戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第23話 河こえ山を越え 前編

「こちら、第3小隊。至急、支援砲撃を求む。砲撃なしには戦線を維持できない!!」
 通信兵が銃弾や砲弾が飛び交う中、それらの爆音に負けないようにお腹の底から出せうる最大限の声を絞り出し、司令部に通信を続けている。
「その要請は受けられない。支援は他の箇所に全力を傾けている。そちらの地点に割ける砲は一門もない。手持ちの火器で対応されたし」
 通信兵は、なおも同じ要請をし続けるが、返ってくるのは同じ内容ばかり。背後に控える隊長も事態を把握しているが、何も言わない。
 重い体を動かして通信兵は隊長の方に振り返り、首を横に振った。
「だめもとで要請したのだ。仕方ない。さて、どうやって対処する。対戦車火器は何が残っている?」
 その場に集まっている分隊長達は、皆何も言わなかった。それが何を意味するのか小隊長も分かっていた。
 何よりも分隊長を集めて報告を受けていた小隊長が事態を知らないはずもない。
 そうでなければ、だめもとで支援砲撃を要請しない。
「バズーカは、既に全弾消耗しています。補給で受け取ったなけなしのパンツァーフストも先ほど最後の一発を使ってしまいました」
 初老の副長が状況をもう一度説明した。
「仕方ない、幸いにも敵戦車は、強力だが随伴歩兵が少なく、ばかでかいハッチから身を乗り出しながら戦闘を行っている」
 その言葉から考えられる策は、一つ。直接戦車を撃破するしかない。
 しかし、少ないと言っても敵戦車の周囲には機関砲や機関銃を搭載した装甲車や歩兵達が付き添っており、重い空気が漂っていた。
 その空気の中、一人の女性が手を挙げて発言を求めた。
「誰も進んでやりたいという者がいないならば、私が。足には自信があります。ここの道はかなり狭く、先頭の一両さえ撃破してしまえば敵の車両の通行を大きく阻害することができるでしょう」
 その声に、皆が一斉に賛同の意を示し、小隊長に同意を求める。
「分かった。第一と第二はここにいて第三と第五分隊の突撃を支援する。まず、あのビルの陰まで走って内部を制圧、そして戦車が通りかかったところを見計らって撃破しろ」
「了解です」
 彼女は、弾を撃ち尽くしていた小銃の先端に銃剣を取り付け、脇にホックでつり下げている手榴弾をもう一度確認した。
「行け!」
 合図とともに、第三、第五分隊が隠れていた物陰から身を乗り出して十メートル弱の距離を小銃を両手に持ちながら走る。
 第一、第二分隊は、陽動のため小銃弾を付近にばらまいて突撃を支援する。
「遅いぞ、エリカ! もっと早く走れ!!」
 分隊長に急かされながらエリカと呼ばれた女性兵士も重い装備を持って走る。
 走る途中も敵から無数の銃弾が飛び込んでくる。走るエリカは付近に落ちた銃弾が飛び散らせた鉄やコンクリートの破片に体の何カ所も浅い傷を負いながら前だけを向いて走り続ける。
 時間にして数秒のことなのに。エリカには数分のことのように感じられた。
 目の前に開け放たれたドアが近づいてくるとスライディングで内部へと滑り込む。そのすぐ後、ドアのすぐ側に敵の砲弾が着弾し、後続の味方を覆い隠す。
 耳をつんざくような爆音と土煙と飛び散る破片にも構わず味方が飛び込んでくるのを待つ彼女の腕を分隊長が引っ張って建物の奥に引きずり込む。
「何をやってるんだ。そこにいたら的になるだけだぞ」
 有無を言わさず腕を引っ張れながら、エリカは背後を振り返る。だが、視線の先にあるのは、散乱する瓦礫と遠くで銃撃を行っている第一、第二分隊の兵士だけであった。
「分隊長、我々は二階を制圧します。一階に敵は見当たりませんでしたが、潜んでいる可能性もあるので十分注意を」
「了解した。エリカ、奥の広間に移動しよう」
「はい」
 エリカ達が広間に入ると、先に入っていた第三分隊のメンバーが出入り口を監視しながら外の通りの様子を窺っていた。
「もうすぐ戦車が来ます」
 エリカも外を確認する。敵戦車隊は、重戦車を先頭に中戦車が後に3両という編成だった。
 時折、敵戦車の周囲に着弾する迫撃砲弾が土煙を上げ、既に廃墟となっている道にはバリケードとして所々に瓦礫を積み上げるなどした障害物が存在しており、必然的に敵車両は速度を落として進撃していた。
 また、視界の悪い前方を見ようと前開きのハッチの陰から身を乗り出して確認している。
「後少しだ。まて」
 分隊長に言われるままその場に身を隠して待つエリカの耳にドアを乱暴に蹴る音が鳴り響いた。
「ウラー!!」
 赤軍の冬用のコートを着た男が大声を上げながら部屋に突入してくる。
 エリカも他のメンバーと同じく小銃を構えようとし、銃弾が切れていることを思い出して、胸元のホルスターに収めてある拳銃を取りだそうとする。
「馬鹿、壁から離れろ!!」
 またもや分隊長に腕を引っ張られ壁から急いで離れる。
 前を見ると、敵が分隊長のメンバーの中で彼女を狙って引き金を引くのがはっきり見えた。
 急いで離れた後、今まさにエリカが隠れていた場所のすぐ側に置いてあった花瓶が粉々に砕け散り、床板に弾丸が突き刺さって板がささくれ立つ。
 これ以上騒がれては、道路上の敵に気づかれてしまう。ようやく混乱から立ち直ったエリカはホルスターから取り出していた拳銃を両手に握り、体当たりをしようと走りよってくる敵兵に向かって引き金を引き絞った。
 その小さな手にぴったりな小さめな自動拳銃は、非力な女性にも扱いやすいよう、反動が小さい代わりに威力も弱めであった。
 しかし、それでも敵兵の足を止めるには十分だった。
 彼女の狙い定めた射撃は、敵の足の弱点を正確に撃ち抜いたのである。いくら力任せに走りよろうとしても、健を切られてしまってはどうしようもなかった。
 不意の激痛に顔をしかめた敵兵に、続けざまに第二射をお見舞いする。
 他の味方が持っている者より低威力の拳銃は、まるで良くできたおもちゃのような破裂音と光を生じさせ、拳銃弾を発射させた。
 今度は、銃を構える腕を撃ち抜き、彼は手にした銃を床に落とした。
 そこに止めとばかりに、リボルバーを構えた分隊長がマグナム弾を撃つ。
 エリカの拳銃と比べ、高威力な攻撃は、足を止めた敵兵を逆に後方へと吹き飛ばした。
 敵は、きれいな放物線を描き、背後のテーブルに背中から激突し、そのまま一緒に床に倒れ込む。
「一発でやってやればよいものを」
「一発目を当て損なったことにたいする温情と言ってほしいわね」
 誰がその一発目に当たるところだったのかと突っ込もうとする味方をギロッと睨み、優しく微笑む。
「当たらなかったのだから良いじゃない」
「当たらなかったのは結構なことだが、次は自分で避けてくれ」
 そう分隊長に言われ、いたずらっぽく舌を出すエリカであった。
「来たぞ」
 声と言うよりは、ただ息を吐いたかのように小さい声で隊員の一人がつぶやいた。
 見ると、先頭を進む重戦車、正確には主力戦車であるT-54がその巨砲を轟かせてバリケードになっている瓦礫群を吹き飛ばし、できた道を進んでいた。
 しかし、バリケードは道いっぱいに広がっており、後ろを進むT-34はT-54の後ろを一直線になって進んでいた。
 周囲に展開する敵兵士は、それほど多くなく、勝機は十分あるように感じられた。
「エリカ、行けるか」
 分隊長が問いかける。その問いに着剣した小銃を少し持ち上げて頷いて返す。
「三つ数えたら、そこにある出入り口から突撃しろ」
「了解!」
 エリカは、窓の下を這ってドアが吹き飛ばされて大穴となっている出入り口手前に移動し、合図を待つ。
「3、2、1・・・・・・行け!!」
 エリカは短距離走の要領で一気に加速をつけて走り出す。途中、破壊されたバリケードがあったが、これを走る勢いのまま飛び越え、反応が遅れている先頭車両に向かって息を切らしながらひたすら走る。
 相手も黙っているはずもなく、砲塔上に備え付けられている機関銃をこちらに向け引き金を引く。
「迷ったら負け。恐れず突っ走れ!!」
 エリカは、そう自分に言い聞かせて銃弾の飛び交う中T-54に近づく。
 最初からほとんど目と鼻の先にいた敵戦車は、瞬く間に視界いっぱいに広がり、間髪入れず車体の取っ手に手をかけ、足をかけ、機関銃座の死角から一気に接近する。
 砲塔上に登ると、小銃を持ち出してこちらを撃とうとする敵の車長が目に入った。
 エリカは、一心不乱に着剣した小銃を勢い良く敵に突き刺した。
 勝負は、エリカに軍配があがった。敵が放った銃弾はエリカの皮膚を抉り、肉を抉り、左腕を血に染めたがそれまでであった。
 突き刺さった銃剣は敵の急所を居抜いたのである。
 だが、まだ目的は達成されていない。
 エリカは、吊り下げていた手榴弾の一つを手に取ると口で安全ピンを外し、車内へ投げ入れる。
 もう後は、逃げるだけだ。手榴弾が爆発する前に戦車を離れようと砲塔から飛び降り、近くにあったバリケードに向かって片足を蹴った。
 しかし、次の瞬間右足に激痛が走った。見ると、ふくらはぎの肉が軍服の一部ごと抉られ、血が滴り落ちていた。
「くっ」
 なおも足を引きづってその場を離れようとするエリカの目に敵戦車の砲塔が回転するのが見えた。
 この早さでは砲撃を回避できない。まるで他人事のように冷静に判断し、彼女は目を瞑る。
 そして、轟音が鳴り響いた。

☆

 作戦内容は単純明快だった。
「橋とその近くにる飛行場を二日間占領、確保せよ」
 本国から連合軍の一員として派遣されてきたリッシュメル第三空挺師団所属のエリカは、眼下に広がる大地を見ながらそれを反芻していた。
 具体的にエリカらがしなくてはならないことはこういうことだ。北夜御の首都北部にある河には三つの橋が架かっており、その中でも一番大きな橋と近くにある飛行場を確保し、陸上部隊が到着するまでの二日間その場を確保し続ける。
 降下は、敵に気づかれにくい夜明け直前。陽動の別部隊が攻撃を開始したと同時にまず飛行場を確保し、空輸補給路を確立する。同時に、橋付近にも降下し、これを確保、その後装甲車両等の到着を待って防御陣地を構築、敵の攻撃から守ると言うものであった。
 この作戦目標は、敵の先遣隊の包囲及び、政府要人の逃亡阻止にあった。
 制空権、制海権を持つ連合側が敵の主力が河を渡り終える前に勝負を決しようと言う計画であった。
 空挺部隊は、味方航空、海軍部隊の援護により、目立った被害もなく目標上空に到着することができたのであった。
 降下が始まるとエリカの出番はすぐであった。間髪入れず一人ずつ輸送機の尾から飛び降り始める。一瞬でもタイミングを誤れば前後の兵士とパラシュートが絡まって墜落してしまうだろう。
 エリカは、飛び込み台からプールに飛び込むように息を止め、意を決して足を蹴った。
 全身が風を切り、大地がぐんぐん近づいていく。前を行く空挺兵は次々とパラシュートを開いており、エリカもすぐにパラシュートを展開する紐を引っ張った。
 巨人に首根っこをひっつかまれたかの様に降下に急ブレーキがかかり、パラシュートが円形に展開する。
 これを俯瞰して見ればさぞ壮大な光景が広がっていると感じられたかもしれないが、今のエリカにはその余裕はなかった。
 迫りくる大地の地形に合わせて姿勢制御用の紐を引っ張って降下地点を慎重に調整する。エリカの所属する分隊の降下地点は精密に定められており、離れた場所に降下してしまったら合流が難しくなってしまう。
 そうしているうちにも、高度は数千、数百メートルから数十メートルまで下がり、目と鼻の先に地面が急速に迫ってきた。
 一瞬、地面がこちら側に突進してきているように感じながら、両方の手を勢い良く引いた。
 次の瞬間、地面との距離がゼロになってエリカは着地した。
 空挺作戦をすると、必ず何人かは怪我をすると言うほど難しい着地を難なくこなし、エリカはパラシュートと体とをつなぐフックを外し、素早く小銃を取り出す。
 辺りはほとんど真っ暗闇になっていて周囲に降り立った数人の姿しか確認できなかった。
 すると、集合を合図する笛の音が鳴り響いた。
 エリカは、周囲を警戒しながら笛を吹いた主に向かって駆け出した。銃を握りしめ、ここは敵地の中なのだと自分に再び言い聞かせて笛の音の元に駆け寄ると当然のごとく見知った顔があった。
「点呼」
 分隊長がそう小声で言うと、集まった分隊の皆が一人ずつ番号を言っていく。
「よし、全員いるようだな。我々第三分隊は敵の見張り塔の一つを制圧する。後に続け」
 前を進む仲間しか見えないほどの暗い道を進むエリカの目に、回転する探照灯の近くで辺りの監視を行っている敵兵の姿が見えた。
 敵はまだこちらに気づいていないようであった。それもそのはず、エリカが降下した地点は最前線から十数キロも離れており、陽動で別の戦線に向かって大規模な攻勢が開始されている。
 それに加え、彼らチャナヴェート連邦義勇軍の兵士は、遠く極東の戦線に派遣されてきた若い兵士であり、今一歩戦争に参加しているという気持ちが希薄であったのである。
 見張り塔の死角になる地点から出来るだけ足音をたてないように静かに、かつ急いで見張り塔にたどり着いた第三分隊は出入り口の脇に姿を隠した。
 分隊長が突入を制止したのである。
「待て、誰かが階段を下りてくる音がする」
 カツカツと階段の板と足が接する音と背負う装備が鳴らす音が次第に近づいてくる。
 そして、彼がドアを開ける瞬間、ドアの反対側に控えていた分隊長がエリカの方を見て頷いた。
 やれの合図だった。エリカは、胸ポケットにしまっていたナイフを取り出すとドアを開けて二歩ほど外に歩みでた敵兵の背後に回り込み、口を押さえ、手に持ったナイフを敵の急所、軍服によって防護されていない部分、つまり首筋に突きつけた。
「疲れたでしょう。少し休憩時間を与えるわ」
 そう言うと、目線だけこちらに向けてきた敵兵の首筋を勢い良く叩いて相手を気絶させる。そして、体を統制する力を失った敵兵をドア脇に立てかけるように倒すと、手足を縛って、通信機と銃を奪う。
「やったって良かったのに」
 そう呟く仲間に奪った銃の弾倉から弾丸を抜き取ったエリカが言う。
「無用な殺生はしない主義なの」
「それは結構なこった」
 銃を置きながら今度はエリカが分隊長に頷く。分隊長は、中を指さして返す。
 開け放たれたドアから中に入ると、もう一人敵が下りてくる音がしてきた。だが、これ以上時間をかけるわけにも行かない。他の部隊との約束の時間にそれほどの余裕はもうけられていないのだ。
 意を決して円形の階段を上るエリカのすぐ側まで足音が近づいてきた。すると、エリカは一気に歩みを早めて出会い頭の敵兵の胸元に向かってナイフを突き立てる。
 意外にもナイフは目立った抵抗もなくその軍服の下にまで突き刺さり、急所を捉えた。
 敵は、何かを叫ぼうと口を開き目を見開いたが、それは叶わず、力を失って倒れ込んできた。
 その彼をエリカは後ろの仲間に預けるとさらに先を進む。推測ではもう一人か二人いるはずだ。残りの敵に司令部に通信を入れられては大変だ、その前にしとめなければならない。
 エリカが螺旋階段を上りきる直前までくると、中から声が聞こえてくる。どうやら、二人以上いるようだ。
 エリカは、仲間に目配せするとドアから一歩、二歩下がる。仲間がドアを開けたらすぐに突入するためだ。
 ドアのノブを握りしめる仲間と後ろの仲間に目と手で合図すると開け放たれたドアの向こう側に向かって勢い良く躍り出た。
 突然背後で開いたドアに反射的に振り向いた一人に向かって闘牛のように一直線に突進したエリカは予め付けていた銃剣の先を走る勢いそのままに敵の体にぶつかるようにして突き刺した。
 相手は一瞬何が起こったか理解できないような呆然とした表情のまま彼女を見つめ、次いで、自分の体に起こった異変に目を向けた。
 そして、再びエリカに視線を戻した敵は白目を剥いて倒れ込んできた。
 一人はやった、もう一人はと、エリカは隣を見る。
 もう一人は、やや体格の良い女性であり、一人目よりは時間の余裕のあった彼女は手にした小銃のトリガーを引き絞ろうと人差し指に力を込めた。
 しかし、その動作が完了する直前、後続の仲間が敵の頭に向け照準を付け、引き金を引き絞ったのである。
「今のは、無用ではないだろう?」
「ふふふっ、そうね」
 敵地、しかも今まさに敵を倒した後だというのに、エリカと仲間は相手の顔を見て笑いあった。
「時間はあまりないぞ。直ぐに移動する」
 分隊長は、腕時計で時間を確認しながらそう言った。無論、エリカ達も敵地の真ん中でいつまでも笑いあっている気などなかった。
 笑みをさっと消してまじめな表情に戻ると、二人は分隊長に合図した。分隊長も頷いて階下への階段に姿を消す。
「あら、予定より10秒遅れてるわ」
 ふと腕時計に目をやったエリカは、独り言のように呟いた。
「もしかして、あんた最初から時間を数えてるのか?」
「えぇ、そうよ? それより、いつまでも立ち止まってないで遅れを取り戻すわよ!!」
 さも当然のことのように呟き、彼を追い立てる様にして今登ってきた螺旋階段を駆け下りると、入り口に残していた敵兵を他の分隊に任せ、エリカ達は次の目標に向かって走り出したのであった。
 敵地の真ん中で通信をするわけにもいかないから、作戦は事前に決められたタイムスケジュールに従って進められている。
 エリカ達の分隊は、そのタイムスケジュールに従い、航空基地内部、監視塔からほど近い倉庫を制圧するように命令を受けていたのである。

 彼女は、ちょうど見張りの割り当てが終わったところであった。
 しかし、今まさに簡易ベッドに疲れた体を預けようとしたとき、直ぐ近くで銃声が鳴り響き、反射的に飛び起きた。
「敵襲だ!!」
 息を切らしながら駆け込んできた伍長が部屋の隅々まで聞こえるように言い放った。
「くそっ、見張りはどうした。こんなに近づかれるまで気付かなかったのか」
 いきなりの敵襲に近くで寝ていた少尉、彼女の上官が明らかに狼狽して言った。
「詳細は不明ですが、西と東から侵入されたようです」
 そう報告する若年の伍長のほうがいくらかは冷静であり、それほどまでに彼は動揺していた。
 それも無理はないだろう。基地は戦線から離れており、物資の中継地点の役割を果たすくらいであり、しかも新任の少尉は戦闘経験も少なかった。戦場では初心者の少尉とそれなりに経験を積んだ伍長であれば、どちらが冷静でいられるかは明白だった。
 しかし、いつまでも上官が動揺していては戦闘どころではない。彼女は、意を決して意見を具申した。
「失礼ですが、ここは一刻も早く持ち場へ急ぐべきかと」
 彼女たちは戦車兵であり、つまり持ち場というのは戦車のある場所と言うことであった。
「あ、あぁ、もちろんだ。カテリーナ伍長、君もぐずぐずしていないで急ぐぞ」
 さも自分で考えた意見であるかのように少尉は言うと、小銃を手に駆け出していった。
 カテリーナは、その場にいる兵士の中では頭一つ以上小さく、小銃についたベルトを肩に掛ける様子を見るととても彼女が戦闘を行う兵士には見えなかった。
 銃以外のヘルメットも軍服も一回り大きいものであり、子供がふざけてコスプレをしているようにも見えた。
 まぁ、彼女が背負っている小銃はあくまで護身用であり、乗車する戦車が破壊された場合などに降車戦闘を行うためのものであった。
 それに、彼女の乗る戦車はその大きさに比べて、内部は異常に狭く、むしろ彼女の小柄な体でちょうど良い広さであった。
 彼女の乗る戦車は、滑走路脇の大きな倉庫にあった。T-10重戦車と呼ばれる大型戦車は、まだ数が少なく、それもつい先日搬入されたものであった。
 周りには、装甲車の天井に機関砲を載せた歩兵戦闘車やジープなどの車両がところ狭しと置いてあり、整備員がシャッターを開き始めると車高の低い車両から次々と倉庫の外へと飛び出していったのである。
 それらの車両が搭載するのは、主に小口径の機銃か機関銃であったが相手が歩兵であれば十分な威力を発揮することが出来た。
 T-10の搭載する主砲に比べれば豆鉄砲にしかすぎない10ミリ級の機関銃でも薄い装甲の車両であれば容易に貫通できるし、まして敵が歩兵であれば、縦断の破片でさえ、敵を容易に殺傷できた。
 装甲車の類が外に出ていき、別の小隊のT-34が地面に履帯の跡を残しながら倉庫の入り口から車体半分を出した時、それは起こった。
 砲塔上にある機関銃が火を吹いたと思った瞬間、機関銃を撃つ兵士を吹き飛ばしながら何かが砲塔を左から右に貫通し、期待の新型戦車を瞬時にスクラップに変えてしまったのであった。
「何事か!!」
 いまだに冷静さを取り戻していない少尉が独り言、と言うには大きすぎる声で叫んだ。
 何事も何も、敵の対戦車ロケットか何かが近距離から味方戦車を射抜いたに違いないじゃないか。そうカテリーナは呆れた表情をして、車長に言った。
「榴弾を込めました」
「目標、前方の戦車正面。ってーー!!」
 まだ味方戦車兵も脱出したかしていないかわからない間に、車長はその戦車めがけて榴弾の発射を命令した。
 敵もまさか味方戦車めがけて撃ってくるとは思いもせず、残骸と化していた戦車の背後から様子を伺っていた空挺兵は火を吹く敵戦車の主砲を見てとっさに跳んで避けようとしたが重戦車が放つ榴弾の殺傷範囲はそんなことで避けられるほど狭くはなく、それが足であろうが腕であろうかお構いなく食いちぎった。しかも、運の悪いことに、兵士の一人が手榴弾を投げようとしていたところに榴弾の攻撃に遭ったのである。
 つまり、安全ピンを抜いた状態の手榴弾が吹き飛ぶ彼の体と共に放物線を描きながら後方で様子を伺っていた別の一団の真ん中に飛び込んだのだ。
 吹き飛ぶ味方兵士の体に注目していた彼らの中の一人は、一緒に飛んできた手榴弾が地面に転がるのを見て慌てて投げ返そうとしたが、一瞬の差で手榴弾の炸裂の方が早かった。
 手榴弾は、その場にいた数人をなぎ倒し、別の兵士が隠れる軽装甲車の側面を叩いてささくれ立たせた。
 そして、止めとばかりに燃え盛っていたT-10が搭載する予備弾薬類に引火し、大爆発を起こしたのである。
 破片は、倉庫の中にまだいたカテリーナたちのT-10の装甲を叩き、砲塔の車外に備え付けられた機関銃に手を添えていた味方は反射的に頭を引っ込めた。
 その直ぐ上を何か棒状の破片が飛び抜けいったことを目にし、すぐに背後を確認すると、それはT-10の主砲の砲身だった。
 そんなものに激突されることでもあれば、体のどこに当たってもただでは済まないことは明らかであった。
 背後で粘土細工のようにくの字に凹んだドラム缶を見て、それが自分の体だったらと機関銃手はぞっとした。
 しかし、それで怯むような敵でもなかった。砲塔を失って燃え盛るT-10の前を手に持った小銃で銃弾を巻きながら、手榴弾を投げながら突入きたのだ。
 だが、カテリーナの方も攻撃の手を緩めたわけではなかった。
 倉庫内に侵入した敵兵に向かって機関銃をばらまき前進しながら又も榴弾を放ったのである。
 今度は敵も手近に停まっていた別の戦車の背後に隠れたり、攻撃を狂わせようと狭い戦車の窓を狙って銃撃を浴びせてきた。
 窓にはもちろん防弾ガラスがはめ込まれているが、対戦車ライフルなど高威力の銃でピンポイントで射撃されたら最悪貫通される恐れがあった。
「用心しろ。敵にまともな対戦車火器はないと考えられるが、間近から攻撃されたらただじゃすまん」
 遅れてやってきた歩兵を戦車隊の後方に展開させながらカテリーナの乗る戦車は小隊長車に着いて倉庫内から外へと飛び出した。
 外に出てみると、軽装備のはずの敵兵に完全に圧されており、車両を失った兵士達が後退してきていた。
「この愚か者めが!! 逃げるな、戦え!!」
 小隊長の少尉が空に拳銃弾を打ち上げながら歩兵に怒声を浴びせる。
「左前方に敵歩兵、機銃掃射を浴びせよ」
 小隊長車が敵に向かって榴弾を発射させたことに呼応し、榴弾を発射し、機銃手に向かっては機銃掃射を命令したのである。
 車外に搭載された機関銃の周りは、防護するものがなにもなく、銃弾が飛び交う中の機銃掃射は危険を伴ったが、敵にとっても小銃で機関銃の掃射に対抗するのは安易にできることではなかった。
 機関銃弾は、戦車砲のそれに比べれば非力ではあったが、射撃速度は全く違い数で圧倒していた。
 破壊された装甲車の残骸に隠れていた敵兵は、薄い場所を貫通してきた銃弾に殺傷され、生身に直接受けたものは体のどこかが明後日の方向へ飛ばされ、叫び声をあげた瞬間、追い打ちに榴弾が降り注いだ。
 敵にT-10に有効な対戦車兵器は満足にないようで、ロケットランチャーを構えた兵士が攻撃を加えてくるが、彼らの持つロケットランチャーは威力が低かった。
 いまだに主力であるT-34であれば十分に撃破可能であったが、新型のT-54には効果が薄く、T-10重戦車にはかなり肉薄しなければ効果が出なかった。
 しかし、それも車両の死角をカバーしてくれる味方歩兵が十分いればの話であり、戦車がその真価を発揮するにはいささか敷地が狭すぎた。滑走路の両脇には航空機の格納庫や倉庫が立ち並んでおり、兵力としては小規模な警備隊程度の部隊しか駐屯していなかった現状では、部隊は分散してしまい、しかも基地内に敵が浸透した後とあっては上手く連携することができなかったのである。
「三時の方向に対戦車砲」
「九時方向から歩兵が接近中!」
 戦車は無傷でも、生身で戦う歩兵たちは確実に数を減らしており、それに呼応するかのように敵の攻撃は激しさを増していた。
 低威力のロケットランチャーでも背後からエンジン部分を狙われたらひとたまりもない。だから、弱点を見せないように、対戦車火器に一番装甲の厚い正面を向けようと旋回を繰り返すのだが、建物の陰から入れ替わり立ち替わり攻撃を仕掛けてくる敵歩兵に車長も怒りを募らせていた。
「くそっ、部隊の指揮が全くなっていない。みんなバラバラに戦ってはどうにもならんぞ」
 とは言っても、小隊長に直接ものを言う気にはなれず、怒りの矛先に迷って拳を壁に叩きつけるのであった。
 小隊長は、取り囲まれた状態になったことに完全に混乱し、支離滅裂な命令を下すのみで、周りをカバーする歩兵も数を減らしていくと敵に接近を許すことになった。
 車長からの命令で次々と砲弾を込めるカテリーナの耳に何かが飛び散る音がし、機関銃手の言葉にならない叫び声が重なったのである。
「カテリーナ、君が代われ」
 崩れ落ちるように車内に倒れ込んでくる機関銃手の代わりに車上に出ようとしたカテリーナの頭上を無数の銃弾が飛び去る。
 流石に彼女も目の前で片手の先を失った機関銃手を見て外に顔を出すことはできず、銃撃が止むタイミングを見計らった。
 砲手自ら榴弾を装填し、車長の命令で歩兵の隠れる一角を砲撃した瞬間、頭上飛び交う銃弾の数が減ったような気がした。
 その一瞬を彼女は見逃さなかった。
 幸いにも、別の戦車から放たれた榴弾によって残りの歩兵も銃撃を中断しており、カテリーナは機関銃に飛びつくことができた。
 直ぐに彼女は引き金を引いた。
 腕を伝ってくる振動は小さな体を大きく振動させ、反動を吸収しきれずに広範囲に銃弾をばらまく形となってしまった。
 だが、これが良い方に働き、まさに今銃撃を始めようとした歩兵の手を止めることに成功した。
 機関銃に密着して、体全体で振動を押さえ込むようにして彼女は再び引き金を引き絞った。
 今度は、敵兵に狙いを定めて射撃したおかげで、何発かは敵を捉えることに成功した。
「その調子だ。カテリーナ」
 車長の言葉に励まされるように間髪入れずに機関銃を回転させて別方向の敵を掃射する。
「大丈夫よカテリーナ。そう簡単に当たったりしないわ」
 周囲を通り過ぎる銃弾の恐怖から少しでも逃れようと、そう自分に言い聞かせる。
 体をブルブルと振動させながら確実に敵がいる方向に向かって銃弾を浴びせかける。砲弾を装填する仕事と違って無我夢中に引き金を引き続けると不思議な高揚感に見舞われ、思わず笑みを浮かべてしまうカテリーナであったが、その彼女を車長が現実に引き戻させる。
「手榴弾だ!! 投げ返せ!!」
 放物線を描いて自分の方向へ向かってくる丸い物体を一瞬目で追ったカテリーナははっとなって直ぐに事態を把握し、飛んできた手榴弾を片手につかむと、その勢いのまま前方に投げ返した。
 爆発を予測して、さっと身を屈めて頭を引っ込めたカテリーナの背中に風圧を感じ、空中でそれが爆発したことを知らせた。
 あとほんのカンマ数秒遅かったら爆風を顔の目の前で受けることになったことに若干恐怖を覚えたものの、すぐに機関銃に手をかけて近場にいる敵兵に向かって引き金を引き絞ろうと指に力を込めた。
 最初の数発が発射されて直ぐ、T-10の車体全体を震わす大きな衝撃に見舞われた。
 危うく頭を打ちそうになり、すんでのところで踏みとどまった。見ると、乗車するT-10の砲塔が鈍い音と立ててがたがたと揺れていた。正確に言えば、砲塔の回転機構に故障が生じて向きを変えることができなくなったのである。
「前方右の建物陰から敵戦車!!」
「弾種はそのままで構わん。撃て!」
「砲塔が回転しません!!」
「車体ごと旋回して照準せよ」
 敵は空挺兵だろうと言うことは直ぐに判明していたが、戦車を連れてきているなどと言う情報はまだ来ていなかった。
 そもそも、軽戦車であっても輸送機で運ぶには大型で重すぎる。もし運べたとしても、機関銃か良くて50ミリ級の小型の砲を搭載していれば大したものであった。
 それがT-10の砲塔機構にこれほどまでの衝撃を与えるとは到底考えられなかったのである。
 それがあり得るとすれば、重量を落とすために装甲は小銃弾の破片を防げるほどしかないだろう。そう車長は判断し、徹甲弾に変えずに発射を命じたのだった。
 発射された榴弾は、ほとんど水平に飛翔し、曲がり角から突き出た車体前方側面に命中した。
 実際、車長が判断したとおり、敵戦車は大口径砲を搭載してはいるが、装甲はかなり薄く、T-10の榴弾は薄い張りぼてのような装甲をいとも簡単に破壊し、衝撃で凹ませ、吸収しきれなかったエネルギーが装甲板を突き破って車内に突入したのである。
「九時の方向に対戦車砲!」
「車長! 履帯を切られました旋回もできません!!」
 カテリーナから見て履帯は車体に隠れて上手く見えなかったが、空回りするような転輪の音と、ほとんど旋回しない車体を見てそれが正しいことを理解した。
「降車!! 各員、銃をとれ」
 いくら重戦車とはいえ、歩兵のカバーもなく動きを止められた戦車がどうなるかまだあまり戦闘経験のないカテリーナにも嫌と言うほど分かった。
 戦車の砲弾よりは軽いが、肩にのしかかる小銃の重さを感じつつも、車内に残って車載機銃を撃つ味方に援護されながら、車長に続いてカテリーナも外に身を乗り出した。
 速すぎて何発飛んできているか見当もつかなかったが、飛び交う銃弾の音に死の恐怖を感じながら、一刻も早く戦車の後ろに隠れたいと急いで戦車の上から飛び降りた。
 何発か体を掠り、目の前を飛び去った銃弾が前髪の何本かを切り裂いただけで何とか戦車の後ろに回り込むことに成功した。
 周囲を見ると、味方の一両は脱出する暇もなく撃破されたようで、もくもくと煙を立ち上らせながら炎上していた。
 しかし、そのおかげでカテリーナたちを覆い隠すカーテンのような役割を果たし、飛び交う銃弾の数は少し減っていた。
 反対方向に顔を向けると、同じく降車して戦う少尉の姿が見えた。彼の戦車は、主砲の砲身が飴細工のようにねじ曲がり、車体に一つ大きな穴が開いていた。
 どうやら脱出できたのは彼だけのようだった。
「隠れてばかりいないで攻撃しろ!」
 そう言う少尉は、じっと敵の死角になる位置に隠れて全く動こうとしていなかった。
 一度姿を敵の前にさらせば、蜂の巣になることは容易に想像できた。だが、少尉は拳銃をこちらに向けてきたのである。
「いいから攻撃しろ、これは命令だ!!」
 威嚇なのか単純に動揺して正確に狙えないのか、的外れな方向に銃弾を何発か発射しながらその言葉を繰り返し言ってくる。
 敵に撃たれる前に、味方に撃たれてはたまらない。そう思い、意を決して上半身を出して銃撃を見舞おうとしたカテリーナを車長が手で制した。
「待て」
 車長が顎で示す先を見ると、飛行場の指令塔に当たる建物に国旗の代わりに白旗が上がっているのが見て取れた。
 それを見るか見ないかのタイミングで、周囲の銃撃が止まり、辺りは静寂に包まれた。
 敵は、小銃をこちらに向けつつも先ほどまで感じられた殺気はあまり感じられなくなっていた。
「最上級の将校である基地司令が話せない状況にあるため、次席であるホルコフ少将が代わって命令を伝える。敵に包囲され、飛行場の主要部分を制圧された。今、敵の武装解除の勧告を受け入れ、降伏することに同意した。無用な戦闘を起こさぬよう、速やかなる武装解除に応じられたし」
 カテリーナは、敗北したことの屈辱を感じるより先に、体を小刻みに震わす悪寒を感じた。
 戦闘特有の興奮作用が切れたことにより、今まで押さえ込まれていた恐怖が何倍にも増幅されて襲いかかったのである。
 気がつけば、体の幾つもの箇所に傷を負い、出血し、軽く貧血のような症状に見舞われ、手をさしのべた車長に倒れかかるように体を預けた。
「大丈夫か?」
 車長に声をかけられ、目頭に涙を浮かべながら頷いた。
「はい、なんとか。最近、ちょっと重くなってしまって・・・・・・支えるの大変じゃなかったですか?」
 戦闘が終わったのだと感じ、安堵し、そう問いかけると車長は頭を撫でてくれた。
 その車長を仰ぎ見てリラックスしようとしていたカテリーナの心を一発の銃弾が切り裂いた。
「降伏なんて屈辱、誰が受け入れられるか!!」
 にわかにざわめき立つ敵兵達を後目に、少尉はなおも言葉を続ける。
「この愚か者めが!! 銃を取って戦え。捕虜なんかになったら政治委員に・・・・・・」
 業を煮やして銃を手に取ろうとした車長の腕に片手をかけ、代わりにカテリーナがホルスターに収まっていた拳銃に手を伸ばした。
「愚か者はあんたの方よ!!」
 彼女の大声に互いを仰ぎ見ながら対応を見定めていた敵兵は、教師に叱られた生徒のように声を潜め、彼女に注目した。
 震える手で拳銃を向ける少尉に怖じ気ず、彼女も手にした拳銃を彼に向けた。
 その銃は、正式採用されているものとは違い、旧式のリボルバー式であった。
「っつ!!」
 度胸試しのように暫し、二人は銃を向け合ったまま黙った。そして、少尉が先にトリガーを引き絞った。
 近距離にも関わらず、震え、狙いの定まっていなかった彼の攻撃は、カテリーナの髪を数本切り、頬に赤い横一文字の切り傷を生じさせたにすぎなかった。
 少尉に傷はなにもなかった。
 彼女は撃たなかったのである。そのことに激高した少尉は今度こそ急所をと体の中心に向け、トリガーに指をかけた。
 今度は、彼女もそのまま撃たれるようなことはしなかった。だが、最初向けていた心臓は撃つことができず、舌打ちをして銃を持っている方の手に向けて銃弾を放った。
 彼は、トリガーを引き絞ろうとした瞬間、肩に銃弾を受け、その激痛に思わず銃を落としてしまったのである。
「確かに、あなたは愚か者だと思うけれど、殺してしまったら私も同じになってしまうと思ったから」
 彼は憎しみの目を彼女に向けてきたが、彼女の射撃を合図にして背後から走りよった数人の空挺兵に覆い被さられ、連れて行かれていってしまった。
「敵ながら天晴れね。その度胸と行動は尊敬に値するわ」
 拍手をしながら空挺兵の一人が近づいてきた。
「いえ、誉められるようなことは何もしていません」
 そう言って手を差し伸べてきた相手に敬意を払い、ヘルメットを取って手を差し出した。
「それよりも、隊長を診てあげてください。曲がりなりにも、命を預けた上官ですから。いろんな意味で」
 カテリーナが固く握手を交わすと、彼女は「もちろん」と言って手を握り返したのであった。

☆

 正式に降伏が認められた後、簡単なボディチェックと尋問を受け、部屋を出てきた彼女を先ほどの女性が出迎えた。
 エリカと名乗る女性は、どういうわけかリッシュメル人なのにチャナヴェート語に堪能であり、すこし訛りのあるチャナヴェート語を話すカテリーナは、上流貴族を思わせる声音に思わず聞き入ってしまったのであった。
 曰く、チャナヴェートの歴史的建造物が好きで、その関連で語学を学ぶうちにそうなったとのことだった。
 彼女と話していると、別の同年代の女性のことを思い出してしまう。
「内緒にしてほしいんだけど、チャナヴェート人っていうのは女性でも大柄な人が多いから君みたいな小柄な子は一際魅力的に見えるわ」
 こんな時代、場所でなかったら喫茶店でゆっくり話したいくらい意気投合してしまい、先ほどまで敵同士だったことなんて忘れてしまうほどであった。
 そもそも、軍人になったのには特殊な事情があったためであり、銃や軍服を取ったら普通のどこにでもいそうな女の子であった。
「へぇ、あの湖の近くに住んでいたんだ。あそこにも有名な協会があったのよね。惜しいことに、先の戦争で焼失してしまったそうだけれど」
 自分の故郷のことを知っている人に会え、とても嬉しくて年相応の無邪気な笑顔を浮かべてカテリーナは街の話をする。
「そうなの。でも、良いこともあった」
「ほほう、どんなことかしら。お姉ちゃんに話してみなさい」
 すっかり近所に住む知り合いかのように親しみを込めた口調で話すエリカにカテリーナも頷いて先を話し出した。
「好きな人ができたの。でも、今はどこにいるか分からないけれど。でも、言ってた。戦場でならまた会えるかもしれないって。だから、戦場に来たの」
「それでそれで?」
 カテリーナは俯いて顔を赤らめると、背伸びしてエリカの耳元で言った。
「他の人には内緒にしてくれる?」
「えぇ、もちろん」
「笑われるかもしれないけど、相手も同性なの。しかも、セレバンテスの」
 カテリーナは、恐る恐るエリカの方を見た。すると、エリカは、わざとらしく大きな笑い声をあげ、カテリーナが拗ねたような顔をするとさらに大きくなりそうな声を手で口を押さえてどうにか抑え込んだ。
「・・・・・・貴様!! 捕虜と勝手に話をするなんて、何を考えている」
 背後から突然聞こえたアルトの大きな声に、エリカはぎょっと視線を背後に向けた。
 その背中の陰からカテリーナも様子を伺う。
「も、申し訳ありません!!」
 実際、彼女の部隊に彼女よりも階級の高い女性などいなかったのだが、そんなことを考えさせない鋭い一撃に、ついエリカは敬礼で返してしまった。
 だが、次の瞬間、彼女は目を丸くすることになる。今度は逆に、相手がどんな怖い相手なのだろうかと思っていたカテリーナが彼女を視認した瞬間。反射的に驚いた声を上げた。
「あらあら、ごめんなさい。本当に驚かせようと思った訳じゃないの。つい、人形さんみたいな二人が並んでいるのを見たら、からかってあげたくなって」
 先ほどとは打って代わって、ハープのようなくすぐったくなるような声を出し、彼女は言った。
「あ、あの、あなたは?」
 あまりの衝撃に、反応が出来ていないエリカの気持ちを代弁するようにカテリーナが聞いた。
「ごめんなさい。そうね、まだ自己紹介が済んでいなかったわね。私、こういう仕事をしておりますの」
 渡された名刺を見ると、チャナヴェート語で記者と書かれているのが見て取れた。
「記者、ですか?」
 確かに、カメラを手に持ち、胸ポケットに入っている手帳とペンを見れば記者に見えなくもなかったが、どちらかというと、女優が演じている記者というか、何だか良く分からない違和感があった。
 彼女のほんわかした雰囲気と腰のホルスターに収められた大型の自動拳銃のギャップがそう感じさせているのかもしれなかった。
「えぇ、私は、高槻希と申しまして、簡単に言えば従軍記者をしておりますわ」
 希は、カテリーナの視線に一瞬鋭い眼光を向けたが、すぐに柔和な表情になって話した。
「それで、降りた輸送機から歩いてきたのですけれど、ここは何の施設かしら?」
「それは、どちらに聞いているのですか?」
 エリカがそう聞くと、希は彼女の言葉を無視して、カテリーナに顔を近づけて言った。
「そう、あなたに聞いているのよ」
 希からは、香水の良い香りがし、言葉を紡ぎ出すルージュの引かれた色っぽい唇に吸い込まれるんじゃないかと錯覚を起こしながら、上の空で口を開いた。
「え、えぇ、あ、その」
 同性だというのに頭がクラクラしてきた。それが寝不足の為だと気付くまではまだ大分時間を要した。
「ねぇ、聞かせてくれるかしら?」
 希は、促すように言った。

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