戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第20話 空翔る蒼い稲妻

1950年7月13日 霧城連邦海軍、極東方面軍艦隊旗艦クリスタル・ナイト

 夜御半島での戦争が始まってから二週間余り、セレネバと夜御半島の間を通るセレネバ海に大型空母が姿を現した。
 1949年末に竣工し、慣熟訓練を行っていたが、戦争勃発を受けて極東方面軍艦隊の中核を成す艦として本国より護衛艦艇と共に急派されてきた空母である。情報を管理する中枢艦は同行する戦艦伊瀬であったが、機動部隊の旗艦として存在を示すにはクリスタル・ナイト以上のものはなかった。
 伊瀬も320メートル以上あるクリスタル・ナイトと比べられると将軍に付き従う小柄で頭脳明晰な参謀という感じであった。
 クリスタル・ナイトは、第二次世界大戦中からレシプロ機に代わって頭角を現してきていたジェットエンジン搭載の航空機を艦載機として満足に運用するには従来の大型空母では能力が足りなかったのである。
 ジェット機がどんどん大型化してきたこと、発着艦距離の延長、機体重量の増大等、様々な理由により、さらなる超大型空母の登場が望まれたのであった。
 この超大型空母の建造計画は戦争中の1944年に既に始まっていた。衆議院と貴族院での予算の通過と沙羅皇王による許可によって建造が開始された。クリスタル・ナイトはその一番艦であり、次世代の空母建造のためのテスト・ヘッドでもあった。その特徴は、艦尾から艦首に真っ直ぐに延びる飛行甲板のほかに左舷にはみ出すように斜めに突き出たもう一つの飛行甲板がひとつ目。アングルド・デッキと呼ばれ、発艦、着艦用のスペースを分けることによってジェット機の運用を円滑にするための策であった。次に、飛行甲板上でなく、舷側に設けられた四基の航空機用昇降機である。飛行甲板の邪魔になることなく、四基装備された昇降機によって速やかな攻撃隊の用意ができるようになった。また、それまでの油圧カタパルトに変わり蒸気カタパルトを装備したことも特徴であった。機関から発生する蒸気を溜めて使うことにより、油圧カタパルトより大型で重量の重い航空機の発艦ができるようになった。
 クリスタル・ナイトには、戦闘機、爆撃機、攻撃機のほかにヘリコプター、双発早期警戒機が90機近く搭載されている。
 その空母の飛行甲板上で、太陽の光を反射してきらきらと輝くスカイブルーのデルタ翼機が畳まれていた主翼をピンっと両側に伸ばして、甲板前部にあるカタパルトに運ばれて行っていた。。

「実戦に参加できると聞いて喜んできたら、また、桜と組むのかよ。とほほ」
 甲板上に運ばれてくる乗機であるFJ4Fブルーライトニングを目で追いながら、そう呟いた。
「今、何か言ったかしら?」
 佐賀が隣を見る、と暑さに耐えかねて、パイロットスーツの胸元を大きく開けて手に持った手袋で扇いでいる桜が目だけこちらに向けて言った。佐賀は、目のやり場に困りつつ、少し視線をそらして言った。
「い、いあ、何でもないよ。またよろしく頼む」
「佐賀ちゃーん? 今、私の胸を見たでしょう? このスケベ」
 お前の胸が知らない間にそんなに大きくなってるのが悪いんだろう。という言葉はぐっとこらえ、首を大きく左右に振ってその問いかけを否定する。
「断じて違う。とにかく、俺は藤城のパイロットの腕を信頼している。だけどな、藤城はちょっと苦手なんだよ」
「ふ〜ん、まあ、良いけど。足手まといにだけはならないでよね。ちなみに、私は佐賀と一緒にいると素が出せるから安心するわね。だって、いじり放題だもの」
 その言葉に、喜んで良いのか悪いのか判断に迷いつつ、差し出された手を握った。
「藤城君、準備はもう出来ているのかね?」
 突然背後から聞こえてきた男性の声に、桜は開けていたジッパーを上げ、姿勢を正して振り向く。
「は、はい。後は、搭乗するだけであります」
「それはよろしい。君の腕を信頼している。我が航空隊の名に恥じない戦いをしてくれよ」
「はい、お褒めに預かり光栄であります。全力を尽くす所存です」
 自分の時とは対応が全然違うじゃないかと心の中で呟きながら、桜に従って敬礼をした。
 男性は、坂井次郎中佐で、桜と佐賀が所属する航空隊の隊長であった。歳を一度だけ聞いたことがあるが、桜や佐賀より一回り以上年上で、40後半にちょうど入った年齢で、鼻の下に蓄えられた髭は丁寧に整えられており、無精髭とは全く違うものであった。
 彼がパイロットになったのは、まだ複葉機が主力の頃であったが、その後の航空機の発達に乗り遅れることなく、ジェット戦闘機への転換訓練も早々にパスしてジェット戦闘機部隊を率いていた。
 桜は坂井をとても尊敬しているらしく、彼の前では冗談を一つも言わないくらい真面目にしていた。
「まぁ、そう気負わず、普段の能力を発揮して戦えば良い」
「は、はい!」
「これは個人的な助言だが、彼をいじるのも程々にしたほうが良いぞ。それ以上は何も言わん」
「はぁーい」
 坂井は、佐賀の肩にぽんっと手をのせると、そのまま歩いて行った。
「さぁ、佐賀ちゃん。私たちも出撃するわよ」
 坂井との距離が離れるのを確認すると、桜はそう言った。
「お、おう」
「早く来ないと置いてくわよ!」
 出撃する前からそんなに全力疾走してどうすると思ったが、それも言わないでおく。
 ブルーライトニングのコックピット脇に置かれたタラップに脚をかけ、軽快に登って行ってコックピットへと乗り込む。
 コックピットに乗り組むと、ヘルメット等を装着し、主翼や計器類などが正常に動作するか一通り確認し、チェックが終わると、誘導員の指示に従って飛行甲板上をゆっくり滑走して蒸気カタパルトの発射位置まで前進する。
「先に行ってるわ」
 短く桜が通信を入れたすぐ後、桜のブルーライトニングがぐいっと猛スピードで飛行甲板を滑走して行く。
 佐賀も管制官からの指示のもと、発艦態勢を整え、カタパルトの射出を待った。
「幸運を祈る」
 管制官からの言葉が言い終わった直後、体が座席に向かってものすごい強さで押さえつけられ、左右の景色が背後へと流れる。そして、飛行甲板の端から飛び出し、クリスタル・ナイトから飛び立った。
 発艦したあと、先に飛び立った桜たちに合流するため、高度を上げ、機動部隊上空を旋回する機動に入った。ブルーライトニングは低速ではなかなか飛行が安定しないので、扱いづらかった。それに引き換え、桜はというと。
「佐賀ちゃん、そんなよろよろ運転じゃ敵と戦えないわよ」
 桜は、発艦してからすぐ機体を安定させ、坂井の小隊に合流していた。
「へいへい」
 桜に佐賀が合流する間にも後続の小隊が発艦を続けており、一個飛行隊12機、6個小隊が合流し、電子偵察機の誘導によって空戦区域に向かうのであった。


 今回の任務は、全体的に圧されている味方陸上部隊の援護と、敵航空部隊の排除であった。敵は、開戦初期、レシプロ機、しかも旧式のものしか投入していなかったが、次第にジェット機が含まれるようになっていった。それはチャナヴェート製のジェット戦闘機Mig-17であり、味方の主力ジェット戦闘機の雷電や空軍のジェット戦闘機と互角以上に戦い、数の上で優勢でも歯が立たない状態であった。
 また、航空支援に出撃した海空軍の攻撃隊も多大な被害を被っており、海軍は正式採用間もないブルーライトニングを呼び寄せ、戦線に投入したのだ。
「こちら、アウルゼロ。味方陸上部隊が敵航空隊の攻撃にさらされている。敵には例の新型も含まれている模様。イーグル隊は、敵戦闘機の排除に専念せよ。攻撃機は、サンダー隊が担当する」
「イーグルワン、了解」
 桜のコックピットに坂井の通信が入ってきた。
「今聞いた通りだ。もうすぐ、接敵するはずだ。その前に高度を上げるぞ」
「腕が鳴るわねぇ。今日の相手はどんな奴らかしら」
 現航空隊に配属され、夜御半島で出撃した回数はまだ、片手で数えるほどであったが、果敢な攻撃によって、機体には既に二つの星マークが描かれていた。
 桜は、佐賀が付いてくることを確認しながら高度を上げ、周囲に目を配った。
 今日は、天気が良く、所々雲はあったが、視界は良好であった。
 敵航空隊は、攻撃隊を守らねばならないので、攻撃だけに専念できる味方はそれだけ有利であった。また、敵にはまともな電子偵察機は存在しないようで、それも味方を有利にしていた。電子偵察機による報告によると、戦闘機の半数は、攻撃隊を援護するため、低高度に下りているらしく、味方にとっては願ったりかなったりであった。
 敵はすぐに表れた。空に米粒のような黒い点が無数に表れるのと同時に、隊長から通信が入った。
「敵部隊発見、各機散開して戦闘態勢をとれ」
 イーグル隊の各戦闘機は、隊長からの通信を受けて、すぐさま胴体下に装着された二基の増加油槽タンクを切り離して身軽になり、各小隊ごとに散会して戦闘に入った。
「イーグルシックスへ、私たちは太陽を背にして攻撃するわよ」
 桜は、佐賀の返事も待たずに太陽を背にするような機動をとり、まだ気づいていない敵ジェット戦闘機の頭上を抑えるように急降下を始めた。山岳地帯が広がるこの辺りでは、山に激突しないように機動するのは大変だったが、桜は躊躇いもせずに敵機に向けて降下して行った。
「交戦する相手が私だったのが運の尽きよ!!」
 敵機は、桜の機体が近づいてくることに気付き、攻撃を回避しようとしたが、それが完遂されるよりも前に、桜のロケット弾攻撃が敵に襲いかかったのである。
 ブルーライトニングには、対空攻撃用として主翼下にロケット弾12発を束ねたロケット弾ポッドが片翼二カ所、合計48発装備されており、機首内部に搭載された火器管制装置により、パイロットの動作を助け、より精度の高い攻撃を加えられるようになっていた。
 ただ、装置の機構がかなり複雑で、パイロットからは逆に「あの装置を使うには、手が三本要る」といわれるほどのものであった。
 しかし、桜は、それらの装置を流れるような手さばきで操作し、必殺のロケット弾攻撃を見舞ったのであった。
 放たれたロケット弾は、合計四発。そのうち三発を機体上部から受け、さらに、至近距離から20ミリ機関砲の攻撃を受け、ぱっと火があがったと思った次の瞬間には敵機の右翼が根本からもげ、左翼からも炎と煙をあげながら機体のバランスを崩し、真っ逆様に落ちていったのであった。
 桜は、そのすぐ脇を通過しながら降下し、すぐに機首を持ち上げて緩やかな上昇機動に入った。
「佐賀・・・・・・じゃなかった、イーグルシックス。そっちはどう?」
「あぁ、こっちは、20ミリ弾は当てたが、ロケット弾は命中せず、撃墜には至らなかったみたいだ。イーグルファイブ」
「まぁ、一発でも当てれば御の字でしょ。ドンマイ。さ、次行くわよ!」
「次っておい。次はどれを・・・・・・」
「いいから、あんたは、私についてくればそれで良いの」
 佐賀のいうことをいちいち聞いていたらタイミングを逃してしまうと、発言の途中で命令を伝えた。
 どれを狙おうと考えて周りを見渡すと、佐賀が報告してきた機体らしい損傷した戦闘機が飛んでいたが、それはほかの小隊に任せるとして除外。無傷で飛び回っている機体を探して周囲を警戒していると、背後から何かが迫ってるくる音が。
 しかし、桜は急に回避する機動に入らず、敵機が攻撃する間合いを予測して回避行動を遅らせていた。2秒は経っていないとき、一瞬、機首を下げると見せかけて、大きく機首を持ち上げさせた。
 敵は、桜が降下すると予測してやや下方を狙って機関砲を連射してきたが、撃った次の瞬間、桜は敵機の背後に回り込んでいた。
 桜は、機首を持ち上げて減速すると、下方を通り抜ける機関砲弾と敵機を避け、すぐに機首を下げて逆に背後についたのであった。
「私を攻撃しようなんて、百万年早いんだよ!! そんな常識知らずは、地面とキスでもしてな!」
 そう言うと、唖然として前方を飛ぶ敵機のケツにロケット弾を叩き込んだ。
 敵機は、叩き込まれたロケット弾の衝撃で、一瞬、機首を持ち上げ、今度は機首を下に向けて小爆発を繰り返しながら次第に機体全体が炎に包まれ、山の中程に激突した。
「やっぱり、味方で良かったな」
 か細い声で、佐賀が通信を入れてきた。
「何か言ったかしら?」
 桜がそう言うと、空気を一瞬吸い込む音がして、返答がきた。
「いや、味方だとこんなに頼もしいものはないなって言ったんだよ」
「今度、君のケツにもロケット弾をお見舞いしてあげようか♪」
「言ってる内容と口調が一致していない気がするが、とりあえず、丁重にお断りしておく」
「ごほん、戦闘中に私語は慎みたまえ」
「はい、了解であります」
「は、はい、了解ですっ」
 桜は、通信が終わると、またすぐに新たな獲物を求めて周囲を見渡す。
「背後に付かれた、誰かこのうるさいハエを追い払ってくれ」
「了解、行くわよ佐賀ちゃん」
「お、おう」
 一機のブルーライトニングが背後から敵に銃撃を浴びせられており、右に左に、上に下に機体を動かして敵をまこうとしているが、敵はしぶとく追いすがっていた。
「イーグルシックス、上空援護は頼むわよ」
「了解!」
 味方を追う敵機の背後を逆に捉える形で激しい機動を繰り返す両機に迫って行く。
「ハエは、大人しくたたき落とされるのが常識よねぇ?」
 そう言いながら、機関砲の発射ボタンに指を添え、攻撃のタイミングを計る。そして、照準に収め、一瞬のチャンスを掴んだ桜は、機関砲の発射ボタンをほんのコンマ何秒か押しこんだ。
 すると、両翼にある四基の20ミリ機関砲から20ミリ弾が数発ずつ発射され、吸い込まれるように敵機に殺到した。敵機は、片翼とコックピットに命中弾を受け、撃墜には至らなかったが、煙を翼から吐き出しながら追尾をやめて回避運動に移った。
「往生際の悪いハエねぇ。どっちにしたって一度私に追尾されたら撃ち落とされることになってるのよ!!」
 操縦桿をグイッと倒し、敵機の機動に追いすがる。急な方向転換をした瞬間、自分の体重が何倍にも感じ、体が軽く悲鳴を上げたが、今の桜には全く気にならなかった。それよりも、目の前の敵機に攻撃し、こんどこそ撃墜してやるという考えが頭の中を占めていたのである。
 ただ、それでも周囲への警戒は怠らなかった。相手をたたき落とそうとして、自分がたたき落とされてしまっては元も子もないからである。
 損傷した敵機は、機動を繰り返しつつも、機体の各所から煙を上げ、満身創痍といった様子だった。桜がようやく照準に敵機を収めて、射撃しようとしたときには、まっすぐ飛ぶことも出来ない状況になっていて、撃墜するまでもなく、飛ぶのに疲れ果てた様に機首を地面に向けて落ちて行ったのであった。
「止めをさす前に墜ちちゃったのは残念だけど、弾が無駄にならなくて済んだだけ良しとしましょう」
「助かった、ありがとう」
「一つ借りですからね。あとで楽しみにしておきます」
「あぁ、考えておくよ」
 周囲を見渡すと、別の中隊が敵攻撃隊に攻撃を加えており、敵迎撃機は機体を翻して帰路に向かっていた。ブルーライトニングは、それほど航続距離は長くなかったが、敵迎撃戦闘機も同じように航続距離が短く、それに加えて先に空域に到着していたこともあり、先に燃料が少なくなっていたのであった。
「イーグルリーダーより、各小隊。敵戦闘機隊を撃退し、攻撃隊も引き返している模様だ。我々もそろそろ燃料が少なくなってくるころだろう。現時点を持って戦闘行動を中止し、帰還せよ」
「了解。イーグルシックス、そういうことだから、私たちも下がるわよ」
「あぁ、了解だ」
 桜は、高度を回復しつつ、味方中隊に合流して佐賀を待った。
「桜、なんだか、おかしい。燃料の減りが予想よりも多いんだ。これじゃ、母艦まで帰還できそうにない」
「なんで、そんなに。あっ」
 佐賀の乗機を隣から見た桜の眼に映ったのは、右翼から一筋の線のように後方に流れる燃料であった。
「燃料が漏れてるわ。あそこ降りられそうよ。左40度にある」
 桜は、佐賀に山岳地帯の一部に広がった平らな土地を指差した。
「イーグルファイブより、イーグルリーダーへ。シックスが燃料漏れにより不時着を試みます。私も彼の不時着を援護します。リーダーは、救援を要請してください」
「私もイーグルシックスの異常にか気付いた。先ほど救援のヘリを要請したが、他の救援場所に急行していて到着が遅れるそうだ。別の中隊にも援護を要請したが、あいにく燃料に余裕があまりない。君もぎりぎりのはずだ。救援は、そのヘリに任せて君も帰還したまえ」
「嫌です。同僚を置いていくことはできません。場合によっては、私も不時着して援護します」
 その間にも佐賀のブルーライトニングは、高度を下げながら平地に降りつつあり、桜は固唾を飲んで見守った。遠く米粒の様に小さくなった機体が地面に土煙を上げながら滑走し、何とか停止したのが見えた。
「何とか、不時着には成功した。ただ、敵兵の姿が見える」
「佐賀ちゃん、どこかに隠れていて。私も行くわ。リーダー、私は止められたって行きますからね?」
「あぁ、分かった。ただ、機体を損傷させたら、君の次の給与から引いておくからな。明細を見てびっくりするなよ」
「えぇ、分かっています。では、後は頼みます」
「うむ」
 桜は、機体を反転させて、中隊から離れ、不時着した佐賀のブルーライトニングの上空を通り過ぎた。平地の周囲にある斜面に目を凝らすと、ざわざわと草木が揺れており、銃を持った兵士が数十人と近付いているのが見えた。
 もう一度距離をとって平地上空に進入すると、佐賀を援護するために近づいてくる敵兵に銃撃とロケット弾攻撃を浴びせた。この二種類の攻撃は、鋼鉄の機体にも致命傷を与えるのだから、生身の兵士が無事でいる道理など全くなかった。
 20ミリ弾が命中した兵士は、元からくっついていなかったかのように四肢を周辺に飛び散らせ、大地を血の色で染め上げた。ロケット弾がすぐ近くに着弾して、爆発をまともに受けた敵兵は、木の葉のように体が宙を舞い、岩肌に体を撃ちつけ、息絶えた。
 その周囲にいた兵士は、20ミリ弾やロケット弾の破片、衝撃で飛び散った木々や岩の破片を体に受け、致命傷を負ったものから命を奪っていった。
 それでも、敵兵の進撃は止まらない。後から後から新しい兵士が木々の間から姿を現し、逆に数は増えているように見えた。
 元々、敵戦闘機と交戦していた関係もあり、20ミリ弾もロケット弾も半分以上消費しており、最初から装弾数の少ない20ミリ弾はすぐに尽きてしまった。ロケット弾も一度の攻撃で何人かの敵兵を倒すことができたが一機で相手にできる数などたかが知れており、すぐにロケット弾も尽きてしまった。
「佐賀ちゃん、そっちは大丈夫?」
「今のところ、空からの攻撃のおかげで助かっているが、このまま敵兵に近づかれたらまともに相手なんかできないぞ」
「私も今から降りるから待ってて!!」
 攻撃手段を失い、燃料も少なくなった今、桜も不時着して佐賀に加勢するしかなくなった。
 遠くから見れば平らに見える大地も、近くから見るとでこぼこで、良く佐賀は不時着できたと今さらながら思ったが、躊躇している暇などなく、後はできるだけ佐賀の近くに不時着できることを祈るばかりであった。
 脚を下げ、高度を落としていき、地面が目の前に迫ったと思った瞬間、機首を持ち上げ、出来るだけ平らな場所に接地した。地上に降りると、空母に降りるときとは比べ物にならない揺れが桜を襲い、手を離しそうになりながら必死に操縦桿を操作し続けた。
 途中、機体から悲鳴のような鈍い音が何度も響いたが、不時着にはどうにか成功し、佐賀がいるくぼみまでは走れば十秒はかからず着けそうだった。
 すぐさま、拳銃やサバイバルキットの入った袋を手に取ると、風防を押しあけて、機体から飛び降りた。
 機体から飛び出した瞬間、頭の上を行く筋もの銃弾が通り、横に下ろした髪を銃弾がかすり、何本かが途中で擦り切れて地面へと落ちて行った。幸いにして、桜の走る方向と敵兵の方向は逆で、その間に自分の機体があったため、機体に身を隠しながら、銃撃が止むタイミングを待った。何十もの銃弾が機体の表面を抉り、敵兵は確実に近づいてきていたが、何十秒かの銃撃の後、ぱっと銃撃が止んだ。
 今しかない。そう自分に言い聞かせた桜は、身を隠していた機体から飛び出し、佐賀のもとへと全力で走った。機体から飛び出すと、せきを切ったかのように背後から射撃音が鳴り響きだした。風を切ると音と共に、無数の銃弾が桜の周囲を通り過ぎ、足もとに着弾し、頭上を通過する。着弾によって飛ばされた小石や砂が体に当たり、顔を守りながら一秒でも早く佐賀のもとにたどり着こうとデコボコな地面を走り抜ける。
「ここだ、溝に身を隠せ」
 佐賀が銃撃が止んだ隙をついて手招きしてくる。
 桜は、銃弾の雨を避けながら、スライディングで、溝に入り込んだ。途中、少し痛みが走ったが、今は気にする暇などなかった。
「良くまぁ、ここまで来たなぁ」
 やけに落ち着いた様子で佐賀が言ってくる。
「そりゃ、同僚を置いて帰れないでしょう」
 桜は、拳銃の安全装置を外し、溝から少しだけ顔を出す。
「これは、すごいわね」
 頭を上げた瞬間、視界に入るものだけで五十人近くの兵士がゆっくりと近づいてきていた。
「ねぇ、佐賀ちゃん、地獄の閻魔さまは特等席を用意してくれてるらしいわね」
「そんなに用意されても困るし。そもそも、行くなら天国のほうが……。って、今行けって言われてもどっちも嫌だけど」
「さっ、佐賀ちゃん。準備は良いわね? 言っておくけど、援護はするけど、撃つタイミングはちゃんと計ってね。
「あぁ」
「じゃあ、ゴー!!」
 合図すると同時に、生える草に紛れるようにしながら溝から上半身を出して迫りくる敵兵に銃弾を浴びせる。空戦でも残弾数を気にしながら撃っていたが、こちらは逃げられない分、更に気にしなければならない。一発、一発、照準を合わせて出来るだけ確実に銃弾を命中させる。
 正確な射撃に敵兵は混乱したようで、ばらばらに銃弾を発射してくる。
 何人かの敵兵を倒すと、もう一度溝に体を隠す。
「これじゃ、何発あっても銃弾が足りない。なぁ、どうしよう?」
「どうするって、それはこっちが聞きたいわよ。良いアイデア考えなさい」
「アイデアって言ったって、無いものは無いわけであって……って、後ろ!」
「あら、いけない。私としたことが隙を見せてしまったわ」
 そう言いながら、サバイバルナイフを手に取ると振り向きもせずに背後に投げつける。次の瞬間、背後から人間の叫び声が聞こえ、液体が噴き出す音が聞こえてくる。
「武器が無いなら、現地調達よ。って、誰かが言ってたわ」
「誰だよそれ……」
 どうやって言葉を返すか困っている佐賀をよそに、桜は倒した敵兵から小銃と予備弾装を奪い取って戻ってくる。
「佐賀ちゃん、敵兵、とっても良いもの持ってたわ。これで戦えそうね」
 桜は、敵から奪った小銃の作動具合を確認しながら言う。
「じゃあ、私は、近づく敵を排除するから、佐賀ちゃんは、この小銃で牽制してちょうだい」
 護身用の拳銃は、元々狙撃には向かないので、桜がスコープの付いた小銃を拾ってきたのを見てから、遠くを狙うならうってつけだと佐賀は思っていた。
「了解」
 佐賀からの返事を聞くと、桜は、身を隠していた溝から再び身を乗り出し、手にした拳銃を近寄ってきた敵兵に向けた。
 佐賀は、小銃のスコープを覗いて、身を屈めて近づいてくる比較的遠くの敵を狙い撃つ。もちろん、敵が使っていた小銃を触るのは初めてだったし、狙撃の訓練をしたこともなかったが、良く中隊のメンバーが狩猟に行くと言うので付いて行ったことがあり、撃ち方だけは辛うじて分かった。
 近づいてくる敵兵が人だと思うと、戦闘機相手で機械と戦っているイメージと違い、嫌に生々しく感じた。倒された仲間の仇を討つべく、ただひたすら自分たちの動向を見逃さないように鋭い視線を向ける敵兵の一人に照準を合わせた。
 狩猟だって動物を撃つが、あれは相手が動物だからと納得することができたが、自分と同じ人間を撃つということを考えると、指先が震えてしまうのであった。
 ふと隣を見ると、桜が一心不乱に拳銃を敵兵に向けて引き金を引き絞るのが見えた。ただ、射撃訓練で紙の的を狙うように、時折、狙いを外したのか、ため息をつきながら、また、唇を舐めながら、一人、また一人と狙いを定めては倒していく。
 普段空戦しているときは、声だけしか聞こえないが、こうやって隣で桜を見ていると、桜が味方側で本当に良かったと思うのであった。こんなに大勢の敵塀に囲まれ、それでも恐怖の声一つ上げずに射撃する様はまるで機械に見えた。
 そう考えている佐賀も、手と目だけはずっと敵を狙い続けていた。今にも敵が放った銃弾が頭か腕か脚かどこかを撃ち抜くのではないかと、全く生きた心地がしなかったが、味方の救出部隊が到着するまでは、ここで持ちこたえなければならない。桜だって、危険を承知で来てくれたんだから、男の自分が怖気づいてどうすると自分に言い聞かせて、次の敵に照準を合わせた。
 桜は、自分が携帯していた拳銃の弾が切れたのを確認すると、佐賀の拳銃を代わりに手に取り、攻撃を続けた。
「ねぇ、佐賀ちゃん。この拳銃、なんだか使い辛いわ。ちゃんと整備してる?」
「もちろん、してるさ」
「それにしては、おかしいわねぇ。弾道が少しずれるのよね」
 それでも、攻撃の命中率はほとんど同じで、確実に敵を葬り去っていた。
 ただ、二人の攻撃では、所詮焼け石に水程度の攻撃にしかなっていなく、敵が全然減らない。
 ついに、桜の拳銃弾が尽きてしまったと確認した次に隣を見たときには、どこから拾ってきたのか、佐賀と同じ小銃を手に取って攻撃を続けていた。
 近くを確認すると、さきほどナイフで倒した敵とは違う敵兵の死体がひとつ桜の隠れている溝の向こうに出現していた。いつの間にか、目の前まで近づいてきた敵をまたしても近接戦闘で倒したようだった。
 もうすでに10人以上の敵を倒している桜は、唇の端から怪しい笑い声を漏らしながら、銃を敵に向けていた。
 ここで何か言おうものなら、佐賀にも銃口を向けてくるのではないかと思い、声をかけることすらできなかった。

 何十分戦っただろうか、いや、何時間も戦ってるかもしれない。時間の感覚などとっくのとうに無くしてしまい、目の前の敵だけを意識していた二人の頭上に、突如、プロペラ音が鳴り響いた。続いて、パラパラと乾いた音ともに、ゆっくり近づいていた敵兵の何人かが無数の銃弾を体に浴びて、地面に倒れ伏す。
 見上げると、見覚えのあるヘリコプターが一機上空でホバリングしていた。間違いない、機体に描かれた識別ナンバーを見れば、クリスタル・ナイトに搭載されている救援用ヘリだと一目でわかった。
 救援ヘリは、ヘリ下部に備え付けられた機銃を回転させながら、周囲の敵をなぎ払い、佐賀と桜の近くに降り立った。
 地面に設置すると同時に、機内から自動小銃を持った兵士が何人か降りて来て、周囲に牽制射を加えつつ、こちらに向かって手招きして言った。
「早くこっちに来い。敵の対空兵器が出現したら、ヘリなんか一発でだめになってしまう。早くずらかるぞ。
 佐賀は、隣にいる桜と頷き合うと、言葉を交わすことなく、溝から躍り出て出し得る最大の走る早さで救援ヘリに向かって猛ダッシュした。
 ヘリが牽制射を加えているとはいえ、敵からの攻撃も猛烈で、ひゅんっ、ひゅんっと銃弾が周りを通り過ぎる音が聞こえ、正面や背後や横で、地面に着弾して、土をまきあげ、石を砕く。
 砕けた石の破片が、二人を襲い、勢いよく通り過ぎた破片が佐賀の頬を浅く切り裂く。それでも、もう少しと走り続けた。
 どうにか、無事にヘリコプターの前まで着くことができると、すぐさまヘリに乗り込んだ。追ってきた桜も帰りの駄賃だと言わんばかりに敵兵に銃弾を浴びせて黙らせる。
「もうすぐ離陸するぞ、お前たちを気にして操縦してる暇などないから、その辺の手すりに捕まってろ」
 救援ヘリの機長が、コックピットからこちらを見て言ってきた。
 ヘリに乗ってきた兵士の一人が最後に乗り込むと、すぐにヘリのスライドドアを閉め、機長に短く合図した。
「よしゃ、振り落とされるんじゃないぞ!」
 ただ風を切っていただけだったヘリのプロペラが高速回転を始め、先ほどより遠くの草を風で倒しながら、ゆっくり地面から脚を離して飛び立った。
 窓からは近寄ってくる兵士たちが銃をこちらに向けて発砲してくる。既に上空何十メートルかに昇ったヘリコプターに命中する弾はほとんどないが、それでもたまに衝突音が響き渡り、掠っていく弾やヘリのすぐ近くを通り過ぎていく弾もたくさんあった。
 桜は、遠ざかっていく地面を静かに見つめていた。その表情には、先ほどの様な嬉々とした表情は無く、ただ、安堵した一人の女性がそこにいるだけだった。
「桜、あ、いや、藤城中尉」
「もう、良いわよ。今さら呼び方直さなくても。怒るのも飽きたわ。呼びやすいように、好きなように呼んでちょうだい」
 悪かったと、肩を軽く叩いた佐賀は、突然桜が短く悲鳴をあげて体を震わせたことに驚いて反対側の壁に飛ぶように後退した。
「あ、いや、突然肩なんか触って悪かった。だから許してくれ…って、藤城、お前怪我してるじゃないか」
 桜の方を良く見ると、薄く軍服から血がにじんでいた。
「こんな傷くらい……」
 こんな傷くらいなんてこともないと言おうとした桜は、言葉の途中で急にうずくまり、体を震わせながら下を向いてしまった。
 血の滲んでいる所は肩だけでなく、太ももにもあった。しかも、肩とは比べ物にならないほど出血があり、素人目にはすごく心配なほどであった。
「これは、出血していますが、幸い、大きな血管は切らなかったようです」
 どこで傷を負ったのかは隣にいた佐賀も分からなかったが、佐賀のもとに走ってくる際か、ヘリに乗り込む際、銃弾を受けたに違いなかった。
 ただ、戦場特有の興奮状態が傷の痛さを感じさせなくして今まで麻痺していたものが、リラックスしたのと同時に主張をし始めたのだろう。
「痛いかもしれませんが、ちょっと我慢してくださいね」
衛生兵が消毒液を太ももに垂らすと、桜は、ビクンッと体を震わして顔をしかめた。衛生兵は、その太ももに包帯を優しく巻きつけテープで解けないように固定した。
「いっ、痛い。いつ、こんな傷負ったのよ」
 佐賀は、涙を浮かべながら、それでも弱さを見せぬと気を張る桜に同情して、少しでも安心させようと、思わず彼女を抱きしめてしまった。次の瞬間、絶対に拳の一つは飛んでくるだろうと後悔したが、拳は一向に飛んでこず、その代わりにすすり泣く声が聞こえてきた。
 今まで桜と一緒にいて一度も聞いたことのない、いや、聞くとも思わなかったその声に少し驚いて離れようとすると、腕が折れるんじゃないかと思うくらい強く掴んできた。
「私のプライドはこんなの許さないわ。でも、今は、このままにして欲しいの」
 言葉だけは強気を保っているが、声のトーンは明らかにいつもの彼女とは違って、か細いものになっていた。
「たまには私だって泣きたくなる時があるのよ。だって、女だもの。それに、男に抱きしめられたいと思ったって良いでしょう。今までは、抱きしめられることはずっと拒否してきたけど、今は、このほうが安心するの。でも、誰でも良いってわけじゃないんだから。佐賀ちゃんだから、許してあげたんだからね!」
 こういうのを何と言うんだったかと、レベッカにたまたま会った時に教えてもらった言葉を頭の中から探そうとしたが、今は思い出せなかった。
「私だって本当は怖かったのよ。だって、普段と違って、私たちの周りには強化ガラスもないし、ただあるのは殺気立った敵兵と飛んでくる銃弾だけ。今になってあれがすごい状況だったんだって分かってきたわ」
「いつもこう柔順だと助かるんだけどね」
 そう言うと、桜はギョッとこちらを睨んで言った。
「覚えておきなさいよ。傷が治ったら、またいじってやるんだから」
「あぁ、俺でよかったらいつでも相手になってやるさ」
「なによその態度、面白くない」
 そう言いながら、しかし、桜は涙を手でぬぐいながら、微笑を浮かべた。その顔を見て、ドキッとしてしまい、視線をそらしてしまう。
「私の顔に何かついてるかしら?」
「あぁ、可愛い女の子の表情がこれでもかっていうほどひっついてるな。わがままを言うなら、このままでいてほしいんだけどね」
 彼女は、いつもの様子とは似ても似つかないような真っ赤な顔をして、何言ってるのよと言いながら肩をポンっとを叩いた。
 そんな彼女が何だか可笑しくて、二人だけではないのに、いつまでも桜を抱きしめていたのであった。

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