戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第21話 緒戦の終わり

1950年8月10日 霧城連邦 政府官邸

 夜御戦争勃発から二か月、依然として北の攻撃を押し戻すことができず、辛うじて防衛戦を維持している有様であった。
 そのための新たなる作戦として現地陸軍指揮官と極東方面艦隊司令官リオン大将から提案したのが、敵後方への強襲上陸、港湾、飛行場の確保、その後、敵後方補給線を分断することによって補給を断ち、速やかに侵攻部隊を撃滅するというものであった。
 敵に消耗を強いているとはいえ、失敗すれば、逆に劣勢に追い込まれるこの投機性の高い作戦を沙羅はすぐに承認することができないでいたが、リオンは、なおも食い下がってこう言った。
「血を流すのは現場の味方兵士であります。ここで判断に躊躇し、もしも戦線が崩壊したとしたら、敵の進撃した道には味方将兵の死体の山を築きあげることになるであろう」と。
 また、リオンはこうも言った。
「そうなれば、我々は判断を迷ったことによる血の代償を払うことになるばかりでなく、共産主義側の勢力拡大の呼び水になることにもなり得る」と言ったのである。
 リオンの言ったように、夜御半島で資本主義側が敗北するような事態を招いては、他の地域での力関係にも影響することは明確で、共産主義国との戦いには負けるわけにはいかなかったのだ。
 そうならないためにも、北の国境まで戦線を押し戻し、そこに強固な陣地を構えてさらなる侵攻を跳ね返すべきだということになった。
 この作戦は、リオンが『シューティングスター』作戦と名付け、それがそのまま採用され、投入兵力は、到着したばかりの霧城連邦第一海兵師団、防衛戦中の部隊から歩兵一個師団を引き抜き、大璃民国陸軍も後詰として投入し、海軍も空母クリスタル・ナイトをはじめとして、大型正規空母四隻を基幹とする空母機動部隊、伊瀬、紫花級三番艦の紫苑、長門を含む水上打撃部隊、海兵隊を載せた輸送船団と護衛艦隊からなる大部隊であった。
 航空兵力は、飛行場が近くが無い関係上、艦載機部隊が中心となっていたが、それでも大編隊が投入されることは明らかであった。
 また、この上陸作戦と呼応して防衛戦中の部隊でも反攻作戦を開始する手筈となっており、そちらにはルヴィアゼリッタ海空軍を主力として攻撃準備を整えていたのである。
 
 
☆
 
 
 1950年9月8日 0600 霧城連邦海軍 極東方面艦隊司令部

 作戦承認から一ヶ月後の9月8日、
「司令部から、上陸支援部隊各艦へ。砲撃準備は良いか」
 通信機を手に取り、威勢堂々、リオン中将は司令官席の前に立って指揮下の艦隊に確認をした。
「伊瀬、砲撃準備よし。紫苑、砲撃準備よし。長門、砲撃準備よし」
 戦艦を始めとして、巡洋艦、ロケット弾を満載した上陸支援艦から攻撃準備よしの通信が次々と入ってくる。
「全艦、砲撃準備完了しました」
「旗艦から全艦へ。各艦に割り当てられた地点に砲撃を開始せよ。オールファイアー!!」
 リオン中将の命令と共に、空に輝く太陽にも負けないくらいの閃光が指揮下の艦から一斉に放出される。火山が噴火したかのような大きな砲撃音から、太鼓を乱打するようなやや小さくも力強い砲撃音が続き、主砲の発射音とは違う独特な音を立ててロケット弾が航跡に煙を残しながら昼間の空を陸地に向かって飛んでいく。
「良し、いいぞ。徹底的に敵部隊を壊滅させるのだ!! 速やかに上陸が開始できるかどうかは、君たちの努力にかかっている」
 席に座らずにリオン中将が声をかけ続ける。
 防衛部隊に対して過剰ともいえる砲撃は、事前に計画された砲撃地点に寸分の違いなく着弾し、急ごしらえで設営されていた敵の防衛陣地にこれでもかという程襲いかかる。
 コンクリートで固められたトーチカの一つに、戦艦の主砲の一発が命中し、中に潜んでいた敵兵に何が起こったか認識させるよりも前に四散させる。その後も、まだ撃ち足りないとばかりに、巡洋艦群から発射された砲弾が続けざまに着弾し、トーチカや兵士たちを跡形もなく破壊する。そして、彼らを地下に葬り去るように上から大量に土砂を振りかけた。
 塹壕に潜んでいた兵士たちの頭上からは、無数のロケット弾が一直線に飛来し、手当たり次第に敵兵を殺傷する。反撃することも逃げることも出来ずに、ただ彼らは自分のところに着弾が無いように願うことしかできなかった。
 気付いた時には、すぐ近くにいた兵士が何だかわからないぼろきれと肉片に代わっていた。しかし、それに悲しむ間もなく、今度は彼自身の頭上からロケット弾が飛来したのである。ロケット弾の破片が飛翔し、金属片が腕を容易に引き千切り、足を引きちぎった。そして、体中から多量の血を流しながら体を横たえた彼の頭上から止めに駆逐艦からの砲弾が飛び込んできた。
 次の瞬間、彼の体は粉々になり、当たりに転がるロケット弾の破片に交じって散乱し、それすらも次に着弾した砲弾によって遠く吹き飛ばされていった。
 空からの攻撃も熾烈で、砲撃から生き残った場所を虱潰しに爆撃し、生きながらえていた兵士たちを殺傷した。
 敵防衛陣地は、地形が変わるほどの被害を受け、壊滅的被害を被った。
 
 水上艦隊の砲撃が一時中断された午前8時、海上に待機していた上陸船団の上陸艇が接岸し、次々と兵士たちが小銃を手に上陸して行った。それでも空には敵部隊を警戒して海軍艦載機部隊が空を守り、空軍爆撃隊が地上から敵の砲撃の光が見えないか見張り続ける。
 兵士たちが上陸するのと時を同じくして、戦車揚陸艇によって八式戦車が陸揚げされ、砂浜にキャタピラの跡を残しながら、破壊された敵陣地を乗り越え進んで行った。
 その日の上陸作戦は、徹底した攻撃が功を奏し、これといった抵抗もなく、当初予定されていた第一海兵個師団、大璃民国陸軍の上陸を完了させ、深夜には歩兵師団の上陸も完了させた。
 
 
☆
 
 
 1950年9月9日 0800 クリスタル・ナイト 攻撃部隊

 翌日の早朝、大璃民国の主都とを結ぶ街道を進撃する第一海兵師団第二大隊が敵機甲部隊と遭遇した。
 敵陸軍は、苛烈な攻撃を察知し、最低限の防衛部隊を残し、内側に下がっていたらしく、Lv-2を主力とした戦車部隊の攻撃に遭った。この事態を付近を飛んでいたクリスタル・ナイトの艦載機部隊に報告し、桜の所属する中隊も支援攻撃にきたのである。
「こちら、イーグルファイブ。敵戦闘車両を視認。これより攻撃を開始します」
「イーグルシックス、これに続く」
 尾翼に真っ赤な天使の絵が描かれたブルーライトニングが最初に降下し、それに続いてもう一機が降下を始める。
 桜は眼とカッと開き、目標に定めた敵戦車の一両めがけ降下を続ける。高速で降下するブルーライトニングの前では、10秒とかからず両者の距離はあっという間に縮まり、桜はロケット弾発射スイッチに指をかける。
「一撃必殺ぅ!!」
 お腹に抱えたロケット弾ポッドから二発のロケット弾が滑りだし、煙の航跡を残しながらロケット弾本来の推進力による速度に降下によってさらに速度が足され、敵戦車の天蓋からロケット弾一発が突き刺さった。
 天蓋に突き刺さったと同時に、ロケット弾が爆発し、爆風を車内にまき散らし、風圧で乗員を地面に押しつけ、脳を内臓を押しつぶし、戦闘能力を奪い去った。
「まずは、ひとーつ!!」
 上昇に移る前に、平行飛行に移った際に、さらに付近に展開する装甲車に両翼から機関砲弾を放つ。戦車ほどの装甲もない装甲車は、見えない棒に地面に車体ごと突き刺されてしまったかのように命中の瞬間、走行を停止し、操縦手を倒し、エンジンを破壊し、タイヤを吹き飛ばし、搭載する物資を破壊した。
 別の兵員輸送車にも機関砲弾は命中し、装甲とも言えない薄い布で覆われた天井を破き、中に待機する兵士を頭上から殺傷し、車体を貫通して地面で炸裂した砲弾の衝撃で、兵士を吹き飛ばし、エンジンの破壊による爆発が兵士を操縦席のある兵員輸送車全部の壁に激突させた。
「今頃、地上じゃ、ブラッディーフェアリーが現れたぞって騒いでる頃でしょうね♪」
「相手はファメール語じゃ喋ってないから、うーん、夜御の言葉ってどんなのだっけ?」
「佐賀ちゃーん、そこ真面目に突っ込んでどうするの。そこは、『うんうん、そうですね。お嬢様』って言うんでしょう。うーん、そうねぇ、『すごい敵に出会ったアルヨ。早く逃げなきゃいけないアルヨ』かしら?」
「それ夜御の言葉じゃないし。そもそも、お嬢様って言う年じゃないでしょう」
 桜は、最後の言葉に反応して一度大きく息を吸い、今隣にいたら絞め殺すのではないかというほど低い声で恨みをこめて言った。
「いーまーなーにかーいったかしらぁー? 今度、機体にくくりつけて特製ジェットコースター体験させてやろうか? それか、爆弾の代わりにあんたを投下してやろうか?」
 佐賀は、小さく『ご遠慮願いたい』と言って通信を切った。
「ってところで、次の獲物は誰かしらぁ。今回は佐賀ちゃんは狙わないから安心しなさい」
 そう言って、ばらばらに対空砲火をあげてくる敵地上部隊の中からロケット弾攻撃する目標を探す。
「あの対空戦車を黙らす!! 私は天使だからね。せいぜい、悪魔に守ってもらうように祈ることね」
 桜の視線の先には、車体の上に乗っている連装機銃砲座を右に左に旋回させながら弾幕を張り続ける対空戦車が一両がいた。敵も桜が狙っていることを察知したようで、降下に入った桜の機体を絡め取ろうと機銃砲座をこちらに向けて銃弾を見舞ってくるが、桜はそんな攻撃ものともしない。
 機体を横に滑らせながら攻撃を回避し、さながらスカイダイビングのように急旋回で方向を変え、高度を落としていった。
「大人しくなさい!!」
 桜は、敵が機銃砲座を回転させ終わるよりも前にロケット弾をすれ違いざまに発射した。機銃砲座を回転し終わった機銃手の目には、急速に迫りくるロケット弾が目に入ったが、時既に遅しであった。しっかりグリップを握りしめた手を離すことも、反射で対空機銃を撃ちあげることもできない間に、ロケット弾は必殺の弾道を描き、対空戦車めがけて殺到した。
 機銃手は、グリップを握りしめたまま攻撃を体前面から受け、その腕から先を形が分からぬほど木っ端微塵に破壊されてしまったのである。破壊された機銃砲座の砲身は空から守ってくれると思っていた兵士の横から鋭い凶器となって襲い、その体を貫通し、内臓をいとも簡単に破壊し、肉体を切り裂いた。
「イーグルリーダーより、各機へ。敵戦闘機が接近してきている。地上部隊への攻撃は一時中断し、上空の敵を撃退せよ」
 坂井から敵機発見の通信が入り、レシプロ機や敵機と空戦するには分が悪い旧式ジェット戦闘機が地上部隊への攻撃を続行しているのを視界の隅に見ながら、高度を上げていく。
 そして、地面すれすれで戦っていたところから急速に高度を上げ、薄い雲を突っ切って今度数千メートルまで上昇する。
 早期警戒機からは、敵機の接近方向や、その数、機種を次々と報告されてくる。そのおかげで、桜たちは余裕を持って敵戦闘機隊の攻撃に備えることができるのである。
「敵は、懲りもせずに戦闘機を繰り出してきたようね。それじゃあ、ありがたく美味しく頂いてあげましょうか」
「おうっ。どんどんよそってやるから食べたいだけ食べてやれ」
 敵は、数の上では味方を上回っていたが、その行動は丸見えである。先手を取ったつもりのようだが、情報の利がある自分たちに襲ってくると言うことは無謀なことだと知らしめるため、桜たち戦闘機部隊は急速に接近する敵戦闘機隊を待った。
 天気は、生憎の空模様だったが、張り巡らされたレーダー網は雲に隠れて接近する敵機を丸裸にして味方の前に映し出す。
「すこし高い高度から、鴨が3機接近してきてるわね」
 豪華な食事を前に、ナイフとフォークを用意するように、機器類を操作した桜は坂井に通信を入れ、攻撃許可をもらうと太陽を背にして上昇を始めた。高速で接近する両者が出会うのに時間はほとんどかからなかった。
 敵の小隊は、雲の切れ目に無防備な体を見せ、口を大きく開けて空気と一緒に敵機も食おうと飛んでいた。機首は、報告のあった通り、Mig-17が三機。機体には、真新しい赤の塗料で北の国旗が描かれ、機体はピカピカに輝いていた。
 その機体を彼ら自身の赤い塗料で塗り尽くせると思うと、桜は嬉しくて身震いしながら、敵機めがけて、佐賀と共に急降下で襲いかかったのである。
「さぁ、どれから頂いてあげようかしら」
 お腹を空かせた天使は、フォークを荒っぽく掴むと、一番手前を飛んでいた敵機にそのフォークを勢いよく突き刺した。撃ちこまれた20ミリ機関砲弾は、フォークの三つに分かれた先っぽのように頭上から機体中央の三か所を貫通した。そのうち、一発は襲われたことにも気づいていなかったパイロットを脳天から貫通して人間としての中枢を破壊したのである。
 これにより、戦闘機の中枢も喪失した敵機は、重力に抗うことも忘れて地面にまっさかさまに落ちて行ったのである。
「全く、倒しがいのない相手ね。まぁ、前菜ってところかしら」
 そう言う間にも、残った僚機のパイロットは、桜の乗るブルーライトニングに憎悪の眼差しを向けて襲いかかろうと機体を操作していた。
「次に運ばれてくる料理は何かしらね。まだ、メインディッシュって感じじゃないから、さくっと平らげて次に行くわよ」
「イーグルシックス、了解した」
 普段は、恐ろしい桜も戦場では頼もしくなるから不思議だ。と佐賀は思いつつ、桜に合わせて機体を操った。
 桜は、前菜を食べて汚れたフォークとナイフをどけて、新しいフォークとナイフを手に取るように、ロケット弾攻撃に切り替えて敵機を探した。
「イーグルファイブ、残りの敵機は太陽を背にして来るぞ」
「りょーかいっ。皿の上から逃げようとする魚ちゃんは、焼き魚にして食べてあげるわ」
 一度スピードを上げて、敵機と距離を取ると、宙返りをしながら機体を横回転させた。敵が降下から上昇に転じようと機首を持ち上げたところで、今まで稼いだ速度を今度は位置エネルギーに変換しようとして機体にブレーキがかかっていたのであった。
 エンジンを全開にして少しでも早くスピードに乗ろうとする敵機に対し、重力に逆らうことをせず、逆に味方にして速度をどんどん上げていく桜機は、野鳥が水面を泳ぐ魚をハンティングするように機首の方向から襲いかかった。
「どれどれぇ、それじゃあ、一番栄養のある頭から頂いてみましょうか」
 桜の攻撃を察知して回避運動に入った敵機のうちの一機に狙いを定めた。せっかく速度を得ようとしていた敵機は、回避運動を始めようと再び高度を下げ始め、地面近くまで降下していく。
 桜は、スピードを落とすことなく敵機の頭上をすれ違う航跡を描きながら両翼の機関砲を轟かせた。
 地面ぎりぎりまで降下し、砂埃を立たせながらも機首を衝突させることなく上昇に転じた桜とは正反対に、敵機は片翼をもぎ取られて再び上昇することなく墜落していった。
「全く、いつも君は無謀なことをする」
「それは、誉め言葉ですか?」
「さぁ、どうかな。それは自分の胸に手を当てて自問すれば分かるだろう」
 通信を入れてきた坂井に自慢げに返事をする桜は、上昇を続けながら、早くも次の獲物を探していた。
 霧城側が一大作戦として決行したのと同時に、敵にとっても大変重要な戦いであると分かっているようで、空を飛びまわる敵機の数も普段の倍以上はいた。
「今日は、より取り見取りってわけねぇ」
 桜は、すぐに次の獲物を視界におさめ、敵機への攻撃位置につくために高度を上げつつ接近して行った。


☆


 同じころ、経山防御陣地でも激戦が繰り広げられていた。敵後方への上陸作戦が決行され、それが成功裏に終わろうとしていたこともあり、北の攻撃は弱くなっており、一部の部隊は包囲網が出来上がる前にと後退を始めていた。
 だが、易々と後退を許す訳もなく、霧城連邦とルヴィアゼリッタを主力とする連合軍も追撃を敢行したのである。陸からは、戦車が、空からはジェット機が、海からは水上艦艇が砲爆撃を行って一兵たりとも後方に生きて返さないという意気込みで攻撃していた。
 その航空兵力の主力は、ルヴィアゼリッタ空軍と海軍航空隊であったが、霧城連邦海軍も攻撃に加わっていたのである。その中には、今や中隊を率いているイシュタル大尉とレベッカ中尉もいた。
「敵は、尻尾を巻いて後退しているときた。だが、奴らを生きて返すほどお人好しじゃないよな!!」
 ブルーライトニングを操るイシュタルが部下に向けて通信を入れた。
「おうとも!!」
 威勢の良い大きな声で返答を入れてくる部下の中で、一人だけ女性のどちらかというか細い声が混じって返ってきた。
「こちら、エコートゥー。早期警戒機からの報告によると、敵は上陸作戦のほうに主力を回していて、こちらにはあまり航空機が向かってきていないそうです」
「エコーリーダー、了解。なら、早く航空機を撃退して、地上攻撃に加わるぞ。各小隊散開」
 そう中隊メンバーに通信を入れると、レベッカにだけ聞こえるように設定を変えて言った。
「そう緊張しなくて大丈夫さ。いつものレベッカの感じでやればよい。リラックス、リラックス」
「は、はい。ごめんなさい、副長がこれじゃ、いつも迷惑かけてばっかりで……」
「そう、そこ。そんなの誰も気にしてないよ。いつも良くやってる。いつもそばにいる私が言うんだから、ね?」
「……すみません、そうですね。私なりに出来るだけ頑張ってみます」
「そうそう、その意気。では行くぞ!」
 イシュタルは、味方の爆撃機隊を攻撃しようとする敵機に向けて軽くカーブを描きながら降下を始めた。レベッカもすぐ後に付いて同じ機動をする。
 口で弱気な言葉を呟いても操縦には全く迷いがない。今の会話を他のメンバーが聴いたら、信じられないと思う程に、レベッカは完璧な機動をしていた。
「だから、なにも心配することないのにな」
 目まぐるしく風景の変わるコックピットの外を見ながら、イシュタルはひとり呟いた。
 敵は、Mig-15。桜たちが相手にしている戦闘機と比べればやや旧式であるが、それでも侮りがたい相手であることには変わりがなかった。Mig-15といっても色々な部分を改修したバージョンの機体であり、Mig自慢の大口径機関砲弾の命中を受けたら、ただでは済まされないことは明らかであった。
「よーし、そのまま。そのままでいてくれよ」
 別の味方を負うMigの背後に忍び寄ると、やや上空から敵機上面に向かってロケット弾を連続して発射した。
 イシュタルの前方に、ロケット弾の発生させる煙の航跡が描かれ、一直線に敵に吸い込まれていった。放たれたロケット弾のうちほとんどは敵機の周囲をかすりもせずに通り過ぎたが、一発だけ、尾翼付近に命中弾があった。
 イシュタルは、攻撃を見届けるよりも早く敵機と交差し、すぐに上昇を始めた。たとえ自分が仕損じても、レベッカが確実に撃墜してくれる。深追いをすることなく、周囲の敵を警戒して再び元の高度まで上昇する態勢に入ったのである。
 敵のほうはと言うと、背後からの不意の攻撃により、攻撃を中止して、自らの姿勢を保つことに力を注がざるを得なくなった。泥酔した人のようによろよろ飛んでいる敵機に、イシュタルの背後から連続攻撃をかけるべく接近してきたレベッカが両翼から数発ずつ、ロケット弾を撃ちこんだ。
 無数のロケット弾の範囲に入った敵機に全てが命中することはない。
 しかし、その中で一発でも命中すれば、破壊力のあるロケット弾は、命中個所を容易に破壊し、その機能を奪い去ったのである。
 レベッカが放ったロケット弾は、右翼に命中し、片翼を失った敵機は今度こそ姿勢を取り戻すことなく、地表に向けてまっさかさまに落ちていったのであった。
「撃墜よ。エコートゥー」
「そんな、たまたまですよ」
「たまたまでも当たればそれで良し。帰ったら、撃墜マーク機体に描いてあげるからね」
「うん」
 隣にいれば頭をなでてあげるのにと少し悔しがりながら次の敵を攻撃することをレベッカに伝えるイシュタルであった。
「エコートゥー、上昇中の敵機をやるわよ」
「はい、了解です」
 次に攻撃しよう目標に定めた敵機は、今ちょうど味方地上部隊に射撃して攻撃してきた攻撃機であり、しかも旧式であるため、撃破は簡単だとイシュタルは判断した。二機一組で行動してるため、逆に敵機に攻撃される可能性もあったが、性能ではこちらが圧倒的に上であり、反撃の隙を与えずに通り過ぎれば追撃できないはずだ。
 敵攻撃機が上昇を終えるよりも早く、猛スピードで距離を詰めていったイシュタルのブルーライトニングが先ほどと同じく、両翼に搭載されたポッドからロケット弾を発射した。
 近距離からの攻撃で、避けることは不可能だったが、惜しくも発射されたロケット弾はいずれも敵機の至近距離を通り過ぎ、明後日の方向に通り過ぎて行ってしまった。
「こちらエコーリーダー。攻撃が外れた」
「エコートゥー、了解。機関砲での攻撃を行います」
 イシュタルの撃墜できなかった敵機に照準を定めたときには、かなり距離が接近しており、ロケット弾に代えて、両翼に搭載された4門の20ミリ機関砲による攻撃に切り替えたのであった。
「……目標を照準内に捕捉。ファイアっ。致命傷は与えられていない。再度攻撃します。ファイアっ」
 回避運動を行う敵ジェット機を追いながら、レベッカは二度機関砲による射撃を行った。一度目は、数発が機体を掠っただけだったが、二度目の攻撃は敵機をしっかりと捉え、機関砲弾が鋼板を抉り、穿ち、致命傷を与えることに成功した。
「エコーリーダー、もう一機は?」
「大丈夫だ。今、照準内におさめた」
 イシュタルからの通信には、射撃を行う音と、爆発音が順に聞こえ、もう一機も撃墜に成功したことが分かった。
 上昇に転じながら、後方を振り返ると、紅蓮の炎に包まれた敵機が真っ逆さまに地面へと墜落して行っているのがはっきりと確認できた。この日、二機目の撃墜に成功したのである。
「うんうん、上出来」
「……ありがとう」
 レベッカは、顔を紅潮させながら言った。といっても、ヘルメットをかぶり、酸素マスクを装着しているレベッカが紅潮しているのは外からは全く確認できない状態ではあるが。
「さぁーて、どんどん次の敵を狙うよ」
「エコートゥー、了解!」
 先ほどよりも幾分大きな声でレベッカは返答した。
 イシュタルの第一小隊が二度の攻撃を完了させた時、空を舞う航空機の数は半減しており、減った機体のほとんどが敵であった。
「エコーリーダーより各小隊へ。状況を知らせろ」
「エコースリー、惜しかったが一機も撃墜できなかった。だが、エコーファイブが一機に止めを刺した」
「エコーセブン、こちらも一機撃墜した」
 中隊各機から通信が入り、中隊全体ではそれぞれ一回から三回の攻撃を敢行し、合計四機の撃墜に成功していたのである。
「エコートゥーから各小隊へ。早期警戒機より報告。敵機の大半は、撃墜されるか、後退を始めた模様。可能な中隊は地上攻撃に参加されたし。とのことです」
「良く聞け、空の守りを失った今、敵地上部隊の上空はもぬけの殻だ。これより、地上を這いまわる虫たちに攻撃目標を変更する。各小隊、味方地上部隊の進撃を援護せよ」
「了解!!」
 レベッカ以下、中隊メンバーが同じタイミングで返答した。
「エコートゥーへ、地上部隊は、動きが平面の分、攻撃が簡単だ。慎重にやれば大丈夫だからな」
「はい、了解です!!」
 コックピットの中で敬礼でもやっているのではないかと思う程大きな声でレベッカが返答した。
「その意気、その意気」
 地上からは味方砲兵や戦車部隊からの砲撃を受け、空からは機銃掃射や爆撃を受けながら散り散りになって後退する地上部隊に機体の切っ先を向けて、イシュタルは降下を始めた。
「散々苦しめやがって。無事に帰れると思うなよ」
 そう言って、イシュタルは、ロケット弾の発射ボタンに指をかける。急速に地面が近づき、米粒ほどの大きさだった敵車両が拡大されて行き、兵士一人一人も確認できるんじゃないかと思いながら、その指を押しこむ。
 航空機の接近に逃げ惑う敵兵士の頭上からロケット弾をお見舞いし、ついでだとばかりに、機関砲弾もばら撒く。
 ロケット弾の着弾は、たとえ直撃でなくとも、敵兵士を殺傷し、薙ぎ倒した。装甲車に命中すれば、一瞬でそれを鉄の塊へと変え、戦車でさえも薄い天蓋を貫通され、撃破されていった。
「目標を敵戦車に定め、ロケット弾攻撃。ついで、機関砲で敵歩兵を掃討。大丈夫、何も問題はない」
 努めて冷静にレベッカは攻撃を敢行した。戦闘機に乗り始めて、もう何年になる。何も怖いことなんてない。ただ、慎重に攻撃を行えば大丈夫。
 そう自分に言い聞かせ、イシュタルに次の指示を仰いだ。
「次は、歩兵部隊の一団を攻撃する」
「エコートゥー、了解」
 先ほどの戦車よりももっと小さい歩兵の群れに向け、再びイシュタルを先頭にして降下を始めたのである。
「さっき、戦闘機にロケット弾を使ったから、もう残り少ない。大事に使わなきゃ」
 逃げることを放棄したのか、手に持つ小銃を空に向けて銃弾をばら撒く歩兵を目印にロケット弾攻撃を見舞う。
 一発着弾するごとに、数人の兵士がまとめて倒れ、反撃虚しく、彼女らの地上攻撃によって蹴散らされていく。
 ロケット弾はすぐに無くなり、機関砲で攻撃を続行した。
 ロケット弾を撃ち尽くすと機関砲による攻撃しかできなくなり、その機関砲も搭載弾数がそれほど多くない。また、燃料のことを考えるとそろそろ帰還したほうが良さそうだとイシュタルは判断して、部下に通信を入れた。
「各小隊、攻撃中止。あとは、味方地上部隊と交代の航空隊に任せる」
「まだ残弾があるから、攻撃させてくださいよ」
 メンバーの一人が通信を入れてくる。
「ふむ、したいならしても良いが、後で鉄拳くらわすぞ?」
「それは勘弁……」
「では、帰還する」
 レベッカも他のメンバーから押し殺した笑い声が漏れてくるのに微笑した。
「大丈夫だと思うけど、危なかったらイシュタルをなだめてあげよう」
 戦闘空域を離れながら、部下に同情するレベッカであった。

 大きく二か所において大規模な戦いが繰り広げられたのであるが、結果的にいえば、連合側の圧勝であった。苦戦しつつも戦力の補充に努めた連合を戦力をすり減らして攻勢を続けた北夜御軍は破ることができず、逆に補給戦を寸断されて壊走させられたのである。
 追撃する途中、撤退する北夜御軍を取り逃がす事態も発生したが、大部分の部隊は包囲され、投降するか、ゲリラとなって散り散りになっていった。
 兎にも角にも、投機的要素の多い上陸作戦を成功させ、戦局を打開した連合軍は、その勢いのまま急進し、わずか三カ月で開戦時の38度線まで戦線を押し返すに至ったのであった。
 だが、まだ、戦争は終結には至らなかった。ここで、時間をおけば、再編成なった北が反攻してくるかもしれず、かといって38度線を越えれば隣国のチャナヴェートや華魅人民共和国が本格的に介入してくるかもしれず、各地の掃討作戦を行いながら、次の策を決めあぐねているのが現状であった。

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