戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第16話 終わりの始まり

 1944年8月23日 ファメール皇国 首都 滞在のために貸し出された宮殿の一室
 
「皇王閣下、今しがた国立原子物理学研究所から報告が入りました。例のものが完成したそうです」
 そう言って政府高官が提出した書類に目を通した沙羅皇王は、そっと一言言った。
「これで同じ土俵に立てますね」
 詳細報告をさせるように命令すると、高官を退出させた。
「我々も神の力を手に入れた、か。否、これは邪悪なる死神の力かもしれない」
 沙羅皇王は、暫しその書類に視線を落としたまま動かなかった。
 19歳の少女に、その現実は許容できる範囲を超えていたのである。高官を退室させるまでは堪えていたが、彼が退室した後、彼女の体に異変が現れた。
 姿勢は動いていないが、書類を抑えている手が小刻みに震えていた。
 今、このとき、彼女の手に何十万人の人々を死に至らせられる兵器が握られることになったのだから。
 セレバンテスのそれによって起こされた被害を彼女はもちろん知っており、その詳細についても知りたい、知りたくないに関わらず全ての事実をまざまざと見せ付けるに至っていたのである。
 町を一瞬で廃墟にし、そこに存在する生物を死滅させ、周辺に放射線と言う死のプレゼントを与えることになったという事実を。
 それと同じことが可能になったのである。まだ、使用していないとは言え、彼女には書類を通して、脳裏にその兵器が使用される情景が現実に起こったことのように再現されていた。
 戦争を指揮している時点で、それとほとんど変わらない光景を再現していたのであるが、その兵器は、さらに現実的なものとして彼女にストレスを与え続けていた。
 霧城連邦皇国が原子爆弾を完成させたのは、二発目のそれが使用されてちょうど二週間後のことであった。
 
 時を遡ること2週間、 ハイガーフォンの攻略作戦が完了しようとした8月9日、前線で戦う兵士の目の前で眩い光が閃いたのである。
 だが、その光を見た者は今この世にはいない。
 9日、セレバンテス帝国は原子爆弾を連合軍のど真ん中で爆発させたのである。これを行ったのは、夜間、単機で強行突入した四発爆撃機である。投下直前、警戒任務に当たっていた戦闘機隊の迎撃を受けたが、片翼から火を噴きながらも飛行を続け、目標上空で原子爆弾を投下したのであった。戦闘機隊が爆撃機を撃墜したときは時既に遅しで、原子爆弾は無傷で降下を始め、高度500メートルで起爆した。
 爆発時、その一帯には霧城連邦の機甲一個師団、歩兵二個師団、ルヴィアゼリッタの歩兵二個師団がおり、そのうち霧城連邦の歩兵師団が一番甚大な損害を被った。
 最初の衝撃波と熱波だけで兵士の戦死者が数千名にのぼると言う大損害を被った。それ以外の兵士たちも原爆による放射能被爆に無関係でいられたものは一人も存在しなかった。
 他の師団は、これよりは幾分被害が少なかったが、実質は五十歩百歩と言うところであった。
 たった一発の爆弾で、千名近い兵士が息絶え、被爆によって兵士が生命の危機に瀕していた。
 さらに悪いことに、前線で指揮を執っていた連合軍司令が戦死し、戦線が穴が開いてしまったのである。
 これに一時的に勢いを取り戻したセレバンテス帝国軍が交代させていた部隊を再投入しての大攻勢に出た。この攻勢に霧城連邦とルヴィアゼリッタ連合軍は、完全に対応が後手後手にまわり、戦線を数十キロ引き戻されてしまう結果になってしまった。
 だが、セレバンテス帝国軍の攻勢もそう長くは続かなかった。連合軍のハイガーフォン方面軍次席司令官が混乱した部隊を再編成し、増援できた部隊と合流して、これを攻撃したのだ。
 いくら、前線部隊が消耗したと言っても、後方には何十、何万という部隊が控えており、空には多数のレシプロ機、ジェット機が乱舞し、味方の被害に怒り狂った爆撃機部隊が雨あられと爆弾を降らせたのである。
 これによって戦線は再び前進し、ハイガーフォンを最前線とする場所で両軍の衝突が何度となく繰り返され、一進一退の攻防が繰り広げられた。
 セレバンテス軍がひとたび攻勢に出ようとすれば、空からはB-32、B-29、蒼陽、ランカスターを中心とする重爆撃機が護衛の単発、双発戦闘機を何百と引き連れ、彼らを肉片と金属の破片へと変化させた。
 また、陸上では野砲が火を噴き、自走砲が大口径弾を発射し、ロケット弾搭載車両が、奇怪な音を一帯に響かせながら空を埋め尽くすロケット弾の嵐を浴びせかけたのであった。
 この攻防は、十日間に渡って続けられた。
 
 最終的に先に音を上げたのは、セレバンテス帝国のほうであった。だが、連合軍の方もただではいられなかった。
 セレバンテスとは違い、民主主義国家である両国では、二度にも渡る原子爆弾の使用で国民の間で不満がうなぎ登りで増えており、それは戦争をこれ以上継続させるのが困難になりつつあると言うことであった。
 戦費の調達の面でも両国は、年度予算の何倍もの借金を抱え込むようになっており、軍需産業で潤っているところ以外は負債に喘いでいた。
 それよりもなによりも、霧城連邦の国民たちは、自分たちの恋人や親族や友人が名も知らぬ敵の領土奥深くで戦い、戦死していっていることに納得できなかったのである。
 戦線は、事実上の休戦状態にあった。
 
☆

 1944年9月2日 0930 キーラニア軍港 翔鶴飛行甲板
 
 ここ何週間か、戦闘といえる戦闘はなく、散発的な小競り合いしか発生していなかったので、機動部隊司令部は一個航空戦隊ずつ復旧させたばかりの軍港へ寄港して休暇を許可していた。
 キーラニアは、元はリッシュメル共和国の軍港であったが、セレバンテス帝国に奪取されてからはセレバンテス帝国第四の海軍基地として敵へ目を光らせていた。
 それが1ヶ月前、霧城連邦とルヴィアゼリッタの連合軍がこの地を奪回したのである。撤退する際、セレバンテス帝国は、主だった施設や物資を破壊しつくし、後には廃墟しか残っていない状況だった。
 これに、連合軍は工作隊を積極的に投入して復旧に努めた。この中には、新型のブルドーザー等の工作機械が遺憾なく性能を発揮し、破壊される前にあったであろう施設の数倍の大きさの建物があちらこちらに建設させられていった。
 セレバンテス帝国は、復旧を妨害しようと航空攻撃を何度も計画したが、それが完全に実施されることは一度もなかった。このことから考えると、休戦状態にあっても両軍の間には大分差があることがわかるだろう。
 
「日中でも大分寒くなってきましたねぇ〜」
 すみれが隣に立つレベッカを見ると、彼女は身を縮こまらせてぶるぶると震えるジェスチャーをしていた。事実、太陽はまだ天高く光り輝いていたが、彼女の言うとおり、真夏の時期に比べれば気温は18度と秋といって良いくらいの涼しさだったからである。
「私は、まだ寒いって言うほどでもないと思うけれどね。ちょうど過ごしやすい気温だと思うけれど?」
 確かに涼しくなってきたとは思うのだが、いつも吹っ飛んで歩いているレベッカを見て、あの運動で発生する熱はどこに逃げていってしまうのだろうと疑問に思うすみれであった。
「コートでも着たらよいんじゃない? 部屋に置いてあったでしょう」
 そう言うと、レベッカはうつむき加減になって両手の人差し指の指先をツンツンと合わせた。そして、うなるように、だって、まだコートを着ると逆に暑いでしょうと言う。
「じゃあ、セーターを着込めば?」と返答すると、セーター着るとちくちくするんですものと言う。やはり、先ほどと同じ姿勢、動作をしつつだ。
 なんだか、その様子を見ていると、可愛いと思ってしまう。20も後半に入り、もう少し大人っぽいしぐさがあるんじゃないかとも思うのだが、そんな可愛い動作が自然と出るレベッカに嫉妬もしてしまうすみれであった。
 可愛いというよりは、姉さんと良く年下の水兵には言われることの多いすみれには、レベッカは羨ましかったのである。確かに、首相の娘と言うこともあり、恐れ多いと思っている水兵が多いのはすみれ自身も自覚していたが、それ以上に酒癖の悪さが拍車をかけていた。
 中には、可愛いと思っている水兵もいたが、それには酒を飲まなければという但し書きが必ずといってよいほど付いた。まぁ、酒癖の悪さを面と向かっていったら上空から20ミリ弾を浴びせられかねないが。
 それが姉さんと呼ばれる由縁でもあった。
 ふと気づいて隣を見ると、レベッカが寒さとは明らかに違う震えで体を揺らしながら、目を輝かせてある方向を見上げた。
 
 翔鶴の飛行甲板に接近する一機のジェット機があった。
 機体を澄み渡った海のような鮮やかな青に塗られたそれは、機体後部に備えられたジェットエンジンのスロットルを次第に絞り、フラップを操作して速度を落としながら翔鶴に接近してきていた。
 その名を雷電(らいでん)と言い、海軍航空隊期待のジェットエンジン搭載の戦闘機であった。
「見てください、見てください、あれが雷電ですよ!!」
 いつもと変わらぬ陽気な声でレイカがはしゃいですみれ大尉に話しかける。
 すみれ大尉は、つかの間の休暇を取っていたのであるが、レイカ少尉に無理やり連れてこられてしまったのであった。彼女は、レイカの元気にいい加減あきれ返ってしまっていた。
 一度、どこかの柱に鎖で繋いでおいたほうがよいのではと本気で考えるほどであった。
 だが、それでもレイカの勢いに反してその場に留まると言うことをしなかったのも事実であった。仲間の、しかも同じ中隊の仲間に起こった悲劇を目の当たりにしてからふさぎ込むことが多かったレイカが幾分調子を取り戻したように見えたことがうれしかったのである。
 だから、すみれは彼女の要請には極力応えるようにしていた。
「良いなぁ、私もあれに乗ってドックファイトをしてみたいなぁ。それにあの機首を見てくださいよぉ!!」
 レイカに言われるまま、すみれも雷電の機首部分に視線を移した。
 レイカが注目したのは、機首に開いた四つの穴であろうとすみれは考えた。
 何もレイカはただかっこよいから雷電を見に着たのではない。彼女もとにもかくにも戦闘機パイロットである。戦闘機の特性は他の誰よりも詳しいし、レシプロ機が決して解決することのできなかったことをいとも簡単に解決してしまった雷電が解決してしまったことに感動していたのであった。
 雷電は、搭載する20ミリ機関砲四基を全て機首部分に集めているのである。レシプロ機では自身の推進のために必要なプロペラが邪魔になり、なかなかそれができなかったのである。
 と、すみれが考えにふけっていると隣のレイカが空母艦載機の発着艦に使用するカタパルトにのった疾風のように雷電のほうへ走り寄ろうと動き出したところを視線に捕らえた。
 すみれは、パイロットとしての経験で培った脅威の動体視力によってそれを捕らえ、レイカの腕を手ですばやく捕まえた。
 レイカは、あまりにも美しい機能美を誇る雷電に目を輝かせ、飛び立たんとするばかりで表情は、緩みきっており、心ここにあらずという感じであった。
「ちょっと、待て」
 すみれが腕をぐいっと引っ張って姿勢を無理やりこちらに向けて問いかけても、レイカはまだ雷電のことで心がいっぱいの様子だ。
 やはり、ここまで付いてきたのが間違いだったと今更ながら後悔しつつも、頭を抱えたくなる感情を紐で縛りつけてレイカに問いかけ続けた。
「レイカ、待て。そこで待て」
 そこまで言って、やっと精神が彼女の体に戻ってきてくれたらしく、こちらに視線を向けてきた。
「そんなに行きたいなら、雷電の給気口に行く?」
 すみれは、笑みを浮かべて言った。それを見てレイカも笑みを浮かべるが、その表情は引きつっていた。
 全身に冷や汗が浮き上がるのをレイカは感じた。そうなるほど、すみれの笑みは攻撃力があったのである。
 並みの男なら、この一言で震え上がってしまい、その場を逃げ出してしまうだろう。すみれの笑みは、目だけ笑っていなかった。
 この言葉は、本気だ。本気に言っている。と、レイカは心の中で思った。今この瞬間にもエンジンに頭を突っ込まれるのかと冷や冷やしたが、幸い、そんなことはなかった。
 何もなくてレイカが安心していると、すみれがさらに満面の笑みで訴えかけてくる。目だけ笑っていない満面の笑みで。
 そこで、ついにレイカは彫刻のように固まってしまった。彼女の口からは、負荷をかけすぎて悲鳴を上げる機械のような笑い声とも発作による声とも区別が付かないような「ひっ、はっははは」という声が出てきた。
 まぁ、これも事が過ぎてしまえばさっぱり忘れてしまうのであるが。喉下過ぎれば熱さ忘れると言うのはまさにレイカのためにあるような言葉であった。
「あ、いや、体が勝手に」
「ふーん、体が勝手にね?」
 すみれはすみれで、レイカの反応を楽しむように問いかける。
「そ、そう、雷電の魅力がすっごくて」
 すみれは、雷電を一瞥し、レイカにまた向き直った。彼女も雷電に乗りたい気持ちに変わりはなかった。
 この頃のジェット機は、レシプロ機とは違い、アクロバットな飛行をそう簡単にさせてくれるような機体ではなく、普段乗る機体と同様に扱ってしまったら墜落の憂き目を見ても仕方がないほどのものであった。
 だが、そんな操縦も難しい機体だからこそ、すみれも乗りたいと思ったのである。疾風も性能をフルに活用するには溢れるパワーを上手く制御し、時には抑え付けて操縦しなければ彼女らのような空戦はできない。
 その疾風でさえも、この雷電を前にしてしまえば優しい子馬のようなものである。
 そんな疾風を上手く乗りこなして見たいと思っているのは、彼女だけでなく、レイカも一緒であった。
「まぁ、でも、中隊長なら、私が暴走しても止めてくれるから安心して暴走できますね」
 ピキッ。なんだか、そんな効果音が聞こえてきそうなくらいすみれの額に青筋が走った。
 それを見たレイカの顔からは、一瞬で血の気が引き、赤から青へのグラデーションを顔に残しながら顔の筋肉をピクピクッと痙攣させた。
 が、すみれは、「ま、私もそれは分かってるから良いんだけどね」と口からぽろっと漏らし、再び雷電へと視線を向けた。
 レイカは、すみれの予想外の行動に肩透かしを食らった格好になり、鳩が豆鉄砲をくらったような表情で、「は、はぁ……」と言うばかりであった。いつもの行動から、レイカはまた雷が落ちるものだと考えていたのである。
「私だってあなたと何年も付き合っているんだもの、いい加減慣れるわよ」
 雷電のほうを向いたまま、すみれは左右の手をそれぞれ体の横で上げて、もううんざりよという気持ちを表していた。
「ですよねぇ〜。もう、み・そ・じですものね」
 動くトラブルメーカーのレイカは、またもや火種を作り出してしまった。顔には勝ち誇ったような笑みを浮かべ、そう言い放った。
「ははは、そうそう、私は三十路ね。それに引き換え……」
 そこですみれは言葉を切ると、格闘ゲームでエネルギーを溜めるキャラクターのようにしばらくその姿勢のまま黙り、徐々に喋る速さを加速させながら必殺のパンチを見舞った。
「あなたはまだ若くて良いわよねっ!」
 すみれの放ったパンチは、氷像ように硬直していたレイカの耳のすぐ隣をシュッと風を切る音を上げながら通り過ぎた。
 レイカは、一度、しゃっくりのような声を上げると、体の力が抜けてしまい、そのまましゃがみ込んでしまった。
「もう、レイカは人の期待を裏切らないって言うのが面白いわ」と言い、しゃがみ込んでしまったレイカを上から見下ろす。
 そして、最後に満面の笑みで締めようとした時、背後から女性の妙にわざとらしいゴホンと言う声が聞こえた。
「相変わらず、お元気で何よりですね」
 すみれよりも大分落ち着いた声が聞こえてきた。
 今度はすみれが氷像のように動きをやめ、ついで錆びた歯車の様にギギギギギッという効果音が聞こえてきそうなくらいぎこちない動きで上半身だけ声のした方へ向けた。
「あ、お久しぶりでございます。これはリオン中将殿。今日はなぜこんな場所にいらっしゃったのですか?」
 暑さの汗とは明らかに違う汗を顔から噴出させながらすみれは言った。
「なぜって、あの雷電の開発を私も進言していたからよ」
「しかし、中将殿は水雷戦がご専門ではなかったのですか?」
 やっと落ち着きを持ち直したすみれが、リオンに尋ねた。
「そうだけど、開戦から何度も航空戦を見せ付けられて航空機の有用性がはっきりと証明された今、水雷屋の私でも認めざるを得ないというものよ。だから、実戦運用テストを行うなら、是非うちの所の空母でと要望を出しておいたの」
「なるほど」
 根っからの水雷屋であるリオンが航空屋に鞍替えしたということに驚いたすみれであったが、自らがパイロットと言うこともあり航空機の地位が上がってきていたのは感じ取ってきていた。
 それに、運用テストに翔鶴が選ばれたことは翔鶴所属の航空隊員であるすみれにもとても嬉しいことであった。
「あ、そうそう。その雷電のテストパイロットだが、君の話をしたら是非一度お会いしたいと言っていたよ」
「そんな、あの雷電を乗りこなすような優秀なパイロットに私のような者に会いたいと言って頂けるとは、とても光栄です」
「それでなんだが……」
「それで、それで??」
 すみれが横を見ると、いつの間にか復活していたレイカがブンブンと頭を上下に大きく振って先を促していた。
「私は、藤城桜中尉と申します。 あなたがすみれ大尉でありますか? 」
 リオンの背後からひょっこりと姿を現した桜がすみれに挨拶をする。
「はい、私がそうですが……。あなただってあの雷電を乗りこなしているんだものそんなに改まらなくたって良いわよ。操縦の腕に階級や年齢は関係ないもの」
 よろしくっという風にすみれは桜に右手を差し出した。桜も一拍置いてから手を差し出し、二人は厚い握手を交わした。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「それはそうと、あなたの横で自分のことを指差してる男は?」
 すみれは、一生懸命自己アピールをしてる男を最初、無視していたが少しかわいそうだと考えたので意思を汲み取ってやることにした。男の階級は、少尉ではあったが、年齢は彼のほうが明らかに上のようであった。だが、その彼がきざっぽいしぐさを取ることはすみれには気に入らなかったのである。
「あぁ、この人ですか。ただのうちのテストパイロット仲間なだけなのでお構いなく」
 桜は、どうでも良いと言わんばかりの口調で男を指差しながら言った。
 男は、それに明らかな不満を持っているらしく、呼ばれてもいないのに自分からリオンと桜の前に立ち、すみれに近づきながら言った。
「俺は、佐賀健次郎というんだ。同じパイロット同士、よろしくな」
「はい、こちらこそ」
 すみれは、先ほどとは180度違い、ほとんど抑揚のない機械の様な平坦なトーンで返答した。視線も微妙に逸らしながら。
「て、てめぇ俺を馬鹿にしてるな!!」
「そうですけど、何か?」
 佐賀の睨みと今にも食って掛かってきそうな迫力にも全く怯まず、すみれは平然と返答した。佐賀は、これにさらに腹を立てたらしく、本当に食って掛かろうとしたが、それをリオンが咳払いで一蹴した。
「し、失礼。階級が上であるにも関わらず、申し訳ない」
 急にかしこまったような言うと、手を差し出し、「とにかく、これからよろしく頼む」と言った。
 その背後で桜がくすくすと笑う声が聞こえ、一瞬拳が上がりかけた佐賀であったが、すぐに自分を静めて失礼と一言だけ言った。
「まぁ、佐賀ちゃんは根は良い男なので許してあげてください」
 どうもすみませんとぺこぺこ頭を下げる佐賀にすみれもくすっと笑ってしまった。
「ところで、そこの可愛い子ちゃん。今度俺とデートしないか」
 どうも、レイカをナンパしているらしい。すみれは、彼の事を想って言ってやった。
「デートすると疲れると思うから止めておいたほうが良いですよ?」
 それでも言い寄ろうとする佐賀にレイカはきっぱりと言った。
「もう、他にいるので、丁重にお断りさせていただきます。……ごめんなさいね、おじちゃん」
 どこから取り出したのか、名刺だけでも受け取ってくださいと言おうとしたとき、リオンが咳払いで言葉を遮って言った。
「任務中に、ナンパしない。休暇中にやりなさい。もう、あなたたちといるとネタに尽きそうに無いわね。一度、コントでもしてみたらどう?」
 そう冗談を言い、もう一度咳払いして、ではまたと言うと桜と一緒に飛行甲板上にある艦橋へと歩いていった。そこへ艦橋から出てきたシオンが合流し、再び艦橋へと引き返していった。
 すみれは、近くにいるはずのレイカに声をかけようと周りを見渡したが、なぜか彼女が見つからない。そして、考えをめぐらせ、すみれはため息を一つ、長くゆっくりとついた。
「……はぁ、もう一人で部屋に帰ったんだなぁ。今度は綱でも付けたほうが良いかしら。やっぱり、世話が焼ける」
 
 
 1944年9月2日 同日、同場所、すみれたちがベタなコントを繰り広げていたころ。
 
「イシュタル中尉、私は大丈夫ですよぅ」
「いや、ちゃんと確かめないとだめだ」
 中隊の個室には、今はイシュタルとレベッカだけがおり、レベッカが自分のベッドに腰掛け、イシュタルが彼女に話しかけていた。
 イシュタルは、上目遣いで不安そうに見つめるレベッカに少しずつ顔を近づけていく。レベッカは、イシュタルが顔を近づけるのに反対に少しずつ体を仰け反らせていった。
 そして、ついにはベッドに前を向いたまま倒れこんでしまった。すると、イシュタルは、レベッカの体の両脇に手を付き、再び二人の間の距離を詰めようと顔を近づけていった。
「レベッカは、同じ小隊のウィングマンだからな、せ、戦闘時に何かあったら私もたまったものじゃないからな。それに、レベッカだから、な」
 なぜかイシュタルも頬を赤らめながら顔を近づけていく。今この状況を誰かに見られたら、弁明するのに大変時間がかかりそうであるのだが、イシュタルはそんなことは全く頭に無いと言うように距離を詰めていく。
 二人の距離が目と鼻の先の距離ほどになり、互いに吐息が顔にかかるほどの近距離になってもイシュタルはさらに距離を詰めていった。
 レベッカは、すぐ目の前まで近づいたイシュタルに視線をどこに向けたらよいか分からず、横を向いたり、下半身の方を向いたり、視線をせわしなく動かした。
「顔を動かしていたら、上手くできないだろう?」
 イシュタルは、付いていた手をレベッカの顔の両側に持って行き、顔が動かないように抑えて正面を向けるようにした。
「ちょ、ちょっと、やめてくださいぃ。見つかったら大変ですぅ」
「うん? いつものことじゃないか」
 そういう問題じゃないです、とレベッカは顔を真っ赤にして言うがイシュタルは動きを止めない。距離がほとんどゼロになると思ったその瞬間、レベッカはぎゅっと目を瞑った(つむった)。
「……うん。熱は無いね」
 おでことおでこを何秒か合わせ、上体を起こすとそう言った。
「もぅ、だから大丈夫だって言ったじゃないですか。それに、さっき体温計で測りましたよね? 普通、こういうのは逆じゃないんですか?」
 やっとイシュタルが離れてくれたので、彼女も状態を起こしてイシュタルに言った。
 しかし、顔は赤らめたままだ。
「やっぱり、こういう風にするのが一番正確だからね。まぁ、そうねぇ、レベッカだからよ」
 イシュタルは、さも当然のことのように断言するとレベッカの隣に腰を下ろした。
「うん。私も、イシュタル中尉と一緒にいるのは嫌いじゃないよ」
 レベッカは隣に座ったイシュタルに体を寄せ、そっと体を預けた。先ほどとは打って変わり、レベッカは安心している様子で、二人はまるで恋人同士の様であった。他のカップルと違うことは、二人は同姓であるということだけだ。
 だが、二人には同姓であるということはなんら問題でなかったのである。むしろ、同姓だからこそ惹かれあっていた。
「ねぇねぇ、イシュタル中尉」
「二人だけなんだから中尉はいらないよ」
 イシュタルは、レベッカの背中にそっと手を回し、その手でレベッカの頭を優しく撫でた。レベッカは、子犬のように小さく声を上げながら体を揺らした。
「ねえ、イシュタル。私たちが初めて会ったときのことを覚えてる?」
「もちろんよ。こんな可愛い女の子との思い出を忘れろという方が無理よ」
 イシュタルは、なおもレベッカの頭を撫でながら出会ったときのことを語り始めた。初めて会ったときの印象や、そのときのロングヘアのレベッカの姿、告白されたときの衝撃など一度語り始めたら止め処なく思い出が蘇り、言葉を紡ぎ出す口の遅さにもどかしさを感じるほどであった。
 出来事を話すたびに、レベッカは頬を朱に染め、そんなこともあったかなと惚けた振りをするが、時々視線を寄せてきた。座高はイシュタルの方が高いので自然とレベッカはイシュタルを見上げる形になり、それがまた愛らしくてイシュタルはレベッカが好きで良かったと再確認するのだった。
「私ね、この戦争が終わったらイシュタルのお嫁さんになるんだ」
 くりっとした瞳をイシュタルに向け、首を傾げて言った。
「ばかねぇ、私たちは同姓でしょう? 結婚できるわけないじゃない」
 言葉の上では否定しつつも、それも悪くないと心の中で思うイシュタルであった。そして、同姓で結婚できる国はないかと無意識のうちに記憶を探ってしまう。
 レベッカは、また何か言おうと口を開きかけたが考え込んでいるイシュタルを見て邪魔をしては悪いと思い、言葉を飲み込んだ。
イシュタルの体に身を預け、二人っきりで居るときだけがレベッカの本当にリラックスできる時間であった。もちろん、他の隊員達もとても大切な仲間であり、信頼しているがそれでも自分を作ってしまっていた。
 イシュタルと居るときだけ、自分の全てが解放される気がした。それが誰かを好きだということなのだろうか。実のところレベッカには、誰かを好きになると言うことが良く分からなかった。
 もちろん、イシュタルは好きだと考えている。だが、イシュタルは好きと頭で認識してそうなったというのではなく、彼女の顔を初めて見た瞬間自然と感情が湧き上がり、それから今まで来ていた。だから、自分は『好き』ということについて深く考えてこなかったし、二人にはそんな必要もないと思っていた。
 本当に『好き』かどうかなんて些細な問題で、一緒に居たいから一緒に居る。それだけでレベッカは満足していた。
 とにかく、今はこの肩に身を預けていよう、そう考えてレベッカは目を閉じた。いつまでも、この時間が続いてくれればよいのにと思いながら。
 
 
 1944年9月2日 セレバンテス帝国、前線基地のジェット機用滑走路

 
 度重なる航空攻撃により、稼動機が大幅に減少していたこの航空基地に、久しぶりに航空機が補給された。
 だが、基地の要員の中には他の戦線へ引き抜かれていったものも少なくなく、なんとか状態を維持していた要員たちは突然現れた航空機群に夜を徹して整備に当たっていた。
「少佐殿、ついに我々にも補充員が着ましたぜ」
 軍服の前を大きく開け、袖を荒っぽくまくった無精ひげの男が歩きながら後ろを指差して言った。
 指差された先には、彼とそう変わらぬ容貌の兵士たちが補給用コンテナに寄りかかったり、持ち物であろうスーツケースに腰掛けながらこちらを向いていた。
「少しは行儀が良いやつを呼べんのか。まぁ、お前がそれじゃあ無理だろうな」
 無精ひげの男とは正反対に、暑い中、長袖の軍服をボタン一つ外さずきっちり着た男が言った。胸には勲章がいくつも釣り下がっており、幾つもの皺(しわ)が刻まれたその顔はまさにエースに相応しい貫禄を見せていた。
 エースという点では、他の兵士たちも同じようで、胸には様々な勲章が付いていたが、そのなかでも無精ひげの男は一際多かった。少佐に付き従っていることから、どうやら副官らしい。
「貴様ら、少佐殿がこれから任務を共にする司令官である。敬礼!!」
 補充員たちは、やれやれといった様子でのっそりと立ち上がり、一応敬礼のポーズをした。
 少佐は、一度小さく咳払いをし、手を体の後ろで組んだ状態で補充員たちを一通り見渡してから話し始めた。
「まぁ、楽な体勢で聞いてくれ。これより君たちへ任務の説明を始める。一度しか言わないから、耳の穴をかっぽじって聞け。あとで知りませんでしたは受け付けん」
 任務という言葉を聴き、顔からおちゃらけた雰囲気を消した補充員たちを確認し、少佐は続きを始める。
「今回、我々は再度敵に大規模な攻勢をかける。機密上、全ての情報は知らされてはいないが、我々空軍と海軍、そして陸軍が密に連携をとって組織だって行う作戦だ。君たちには、その作戦の前哨戦、敵機動部隊への攻撃を行ってもらう。だが、しかし、我々空軍は、敵に制空権を奪われている形になっており、昼間攻撃するのは無謀すぎる。そこで、日が落ちるの少し前に発進し、薄暮の視界が不良な時間を狙って攻撃を仕掛ける。これは、我々にとっても不利な状況であるが、時は既に、我々に手段を選ぶのを許してくれなくなってしまった。これを成功させなければ、後はないと心得よ!!」
 少佐が語気を強めてそういうと、部下たちは驚くように急に立ち上がって敬礼をした。
「別名あるまで待機。では、解散」
 少佐の言葉に、弾かれた弦のように自分の期待の下へ散っていった。
「それにしても、あれは操縦の癖が強すぎないか?」
 補充員たちがいなくなったのを見計らって、少佐は副官にぼそっと呟いた。
「そうですが……。こんな作戦には、あれは最も適当でしょう」
 副官は、そう言って、少佐のぼやきの原因たる航空機に目をやった。
 そこには、黒に近い濃紺色で機体一面を塗装されたジェット機がパイロットと同じ機数だけあった。

 1944年9月2日 1100(午前11時) キーラニア軍港 翔鶴 食堂
 
 食堂には、皆一様にある物をもらおうと水兵がある機械の前に長蛇の列を作っていた。中には士官の姿もちらほら見え、女性、男性、階級を問わず自分の番を待っていた。
 そして、自分の番が来ると、久しぶりのご馳走、羊羹を一つずつもらっていくのであった。羊羹は、高級品のため、普段は食べられず、こうやってたまに給糧艦(きゅうりょうかん)によって運ばれてくるのである。
 ひとたび、羊羹が運び込まれると、あっという間に長蛇の列が出来、羊羹を次々ともらい、そして去っていくといったことが繰り返された。
「中隊長〜、早く早く〜。早くしないと、なくなっちゃうよぉ」
 レイカが上半身をよじって、遅れてくるすみれに手を振る。
「そんな早く行かなくたって、すぐにはなくならないわよ」
 リオン中将と会ってから自室に戻ると、頬を膨らませ、待ちくたびれたという雰囲気のレイカのわがままに音を上げ、引っ張られるように付いてきたのであった。
「ちょっと、そこのきみぃ。列の間に入れてくれるかな?」
 列の最後尾へ行ったレイカは、並んでいる何人かが自分より階級が低いことに目を付け、列をあけるよう命令したのである。原則として、士官は下士官よりも優先することになっている。
 いくら若い女性といっても、上下関係の厳しい軍隊では上官の命令とあっては、文句を言うことすらできない。彼らは、渋々列をあける。
「いぇい!!」
 頭を抱えるすみれを知ってか知らずか、知っても気にするとは思えないが、レイカは列から前の方を覗いて、あと何人か体を弾ませながら数えた。
 すみれは、もう、頭痛がしてきたが、体を引きずるようにレイカのそばへ行き、耳に手を伸ばしたそのとき、視界の外、後ろの方から声が聞こえてきた。
「そこのあなた、上官だとしても、列の間に入ろうとするのは感心しませんね」
 すみれは、レイカの耳を引っ張りあげながら、上半身だけを捩って、背後へ視線を移した。
「申し訳ありません、すぐに抜けさせますから」
「イテテッ、ちょっとぉ、いきなり耳を引っ張るなんて、痛いじゃないですか!! 引きちぎれちゃいますよぉ」
「あんたは、黙ってなさい」
 そう言って、声の主に振り返り、頭を下げて謝った。片手は、レイカの耳たぶを摘んだままだ。
「ちゃんと言い聞かせますから、今回は許してあげてください」
 そこまでいって、やっとすみれは耳から手を離した。レイカは、引っ張られた耳たぶをさすりながら、声の主を見、素っ頓狂な声を上げた。
「あっ」
「あっ、じゃないでしょう。あなたも謝るのよ。元はといえばレイカが悪いんでしょう。もう、倒れそうだわ」
 よろけてみせるすみれに、いつものことだとさらっと言ってのけるレイカは、さすが彼女と言うべきか。
「申し訳ありません……あなたでしたか」
 すみれは、声の主がシオンだと気づき、彼女の無表情の顔に声が詰まりそうになった。
「えぇ。あなたは、確か、氷城首相の娘のすみれ大尉ですね。でも、それ以上にパイロットの腕の方が有名ですね。会えて光栄です」
 差し出された手と握手し、短く礼を言った。そこで、シオンが脇に書類の束を挟んでいるのに気づいて視線を向けていると、シオンが察して言った。
「リオン中将閣下の書類整理をしておりましてね。合間を縫って配給の羊羹をもらいにきたのですが、良ければ、一つ頼まれごとをして頂けないでしょうか? そこの彼女は、既に並び直されているようですし」
 まさかと思いつつ、先ほどまでレイカがいた場所へ視線を向けると、既に彼女はいなく、列の後ろの方に姿があった。今度は、最後尾に並んだようだ。
「なんでしょう?」
 そうすみれが言うと、シオンは上着のポケットから手帳を取り出し、何か番号を書き、そのページだけ破って彼女に手渡した。
「閣下は、羊羹が大好物なのですが、代わりに部屋まで届けていただけないでしょうか? 無理にとは言いません」
 忙しいわけではないので、これも何かの縁だと思って引き受けることにした。
「はい、わかりました。それでは、後ほどお伺いします」
 シオンは、軽く会釈し、頼みますと一言だけ言って去っていった。
 すみれは、リオン中将に届ける羊羹をもらうため、レイカと同じく、列の最後尾へと並んだ。彼女が並ぶころには、列は多少短くなってきており、20分程で羊羹をもらうことが出来た。
 そして、部屋の奥で羊羹を美味しいそうに頬張っているレイカの隣に腰を下ろした。彼女の手元を見ると、彼女自身がもらったであろう羊羹の包み紙と共に、何故か三つほど包み紙が畳んであった。
「レイカ、それは?」
 羊羹に夢中で、すみれの接近に全く気づいていない様子だったので、彼女のすぐ後ろにまで迫ってから羊羹の包み紙について言った。
「えっ、あ、な、なんのことかなぁ」
 レイカは、突然背後から聞こえたすみれの声に驚き、電光石火の早業で包み紙を掴み、テーブルの下、太ももの上に隠した。
「ふふーん、レイカのことだから、上手いこといって他の水兵からもらったんでしょう? 差し詰め、ファンの水兵にあとで写真でもあげるとでも言って、かしら」
 そう言った瞬間、びくんと一度大きく跳ねて、テーブルに太ももをぶつけたところから、図星だろうとすみれは思った。
「まぁ、良いわ。それより、リオン中将のところに行くわよ」
「ふぇっ?」
 レイカは、そのつぶらな瞳をぱちくりさせていたが、すみれは構わずリオンのいる部屋へ向こうこととした。
 通路を歩く間も羊羹の包み紙を少しずつはがして頬張るレイカを一歩後ろに従えながら、すみれは歩いた。先ほど、シオンから部屋の場所は教えてもらったが、彼女の予想したとおり、リオンは翔鶴の将官室にいた。前も、翔鶴に乗艦していた際、その部屋にいたからである。
 何回かドアを軽くノックすると、中からシオンの事務的な声が聞こえ、次いですみれが用件を伝える。すると、がちゃっというドアの鍵が開く音がし、将官室のドアが開かれた。
「どうぞ、わざわざ届けてもらって申し訳ない。
 すみれの予想に反して、ドアを開けたのはリオンであった。リオンは、部屋の奥にある執務机に腰掛けると、向かい側にあるソファーに座るよう示した。執務机の上には、食器類がおいてあったので、食事中のようだった。ソファーには、既に桜と近藤が座っており、その隣にすみれとレイカは腰を下ろした。
「御礼をしなくてはな」
 リオンは、脇に控えていたコックに小さく耳打ちすると、すみれたちに向き直って言った。
「もしかして、もしかして、コックさんがいるってことは、その食事を?」
 隣に座るレイカが目を輝かせながら身を乗り出して言った。
「えぇ、まだ済んでいないのなら」
「しかし、私は届け物をしましたので、長居するのは失礼ではないでしょうか?」
 そんなすみれを尻目に、レイカはさらに言葉を続ける。
「えぇ、まだ済んでいません!! 食べます、食べさせてください!!」
 歩み寄りながらどこの誰に聞かせるんだろうかという大きな声で言うレイカに、リオンは気圧されながら頷いた。
「わーい、わーい、中将殿のお食事が食べられるなんて夢のようです!」
 シオンは微動だにせず、冷たい視線を向け、桜はすみれを憂いの目で見つめ、近藤に至っては唖然としていたのだがレイカはまったく気にすることもなく言った。
「和食が良いかな? それとも……」
「和食でお願いします!! 私、和食が大好きなんです!!」
 リオンは、完全にレイカに圧倒され、もう精神的におなかがいっぱいだという表情でコックに料理を持ってくるように伝えた。
「まぁ、元気なのは結構。その調子で敵もやっつけてくれ。ところで、すみれ大尉。近藤中佐とは久しかったのでは?」
「えぇ、まぁ……」
 レイカの行動にあっけにとられ、リオン程気持ちの切り替えが早くなかったすみれは上の空で返答した。近藤はやっと現状を理解してすみれに片手を差し出して言った。
「お久しぶりです、すみれ大尉」
 突然自分の目の前に差し出された手に驚き、一泊の間のあと、慌てて手を重ねた。
「え、あ、そういえば、お久しぶりですね。近藤中佐。今日は、なぜこちらへ?」
 近くまで来ていることは知っていたが、近藤は戦闘機開発に一切タッチしていないし、そもそも専門は艦艇であるのでまさか試験に同行するとは思いも寄らなかったのである。
「えーとですね、今、沙羅皇王がファーメル皇国で各国首脳と会議をしておりまして、私も伊瀬で彼女を送り届けたので近くまで来ていたんですよ。それで、ちょうど同じく休暇中だったリオン中将からジェット戦闘機の試験運用があるということを聞きまして、それならば是非とご同行させて頂きました次第です。リオン中将には、ご迷惑をおかけして申し訳なく思っています」
「いえいえ、お願いをしてきたときの目の輝きに負けましてね。未来から来た方として、貴重なご意見を聞けるのではないかと期待しています」
「貴重なご意見だなんて、私は航空は専門ではありませんので……」
 近藤は、恥ずかしそうに頭の後ろを軽くかきながら言った。
「ところで、近藤中佐は、未来から来て、不安ではないのですか?」
 すみれは、前から疑問に思っていたことを聞いてみた。未来から来たということは、仲間を置いてきたということであり、親族にも会えないということであるからだ。自分はそんな経験をしたことがないので、どんな気持ちなのか知りたいという単純な好奇心も多少はあった。
「そうですね、最近までいろいろありましたが、あることがあって吹っ切れたというか割り切るしかなくなったというか……」
「あ、なにか聞いてはまずいことだったでしょうか」
 近藤の表情に影ができるのを感じ取ったすみれは、聞いてしまったことを後悔した。
「いえいえ、たいしたことありませんよ。先月、知ったことなのですが、私の祖父にあたる人が欧州戦線で戦死されたとのことで……。私が生まれたころには、亡くなっておりましたので顔も見たことがありませんでしたが、これは歴史を変えようとした副作用なのではないかと考えるようになりました。私が来なければ、あなたの部下も戦死することはなかったので……」
 話の途中までは、どこか他人事のような気持ちであったが、最後の一言で180度気持ちが変わった。部下が戦死することがなかったというのはどういうことなのか、予想は容易についたが、それ以上考えるのを彼女の脳が本能的に拒否していた。レイカも手を止め、近藤のことをじっと見つめていた。
「それは……どういう意味で?」
 悲しみと怒りの混じった表情で、すみれは近藤に聞いた。
「はい、私の生まれた世界のほうでの歴史では、中隊は誰も戦死者を出さずに終戦を迎えてるんですよ。皮肉でしょうかね、この世界では、私の知っている忠実よりも早く戦争は終わりそうなのに」
 頭の片隅で、彼を殴れと誰かが命令をした。彼が来なければ部下を亡くすこともなかったはずだと。殴ったからといって何かが解決するわけではないが、殴れば少しは気持ちが楽になるのではないかと。それでも、拳を硬く握り締めながら、歯を食いしばりながら、彼女は必死に殴りたいという衝動を押さえ込んだ。
「いえ、部下……は、私の指揮が悪かったからです。ご自分を責めることはありません」
 震える拳を背中に隠し、何とか声を絞り出した。
「あ、そうだ。もうすぐ、お誕生日ですよね?」
「え、ええ、今月の22日はそうですけれど、何か?」
 それはそうだが、まさか、この流れで誕生日の話が出るとは予想もしなかったすみれは、一瞬、感情がどこかにいってしまった。
「私のほんの気持ちです。受け取っていただけますか」
 すると、近藤はポケットから小さな箱を取り出して渡す。
「これは?」
「この辺で取れる希少価値の高い鉱石のネックレスだそうで。せめてもの罪滅ぼしです」
 希少価値の高い鉱石ということから、いくつか候補を連想したが、どれもおいそれと手が出せる値段ではなかったはずだ。
「すみません、こんな高価なものは頂けません」
 そう言うと、近藤は簡単に引っ込めてしまい、すみれは肩透かしを食らってしまった形になってしまった。近藤は、自分の胸の前でどうしようか逡巡し、意を決してもう一度すみれに話しかけた。
「いえ、受け取ってください。うーん、そうですね、じゃあ、上官からの命令とでも思ってもらってやってください」
 笑みを浮かべる気分では、まったくなかったのであるが、近藤の行動がなんだか微笑ましくて、思わず笑みがこぼれた。
「そうですよ、近藤中佐の一世一代の大勝負を反故にしたんじゃ、死んでも死にきれませんよ。絶対にもらっておくべきです!」
 そこまで言ったら、逆効果なのではという言葉を飲み込んですみれは言った。
「そうですか……、それでは、あり難く受け取らせていただきます」
「閣下、ひとまず話題を変えたほうがよろしいのでは?」
 隅に控えていたシオンがリオンに近づいてそれだけ発言し、また定位置に戻っていった。
 その後は、試験運用する戦闘機について、機密に関わらない程度の話と、戦況の話などを10分ほどし、すみれたちは部屋を退散することにした。
 すみれが部屋を出て通路を歩き出して数歩目で後ろから勢い良くドアを開ける音がして足音が近づいてきた。
「あ、あの、それと……、今度、休暇がありましたら、で、デートしていただけませんでしょうか!!」
 視線は自分の足元を向き、少年のように肩をすくめて言う近藤に、すみれは教え子に話を聞く教師のようにゆっくりと言う。
「ほほぅ。さては、さっきのプレゼントも関係しているんですね。えぇ、首相の娘に堂々と告白する、その無謀な挑戦を賞して、誘いに乗ってあげます。それまで、お互いに生きていればね」
 最後の一言は、少し皮肉混じりに言った。
「あ、ありがとうございます!! 私も絶対最後まで生きます。だから、すみれ大尉も必ず生きてください!!」
「えぇ、言われなくてもそのつもりよ。部下にもこれ以上の犠牲を出すものですか。プレゼント、本当にありがとうございました。大切に身に着けさせていただきます」
 すみれは、返答というよりも、情けない自分への戒めの気持ちで言った。
「はい!! お気をつけて!!」
 近藤が走り去っていくのを見送ってから、すみれは歩き始めた。
「これで、中隊長も独り身じゃなくなりますね」
「ば、馬鹿言うんじゃないわよ。さ、行くわよレイカ」
「あ、待ってくださいよ中隊長〜」
 早足で自室に向うすみれに、慌ててレイカはついていった。

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