戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第13話 ヴィッテル戦車戦


1944年、2月4日 0800 ブルベリマルクから数十キロ南下したヴィッデル郊外。第一連隊指揮偵察車。


「全く、ほかの連隊はなぜ、まだ到着しない」
 荒野を走る一両の装甲偵察車の中で佐官が言った。
「なんでも、敵のゲリラ部隊の妨害に遭ってその対応に追われてあと数時間かかるそうです」
 彼らの乗る装甲偵察車は、霧城連邦軍が初めて開発した装甲偵察車でそのバリエーションのひとつである50o戦車砲搭載の三式装甲偵察車であった。彼らは、陣地外周を見張っている歩兵と話をしてヴィッデル陣地司令部に帰る途中であった。
「予定では、もうとっくに作戦を開始していたはずなのにこれでは上になんと言えばいいんだ」
 佐官が怒るのも無理はない。進撃するにも補給が遅れ気味で、やっと弾薬、燃料、その他の物資が届いたばかりで、後続の部隊も何日も遅れていてずっと立ち往生していたのであった。
 霧城連邦海軍の先の海戦での勝利によって制海権を確保することに成功し、ルヴィアゼリッタ、ファメール、リッシュメル、霧城連邦の四国を主軸にした連合軍は、その物量によってセレバンテス軍をじりじりと後退へ持ち込んではいたが、セレバンテス帝国もその工業力と技術力を持って次々と新兵器を投入しており、戦場は依然一進一退の状態であった。これは、霧城連邦の首脳部にしても予想外で、新技術を次々と投入して戦えばセレバンテスを圧倒できるという考え方は間違いで敵もそれ相応の対応をしてくるということを身をもって実感させられた。
 核兵器にしても同様で、まだあと一年は完成しないであろうと予想されていたものを実践投入してきていた。
 霧城連邦は、敵を圧倒すべく、さらなる新型兵器を投入しようと急いでいたし、ルヴィアゼリッタ合衆国もファメールを経由して次々と増援部隊をセレバンテス本土に上陸させていた。
 その他に、先の陸戦でセレバンテスが新型爆弾を使用したことで再びその爆弾が投下されるのではないかと兵士たちの間で噂が広がり、士気にも影響していた。この時点では、新型の超強力爆弾というだけで詳しい爆弾の情報と人体へのどんな影響があるのかということは一部の人間にしか知らされていなかった。
「補給は遅いし、進撃はなかなか進まないし、士気も例の新型爆弾のせいで下がりっぱなしだ。なんで政府は新型爆弾の情報を明かそうとしないんだ?」
 隣にいる士官に横目で問いかけた。
「そんなことに聞かれても小官には分かりかねます。人づてに聞いた話によりますと、その新型爆弾の投下されたあとには黒い雨が降ると。現場に居合わせた兵士の間では死の雨と言われているそうです」
 死の雨が本当にあるのなら、あっという間に敵を殲滅できるのに。そう、佐官は空を見て思った。ふと視線の先にあるガラスに焦点を合わせるとぽつっぽつっと水滴が落ちくるのが見えた。
「透明ですね」
 今まで黙っていた通信士がポツリと呟いた。
「黒かったら、桶で溜めて敵にぶっ掛けてやるよ」
 小雨だった雨が次第に大粒の激しい雨に変わる様子を眺めながら佐官が言った。
 
 
★


 同日、0840。 ヴィッテル陣地、第35機甲師団駐留陣地。第三中隊
 
 接収して仮宿舎にしている民家から見えるのは暗黒の空と視界を埋め尽くす豪雨。そして、その奥に薄っすらと見える三式中戦車であった。
 三式中戦車は、霧城連邦軍が採用した新鋭中戦車であり、搭載する65口径100ミリ戦車砲は海軍砲である長10センチ砲を戦車砲に転用したもので最大装甲厚120ミリで傾斜装甲を採用していた。また、搭載された12気筒液冷ガソリンエンジンにより、700馬力の出力を出し時速45キロメートルで走ることができた。
「榊中尉。どこ見てるんですか? 雨なんか見てないで私たちと一緒にトランプでもいかがですか」
「あぁ、悪いがそんな気分じゃない」
 榊中尉は、面倒くさそうに呟く。雨という日は、どうも彼には好かなかった。まだ小雨くらいならいいものの、少し先も見えないほどの豪雨と空に立ち込めた雨雲を見ていると良い気持ちがぜんぜんしなかったのである。こんな悪い天気を見ていると嫌なことが起こるのではないかと不安を覚える。
 まぁ、天気が良い日というのは敵航空機の攻撃にさらされる危険が増えるわけだが、逆に味方の航空機の救援も着づらいということでもあった。
「お、おい、ありゃあ…?」
 彼の部隊に所属する体格の良い兵士がやることがなくて暇をもてあましていたとき、何か見つけたようで窓の外を指差して言った。
「総員、戦車に飛び込め!!」
 それを見た榊中尉は、大雨の音にも負けないくらいの大声で言った。部下達は電流が通ったようにびんっとまっすぐに立ち上がり、視線を仲間と交わして走って出て行った。榊中尉も急いでその場を走り去る。
 榊中尉が見たもの、それはロケット弾だったのである。それはすなわち、我々の陣地のそばに敵部隊が潜んでいたということであり、支援に合わせた本隊が攻撃を仕掛けてくるということであった。
 榊中尉たちが戦車へ走っていく途中にも周囲で爆発がいくつも起こり、ロケット弾が命中したトラックがひっくり返って爆発した。彼ら戦車兵のほかにも三式突撃銃を持った歩兵がロケット弾から身を守るために建物の影に走っていく。三式突撃銃は、霧城連邦軍が初めて採用した自動小銃で、三点バースト、単射、連射ができる小銃で今までの主力小銃である三八式歩兵銃の銃弾を共用でき、前線に兵士に喜んで迎えられていた。それら兵士の中にもロケット弾は容赦なく降り注ぎ、誰かが吹き飛び、大雨の空から雨以外の液体も降ってきた。
「こちら、第三中隊長。点呼!」
 三式中戦車に乗り込んだ榊中尉が無線で部下に問いかける。彼の配下にいる戦車は五個小隊15両であり、第三中隊長の戦車が所属する第一小隊が通信装置を強化した三式指揮中戦車一両と三式中戦車二両で構成され、他はそれぞれ三式中戦車一両、九九式中戦車二両で構成されていた。応答は全小隊から返ってきたが九九式中戦車二両が大破して使用不能になっていた。三式中戦車は、
「こちら、第一連隊長。第三中隊は我々から見て左方向から敵を攻撃せよ」
 榊中尉はすぐさまその命令を部下に伝え、戦車を発進させる。その脇を歩兵がトラックに乗って並行して走る。第三中隊は、左右を注意しつつも時速45qの速さで敵の左辺へ迫る。
「第二小隊、左500メートルに敵戦闘車両を3両発見! ベルメールW号戦車です。砲撃します」
 第二小隊は車両方向を敵に向け、戦車砲からを火を噴かせた。小隊長の三式中戦車が放った100ミリ徹甲弾が敵先頭車を貫き、これを鉄の塊へと変貌させた。他の二両も砲撃する前に第二小隊の戦車にやられていた。
 途中、敵歩兵の攻撃がくるが、それは随伴の歩兵に任せて榊中尉たちは戦車を前進させた。
「前方の路肩に対戦車砲」
 榊中尉は三式中戦車を停車させ、砲身を敵に回転させた。
「榴弾込め。ファイア!」
 砲撃の影響で車体がわずかに持ち上がり砲弾が雨の中に消えていく。そして、何百メートルも先で火柱が上がる。
「よし、前進再開」
 榊中尉の命令に、第一小隊、第二小隊の戦車が従い、第三小隊の戦車が倣おうとしたとき、前方斜めから砲撃音がほとばしった。それによって放たれた戦車砲は第三小隊の先頭車の側面装甲を貫通し、さらに後方にいた九九式中戦車の砲塔を吹き飛ばした。
「砲撃します!」
 生き残った第三小隊の九九式中戦車が75ミリ徹甲弾を敵車両に放った。その砲弾は雨の向こうに見える敵車両に向けて飛んでいき、側面装甲にやや斜めから命中した。
 しかし、命中したはずの砲弾は敵車両に命中せずに兆弾して全く違う場所で爆発してしまった。逆に、敵の主砲が炎を上げる。またしても敵の放った砲弾は九九式中戦車に命中し、これを撃破してしまった。砲弾は、戦車の一番装甲が厚い正面に命中したのにである。こんな強力な主砲を持っているのは重戦車に間違いなかった。
「第四、五小隊、敵は重戦車だ。側面に回りこんで射撃せよ! 他にも重戦車がいる可能性は高い、十分注意するように」
 榊中尉は、第二小隊に戦車を左折させ、一つ隣の道を進むように命令した。これは、建物を盾にして敵の視界から逃げ、砲弾を発射させないためであった。その間に、第四、五小隊が敵戦車の側面に回りこみ、それ以外の小隊が逆の側面から攻撃することによって敵を混乱させ、これを撃破しようとするものである。
 幸い、榊中尉たちがいる方向には重戦車はあまりいないようだった。さらにベルメールW号戦車を二両撃破したと第四小隊より報告が来ていた。
 榊中尉の第一小隊は、一先ず建物の陰に退避し、民家と民家の隙間から敵戦車の先頭車が迫るのをじっとまった。
「高速徹甲弾込め! 敵が現れたらすぐ側面を攻撃するぞ」
 敵重戦車は、その巨体を大きな履帯で支えながら前進を続ける。 そして、敵は現れた。
「ファイア!」
 雨音を打ち破る轟音を上げた主砲が100ミリ砲弾を敵戦車に向けて放つ。
「くっ。100ミリ砲弾が通じないとは」
 100ミリ砲弾の、しかも初速を高めた高速徹甲弾を弾くとは主砲だけでなく装甲も相当厚いということである。第一小隊の戦車が次弾を装填している間に敵は、戦車砲塔をこちらに回転させてきた。その先には、結果的に側面装甲をさらしてしまっている味方三式中戦車が。
「回頭して正面装甲を向けるんだ!」
 榊中尉がそう叫び、味方戦車が回頭を始めるが、敵の砲弾は正面装甲を向ける前に飛んできたのであった。砲弾は、味方戦車の砲塔下の車体に命中し、そこに破穴を空け、一瞬置いてくぐもった音と共に砲塔が爆風で吹き飛んだ。
 榊中尉は、敵重戦車の砲塔と車体の接合部を狙うように命令した。
「ファイア!」
 再び高速徹甲弾を放つが、またしても砲弾は命中する前に弾かれてしまったのであった。
 榊中尉は、後で知ったがその重戦車はセレバンテス帝国で新採用されたベルメールY(六)号戦車改で三式中戦車が海軍砲を転用したのに対して、こちらは陸軍の高射砲を転用したもので71口径88o砲を搭載していた。装甲も厚く、速度があまり出ないことを除けば最強の戦車であった。
 隣で、ドンッと音が鳴り同小隊の三式中戦車が高速徹甲弾を発射した。すると、今度は接合部に砲弾が命中し、爆発した。それでも撃破には至っていなかった。だが、敵重戦車に異常が発生したことを榊中尉は確認した。
 敵重戦車は、鈍い音を立てて砲塔を回頭させようとするが、火花が散るばかりで一向に砲塔が動かなかった。先ほどの命中弾で砲塔の回転機構が故障してしまったらしい。これを好機と見た榊中尉は、部下に突撃を命令した。
「一気に敵に迫れ! 次弾装填急げ。二番車は支援砲撃を頼む」
 榊登場の三式中戦車は、速度を最大に上げ敵との距離を詰めていく。敵重戦車も車体を動かしてこちらを砲撃してくるが、砲塔が動かないため速度を生かして辛うじて回避することに成功した。だが、至近弾のため砲弾や破壊された周囲の構造物の破片が戦車に当たり、爆風が視界を遮る。
「もっとだ、もっと迫れ。零距離射撃を行うぞ」
 操縦士は操縦桿を握り、射撃手はスコープに敵を捉え、もう一人は次の砲弾を手に持って装填準備を整えていた。
 そして、ついに敵重戦車の側面を視界一杯に抑えた。
「今だ、ファイア!!」
 超至近距離から100o高速徹甲弾が放たれた。砲弾は、今度は敵重戦車をしっかり捉え、車体側面に破穴を生じさせた。そして、砲塔が浮き上がり、その間から爆風が吹き出した。
「やったぞ、撃破だ」
 車内にいる乗員は互いにガッツポーズをして歓声を上げた。他の小隊から敵重戦車一両を挟撃して撃破したと報告があがってきていた。
「右舷にベルメールX(五)号戦車です」
 これは、九九式中戦車よりも長砲身の75ミリ砲を搭載した中戦車で、実質上のセレバンテスの主力戦車である。
 敵中戦車は、撃破したほかの中隊の味方戦車を前進で無理やり路肩に押しのけ、その主砲をこちらに向け、射撃してきた。カンッという乾いた発射音と共に砲身から徹甲弾が放たれ、旋回して照準をしている途中の榊中尉の搭乗戦車に真正面から迫り飛んできたのである。
 この砲弾は、避けるより前面装甲で防いだほうがいいと判断した榊中尉はそのまま照準作業を続けさせた。チュンッと甲高い音が鳴り響いたと思うと砲弾が命中したことによる衝撃が内部にも伝わってきた。
「応戦だ。ついでに血祭りに上げてやれ。 ファイア!!」
 照準が完了していた三式中戦車が砲撃を行い、徹甲弾を放つ。徹甲弾は、乾いた音を立てて敵前面装甲の砲塔に近い部分に命中した。その瞬間、敵戦車の挙動がおかしくなり、つんのめるように速度を落としたので後続の戦車はあわててブレーキをかけた。
 鈍い爆発音が鳴り、内部で収まりきらなかった爆発が砲塔を宙にと押し上げ、車体が完全に停止した。
「よし、次弾装填。後続のやつもやるぞ」
「了解」
 同小隊の二番車の車長が答える。
 後続の敵戦車は、撃破された味方戦車を盾にし、その隙間からこちらを射撃してきた。
「そんなことをしても無駄だと教えてやれ。頭隠してなんとやらだ」
「了解」
 二番車は、砲塔を旋回させたことで戦車の上から見えた敵の砲塔側面を狙い撃ったのである。だが、一発目は敵の傾斜装甲に阻まれ弾かれてしまった。そこに、榊中尉の一番車が高速徹甲弾を見舞う。高速徹甲弾は、敵砲塔前面やや左寄りを直撃し、敵砲塔を破壊した。車体自体はまだ生きているようで尚も機動を続けていた。
 しかし、主砲を破壊された敵戦車は、戦闘能力を全て削がれていると榊中尉は判断し、味方戦車の障害物に苦戦している敵を横目に榊中尉は、破壊された民家の一階を突っ切り、立ち往生する敵戦車の側面を捉えることに成功した。
「ファイア」
 残ったX号中戦車に狙いを定め、徹甲弾を至近距離から発射した。
 砲弾が命中して、くぐもった爆発音を立て、続いて砲塔と車体の隙間から炎と黒煙を噴き出した。
「続いて、大破した敵戦車へ砲撃、ファイア!」
 火花を散らせて動いていた敵戦車をいとも簡単に貫通し、車体したまで貫通した砲弾が爆発して車体を爆風でひっくり返した。
「周囲に敵はいないか…」
 撃破した敵戦車が巻き上げる煙を見ているとその奥から砲身が現れた。
「しまった、敵重戦車だ。全速前進」
 前進して敵の砲撃を避けようとするが、既に間に合うような間合いではなく、敵戦車から砲弾が発射されようとしていた。このときばかりは、榊中尉もここまでかと思った。
 しかし、幸いにもその不安が的中することはなかったのである。ここまでだったのは、榊中尉ではなく敵のほうであった。空から一機の戦闘爆撃機が現れ、爆弾を投下したからである。
「遅れてすまない。空軍からの支援機だ、安心しろ」
 いきなり自分の目の前に着弾した爆弾に驚いた敵戦車兵は、とっさに後進を命令した。次の爆撃機を避ける意味で行ったこの命令であったが、不幸にもそれが彼らの運命を決定付ける結果になってしまった。後から来た戦闘爆撃機が爆弾を投下し、その投下地点は敵のやや後ろに落ちる結果となってしまうところであったのだが、運悪く後進したため砲塔上面から爆撃を受けてしまったのである。
 砲塔上面の装甲の一番薄い部分に命中した爆弾は、戦車の車内で爆発し、貫通した穴から炎を吹き上げ、それだけでは収まり綺羅なからなかった爆風が砲塔自体を持ち上げて噴き出した。
 ふと気がつき空を見上げて見ると、厚く張っていた雨雲が明け始め、その切れ目から日差しが地上へと差し込んでいた。切れ目からは、味方の戦闘爆撃機や戦闘機が次々と姿を現し、後退を始めていた敵部隊に爆弾と機銃弾の雨を降らせた。前面の装甲は厚い主力戦車でも上面の装甲は必要最低限しか施されておらず、疾風の20o機関砲でも何両もの戦車が撃破されていった。これが爆撃ならばひとたまりもなかった。
 セレバンテス空軍もただ黙っているわけではなく、戦闘機や爆撃機を派遣してきていたが今日のこの時は味方部隊のほうが優勢を保っていた。ただ、逆に敵のほうが優勢で味方車両が逃げ回るという事態もありうることを考えると、撃破されていく敵を他人事とはとても思えなかった。

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