戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第18話 待ちわびた日

1944年12月25日

 霧城連邦とルヴィアゼリッタを主力とする連合軍は、圧倒的な航空支援の下、迎撃に出たセレバンテス陸軍を撃退しながら進撃した。海軍は、先の攻撃で正規空母5隻、戦艦2隻、他20隻を撃沈されたが、セレバンテスは空軍投入兵力の7割を消耗し、陽動に出た陸軍第3軍は戦力の4割を消耗して、後退せざるを得なかった。
 この以降、二度とセレバンテス帝国軍は攻勢に出ることはなく、後退に後退を重ね、12月中旬、ついに首都近郊まで連合軍に迫られるに至ってしまった。チャナヴェート連邦共和国軍との戦線でも、後退して戦線の再編を進めていたが、後退が追いつかず、一部の部隊を除いて、首都50キロの地点でついに分断孤立してしまったのであった。
 総統は、全ての力を結集して敵を粉砕せよとの命令を発し、退役軍人から、老若男女を問わず志願兵を募集し、しまいには首都からの脱出を禁止して戦闘に参加するよう命令した。

 連合側の戦線から後退してくる第6軍と首都とをつなぐ唯一といってよい街道にいた元中隊所属の第5小隊は、戦車製造工場へと急いでいた。第5小隊は、消耗により戦車を持たない小隊だった。この小隊に、戦車の受領命令が下る。その命令とは、『貴公は、我が戦車工場より、新型試作戦闘車 エレアームZ号重戦車二両を受領せよ。その後は、現地に駐屯中の第501総統少年戦闘大隊、第303砲兵連隊と協力し、ヘルダー街道の防衛線を維持して、敵の進撃を食い止めろ』というものだった。第5総統少年戦闘大隊は、人数だけは大隊規模だが18歳未満の少年少女兵士と少数の士官からなる学徒部隊であり、主力兵器はパンツァーファウストだった。第303砲兵連隊は、実際は2個中隊規模であり、その半分は傷病兵、老年兵、武装した一般市民からなる寄せ集め部隊という有様だった。装備しているのは、88ミリ対空砲4門、37ミリ対戦車砲3門。
 第303砲兵連隊の司令官で、この戦域の最高指揮官であるベーク少将は、放棄する予定の戦車工場から、未完成の車両、砲塔を運び出すように命令した。戦車工場にあった、砲塔部分だけのものを戦車壕に隠れた戦車に偽装し、車両部分のみのベルベールW号戦車にハリボテ砲塔を載せ、戦車に偽装。これを敵に見えるようにわざと置きけん制するものであった。
「これからの戦いには、生還は保障できない。私は、降伏しないつもりだ。貴様らも一緒に戦うというのなら、同様の気持ちで戦ってもらいたい。それが嫌なら、今すぐに武器を捨てて戦線を離脱せよ。戦うも逃げるも、自由だ。戦うというのなら、最後まで戦闘を援護しよう。それだけは硬く約束する。異論がないなら、即刻配置につきたまえ」
 ベーク少将は、広場に部隊を集結させるとすぐに言った。
 だが、しかし、逃げるという選択肢を選ぶものはほとんどいなかった。皆の目には、死んでも敵から首都を守りきるという強い意志が感じられた。武器は不足していて、練度も低い彼らは、その意思だけで支えられていた。
「ヴィットメル中尉、私は、新型戦車の受領の命令を受けたときから、こうなると予想していました。むしろ、こんな舞台を与えていただいたことに喜びを感じております」
 348号車の戦車長、リット曹長は、347号のヴィットメル中尉に震える唇をかみ締めながら言った。
「私は、激戦を経験し、もう、何度も死んでいるようなものだ。だから、最初から投降するなどこれっぽっちも考えていないから、恐れも何もない。しかし、君はまだ若い。その君がこんなところで命を投げうるような真似をする必要はない。聞いた話によると、進撃しつつある敵の戦車部隊指揮官は、少しは話のわかるやつらしい。だから、君も頃合を見計らって部下と共に投降するんだ。なんなら、今投降したって良い。君なんかただの足手まといだよ。いないほうが自由に戦えるってもんだ。だから、未練なんて感じるんじゃないぞ」
 ヴィットメル中尉は、全身の震えが止まらないリット曹長にそう告げたが、曹長は首を決して縦には振らなかった。
 兎にも角にも、今は時間がなかった。ヴィットメル中尉は、すぐにエレアームZ号重戦車に乗り込むと、すぐに弾薬補給に向かった。通り過ぎる民家の中には、パンツァーファウストを構えた味方兵士がこちらを見、視線が合うと双方が敬礼で応じた。その中には、幼さの残る兵士たちもたくさんいたが、今は脳の端へとその記憶を追いやり、目前に迫る敵のことだけを考えることにした。
 幸いにも、戦車の砲弾は十分残っていた。補給予定の部隊が、補給所にたどり着く前に消耗してしまったからである。砲弾を積めるだけ積み、搭載機銃の銃弾も補給し、現場を離れようとすると操縦手の伍長が補給所の要員に拳銃はないかと聞いた。ヴィットメルが何故か尋ねると、伍長は拳銃を受け取りながら言った。
「いあ、たいしたことじゃないですよ。もしものとき、中尉に介抱してもらうのは嫌ですからね」
 ヴィットメルは、無言で補給所を後にすると、部下と共に、エレアームZ号重戦車を半壊して一階部分が空洞になっている民家に移動させた。戦車を隠すとすぐに、空から何かが飛んでくる音が聞こえてきた。敵の航空隊だろう。味方航空隊は、敵空軍への対処に手一杯で味方陣地まで来る余裕はないはずだからだ。彼は、部下に車内に入って物音を立てないようにしてやり過ごせと小声で命令した。
 航空機の音が空を一階通り過ぎるたびに、何人もの兵士の悲鳴と銃声が響き、それは航空機の通過と共に止んだ。時折、空から航空機の墜落音が響いたが、もっぱら聞こえるのは地上からの爆発音だった。


☆


「中隊長、全機、爆弾の投下を完了しました。機銃掃射に移ります」
 副長の永子がすみれに報告した。
「イシュタルの第3小隊は、上空援護、他は地上に展開する敵兵に機銃掃射を加えて」
 すみれは、いつも以上に心を痛めていた。地上に見える敵兵たちは、兵士に見えないものがほとんどだったからだ。煤に汚れた顔をこちらに向けながら銃弾を浴びせてくる傷病兵、銃の反動を抑えるのに精一杯の老年兵、ぼろぼろの洋服を身を包んで拳銃を撃ってくる市民にしか見えない兵士。それらを視界一杯に捕らえながら、銃撃を加えることは見るに耐えなかった。
 機関銃の発射トリガーにかけた指が振るえ、恨み、憎しみを目で訴えてくる敵兵を見ていると、一瞬トリガーを引き絞るのが遅れるほどだった。
 だが、これは命令。彼らへの攻撃を躊躇えば、それは味方兵士の死という代償を払うことになるからだ。戦争が終わっても彼らと理解しあうことができるのだろうか。そんな疑問を抱えつつも、半ば機械のように発射トリガーを引き絞ることで平常心をぎりぎりで保っていた。
「ねぇ、永子。こんなこといつまで続くのかしら」
 再び銃撃を加えて上昇する途中、すみれは問いかけた。
「あと、一月は続かないと思います。上手くいけば、2週間とたたずに決着がつくでしょう」
 永子の、いつも通りの冷静でゆっくりした声が聞こえてきた。
「死んでも天国には行けそうにないわね」
 民家の窓の間に展開する少年兵を銃撃し終わってから言った。
「えぇ、天国はもう一杯でしょうからね。行っても追い出されるかもしれません。まぁ、そのときは私もお供しますよ」
 上昇と降下を繰り返して、銃撃を加えていると、いま自分が何をしているのかわからなくなってくる。ただ、わかるのはいろいろな雑音と発射トリガーを引き絞る指の感覚。そして、返答してくれる永子の声だけだった。
「今日帰ったら、酒に付き合って頂戴」
「えぇ、もちろんですとも。今日は、私がおごりましょう」
 目の前で起こっていることを考えたくなくて、すみれはひたすら永子に話しかけた。永子は、少しも嫌がるそぶりを見せず、付き合った。
 さらに銃撃を続けると、不思議な感覚に襲われた。トリガーを引き絞る指や、機体を操作している足は紛れもない彼女のものなのに、どこか他人がそこにいるような気がしてきたのだ。自分はその他人を幽体離脱でもしたかのようにどこか遠い目で見つめている。
 そのうち、音が何も聞こえなくなって、ただ目から入る映像だけを見せられているような状態になった。
 そうしていると、もやもやとした声が聞こえてきた。
「……長、……中隊長、すみれ中隊長、聞こえますか!!」
 びっくりして生返事を返すと、永子はそろそろ帰りましょうと言ってきた。これにも生返事すると、まだ、若干ふわふわした気持ちのまま部下に命令を伝えた。
「中隊長より各機へ。各小隊は、機銃掃射を終えて集合せよ。任務を終え帰還する」
 それだけ告げると、一刻も早くその場から立ち去りたいとエンジンのスロットルを上げた。


☆


 敵の航空隊が去り、一時静寂が周囲を支配していたが、それはすぐに破られた。何十もの履帯が地面をけって砂埃を上げる音が北のかなたから聞こえ始めたのである。間違いない、連合の戦車部隊だ。
 彼らは、すぐに後方の砲兵隊に支援砲撃を命令したようで、ヴィットメルの周囲には砲弾がいくつも落下してきた。
 しかし、敵は、我々が陽動に設置した偽装戦車に惑わされているようで、攻撃はそちらに集中しており、兵器の消耗は、37ミリ一門で済んでいた。いや、それでも兵力の足りない彼らとしては大損害であったが今は良しとするほかなかった。
「347号から348号へ。うるさい蠅どもが去った。次は我々の番だ。味方の支援砲撃とともに敵部隊を分断撃破する。348号は東から回れ。私は正面から敵を引き付ける」
 そう言うと、ヴィットメルは周囲を警戒しながら、廃墟から出て敵のいるほうへ旋回する。そして、道沿いに前進をして十字路を一つ過ぎたとき、地平線から鉄の塊が現れた。九九式中戦車だ。
「やつらに高速徹甲弾は無駄だ。通常の徹甲弾に切り替えろ」
 のこのこ歩兵も伴わずやってきたらしい。これは、格好のカモだ。それも、一列6両。
「砲弾込めました」
「フォイア!!」
 砲撃準備完了の報告とほぼ同時に、ヴィットメルは砲撃を命じた。80トン近い車体が反動で少し持ち上がって砲弾が発射される。
 それは、寸分たがわず敵戦車正面装甲を撃ち抜き、撃破に成功する。背後に控えていた、九九式中戦車が旋回して先頭に出ようとしてくる。
「フォイア!!」
 敵戦車は、先頭に出ようと装甲の薄い側面を一瞬見せた。砲弾は、その砲塔に命中し、それが盛大に吹き飛んだ。これだけで、狭い街道は一つ塞がってしまった。
「左1800に新たに戦車3を発見!!」
 機銃手が肩を叩いて伝えてくる。すぐさまヴィットメルは操縦手に後退を命じ、十字路の手前まで後退させる。途中、砲弾が2発ほど近くに落ちるが、そんなのは関係ない。今度の敵は、三式中戦車だった。こいつは高速徹甲弾でなければ倒せない。
「砲塔と車体の基部を狙え。……フォイア」
 まともに砲弾を食らった一両がつんのめるように火柱を上げながら急停止する。それには目もくれず、装填手は次弾を込める。敵は100ミリ弾を撃ってくるが180ミリもある正面の傾斜装甲は、これを容易に弾き返す。あるのは、砲弾の命中によって生じる衝撃だけだ。
「後方のやつも同じようにやれ。なに、冷静にやれば外れない」
 彼の言う通り、発射された砲弾はまたもや敵の砲塔を吹き飛ばし、もう一両廃車の出来上がりだ。
 前方では、別の発射音が響き、戦車の爆発音が聞こえてきた。廃墟に控えていた兵士がパンツァーファウストで敵を葬ったのだろう。
「前進するぞ。左折して前進しろ」
 347号は、角に植わっている木を薙ぎ倒しながら旋回を終え、撃破した戦車に向かって接近していく。撃破した二両の後ろから最後の一両が這い出てきたが、それはカモの一匹でしかなかった。
「折角の鴨だ。丁重に扱ってやれ」
「了解」
 戦車を砲撃するときだけ短く停車させ、砲塔を回転させつつあった敵に徹甲弾を容赦なくぶち込む。すると、砲塔の隙間から炎と煙を巻き上げながら停車する。
「さらに、前方から2、歩兵を伴っています。後方にも1!!」
「右に車体を旋回させろ」
 後方を見ると遥か彼方であったが九九式がこちらに砲塔を向けていた。まずい、いくら75ミリでも後方は装甲が薄い。しかし、いつまでたっても彼は砲撃してこなかった。東に回った348号が撃破したのである。
 すると、348号から通信が入ってきた。
「私はまだスコアがなかったので。美味しく頂かせてもらいました。中尉も尻を向けてると食っちゃいますよ」
「あぁ、とにかく今は敵の尻を食ってくれ」
 装填手に歩兵攻撃用の榴弾を詰めるよう命令すると、再び前方を見る。三式が2だ。周りに歩兵が纏わりついてる。
「うるさい歩兵どもを吹き飛ばせ、フォイア!」
 榴弾の炸裂を受けた敵歩兵は、文字通り吹きとび、周囲の建築物の壁に血による絵画を描き出す。
「まだいるぞ、もう一発だ」
 匍匐前進で迫る歩兵の頭上に容赦なく榴弾を浴びせかける。すると、味方歩兵の死体を轢き潰しながら、戦車が前進してくる。
「よし、メインディッシュだ」
 味方歩兵の亡骸の上を通ろうとした敵戦車も、鉄の塊となってその場に停車して人生を終える。ハッチから乗員が脱出してくるが、これは搭載機銃で薙ぎ払う。
「敵は、我々に盛大な料理を御馳走してくれるらしい。ならば、招待に乗ろうではないか」
 撃破された戦車を潜り抜けて、歩兵の一団が向かってくる。
「脇の建物を狙え」
 建物の二階を占拠してこちらにロケット弾を発射しようとしているが、そんなことはさせない。彼が攻撃してくる前に、砲弾を発射して崩れかけていた建物の一階を粉々に破壊する。
 残った柱と申し分程度のレンガが辛うじて二階部分を支えていた建物は簡単に崩壊して、二階にいた兵士共々街道を進みつつあった兵士の頭上へと降り注ぐ。落ちてきた石の塊の下敷きになった敵歩兵に対し、容赦するつもりなど全くなく、ヴィットメルは榴弾をさらに撃ち込む。さらに這い出てきた兵士は機銃で殲滅する。
 だが、歩兵のすべては排除できない。味方の歩兵の援護下に早く下がらなくては逆にこちらが撃破されてしまうだろう。そうならないために、ヴィットメルは先ほどの十字路まで後退を命じた。背後は、348号が確保しているので前面装甲を進行方向と逆に向けながら後退する。これ以上戦車が出現しないとは限らないからだ。
 案の定、十字路に達するとすぐに、新たな戦車が出現した。だが、それもすぐに撃破されることになるのだが。ついでに、兵員を乗せた装甲トラックも兵士が降りる前に吹っ飛ばす。
 兎にも角にも味方歩兵制圧下まで後退したヴィットメルは、第二波が来るのを十字路で待つ。エレアームZ号は、防御力も砲撃力も強大だが、代わりに動きも鈍重だからである。一度、歩兵に周囲を囲まれでもしたらひとたまりもない。悲しいようだが事実なのだから仕方がない。
 今度の敵は、用意周到らしい。歩兵を伴って進撃し、建物を一つずつ制圧しながら前進してくる。見える敵は、砲弾で吹っ飛ばすが、さらに死角になっている前方の曲がり角からも敵が近付いてくる。
 どうするものか一瞬考えたが、まだほとんど崩壊していない角の建物を見、決心した。建物の角を突っ切りながら角の向こうにいる敵に向け、戦車の砲塔上面に瓦礫を被りながら砲塔を旋回させる。
 突然、建物の角から現れた戦車に驚いたのか、随行兵士が後ずさりして散発的に銃撃を加えてくる。まずは、榴弾をそこへ撃ち込んで彼らを黙らす。残りの敵は、建物内の歩兵が排除した。目障りな雑音がやんだことを確認したヴィットメルは、徹甲弾の発射を命令した。砲弾が命中すると、敵戦車は、内部から爆発し、車体全体を身震いさせると二度と動き出すことはなかった。
 今度は、逆方向の曲がり角の先からも戦車の震動が車体を通じて体に伝わってくる。時代遅れの九七式だ。これは、どこを撃っても貫通できる。
「情けは無用、フォイア!!」
 砲塔が空高く吹き飛び、内部構造を露出しながら内部の乗員を焼き、周囲の建物に破片を突き刺した。
「砲弾がもったいない。機関銃でやれ」
 ほかの方向に敵戦車がいないことを確認し、車体を旋回させて前方機関銃を九七式に向けると、バラバラと機関銃弾を的に向けて発射する。機関銃弾は、面白いように九七式の前面装甲板を射抜き、文字通り、敵をハチの巣にした。中から乗員が脱出してくるが、これは周囲にいた味方歩兵が狙撃で倒す。
「348号から347号へ。敵は、うじゃうじゃ湧いてきますね」
「まだ、小手調べさ。蟻の大群は像だって倒す。まだ油断するんじゃない」
 後続の九七式をこれまた機関銃で撃破し、歩兵を榴弾で倒した。何かおかしい気がしたが、この際考えないでおこうとヴィットメルは思った。使える武器を総動員しても敵は虫のようにどんどん湧いてくる。
 それは、撃破した戦車を乗り越えながら、戦車を路肩へ追いやりながらやってくる。
 だが、一度姿を見せた戦車は鉄屑に姿を変え、歩兵を機関銃で薙ぎ倒す。あっという間に、周りには黒煙を巻き上げる戦車と兵士たちの死体の山が築かれるが、敵も必死だ。死体の山をものともせず、彼らはこちらに向かってくる。
 それならばと、こちらも機関銃弾で相手をした。
 砲弾と銃弾が無限にあって、砲身が消耗することが全くなければ、体力の続く限りいくらだって戦える。だが、すべては有限である。それは敵にあっても同じであるが、我々のほうが少なかった。
 敵の屍の数と比例して、残弾数も物すごい勢いで減っていった。348号も同じだろう。早く補給しなければ、防御線に穴をあけることになってしまう。ヴィットメルは348号に支援するよう命令すると、後退して弾薬補給所に向かった。


☆


「敵は新型か。たぶん、先ほど航空隊が撃破したやつはフェイクだろう。敵は、もともと少ない。その証拠に、今まで確認されている敵戦車は二両しかない。それに、先ほどから攻撃が弱くなっている。これが意味するところは……。第2、第3小隊へ、急がば回れだ。敵後方に回り込む。ほかの小隊は、これを援護して敵をひきつけろ。撃破しなくて良い、敵を引き付けるだけだ」
 ここで正面から戦っても撃破できないだろうが。そう榊は考えながら命令を伝えた。
 先に突入した歩兵と戦車2個中隊は、敵に蹴散らされてしまった。そのおかげで、榊の中隊に予定より早く順番が回ってきたというわけだ。この周辺の地形は、防衛側に有利だった。このまま突っ込めば、撃破された味方と同じ運命をたどるだろう。そうならないために、時間はかかるが、回り道をする方法を彼は選んだ。
 遠く聞こえる砲撃音を聞きながら、最大速度で敵陣地内を横断する。敵歩兵と何回か出くわしたが、機関銃、榴弾で倒し、時には轢き潰しながら道を進む。
 5分近く経ったころだろうか曲がり角にある道の向こう側から砲撃音が聞こえてきた。随行歩兵に先を確認させると、敵は背中を向かって砲撃を加えているらしい。周囲にほかの敵がいないと思われる今、これは絶好のチャンスであった。
「敵は背中を見せているらしい。愚かな奴だ。駆除すべき害虫はどちらか知らせてやろう」
 榊は、部下を引き連れて、曲がり角まで向かう。念のため、第3小隊には後方を警戒させる。
「徹甲弾、込め。例え、相手が重装甲でも背後からなら十分撃ち抜ける」
 ついに曲がり角まで到着した榊たち第1小隊は、砲塔を旋回させ、背中を向けている敵戦車に砲撃を加えようと照準した。
「照準良し……ファイア!!」
 照準された砲身から徹甲弾が発射され、敵戦車を悠々と撃破する。……に見えたが、突然に衝撃に砲弾がずれてしまった。
「くそっ。対戦車砲か。まず、そいつを……」
 邪魔者を排除しようと命令を下す前に、彼の部下が乗る三式中戦車が黒煙を上げて急停車した。
「我、大破。脱出します」
 脱出していく乗員の肩越しに、こちらに砲身を向ける偽装ネットをかぶった88ミリ対空砲が見えた。予測が甘かったのは、我々か。まだ、敵は伏兵を用意していたらしい。今まで砲撃を加えてこなかったのはこのためか。
「戦車の前に、あのダブルエイトをやる。榴弾込め!!」
「照準、射撃準備よし」
 あらかじめ榴弾を持って待機していた装填手が砲弾を装填し、砲手が照準の完了を報告してくる。
「ファイア!!」
 防護などないに等しい、裸の88ミリ対空砲に榴弾が命中し、砲を薙ぎ倒し、周囲にいた兵士を何メートルも先に吹き飛ばした。
 再び不意打ちを食らって損害を出すわけにはいかない。それは、敵戦車に準備する時間を与えることにもなるが、いたずらに損害を増やしては、敵の正面で交戦中の部下に悪い。
 敵戦車がいた曲がり角の手前で停車し、随伴歩兵に周囲の建物の制圧を要請した。榊も、疑わしい建物には榴弾をお見舞いして一つ一つ建物を制圧していった。敵戦車に対して絶大な威力を発揮する100ミリ戦車砲は、建物に対しても効果的な砲撃を加えていた。今や、旧式になった九七式中戦車では、火力を強化した型でも47ミリに過ぎず、歩兵支援には効果があっても、こういう場合には攻撃力不足は否めなかった。
 旧式化しつつある九九式中戦車では、75ミリ砲の搭載で威力は上がったが、車体がやや小型なため、それ以上の砲は積めなかった。
 それに比べ、元は海軍の高角砲である10センチ砲を転用した三式中戦車の砲力は絶大で、装甲も厚いため、撃破するにはかなり近づかなければならず、セレバンテス陸軍から恐れられ、士気の低い部隊では、一目見ただけで逃げていったという噂もされている。これにあやかり、ルヴィアゼリッタでも主砲の形状を偽装した戦車が少数いた。
 ただ、市街地戦では、三式中戦車でも歩兵の随伴が欠かせなかった。戦車は、防御バランスの必要上、上面装甲がいちばん薄いという弱点を持っており、市街地のように敵に上面を見せてしまうような地形では歩兵を随伴させて、周囲を制圧しながら戦うことが重要であった。
 しかも、武器弾薬が不足しているセレバンテス陸軍歩兵部隊にあっても、パンツァーファウストと呼ばれる携帯式対戦車兵器は、十分といってよいほど配備されており、市街地のような隠れる場所の多い場所では重大な脅威である。
 敵正面で、陽動を行っている部下に連絡を取ると、既に何両かの三式中戦車を戦闘不能にさせられたとのことだった。
 榊は、味方部隊の進撃速度が速すぎて、制圧にあまり時間が割けないことを呪った。敵に比べれば高次元の話ではあったが、連合側にとっても戦争の推移は悩ましいことであった。
 チャナヴェートの台頭を少しでも抑えるべく、先に首都を抑えようと焦る味方部隊は、補給が十分に追いつかず、航空支援も十分とは言えなかった。だが、上層部としては多少損害が増えてもチャナヴェートには先を越されてはならぬという強い意志があり、現実と作戦の差がいくらあっても、いつも最前線の兵士が命で差を埋めざるを得なかったのである。
 もともと、航空支援で廃墟になっていた街並みを戦車の砲撃がさらに崩壊させ、街というよりただの瓦礫の山というほうが的を射ていた。
 兎にも角にも、周囲の制圧を完了したと判断した榊は、戦車に前進を命じた。再び、十字路へと進入し、曲がり角の向こうへと進み出た。と、その瞬間、榊の三式中戦車に砲弾が命中した。
 遠距離であったで、砲弾は装甲に突き刺さる前に跳ねて目立った損傷は生じていなかった。見ると、敵戦車もこちらに全面装甲を向け、近づきながら徹甲弾を発射してきていた。
 こうなったら、チキンレースだ。早く敵戦車を撃破して、敵の背後に回り込み、残りの戦車も撃破して、掃討戦に移らなければならない。少しずつ距離を詰めながら、高速徹甲弾を敵戦車にお見舞いする。
 しかし、何度撃っても丸みを帯びた前面装甲板にはね返されてしまう。敵より砲力で勝り、装甲で負ける三式中戦車は、ある程度接近すると、前面、それも車内からの覗き窓を狙って射撃した。分厚い前面装甲でも、そこに命中させることができれば、多少遠距離でも十分破壊することができることを知っていたからであった。
 敵も狙いすませた砲撃を加えて来ており、味方一両がその間に血祭りにあげられてしまった。
 さらに三度ほど砲撃を加えたとき、それまでとは違う命中音が鳴り響き、敵戦車から黒煙が立ち上った。
「よし、敵の一両を撃破した。周囲を警戒しつつ、もう一両の後方に回り込むぞ」
 乗組員が脱出してこないところをみると、車内で戦死したのであろう。助けようと近寄る敵歩兵が数人現れたが、これは榴弾で容赦なく砲撃し、蹴散らした。
 先ほどと同じ要領で、歩兵を前進させて前方の建物を制圧し、榴弾で砲撃しながら、一区画、ずつ前進した。途中、88ミリ対空砲を一つ撃破し、37ミリ対戦車砲は、歩兵と部下の小隊に任せて先を急いだ。
 もう一両の敵戦車が近くなってきたところで、第二小隊に別ルートで近づくように命じた。近づくにつれて道幅がかなり狭くなってきており、多方面から一気に攻撃を仕掛けることによって、敵戦車を撃破しようと考えたのである。
 最終的に三方向から攻撃を仕掛けることにしたのだが、敵のほうが上手だった。入り組んだ街道を利用して、常に一方面の敵戦車とだけ交戦するように機動し、距離を詰めた味方戦車が一度側面をさらせば、待ってましたとばかりに高速徹甲弾を命中させてくる。
 どんどん数を減らす味方部隊に、榊もどちらが攻勢しているのかわからなくなってきた。それでも、着実に包囲網を狭めていき、周囲の敵歩兵を制圧していった。
 陽動に回っていた部隊にも、多方面からの攻撃を指示し、ついにある路地裏まで敵戦車を追い詰めた。
 ここに至るまで、敵戦車の戦闘意欲は少しも衰えることがなく、3両の三式中戦車を血祭りに上げ、2両を落伍させていた。榊たちは、数の優位だけを頼りに包囲網を狭め、砲撃中に隣にいる味方がやられようと、随伴歩兵を機関銃で攻撃されようと、前進を続けた。
「このセレバンテスの亡霊め、次の攻撃で最後にしてやる」
 額から流れる汗をぬぐいつつ、次の砲撃命令を下した。


☆


「霧城の悪魔め、一両でも多く地獄へ引きずり込んでやる」
 ヴィットメルは、部下を撃破された憎しみと怒りを抑え込もうともせずに、闘争本能むき出しで次の攻撃命令を下した。周囲を制圧され、包囲された現在、次の攻撃ができるかどうかも分からない。しかし、それでも死を恐れる気持ちは全くなかった。それよりも、部下を守ってやれない己の力の無さを悔いた。
「高速徹甲弾が切れました、通常の撤甲弾を装填します」
 この状況にあっても焦り一つ見せない装填手が報告したきた。それに対し、ヴィットメルは、分かったと短く返事して攻撃を続行させた。
 そして、さらに二発目の砲撃を加えようとした瞬間、前に経験し、もう二度と経験したくないと思う衝撃がヴィットメルを襲った。戦車全体を大きく揺さぶる衝撃にヴィットメルは車内で体を強打し、一瞬意識が飛んでしまった。
 一瞬にも、数時間にも思えた意識を途絶から回復し、次に目覚めたとき、彼は、そこが天国であることを願った。しかし、目に写ってきたのは先ほどと同じ戦車内であった。ただし、その様相は180度変わっており、彼の生存本能が、脱出するよう体を突き動かしていた。
 護身用の銃を片手に、命からがら戦車から抜け出した彼を待っていたのは予想を超えた惨状だった。ヴィットメル自身が生きていたことが奇跡としか言えないほど戦車は破壊されていたからである。
 戦車と運命とともにするという選択肢もあったが、それよりも最後まで戦って一人でも多くの連合軍兵士を地獄へ送ってやろうという考えが死という選択肢を思いとどまらせていた。
 近くの建物内に入ると、学生服を着たほうがよほど似合う少年少女が、煤で汚れた顔をこちらに向けていた。部屋の隅に座る長い後ろ髪を汚れた紐で乱暴に縛っている女性兵士の膝の上には、別の女性兵士が頭を預けていた。一目で息はしていないだろうことが分かった。
 まず、左足がなかった。代わりにおびただしい量の血液が女性兵士の周辺に血だまりを作っており、死体を抱え込む兵士の膝はべっとりと血液で濡れていた。
 皆やつれた顔をしていて、なかなか声をかけづらい状況にあった。左足の無い兵士のものらしい突撃銃が傍らに放置されていたので、彼らに断って拝借させていただくことにした。装填されている銃弾がほとんど満タン状態だったので、まともに攻撃する暇もないまま息を引き取ったのであろうことが容易に想像できた。
 だが、今の彼らにその惨状を悲しんでいる暇などなかった。迫りくる敵に備えなければならない。
「君は、その子を抱いて家の奥に移ってくれ。この状況では、安全な場所などないが、入口は私が守ろう」
 すると、その女性兵士は、幾筋もの涙で濡れた顔をぶるぶると左右に振った。
「どこにいたって、同じです。足手まといにしかならないかもしれませんが、一緒に戦わせてください」
 女性兵士は、両目に大粒の涙を浮かべながら言った。
「わかった。ならば、その子はそこにある毛布でもかけてあげなさい。そうしたら、すぐについて来い。入口で待機する」
 パンツァーファウストを構える兵士には二階の窓付近で待機させて、できるだけ引きつけてから撃って後退してくるように命令した。今いる周辺の街道はとても狭く、戦車一両が通るのがやったのところであったからだ。
 道をふさいでしまえば、時間稼ぎにはなる。
 建物内で待機していると、二階からパンツァーファウストの発射音が聞こえてきた。次いで、外からは戦車の破壊音であろう大きな爆発音が響いてきた。これで、道の両側は塞がれたはずだ。しばらくは、敵戦車の行動を足止めできるだろう。その間に戦車を乗り越えて迫ってくる歩兵を排除しなくてはならない。
 ヴィットメルは突撃銃を片手に、街道上に半身を出した。途端に、左右から雨あられと銃弾が飛び交うので身を引いたが、攻撃の合間を狙って再び飛び出して銃弾を浴びせる。二階に回らせた歩兵にも狙撃で援護してもらいながらある程度敵を倒すと、一か八か少年兵に合図を送り、街道上に走り出る。
 倒された兵士の後方から現れた別の歩兵が味方の死体を乗り越えて進んでくるが、撃破された戦車を背後にしてもう一方から向かってくる兵士を一人一人銃撃で倒していく。
 その間に、さらに数人の味方歩兵が建物から出て来て、逆方向から迫りくる歩兵に銃撃を浴びせる。
 隣を見ると、銃の反動を体全体でなんとか抑えながら両手で構えて弾をばらまく先ほどの少女の姿があった。全く射撃というものがなっていないが、敵歩兵をけん制する効果くらいはあった。
「君は、もう少し、狙いを定めてから撃ったほうが良いぞ。それでは、いたずらに銃弾を消費してしまう」
「はい」
 彼女は、流れ出る涙を手の甲で拭いながら、頷いた。
「……あの、私、エルミーラ・ルートディッヒって言います。あなたは?」
 銃撃の合間、意を決したようにエルミーラは言ってきた。
「私は、ヴィットメル、アーベル・ヴィットメルだ」
 そこで、再び銃撃が再開され、二人の会話は遮られてしまった。敵は、撃っても撃っても現れてきた。何回かの銃撃で、一人、また一人と兵士が倒れていき、やむなく、エルミーラに前方を任せて、戦車の端から背後を射撃する。
 銃弾を撃ち尽くすと、予備弾奏に取り換えて銃撃を繰り返すが、それもすぐに尽きてしまう。すぐ近くに倒れていた兵士の突撃銃から銃弾を拝借し、ポケットを探って予備弾奏を取り出す。そのうち一つをエルミーラに手渡すと、弾奏を受け取りながら彼女が話しかけてきた。
「本当は、今すぐにでも銃を投げ出して逃げたいです。さっきからずっと手の震えが止まりません。でも、ヴィットメルさんがそばにいてくれたら戦える気がします」
「新人の頃はみんな同じもんさ。私も、はじめはちびったこともあったんだから安心しろ。生き残れればそれでいい」
 銃撃の合間に、エルミーラのすぐ近くに戻ってきたとき、ヴィットメルはそう言った。
「しかし、他のみんなはどんどん死んでいっているのに、私だけ生き残っても……」
 目の前に倒れた味方兵士を見て、そう呟くエルミーラに、ヴィットメルは言った。
「気にするな。君のせいじゃない。その証拠に、君の援護のおかげで、私は生きているだろう?」
 ヴィットメルに励まされ、エルミーラは精いっぱいの笑みを浮かべて、返す。
 その後も、銃撃を加えていたが、すぐに街道上での戦いは無理になった。
 二階にいた狙撃兵も、建物の蔭から援護する味方歩兵も撃たれ、残りの歩兵では、敵歩兵を食い止めることが難しくなってきたからであった。しかも、敵は、街道脇の建物を破壊して、即席の道を作り、そこを戦車に迂回させてきたのである。
 対戦車兵器の乏しい我々には、これ以上ここで戦いを続けることはできなかった。
 ヴィットメルは、エルミーラと他の生き残った味方に最初に隠れていた建物とは、街道を挟んで逆側の建物に逃げ込むように命令した。ついさっき、その建物の奥から砲撃音が聞こえたからであった。すぐにでも、その砂煙の向こうから敵戦車が現れてくるかもしれない。
 ヴィットメルと数人の味方歩兵が援護する間に、他の歩兵が街道を横切って反対側に走り去って行った。もう次がないことを確認すると、ヴィットメル達も建物内に入る。
「すまないな、建物内の君の友人を連れてくることはできなかった」
「いえ、いいんです。それよりも、今は生き残りたい。それだけです」
「うむ。戦いはいつまで続くかわからないがついて来い」
 片手で合図して、家の奥にある別の出入り口を探す。逃げるわけではない。今のまま戦っていても到底勝ち目がないからだ。歩兵だけならまだ何とかなる。
 いちるの望みをかけて、奥にあった出入り口を開けて左右を確認するが、聞こえてきたのは何両もの戦車の音だった。
 向こうには、何も遮蔽物がない。出て行ったら、またたくまに榴弾と機関銃にやられてしまうだろう。こうなってしまったら、建物内にこもって、進入してくる歩兵を撃退するほかない。
 ちょうど、入った先は、吹き抜けのあるホテルの入り口だった。すぐさま、ヴィットメルは、歩兵に二階へ上るように命令した。ヴィットメルは、入口のドアを閉めてから入り口脇の柱に隠れた。遅れて戻ってきたエルミーラもすぐ隣の柱の蔭に隠れた。
「二階のほうが安全だ。君はそちらに行きたまえ」
 ヴィットメルがそう言っても、頑としてエルミーラは首を縦には振らず、その場から動こうとしなかった。
「嫌です。どうせ、いつまでも生き残れないことくらいはわかってるんです。それだったら、ヴィットメルさんのそばがいいです」
「分かった。私が、柱を踵で蹴るから、それを合図に銃撃を加えてくれ」
 エルミーラーは、小さく一度頷くと柱の向こうに隠れた。
 兵士たちが配置についてすぐ、盛大な音とともにホテルの入り口が吹き飛んだ。戦車が榴弾を撃ったのだろう。
 何かの紙片や砂埃が辺りに立ち込めた。その中から何人かの歩兵が姿を現してきた。すぐさま、二階にいる兵士から銃弾が浴びせられる。ヴィットメルもエルミーラに合図し、柱の陰から身を乗り出して迫ってくる兵士に銃弾をお見舞いする。
 少し時間をおいて、今度は、戦車の榴弾が建物内に飛び込んできた。榴弾は、狙い澄ましたように、二階にいた兵士に直撃し、彼らは、榴弾によって吹き飛ばされ、1階の地面にたたきつけられ、息絶えた。
 そんなことにはお構いなしに、次の歩兵が突撃してくる。
 今度は、援護する歩兵がいない。一階にいる歩兵だけでは、明らかに力不足だった。
 辛くも、歩兵を撃退するが、味方にも被害が出た。次に歩兵が突撃してきたときが最後だろう。背後の出入り口からも歩兵の足音がきこてきた。


☆


 時間は少し戻って、榊は、ヴィットメルの戦車を撃破し、掃討戦に移行した。逃げた戦車兵たちを歩兵に任せ、自分は、少なくなった戦車部隊を率いて、対戦車戦力はしらみつぶしに破壊していく。
 随伴歩兵に先行させ、報告の着た場所に榴弾を撃ち込む。また、一度、建物の窓から人影が見えれば、車載機関銃をばら撒いて撃ち殺す。味方戦車を撃破された怒りと恨みを込め、街道に現れた敵兵にも機関銃を浴びせ、榴弾で粉々に吹っ飛ばす。
 街の至る所に巧妙に隠された対戦車陣地も、榊は見逃さなかった。敵が砲撃を加えるよりも早く、砲座を回転させて、こちらに旋回してくるよりも早く、榴弾を彼らの足もとで炸裂させ、偽装網を引きちぎり、兵士たちの肉体を破壊し、砲座をただの鉄くずへと変え、街道を蹂躙していった。
 一対一では、驚異の88ミリ対空砲も多勢に無勢。迫りくる歩兵とアスファルトを砕きながら前進する三式中戦車に包囲されては、手も足も出なかった。砲座が破壊されると、所持していた機関銃や護身用の拳銃でこちらに発砲してくるが、たとえ一人、二人倒れても、その間に彼らを機関銃と榴弾の雨が容赦なく襲い、破壊し、吹き飛ばし、分解させる。断末魔の声さえ、猛攻撃の前にかき消され、ただ、兵士たちは、物言わぬ肉隗へ姿を変えるほかなかった。
 随伴歩兵も、敵歩兵のパンツァーファウストを鹵獲し、建物への攻撃に使用した。対戦車用として開発されたこの兵器は、建物への打撃兵器としても大変優秀だった。皮肉にも、戦車を吹き飛ばすはずだったパンツァーファウストに自らの肉体を引き裂かれる格好となった少年兵たちが爆風に乗って窓から飛び出してくる。
 既に息絶えている、いないにかかわらず、姿を一瞬でも見せた敵兵士には、銃弾や砲弾が、一人には過剰なほど投入され、ただ、攻撃をその身に受けた。
 味方兵士たちも、とっくの昔に敵に対する慈悲など忘れていたのだった。姿を見せた次の瞬間、彼らが放った銃弾によって生の幕が下ろされてしまうかもしれない。そう考えると、容赦など到底できるものではなかったのだ。
 敵味方の違いは、やるかやられるかの違いだけであった。攻撃を一瞬でも躊躇した兵士は、次の瞬間には肉隗へと姿を変え、躊躇しなくても何人に一人は相手の攻撃を全身で受け止める羽目になった。
「先ほどの戦車兵が逃げたところは、なかなか苦戦しているらしい。道がないなら作って攻撃する。第一小隊続け。他は、掃討を続けろ」
 榊は、直接指揮する第一小隊を従えて、ヴィットメル達が籠城する建物の裏口にやってきた。ここを榴弾で破壊して、直接照準で敵を葬り去る。
「榴弾込め! ファイア!!」
 建物の壁は、榴弾によっていとも簡単に崩壊し、その先をさらけ出した。
 その穴から、歩兵が突入していく。敵歩兵は、道を挟んだ反対側に退避しようとしていた。
「次弾も榴弾。装填急げ」
 榊の小隊も歩兵に続いて、崩壊した建物を乗り越えた。敵は、建物の扉を封鎖して、待ち伏せ攻撃するつもりだと判断した榊は、すぐにその扉に向かって砲撃を命令した。
「ファイア」
 案の定、崩壊した扉の向こうには複数の兵士の姿が榊のいる場所からも確認することができた。中には、さらに兵士が隠れているのだろう。すぐ隣で、部下の戦車が、さらに砲撃を加え、建物内部に待ち伏せしていた兵士の何人かを葬り去る。
「さらに砲撃するぞ!! ……なんだ?」
 砲撃を命令したところで、彼の乗る戦車の通信機から雑音混じりに聞きなれない声が流れ始めたのである。
『全てのセレバンテス帝国とその同盟国の将兵に告ぐ。私は、ヴァルター・フォン・ルートディッヒ元帥である。総統閣下は、先ほど戦死された。私は、総統閣下より直々に後継に任命された。私は、国家の代表、同盟の盟主として将兵に告ぐ。我々と連合、チャナヴェート連邦共和国は講和を結ぶことを決定した。即刻、武装解除し、付近の連合、チャナヴェート連邦共和国に投降せよ。繰り返す、即刻、武装解除し、付近の連合、チャナヴェート連邦共和国に投降せよ……』
 通信機からは、総統の後継だという元帥の言葉が繰り返し流されていた。
「終わった……のか?」
 ホテルから半信半疑で出てくる敵将兵と同じように榊たちも戸惑いながら、そう呟いた。何度か同じ文句が流された後、司令部からの通信が入った。
「今流れている通り、我々霧城連邦皇国は、講和をすることに決定した。正式な講和条約が発効するのには、暫く時間がかかるが、無用な戦闘を起こさないように。投降してきた将兵は、捕虜の条約に基づいて扱え。ただし、命令に従わない将兵もいるかもしれないので、やむを得ない場合のみ、自衛を許可する」
 榊は、目の前で投降してくる将兵とそれを保護する味方将兵の姿を見ていたが、どこか他人事のような、現実感のない不思議な気持ちだった。

☆


 この戦いで、ヴィットメルは20両以上の戦車を撃破したが、戦局にはほとんど影響はなかった。ヴィットメル達が必死に戦った街道に、セレバンテス陸軍第6軍が現れることはなかったからである。第6軍は、連合軍との戦いに精いっぱいで首都に転進できるほどの余裕は全くなかった。
 霧城とルヴィアゼリッタを主力とする連合軍は、首都攻防戦で多大な損害を被ったが、チャナヴェート陸軍よりもひと足早くセレバンテスの首都を占領することができた。
 国会議事堂の屋上に、霧城連邦の国旗が掲げられた時点で、既に総統は地下施設で自殺していた。彼は、遺書で、自分の後継にヴァルター・フォン・ルートディッヒ元帥を指名した。元帥は、最終的には総統から首都防衛総司令官に任命され、総統直属の部隊を率いて、最後まで戦い、総統が命を絶つと、遺書の通りにセレバンテス帝国の代表として停戦交渉にあたった。
 連合側が首都を占領したことは、後のチャナヴェートとの交渉に於いて有利に働いた。
 先の会談でそうだったように、チャナヴェート以外の連合国は、セレバンテス帝国の領土は霧城連邦とルヴィアゼリッタを中心とする国々によって統治されるべきだと主張した。
 チャナヴェートは、我々の要求が受け入れられないのなら力づくでも奪い取ると強硬に主張したが、各国の支援によって戦争を継続できた事実を否定することはできず、霧城とルヴィアゼリッタの主張に押し切られる形になった。
 セレバンテス帝国という共通の敵を倒した各国には、新たな軋轢が生まれていた。大戦中、敵の敵は味方として、本心ではないがチャナヴェートを支援してきた霧城連邦やルヴィアゼリッタなどの国々にとっては、終始不利な戦いを強いられつつも戦勝国として名を連ねることになったチャナヴェート連邦共和国を新たな脅威として考え始めたのである。
 それは、チャナヴェート連邦共和国にとっても同じであった。レニンは、真に優れているのは共産主義だと考え、強大なセレバンテスがなくなった今、次に目を向けたのは、資本主義国家たちであった。
 セレバンテス帝国の同盟国で、奮戦中だった大セレネバ帝国は、大幅に軍備を縮小すること、賠償金を支払うことで講和することになった。霧城連邦にしてもルヴィアゼリッタにしてもさらなる大国との対立が生まれようとしているときに、それ以外の国と戦争するよりは、味方に引き込んだほうが得策だと考えたのだった。
 今はまだ、各国は、戦後処理で精いっぱいで、それ以上のことをする余裕は全くなかったが、資本主義陣営と共産主義陣営の間で新たな火種が生まれるのは時間の問題であった。

 だが、今は、つかの間の、まやかしの平和であっても、それで良いではないか。いずれにしても、これで永遠の平和が訪れるとは誰も考えていなかったのだから。それよりも、今、この時を喜ぼう。そして、次なる戦いへの準備に邁進するのだ。

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