴は、これによって間一髪、轟沈を免れはしたがそれで危機が去ったわけではなかった。瑞鶴の乗員達の受難は、今始まったばかりであった。

★

 瑞鶴が魚雷による被害に見舞われる少し前、敵の第二次攻撃隊と第一遊撃隊の烈風隊との空戦が行われている空域。
 すみれ大尉は、敵のF-3Cに幾度にも及ぶ攻撃を仕掛け、傷だらけの状態にさせながらも致命傷になり得る被害を与える事はできないでいた。これは、すみれ大尉が常用している一撃離脱戦法ではなく、格闘戦で敵に攻撃を仕掛けたことが1つの要因となっていた。
 F-3Cは、開発時から格闘戦用の軽戦闘機として作られたのに対し、烈風は、高速、重武装の一撃離脱戦法用戦闘機として作られていたのだった。
 烈風も格闘戦が出来るように設計はされているが、純粋な格闘戦用戦闘機と比べると互角か少し性能が劣るくらいの性能しかなかった。
そのため、一撃離脱戦法に徹し、高度を取っては、降下しながらの攻撃、再度高度を回復してから攻撃を繰り返すという攻撃を加えていれば、烈風の優位は全く動かなかった。
 しかし、すみれ大尉は敵機が格闘戦で攻撃してくるのに対応して、自分も格闘戦を用いて攻撃を仕掛けていたので、F-3Cの方も互角以上に戦えていたのだった。
「ふふっ、やるわね。でも、これまでよ!」
 操縦桿をいっぱいまで引き、旋回で発生するGに押しつぶされそうになりながら、すみれ大尉は、F-3Cの背後を取ろうと旋回を続けた。
 2000馬力というエンジンの力に任せた強引な旋回によって、すみれ大尉の烈風は、ついに敵機の背後を完全に照準内に収めた。
 そして、絶好の射撃位置に着いたと判断したすみれ大尉は、判断したと同時にトリガーを引き、20o弾を敵のF-3Cに向けて撃ち出した。烈風の放った20o弾は、F-3Cのエンジン部分を直撃し煙を噴き上げさせた。F-3Cは、エンジンが被弾によって停止した事により機首を海面に向けた。
 すみれ大尉は、自機の周りを警戒しながら墜落していくF-3Cを見た。F-3Cは、錐揉み状態で降下し続けながら海面へと近づいていったが、途中で機体から小さな物体が分離し、白いパラシュートを開くのが見えた。
 それをすみれ大尉が確認して、佐渡中尉に無線で連絡を入れて合流しようとした時、編隊内連絡用の回線で連絡が入った。
「中隊長、合流しましょう」
 佐渡中尉は、すみれ大尉が言おうとしたことをそのままそっくり言ってきた。佐渡中尉は、自機の周りの警戒はすみれ大尉と同じく行っていたが、それと同時にすみれ大尉の空戦の様子もずっと見守っていたのだった。
 すみれ大尉も、周りを警戒しながら部下の空戦を見ることはあったが、佐渡中尉の無線はまるで自分側に居続けているかのようにリアルタイムに報告が来ていた。
 初めての人ならびっくりするかもしれないことだが、すみれ大尉にとって見れば極普通な事なので無線を聞いてすぐ返答をした。自分の無線の設定も編隊内用に切り替えてから。
「いつも良く観察してるわねぇ。あなた、本当は私の後ろに座ってたりしないかしら?」
 すみれ大尉は、後ろを振り返りながら言った。
「そうですね。座っていたらどうします?」
 佐渡中尉には珍しく、すみれ大尉の冗談に乗ってきた。
「そうねぇ…、その分機体が重くなって機動性が悪くなる」
 すみれ大尉は、佐渡中尉の珍しい態度に機嫌を良くして、ちょっとぼけてみる事にした。
「その心配はしなくても大丈夫です。対策は簡単です」
「なにかしら、対策って」
 佐渡中尉が先をなかなか言おうとしないので、催促するように言った。
「中隊長、パラシュートは常時背負っていますよね?」
「それはもちろん。中隊長が忘れてたら冗談にもならないもの」
 すみれ大尉が返答をすると、佐渡中尉は、敵機を撃墜する時のように短く、それでいて鋭く研ぎ澄まされた言葉を放った。
「では、中隊長が飛び降りて頂ければ大丈夫でしょう」
 無線で何回か交信をするうちにすみれ大尉と佐渡中尉の烈風は合流を果たしていた。
「永子、私が飛び降りなくても機体の重さを軽くする方法があるわ」
 ほう、そう一言だけ返答がある。そして、すみれ大尉は機首をあげて背面飛行の状態に入ると、機体を横にロールさせて正常飛行の状態に戻る。
 それと同時に、佐渡中尉も機体を降下態勢に入っていた。
「こうすれば良いのよ」
 すみれ大尉は、20o機関砲の発射トリガーを引き絞った。その銃弾の先には、機首を下げ始めたF-3Cがいた。
 F-3Cは、佐渡中尉機を撃墜しようと接近したところであった。
 烈風から発射された20o弾は、F-3Cの尾翼付近に命中し、この部分を四散させ胴体部から奪い去る。
「ほら、これで少しは軽くなったわ」
 すみれ大尉は、F-3Cが真っ逆さまに海へと墜落していくのを確認すると、敵機に注意しながら佐渡中尉機が戻ってくるのを待った。
「永子、あと、空戦で使った燃料を加えればそれくらいすぐじゃない」
 合流するのを待っている間にも、すみれ大尉は佐渡中尉に話しかけ続けていた。これほど余裕で話を続けていられるのには訳があった。それは、空を見てみれば一目瞭然である。すみれ大尉の第113戦闘機中隊が空戦に突入する前には200機近くいた敵機が、迎撃に飛び立った烈風よりも少なくなっていた。
 まだ、空戦に突入してから10分程度しか経っていないのである。生き残った機体も、傷だらけのものばかりで、もう迎撃機と戦う力は残されていなかった。第一次攻撃隊同様、制空の戦闘機部隊のダメージが大きく、先ほどすみれ大尉が撃墜したF-3Cで制空隊はかき集めても中隊規模にもならなかった。
 迎撃網を突破した機体も、伊瀬以下の対空攻撃によって片手で数えられるほどしか生きては帰ってこられなかった。
 しかし、ここで迎撃機の方にも限界が訪れていた。烈風のパイロット達は皆並以上のエースといえるほどの凄腕のパイロットではあったが、その腕を持ってしても敵の数は多すぎた。この10分の空戦で、どの烈風も搭載する20o機関砲の弾をほとんど撃ちつくしてしまい、これ以上の追撃は不可能になってしまったのであった。
「中隊長、弾のストックはあとどのくらい残っているのですか?」
 無事、合流を果たした佐渡中尉が尋ねてきた。
「そうね、あと3機は敵機を撃墜できるくらい残っているわ」
「追撃しますか?」
 すみれ大尉は、即答する。
「それよりもまず、中隊を合流させなくちゃ。それに、燃料だって結構消費しちゃったしね」
 すみれ大尉は、無線を中隊全体に届くように設定を変えて言った。
「中隊長より各小隊、速やかに合流せよ。地点は、…」
 すみれ大尉は、すばやく合流地点を伝え、そこへ機体を飛ばす。
 すみれ大尉の烈風が合流地点に近づくにつれ、戦闘を終えた各小隊が合流し始めた。
 そして、各小隊12機の烈風が合流して少し経ったとき、迎撃隊隊長から無線が入った。
「総指揮官機から各中隊へ。各中隊は、空戦を終了させよ。これより母艦へ帰還せよ。ただし、瑞鶴所属機は母艦上空まで付き次第、次の命令を待て。瑞鶴が被雷し、大破相当の損害を受けた。詳しい被害は今確認中だ。瑞鶴所属機は、次の命令を待つように」
 じっと総隊長機からの無線に耳を傾けていたすみれ大尉は、瑞鶴被雷の報告を聞き、声に出して叫んでしまうほど驚いた。
 翔鶴級空母は、霧城連邦の空母としては大鳳級空母の一つ前に建造された空母でそれまでの技術の粋を結集して建造された空母だった。そのため、敵の急降下爆撃、雷撃などに十分対応できる防御力を備えていた。
 その翔鶴級空母の内一隻の瑞鶴が大破するとは、すみれ大尉には到底信じられなかった。
「中隊長、今の無線で瑞鶴が…」
 無線のスピーカーから聞こえる佐渡中尉の声からも今の自体が信じられないというような雰囲気が伝わってくる。
「詳しくは、近くまで行ってからじゃないと」
 大破相当と聞いて、すみれ大尉は最悪の状態を想像したが、その目で見るまで信じたくないと思いながら言った。
 いつもなら、空戦の戦果を真っ先に報告してくるはずのレイカ少尉も沈黙を通していた。すみれ大尉は、レイカ少尉に何か話しかけようと思ったが、今は自分のことで精一杯だったし、何を言ったら良いのか全く思いつかなかった。
 そして、中隊内が静かなまま、その現場へと差し掛かった。
 すみれ大尉が空母部隊上空から見た瑞鶴は、一目見ただけでも惨状が分かるほど損傷を受けていた。
飛行甲板の左舷側は、艦内から出るどす黒い煙と炎に隠され、その様子を見ることはできなかったが、煙で隠されていないところは目を覆いたくなるほどだった。
甲板の鋼鉄版が大きく盛り上がり、切り裂かれ、所々穴が開いて煙や炎が見えていた。舷側には、被雷やその後の爆発によって生じたのであろう大きな穴が開いており、海水が流入していくのが見えた。そのせいで艦自体が大きく横に傾いている。
艦の近くには小さな何かが点々と浮いていて、その中でも大きな点は救命筏のようだった。少し高度を下げてみると、救命胴衣を着けて浮いている兵士や、爆発によって生じた艦の破片に体を預けているもの、備え付けてあった場所から吹き飛ばされてひっくり返っている小型艇にしがみついているものもいた。
すみれ大尉は、この光景に衝撃を受けすぎて、悲しいとかそういう気持ちを通り越してただその光景を見ていた。
それを見ている途中で、無線機から一瞬雑音が聞こえたと思うと、その後すぐに総隊長から命令が届いた。
「総指揮官機から各中隊へ、見て分かるように瑞鶴は着艦不可能だ。そこで、瑞鶴所属機も翔鶴に収容する事になった。しかし、全ての期待は収容できない。そのため、損傷の大きい機体は処分する事になるだろう。着艦する順番だが、まず、損傷度の高い機体からだ。次に、燃料の少ないもの。後は、基本的に翔鶴機を優先して着艦させる。以上だ」
 総隊長からの命令に従えば、すみれ大尉の第113戦闘機中隊が着艦できるのはあとの方になることは確実だった。
 すみれ大尉は、部下に旋回しながらの待機を命ずると、海面に向いていた視線を戻し、翔鶴に着艦していく烈風にそれを向けた。
 まず着艦したのは、主翼から煙を出し、右へ、左へ揺れながら危なっかしい操縦の仕方で飛ぶ烈風だった。翔鶴の着艦コースになんとか入り、飛行甲板の端までたどり着いた烈風であったが、あと何メートルかで飛行甲板に接地できるといった所で見えない風に煽られたかのように機体が右舷側に急に曲がり、飛行甲板に右翼の先から激突した。
激突した瞬間、機体がぱっと明るくなり赤い炎と黒煙を上げ始めた。パイロットのいるコックピットが瞬く間に炎に包まれ、甲板上にいた兵士達が消火用のホースや救命道具など、いろいろな道具を持って近寄ったときには炎と煙で中がどうなっているか全く分からない状態だった。ホースを持った兵士が、勢いよく機体に水を吹きかける。
 しかし、火はなかなか収まってくれない。そこで、業を煮やしたのか一人の兵士が火の中に突っ込むように入って行き、バールでコックピットをこじ開け、中にいた兵士を引きずり出してきた。
 パイロットを救出し、機体の火災がある程度収まってくると、機体を舷側に向けて押していった。舷側の端まで来ると、一気に押して機体を海へと投棄する。そして、飛行甲板上に残った小さな火を消すと、落ちている大きな破片をどかし、次の着艦に備えた。
 このあと、順調に烈風は着艦して行ったが、もう少しですみれ大尉の順番だと思っていたその時、飛行甲板の端までたどり着いた烈風が一瞬機首を天に向けたと思ったすぐ後、今度は横ではなく、縦に機首部分から突っ込んだ。
プロペラが飛行甲板を引っ掻き回しながらいろいろな方向に曲がり、一ミリでもプロペラを回そうという強固な意志があるように、エンジンが火災を起こして動かなくなるまでプロペラは少しずつ回転した。
 今度の機体は、さっきよりも燃料が多く残っていたらしく、まったく収まらないばかりか次々と燃料が漏れ出し、燃え出して機体の近くの広い範囲に火災を発生させた。そのため、周りの火を消さなければ中心にある機体に近づくことができず、ガソリンがあらかた燃えて近くまで近づけるようになった時には、機体は完全に真っ黒になっており、コックピットの中を見るまでもなく、パイロットの生死は明らかだった。
 コックピットの周りの鉄板は溶鉱炉から取り出したばかりの金属のように熱く、水をかけながら手を火傷しながらこじ開けたコックピットの中に入っていたのは、機体と同じように真っ黒になり、体の半分に達する部分が炭化した人型の物体であった。それでも体を掴んで無理やり引きずり出すと、炭化した部分が容易に崩れ落ち、上空から見たすみれ大尉も煤の付いた白いものが見えたような気がした。
 しかし、すみれ大尉は、その白いものが何であるか考え至る前に思考を断ち切った。
 

 ふと視線を上げたすみれ大尉に見えたものは、渡り鳥の群れのように密集して飛び去っていく味方艦載機の攻撃隊であった。

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