戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第15話 満月の夜の戦い


第15話 満月の夜の戦い

1944年8月9日

「まさか、撤退の指揮を執ることになろうとはな」
 セレバンテス帝国第十七艦隊司令官、ヘッチャー・ベルメイン中将は、旗艦ジーナベルクの艦橋で呟いた。
 夜空は、雲ひとつなく、無数の星々が浮かぶ中に一際明るく輝く満月が浮かんでいる。風もあまりなく、海面も多少波が立っている程度で艦船の航行には全く問題はなかった。
 ヘッチャー中将指揮下にある戦闘用艦艇は、

ポケット戦艦 ジーナベルク
重巡洋艦 アドミラル・ヒッパー ホルム・ホッカー
軽巡洋艦 ニュルンベルク
駆逐艦 12隻
と通りであった。
 ジーナベルクを先頭に重巡洋艦アドミラル・ヒッパーが続き、その後ろに陸軍部隊を乗せた輸送船15隻が重巡洋艦ホルム・ホッカー、軽巡洋艦ニュルンベルク、そして駆逐艦12隻が周囲をがっちりと保護されながら18ノットで味方勢力圏にある軍港まで進んでいた。
 ジーナベルクは、通商破壊戦に長けているセレバンテス帝国らしく、戦艦としては珍しく魚雷を搭載している。
 しかし、戦艦といってもポケット戦艦と外国からは呼ばれ、正式には装甲艦という艦種に属し、主砲はやや大型の28p三連装砲を艦橋を挟んで前後に一基ずつ装備しているが艦の防御能力は対20p砲程度のものしか施されておらず、ジーナベルクを種別するとすれば大型の巡洋艦と言ったほうが正確であろう。
 竣工から10年以上経ち旧式になりつつあるが装備の換装は進められていて、対水上、対空、レーダー、さらにはやや旧式ではあるが射撃用レーダーを装備し、一応一通りの装備は施されていた。
 レーダーは、他の巡洋艦や駆逐艦にも新旧の差はあるが漏れなく装備されていた。
「日中は、天気に救われたな」
 レッチャー中将は、隣にたたずむ参謀長に言った。
「そうですね、乾季にある今、雨が降るのは幸運でした。夜の空にあるのが満月というのはいささか問題がありますが、敵も各種レーダーを装備した艦艇を揃えていることから考えれば些細な問題になりましょう」
 ふむ、とレッチャーは頷くと満月の空を見上げた。そのとき、艦橋に緊迫した声が響き渡った。
「前方十時の方向、高度500に航空機を発見」
 レーダー員の報告に、レッチャーは双眼鏡で指摘された方向を見ると対空戦闘用意と告げ終えようとしていた艦長を振り返り、言った。
「あれは、野鳥の群れだ。それがレーダーに反応したのだろう」
 レッチャーが静かに言ったすぐあと、艦長からレーダ員に怒号が浴びせかけられた。
「おまえ、野鳥と航空機の区別も出来んのか!!」
 さらに言い続けようとしていた艦長を制し、レッチャーが言った。
「まぁ、そんなに怒るな。夜間航空機が頻繁に出るようになって、海軍の主力が壊滅した今、気持ちがはやるのも仕方ないだろう。だが、レーダー員、いや、皆に言おう。無理を言うようで申し訳ないが、できるだけ心を落ち着かせてほしい。私が断言しよう、君達は私が責任を持って軍港まで届けよう。途中で戦闘になるかもしれんが、そのときは私も運命を共にする。だから、気を落ち着かせてほしい」
 そう言い、レッチャーは艦長の肩を叩くと労をねぎらってやった。艦長もここ何日かほとんど寝ずに作業をしていて精神的に参っているようだったからである。
 それもこれも、決戦での敗北が招いた結果であった。
 
 緒戦こそ、ジェット機などの新型兵器、試作兵器、倉庫から引っ張り出してきた列車砲などを使用して優勢に戦いを進めていたが、霧城連邦も量産なった双発ジェット戦闘機を戦場に投入し、また後続の増援部隊が到着したことによって形勢は不利な方向に傾き始めた。
 そして、霧城連邦とルヴィアゼリッタ合衆国陸空軍を主力とした連合軍がその包囲網を次第に狭めていっていた。さしもの精鋭部隊も陸上からの補給を絶たれては劣勢に立たざるを得なかったのである。海上からの補給は規模を拡大して行われていたが陸上補給を補うほどではなかった。
 連合軍が通った後には、かつて『何か』だったものの残骸が散在し、時折銃声が聞こえても放火を浴びせるとすぐに聞こえなくなってしまった。
 海上での戦いでは、霧城連邦とルヴィアゼリッタの機動部隊が損傷を受けながらも艦載機で攻撃を仕掛けた。だが、ジェット機が少数現れるだけで味方は混乱し、赤外線誘導爆弾などの攻撃によってさらに7隻の空母が失われた。
 艦載機の消耗はさらに激しく、機動部隊は再編成を余儀なくされた。
 残るは、戦艦部隊による攻撃だが、総司令部はさらなる艦隊の消耗を避け、消極的攻撃に切り替えたのであった。
 しかし、セレバンテス側も多大な損害を負っていた。ジェット機の三割が撃墜、または損傷を受けて飛行不可能になり、機動部隊も攻撃能力を喪失していた。
 これ以後、両艦隊は積極的な交戦を避け、睨み合いが続いたのである。
 
 セレバンテス側は弾薬、食料等の物資が次第に不足し始め、逆に霧城連邦とルヴィアゼリッタ側はますます増強されていったのである。
 いくら強固に守られた陣地であっても補給が円滑に進まなければ、死んだも当然だった。
 市街戦に突入すると、進撃速度は若干落ちたが視界に映った虫一匹も残さないような猛烈な砲爆撃に市街地は無残な残骸と化し、避難し遅れていた市民は急造した地下室で身を寄せ合って震えていた。
 そこでは、ゲリラとなった部隊が散発的な攻撃を続けていたがしらみつぶしの銃撃に鎮圧されていった。
 この中で市民への暴力や略奪行為なども一部で横行していたのだが、それは勝者の特権とでも言うように有無を言わさず行われ、司令部も見て見ぬ不利をしていた。
 この時期に至って、方面軍総司令部は撤退を開始させた。辛うじて制海権を維持していた海上航路を使用しての撤退であった。
 ヘッチャーの艦隊もこのひとつであった。
 
 ☆
 
 ヘッチャーの艦隊は、夜間航空機にも敵艦隊にも会わずにさらに航海を続け、夜も更け、日付がかわって1時間ほど経った頃、レーダーが不審な反応をキャッチした。
「北方80キロに艦船の反応をキャッチ。逆探にも感ありです」
「水上偵察機を発進させよ。全艦、合戦準備をなせ。味方艦隊なら良いが……」
 ヘッチャーは、すぐに巡洋艦搭載の水上偵察機を発進させて反応のあった艦隊について探るよう命令した。
 偵察機からの回答は5分ほどすると、旗艦にいるヘッチャーに伝えられた。
「運が悪いな……」
 報告によると、巡洋艦3に駆逐艦10の艦隊にようだった。ヘッチャーは、そう呟いたが隻数ではヘッチャーのほうが勝っており、戦艦の主砲を持つジーナベルクがある分有利だと彼は思い直した。
「輸送船団には駆逐艦3を付けて退避させよ。ほかの艦艇は、私が率いて敵艦隊の迎撃に向かう」
 敵艦隊は30ノット近くの高速で近づいていて、ぐんぐんと距離を縮めてきた。
 そして、ついに満月の月明かりの下にそれは現れた。
 敵は、駆逐艦2隻ずつを艦隊前方の左右5キロに配し、他の艦艇は単縦陣(艦艇を立て一列に並べて航行する陣形。先頭艦以外は前の艦に付いていけばよいので艦隊運動がしやすい)を組んできていた。
 ヘッチャーの艦隊は、ジーナベルクを先頭に単縦陣を組み、これに相対する。
 艦隊の位置は、ヘッチャーのほうが敵艦隊をやや斜めから捉える形になっていた。これならば、砲撃力を発揮しやすい。
「艦長、主砲発射用意。目標、敵先頭艦」
「主砲発射用意、目標、敵先頭艦」
 ヘッチャーから艦長へ、そして砲手に命令が伝達され、艦の前後にある28センチ三連装砲が敵に向けて旋回させられる。敵は、まだ砲撃する様子はなく、先制射を加えられる絶好の機会だ。
 砲手は、発射トリガーを握り締め発射命令を今か、今かと待った。
「距離30」
「距離28」
「距離25」
 観測員が距離をカウントダウンし、25キロまで迫ったとき、前方の海域が急に明るくなった。水上偵察機が照明弾を発射したのだろう。
 それに合わせてヘッチャーが口を開いた。
「主砲発射用意、ってー!!」
 ジーナベルクの艦体を大きく震わせ、28センチ砲弾が計三発発射された。第一砲塔2発、第二砲塔1発の交互撃ち方である。
 放った砲弾は、照明弾によって闇夜にはっきりと照らし出された敵先頭艦に向かって吸い込まれていく。
 数十秒後、敵艦隊周辺に水柱が上がった。惜しくも命中弾は得ることが出来なかったが、挟差が二発であった。すぐさま、弾道修正を行った残りの三発が発射される。
 そして、第二射目が吸い込まれていくと……敵艦隊上に大きな炎が立ち昇った。命中だ、28センチ砲弾が命中したのだ。
「敵二番艦に命中1」
 砲弾が命中したことによって生じた火災は、敵艦隊を照らす人工の灯火となって激しく燃え始めた。
 火災を起こし艦は、ヘッチャーの艦隊の格好の標的となってしまった。
「目標、そのままー。巡洋艦の主砲射程内に入る前に旗艦を潰すぞ」
 主砲内の要員は、額に汗をかきながら次弾の装填を急いだ。
 ジーナベルクが主砲を轟かすたびに敵艦隊周辺で水柱がいくつもあがった。敵は、舵を大きく切って同航戦の形に持っていこうとしていたが混乱状態に陥っているようで隊列が乱れ始めていた。
「巡洋艦の主砲射程まで後2キロ」
 各巡洋艦は、主砲を敵艦隊に照準し、砲塔の先は敵先頭艦に向け続けられていた。
「射程まで、10秒前…4,3,2,1…」
「撃ち方はじめ!!」
 アドミラル・ヒッパーの射撃をきっかけに、ホルム・ホッカー、ニュルンベルクがいっせいに射撃を開始した。
 
☆

 同海域 同時間 第十二水雷戦隊 旗艦重巡洋艦「真菜」

「全艦、撃ち方はじめ!!」
 戦隊指揮官の水無瀬健次郎少将は、合戦開始を下令した。
 彼の指揮下には、
重巡洋艦  真菜(まな)
軽巡洋艦  鳴海(なるみ) 晴海(はるみ)
駆逐艦 梅 椿 藤 菫 菊 葵 桃 蘭 桐 蓮
があり、真菜を先頭に巡洋艦、駆逐艦が一列に並んで航行していた。
 真菜の後ろに位置している軽巡洋艦鳴海(なるみ)に敵砲弾が命中し、後部4番砲塔が使用不能になっていたが残る全砲塔は依然健在で全力砲撃を始めた。
 ヘッチャーの艦隊とは違い、こちらは交互撃ち方をせずに最初から斉射で射撃を始めていた。これは、各艦に搭載されたレーダーの性能差にあった。
 第十二水雷戦隊の艦艇に装備されたレーダーはヘッチャーの艦隊のそれとは大きく上回る性能を発揮しており、また巡洋艦の主砲には極初期的だが機械式コンピューターが装備され、レーダーから得た情報を手入力ではなく自動的に砲塔に入力していた。
 これにより主砲の発射間隔は格段に上がり、さらに自動装填式を採用したことによって毎分10発ちかい高発射速度を発揮するに至っていた。
 ジーナベルクの主砲射程に入ってからは一方的な射撃を受けていたが、今は敵の数倍に上る砲弾を浴びせ続けていたのである。
「敵艦隊から駆逐艦が分離して来ました」
 これを聞いた水無瀬少将は、すぐに雷撃をしてくるものだと判断し、軽巡洋艦鳴海(なるみ)の目標を駆逐艦に変更するように命令し、駆逐隊二つに敵駆逐隊の迎撃を命令した。
 巡洋艦の後ろに付き従っていた駆逐艦8隻が分離し、次第に速度を増して真菜に追いつき、追い抜かしていった。
 その間も巡洋艦三隻は無数の砲弾を放ち、砲塔には次々とベルトコンベアー式に砲弾が注ぎ込まれていった。
 28センチ砲弾、20センチ砲弾、15センチ砲弾が艦艇の周囲に着弾し、水柱に自身の姿を隠しながらその隙間から砲弾を見舞う。
「まだまだ、これからだぞ」
 水無瀬少将は無意識にそう呟いた。
 数秒おきに巡洋艦上に砲撃の炎が立ち上り、その度に平均5〜7発の砲弾が引っ切り無しに発射され、敵に負けず劣らず多数の水柱を生じさせていた。
 そのうちの一発が、敵の二番手に位置していたアドミラル・ヒッパーに命中した、このあとすぐに砲塔が命中数を競い合っているようにアドミラル・ヒッパーに砲弾を次々と着弾した。
 艦艇の先頭から後尾まで、10発以上の砲弾が命中し、第一砲塔の天蓋(砲塔の天井)に20センチ砲弾が命中してその直下にある揚弾装置(砲弾を砲身まで運び込む装置)まで達した。
 第一砲塔には大きな穴が開き、その隙間から炎が迸った。さらに、同箇所に命中した砲弾がそのさらに下にある弾火薬庫の装甲にまで達してこれに損傷を与えた。
 次に同箇所に砲弾が命中すれば、ひとたまりもないであろう。
 艦長は、すぐさま弾火薬庫への緊急注水を命令し、再び砲弾が命中しないことを祈ったが、それも虚しく鳴海の放った15.5センチ砲弾が弾火薬庫の外殻に位置する装甲に激突した。
 この砲弾は、自らの重さと飛翔してきた速度を装甲板に集中させ、装甲を貫通し砲弾を運び続けていた水兵ごと弾火薬庫内で炸裂した。
 他の命中弾によって副砲が2基破壊され、機銃砲座も数基破壊されていたが、弾火薬庫の爆発はそのどれにも大きく凌駕した大きいものであった。
 第一砲塔下にあった弾火薬庫で起こった大爆発は、鋼鉄の装甲材を歪ませ、砲弾の命中で生じた破口を巨人がその手で無理やりこじ開けたかのように不快な不協和音と共に破口を広げ、そこから真っ赤な龍を出現させた。
 弾火薬庫の爆発という咆哮を轟かせて出現した龍は、アドミラル・ヒッパーの艦内で盛大に暴れ狂った。
 逃げ惑う水兵をその炎のに容赦なく巻き込み、装甲を紙のように食い千切った。爆風は、艦内を伝って後部弾火薬庫の区域まで達し、水兵が必死に締めた防火扉を軽くひっぺ剥がして弾火薬庫へと押し迫った。
 外では、艦内から命からがら脱出に成功した水兵が甲板上のハッチを勢い良く開けて外に這い出ていたが、そこにも容赦なく巡洋艦の砲弾が注ぎ込まれた。
 鋼鉄の装甲板でさえただで済まない砲弾が生身の水兵たちに耐えられる道理は全く無かった。外に出られた水兵と出られなかった水兵で違っていたものは、炎で焼き尽くされるか砲弾に吹き飛ばされるかに違いだけであった。
 しばしの間は海上を惰性で突き進んでいたアドミラル・ヒッパーであったが、後部弾火薬庫の爆発によって、その動きを完全に止められた。
 一際大きな爆発が彼女を包み込み、生ける者、行けぬ者を問わず月明かりが届かない暗黒の海底へと引き込んでいった。
 大爆発が落ち着き、彼女の先ほどまでいた海面にあったのは無機物と有機物の破片だけであった。
「これで、鳴海の仕返しは済んだぞ。全艦目標をジーナベルクに、旗艦を潰す」
「敵駆逐隊がターンします!!」
「まだ、距離は離れているが…あの形は雷撃だな。各艦、見張りを厳にせよ。雷跡を見逃すんじゃないぞ」
「了解」
「厄介だな、マーク93か」
 敵駆逐隊との距離は霧城連邦海軍が通常雷撃する距離からはかなり離れていたが、敵は早くも魚雷を発射させた。
 この魚雷は、水無瀬少将が言ったとおり、これはマーク93と呼ばれる長距離魚雷であった。
 瑞鶴を沈めた新型魚雷の改良型である。
 それが、時速50ノットに迫る超高速で距離を縮めてきていた。
 水無瀬少将は、面舵を命じて回頭を始めさせていたが、今にも目の前に敵の放った魚雷が現れるのではないかと気が気でなかった。
「前方左40度に雷跡6」
「さらに後方より雷跡3」
 幸いにも旗艦真菜は魚雷を回避することに成功した。だが、水無瀬少将は、重大なことに気づいた。
「しまった」
 水無瀬少将が後ろを振り向いたときにはすでに手遅れであった。
 ドーンと凄まじい爆音が鳴り響き、鳴海の左舷側に巨大な水柱が4つ立ち上った。
 さらに、鳴海がよろめいた所に止めとばかりに右舷側に水柱が1つ立ち上った。
 鳴海の舷側に生じた大穴からは、瀕死の人間が血を吐くように爆風と真っ赤な炎が吐き出されていた。逆に、違う穴には勢い良く海水が流れ込み、雷撃の衝撃で海に投げ出されたり脱出しようと海へ飛び込んだりした将兵がその穴へと吸い込まれていった。
「水無瀬少将、鳴海から連絡です。我、これ以上の戦闘は不可能なり、各艦は我を顧みず戦闘を続行されたし」
「旗艦をやれ、集中砲火だ!!」
 巡洋艦は、全砲門をジーナベルクに向け、砲撃を続けていた。隻数では二隻に減ったが、連射性能では圧倒的に勝り、敵が放った砲弾が一発着弾するたびに敵側には三倍以上の砲弾が着弾していた。
 ジーナベルクの艦上には、時折オレンジ色の閃光がほとばしり、艦上構造物を破壊した。主砲塔や艦自体は頑丈で数発の命中弾ではびくともしない感じではあったが、副砲や機銃砲座には効果絶大であった。
 一発命中弾が発生するたびに、艦橋構造物の何かが破壊され、復旧に努める将兵たちを殺傷し、戦闘兵器をただの残骸へと変貌させた。
 また、ある砲弾は艦橋周辺にも着弾し、砲撃に重要な射撃指揮装置、レーダーアンテナをいとも簡単に破壊した。
 これにより、ジーナベルクは電子兵装を封じられ、肉眼による照準を強いられてしまった。
 だが、レッチャーも負けていない。本海戦で一番の大口径砲である28センチ砲弾を撃ち続け、そのうち何発かを命中させていたのだ。
 軽巡洋艦はもちろん、重巡洋艦も20センチ砲弾までしか防御を施していないので28センチ砲弾の直撃は、20センチ砲弾の直撃の比ではなかった。
 至近弾でさえ衝撃が艦を大きく揺らし、直撃弾では嵐の中を進む小船のような揺れを与えた。
 また、28センチ砲弾は、艦のどこに命中しても大きな打撃を艦に与え、機銃群に命中すればそれらをひとまとめに破壊していってしまうし、主砲塔に命中すればこれを一発で使用不可能にするか、恐ろしく復旧に時間をかけさせる被害を与えられた。
 それに、同箇所の命中弾が一発だけとは限らない。一発目は辛うじて致命傷は避けられても二発目以降の命中弾を得れば、それは完全に破壊し、確実に戦闘能力を奪っていった。
 アドミラル・ヒッパーのように弾火薬庫が大爆発して一発撃沈、というようなことがまだ起きていない事だけが救いだった。
 駆逐隊は、駆逐隊で両方相手の救援には行かせぬという気持ちで交戦を続け、砲塔をほとんど水平に倒して砲撃を続け、機銃や機関銃を連射し、チャンスが生まれれば魚雷を放って損耗を誘った。
 駆逐艦が一隻、また一隻と撃沈されていったが、両方とも一歩も引かず古代の騎士同士の戦いのように戦闘能力のすべてを振り絞って戦闘を続けた。
 巡洋艦同士の戦いでは、水無瀬少将の真菜と晴海がジャブのように間髪置かず砲撃のパンチを浴びせ、ヘッチャーは巡洋艦戦隊のジャブに加え、ジーナベルクの一撃必殺のパンチを見舞った。
 
 両方の艦隊が放つ砲弾で、すでにどちらがどれだけ撃っているのかも予想が付かなくなっていた頃、連射を続けていた晴海の砲弾が底を突きかけて来た。
 それほど砲弾の連射性能が凄まじかったということだろう。
「少将!! 晴海の砲弾がもうすぐ尽きます」
「もう少しだ、あと何発か命中弾を与えられれば我々は勝てる。砲撃を続行させろ!!」
 もう、どちらの艦隊でも無傷な艦艇は存在せず、どの艦も航行能力と砲戦能力を辛うじて発揮している状態であった。
 その証拠に、真菜は開戦時より速力を4ノットも落とし、主砲は半減し、機関も息絶え絶えだった。
 晴海は、真菜に比べれば被害は少ないほうではあったが、こちらも主砲の一つを破壊され、機銃群はほぼ全滅だった。
「主砲発射用意よし」
「ってー」
 艦長がそう命令したとき、真菜を砲撃のそれとは明らかに違う衝撃が加わった。
「艦後方に28センチ砲弾が二発命中、大火災が発生しています。この火災は、火の勢いがあまりにも強く、とてもではありませんが対処できません」
 この報告に、水無瀬少将の脳裏に悪夢が過ぎった。
「至急、後部弾火薬庫に注水せよ。前部まで延焼するのだけは必ず抑えろ」
「了解」
 それだけ言うと、被害報告に来た士官は踵を返して走っていった。
 そして、再び艦の前方へと視線を移したとき、太陽が突然現れたかのような閃光が艦橋に飛び込んできた。
 ジーナベルクが、積み重なった被害についに音を上げたのである。
 艦の各所から小爆発と共に真っ赤な炎と黒煙を濛々(もうもう)と吐き出し、速力がぐんと下がったのが艦橋からも見て取れた。
 ジーナベルクは、やがてその場に完全に停止し、砲塔だけが旋回して水無瀬少将の艦隊を追っていた。だが、艦が停止して海上の固定砲台と化し、射撃指揮装置の大半を破壊されたジーナベルクにできるのは虚しく砲弾を発射するだけだった。
「よし、目標を敵二番艦に変更」
 脅威である28センチ砲を封じることに成功した水無瀬少将は、意気揚々と次の目標にホルム・ホッカーを指し示した。
 既に近距離砲撃戦に入っていた二艦は、レーダー照準の性能を遺憾なく発揮し、次々と直撃弾を与える。
「少将、晴海の主砲弾が尽きました」
「では、後退させよ」
 水無瀬少将がそう命令すると、すぐに返答が返ってきた。それには、残った副砲と機関銃、機銃で攻撃を続けるという文言が含まれていた。
「良かろう。それでこそ軍人だ」
「右舷より駆逐艦1、接近」
 艦橋に見張り員の大声が飛び込んできた。
「目標変更、駆逐艦を追い払え!! くそ、駆逐隊は何をやっている」
「駆逐隊は、半減して敵の猛攻を抑えられず、一隻取り逃がしてしまったということです」
「うむ……」
 敵巡洋艦を狙っていた主砲が急旋回し、迫り来る駆逐艦に向けられた。そして、間髪置かずレーダー照準による修正が行われ、準備が整った。
「発射準備良し」
「全砲門、斉射。ってー」
 三連装主砲2基から放たれた6発の20センチ砲弾が迫り来る駆逐艦に向かって一直線に飛んでいく。
 発射された砲弾は、寸分違わず駆逐艦に命中した。艦橋のある前鐘楼は無残にも根元から折れて前部主砲がある付近へと倒れてしまった。
 主砲は砲塔自体がひっくり返ってしまったり、砲塔上部に大穴が空いて使い物にならなくなってしまった。少し遅れて晴海が副砲を放ち、これが致命傷となった。
 艦上に設置された魚雷発射管に砲弾が命中したのである。既に満身創痍の状態であった敵駆逐艦は、更なる被害を被り、機関部が停止してしまった。
 そこに、真菜が再び20センチ砲弾を放ち、水柱が引いた後に見えたのは、舷側にあけた大穴から海水が流入し、小爆発を艦の各所で繰り返しながら海面の下へと沈んでいく駆逐艦であった。
「少将、右舷より駆逐艦3隻が帰還しました」
 そこには、比較的軽微な損傷の駆逐艦2隻と艦の各所から黒煙を上げて辛うじて撤退してきたという風な状態の駆逐艦1隻がいた。
「我が駆逐隊は、半数以上の艦を沈められるも、敵駆逐隊の撃滅に成功したとの頃です」
「うむ、魚雷が残っている艦はいるかね?」
「はい、三隻のうち葵と桃には3発残りがあり、蘭は4発残りがあります」
 そう聞くと、水無瀬少将は損傷の軽微な二隻に敵巡洋艦を雷撃するように命じ、残り一隻には晴海と共同でジーナベルクに止めを刺すように命じた。
 真菜は、そのやり取りの間も砲撃を続け。ホルム・ホッカーに命中弾を10発以上与えていた。
 この半数は、ホルム・ホッカーの重要区画に命中し、厚い装甲を削り取り、主砲を一つずつ潰していった。
 そして、ついにはくぐもった音と共に艦の大部分を隠す大爆発を起こし、艦後部を失ってしまったのである。こうなっては、防壁をいくら閉めても水兵たちがいくら努力しても沈没を免れることは不可能であった。
 後部に空いた大穴からぶくぶくと泡を発生させながら艦内を海水で満たしていき艦尾を次第に海面下に引き込んでいった。これに比例して逆に艦首が空高く持ち上がる形になり、かの有名な斜塔のようにほぼ直立した形になったとき、一気に海の底へと沈み込んでいった。
 ここにきて、真菜も主砲弾が尽きてしまい、残った副砲を使っての散発的な砲撃に移行した。
 それでも、レーダー照準があるため一発、一発と確実に最後のニュルンベルクに命中弾を浴びせていた。
 そろそろ、引き時かと水無瀬少将が思ったとき、遠くで小さな爆発音が鳴り、続いてやや近くで爆発が起こった。
 一つ目はジーナベルクへの雷撃であり、二つ目はニュルンベルクの最期であった。
 ニュルンベルクは、なかなか沈まず、しばしの間は海上にその姿を保ち続けていたが、次第に艦体を海面下に隠していき、小爆発を一度起こして完全に沈み込んでいった。
 
 その後は、もう敵も味方もなかった。水無瀬少将の艦隊で浮いていられるものは生存者の捜索に当たった。
 だが、生存者は驚くほど少なかった。それほど皆最後まで戦い抜いたということだろう。
 数少ない生存者を救い上げ、互いの奮戦を称えあって味方勢力圏へと後退を続けていた水無瀬少将の真菜にオレンジ色の光が差し込んだ。
 水平線の向こうが月明かりだけから少しずつ明るくなっていき、丸い太陽が顔を出した。
「いまさら言うのもなんだが、戦争ほど無意味なことはないな」
「はぁ…?」
 参謀が間の抜けた声を上げたのに少し微笑を浮かべて水無瀬少将は話を続けた。
「だって、そうだろう? つい何時間か前までは相手をどれだけ早く殺傷して撃退するか競い合っていた者同士が、今では肩を抱き合って生きていることを喜び合っているんだぞ。こんなことは早く終わりにしたいものだ」
 そして水無瀬少将はゆっくり目を閉じた。
 
 そんな彼らを昇り始めた太陽が温かく照らし続けていた。

小説についてのアンケート
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