戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第11話 第二次アルデンテ島沖海戦 後編 海空共同作戦、戦艦部隊を撃滅せよ!


 第一水上打撃艦隊、第一戦艦部隊、旗艦紫花。
「第二機動艦隊は、敵攻撃隊の攻撃で空母2隻を撃沈され、1隻が大破の損害を受けました」
 第二機動艦隊を攻撃した攻撃隊は、増援でほとんど撃墜されたか撤退していったが、第二機動艦隊は葛城、笠置、陣摩が撃沈、菊摩が大破の被害を受けていた。第一次攻撃隊は、他の空母に収容されていた。
「航空機の喪失数は?」
「第一次攻撃隊を含む、空戦で失われた航空機は、63機です。他の理由により喪失したものを合わせますと124機になります」
 総司令長官の坂東友児郎は、予想以上に多い損害に頭を抱えていた。新型戦闘機の疾風や新造艦を揃えはしていたが、そのことで不覚にもおごっていたのかも知れない。そう彼は思った。
「空母二隻を失ったのは、痛いですね」
「そうだな、陣摩は竣工したばかりの新造艦であるし、空母以下の艦艇でも損傷度の高い艦も多い」
 補助艦艇にも撃沈された艦が出ていたが、航空戦力は基地航空隊を合わせるとかなりの数が残っており、空母部隊を壊滅させられたセレバンテス帝国側に対して、敵艦隊を攻撃する戦力としては依然として圧倒的な戦力を残していた。
「敵艦隊は?」
 坂東大将は、副官に聞いた。
「はい、敵艦隊は、空母部隊を後方へ下がらせ、戦艦部隊を進出させてきております」
「うむ、予定通りであるな。基地航空隊の準備も整っておるな?」
 副官は、黙ってうなずいた。
 返答に満足した坂東大将は、静かにうなずくと命令を発した。
「作戦通り、機動艦隊と航空基地から攻撃隊を発艦させるように伝えよ」
「了解」
 通信員は、慌しく作業をして命令を伝えた。

 アルデンテ島航空基地。
 アルデンテ島の各飛行場では、何十、何百というプロペラが空気をかき回し、離陸の順番が回ってくるのを今か今かと待ち望んでいた。それらのパイロットの目標はただ一つ、敵戦艦を航空機で撃沈するという栄誉を得ることであった。
 そのための半年であり、そのために各種訓練に励んでいたのであった。
 空軍は、一式戦闘機『隼』、烈風の空軍仕様『飛燕』、零式双発爆撃機『紫鷲』、九八式双発攻撃機『赤鷹』、その他で構成される236機。
 海軍航空隊は、零戦、烈風、天山、彗星、そして、先の航空戦で活躍した双発戦闘爆撃機『炎風』、その他の162機から構成されていた。
 炎風は、艦上戦闘機として開発されたが、搭載能力が高く、爆撃、雷撃などにも利用されていたのである。
 その炎風のパイロットの中に、一人だけ若い女性パイロットがいた。
「よぉ、今日の調子はどうかい?」
 同じ飛行隊のパイロットに声をかけられた女性パイロットは、相手の顔を見ずに作業をしながら言った。
「どうって、いつも通りよ。そっちは?」
 男のほうは、彼女の態度に慣れているのか少しも気にすることなく自分の愛機の点検にかかった。
「俺もいつも通りさ。それにしても、そんなに俺の顔が見たくないか?」
 そう問いかけると、彼女は気だるそうに振り返って言った。
「そんなことはないわ。ただ、今は作業に集中したいだけ。分かった?」
 女性パイロットは、風でなびく前髪を手で押さえながらそう言うと、相手の返答も待たずにまた作業に戻ってしまった。
「一緒に戦ってるんだから、もう少し仲良くしてくれたって良いんじゃない? なっ、桜ちゃんよぉ。」
 男は、女性パイロットの背中に声を投げかける。
桜と呼ばれた女性パイロットは、彼の最後の一言を聞き、さっきの何十倍もの速さで振り向いた。顔には怒りの表情がしっかりと張り付いている。
「何回言ったらわかるの。私を呼ぶときは苗字で呼んでって。私だってねぇ、あなたは嫌いなわけじゃないの。だけど、その態度が気に入らないの。その、馴れ馴れしい言葉遣い。それに、私を名前で呼ぶこと。お分かり?」
 男は、桜のまくし立てる様な物言いに圧倒されたのか押し黙ってしまった。
 桜は、しかし、その様子を確認してくすっと笑った。
「お、おまえ、俺のこと笑いやがったな」
 男は、子供のように顔を赤くして怒る。
「そうよ、笑ったわよ。あなた、からかうと面白いから。そのあなたのギャップが好き」
 好きと桜に言われた男は、さらに顔を赤くした。
「まぁ、苗字で呼ばなかったことは悪かった。って、いつも言ってるような気がするな…」
 男は、頭をかきながら言い、桜は、男の言葉にこくんこくんと頷く。
「そうやっていれば、私だって怒らないんだから、直してね?」
「分かった」
 男は、桜の忠告を了承すると、自分の機体の作業へと戻っていった。
 男は、佐賀と言い、彼も桜と一緒に炎風に乗る前は烈風で陸上基地勤務をしていたが、最近、炎風へと機種転換したのであった。しかし、飛行隊の全てに炎風がいきわたるのに時間がかかり、その間はひたすら訓練に明け暮れていた。
そして、炎風が全体に配備されて各種訓練が終了したことを受けて、アルデンテ島航空基地に配備されたのであった。
「そういえば、佐賀ちゃんは、敵部隊の何狙うの?」
 佐賀よりも先に来ていた桜は、既に点検作業を終え、佐賀の愛機の側まで来て聞いた。
「何って、俺は、もちろん戦艦狙うさ。お前もそうなんだろう?」
「そうねぇ、もちろん」
 桜は、片目をウィンクして答えた。
 佐賀は、その行動にどきまぎして少々どもりながらなにか話していたが、全く霧城語になっていなかった。佐賀は、最初の言動のイメージとは反対に、素は意外と可愛い性格なのであった。それを隠すためにわざとあんな物言いをしているのである。
「おい、どきどきしちゃうじゃないか。ウィンクなんかされたら」
 佐賀が素を見せたことに対して満足した桜は、もう一度ウィンクして自分の愛機へと戻っていった。
「早く作業終わらせて出撃に遅れないことね。お分かり?」
 桜は、大人が子供に言うように、先ほどとは打って変わって優しい声で言った。
「言われなくても分かってるわ。そっちも点検ミス無いようにしとけ!」
 佐賀がまた顔を赤くしながら言うので、桜は笑いを抑えるのに必死だった。彼女は、彼の薄い皮を剥いで素の部分を見るのが好きであった。
 佐賀は人付き合いが苦手なほうなので、桜はいつも付き合ってあげていた。そんなこともあって彼のことが好きなのであった。
 佐賀の横顔を密かに眺めていた桜の頭上にサイレンが鳴り響いた。それについで航空隊指令からの命令も。
「坂東大将より離陸命令が届いた。この命令は、空軍航空基地にも届いている。諸君らは海軍偵察機の誘導により、空軍航空隊と合同して敵艦隊を叩け」
 海軍偵察機とは、艦上偵察機『彩雲』のことであり、航空基地にも少数が配備されていたのである。
 その彩雲を先頭に確認し、桜は、炎風のエンジンを始動させた。二基のエンジンが力強い音を立てながら動き出し、プロペラも力いっぱい空気を撹拌し始める。
 桜は、最終点検にと書く計器類の再確認をすばやく行う。炎風の計器類には違う機体にはないものもあったが、できるだけ計器類の共通化と合理化が図られ、確認しなければいけない計器はそれほど多くなかった。それを流れるような動作で確認していく。
 計器類を一通り確認し終わった桜は、隣にいる佐賀を確認する。彼は、念入りに何度も確認を繰り返していた。佐賀は、時おり異常なほどな心配性になるときがあり、今もそのときであった。
「そんなに確認しなくたって、良いんじゃない。もう十分でしょう?」
 何分も経つのに何度も何度も確認を繰り返す佐賀に、桜は声をかけた。
 佐賀は、先ほど確認したばかりの場所をまた確認し始める。
「いや、いくら確認したって損はないからな。あとで、動かなくなったら大事になる」
 計器の確認は、彼らの離陸の番が来るまで続けられた。
「おーい、もう、私たちの番よ」
 自分の順番が迫ってきたというのに確認を続けていた佐賀にたまりかねて声をかけた。
 佐賀は、桜の声に慌てて作業を終えて離陸態勢を整えた。それを見た桜はこの人は大丈夫なのだろうかと思ってしまった。
 兎にも角にも、離陸準備の順番が回ってきた桜は炎風を加速させ始めた。桜の搭乗機は、戦闘爆撃機型でに両主翼に一トンまでの爆弾かドロップタンクを搭載できる機構を追加したものであった。
 その一トン近い機体重量と大型の機体に似合わず、炎風は身軽な動作で加速していく。桜が後ろを確認すると、佐賀もしっかり付いてきているようだった。
 前の炎風に付いていくように桜と佐賀の二人も離陸していった。
 二人が離陸して飛行隊を構成するほかのメンバーと合流すると、総隊長より通信が入った。
「こちら、総隊長。敵戦艦部隊はアルデンテ島に一直線に向かってきている。敵部隊の頭上には直掩機は確認されていない。しかし、戦艦以下、防空巡洋艦や重巡洋艦などの大艦隊だ。心してかかるように」
 総隊長からの通信が終わり、桜は斜め後ろを飛ぶ佐賀に通信を入れた。
「今言ったとおりよ。敵は選り取り見取りってわけね。飛行隊長からは各自の判断で攻撃するようにといわれているから戦艦をやるわよ」
 先ほどの神経質な状態から立ち直り、冷静な状態を取り戻した佐賀が返答する。
「おう、了解だぜ。この日のために訓練してきたんだからな。藤城少尉、あれ見ろよ。空軍の連中だ」
 桜たちの海軍航空隊から数キロの地点には空軍航空隊が飛んでいた。
「あれを見ると良くもまぁあんなに機数を揃えたわねって思っちゃうわ。敵ながら少し同情しちゃう」
 アルデンテ島からの攻撃隊だけでも400機近くいるのにこの他にも機動艦隊からも500機以上が飛び立っていたのである。桜が同情してしまうのも無理はなかった。
 そして、20分程飛行した時、敵戦艦部隊が現れた。
 桜は、その艦隊の大きさに驚いた。自分たちの航空隊の機数にも劣らないと思うほどの艦艇が航行しており、中でも艦隊の中心を陣取って海を突き進む戦艦には目を見張るばかりだった。
 敵部隊の発見と前後して総隊長から通信が入った。
「ついに敵艦隊が目の前に迫った、我が航空隊は敵の中速戦艦部隊を狙う。敵は20以上の大鯨の群れだ容赦なく食らい尽くせ」
 総隊長からの通信が終わってすぐ、佐賀から通信が入った。
「おい、藤城少尉。俺の聞いた話しだと、敵は対空戦闘を開始する前に大砲ぶっ放すらしい。その対空榴弾で撃墜されたやつもいたんだってよ」
 桜は、彼の話しを聞いて、理屈ではそういうものがあるかもしれないと言うことを理解できたが、対空戦闘に主砲を使うなどという発想が理解できなかった。
 しかし、目の前に見える敵艦隊は、艦隊を航空隊から見て斜めに通り過ぎる航路を取っており、その手を使う可能性が高いように思えた。
「分かったわ。敵が主砲を放ってくるようだったらすぐにあなたにも知らせて離脱するわ」
 桜は、その話しを飛行隊長にも伝え、敵戦艦が主砲を発射するかどうかを逃さないように気をつけながら見た。
 そして、敵艦隊の一隻、一隻がしっかりと判別できるようになったとき、敵戦艦の艦上にオレンジ色の光が閃いた。
「飛行隊長から全機へ、旋回して敵主砲攻撃を避け、それから攻撃を敢行するように」
『了解』
 各パイロットが声を揃えて言った。
 桜たちが旋回して今まで飛んでいた空域を離れてすぐ、その場所に閃光と爆音が轟いた。戦艦22隻、巡洋艦計11隻から一斉に放たれた対空榴弾は、空の一角を食らい尽くした。中には、回避行動が遅れた航空機が少数含まれており、その迫力に桜たちも一瞬絶句してしまった。
「…こりゃぁ、ぶったまげたなぁ。あの中に巻き込まれてたらただじゃ済まなかったぞ」
 それには、桜も同意であった。敵艦を攻撃しないで、しかも戦艦の主砲に撃ち落されてしまうなんて真っ平ごめんであった。
 この攻撃で海軍航空隊は、少なからない損害を受けたが、なおも戦闘意力は絶大であり、目の前の主力艦を一隻でも多く撃沈させようと誰もが思っていた。
「佐賀ちゃん、あの前から4隻目の戦艦を狙うわよ」
「よっしゃ。分かったぜ」
 佐賀の返答を聞いた桜は、ドロップタンクを投下し、大鯨の群れへと突っ込んで行った。スロットルを最大まであげると、二基のエンジンが大きな唸りを上げ自然のジェットコースターのようにどんどん加速していった。
 敵艦隊との距離がさらに近くなり、ついに敵艦隊の防空火器の射程圏内に入った。桜たちは急降下爆撃を敢行するため高高度を飛んでいたので、機銃の射程には入らなかったが、高角砲や両用砲の射程には入っており、その濃密な対空砲火がこれ以上敵を近づけさせないという覇気を表していた。
 桜の後ろで敵の砲に絡め取られて墜落していく機が何機かいて、自分たちは間違いなく戦闘空域にいるのだということを再認識させられた。
「まだ、くたばってないわね?」
 そう、桜が聞くと、おうっと力強い声が返ってきた。
「じゃあ、さて、敵戦艦に特大のプレゼントをあげるとしますか」
「よっしゃ!」
 桜たちは、敵戦艦の上空に差しかかったことを確認し、急降下体勢に入った。最高速度近くまで加速していた炎風がさらに加速し、時速900qを軽く超える超高速で相手との距離を縮めていく。
「やっほー、これだから急降下爆撃は止められないぜ」
 佐賀がそう言う隣で、桜も気分を高ぶらせていた。夢にまで見た戦艦攻撃をこの手で行える。そのことが桜のテンションをあげていった。
 手は操縦桿をしっかりと握り、爆弾の投下スイッチに開いている指をかけ、タイミングを見計らった。
「3、2、1…受け取れ〜」
 スイッチを力いっぱい押し、それに伴って爆弾が敵戦艦に向かって投下された。二つで1.6tにもなる爆弾が投下されたことによって、機体が急に軽くなり、バランスが一瞬乱れたが、そこは何回も訓練したこと。桜は、すぐにバランスを整えた。
 操縦桿を目一杯引き、機体を起こす。敵艦が目と鼻の先ほどに迫り、一瞬激突するかに思われたが、すれすれでそれを避け、上昇に転じた。
 投下された二発の爆弾は、桜の照準どおり、テルピット級戦艦の2番艦の第三砲塔とその付近に直撃した。空から投下されたことによるエネルギーで、直撃の瞬間、砲塔上面がへこみ、次いでさらに損傷度を上げようと爆弾の炸薬が爆発した。
 砲塔脇に命中した爆弾は、甲板を貫通し、艦内部で爆発した。
 しかし、敵戦艦は爆撃にお構いなく進撃を続ける。それには、桜もびっくりしてしまった。戦艦の装甲はこんなにも硬いのかと。訓練などで戦艦の装甲が厚いことは知っていたが、巡洋艦以上に装甲の厚い戦艦を相手に爆撃するのは初めてだったからである。
「あっ、一発外してしまったじゃないか。藤城少尉は?」
 桜と同じく爆撃を終えた佐賀が話しかけてきた。
 今、佐賀と話しをしたら、彼が心配性な一面があるというを信じられる人はまずいないだろうと桜は思った。
「もちろん、二発とも当てたわ」
「そうかぁ、さすがだな」
 声は威勢が良かったが、桜はそのあとに小さく聞こえたため息を聞き逃さなかった。回避運動をする敵艦に爆弾を命中させるだけでも十分すごいのだが、やはり、一発でも外すと納得がいかないものだ。
「ねぇ、佐賀ちゃん。急降下爆撃の平均命中率ってどれくらいか知ってる?」
 返答はすぐに返ってきた。
「高くても半分いかないくらいじゃないか?」
「ほらねぇ、それから考えると佐賀ちゃんの爆撃はすごいでしょ? 今は、確率に直すと5割だもの」
 そうでしょっと念を押して慰めると、佐賀もやっと納得したようだった。
 桜たちの飛行隊は、投弾を終え、機銃掃射へと移っていた。
「おい、さくらぁ。あれ見ろよ」
 艦隊から少し距離をとり、攻撃態勢に移ろうとしていた桜に佐賀が声をかけた。何かと思って彼のほうを向くと、片手で何かを指差していた。
 それに合わせて桜は視点を回転させる。桜が視線を向けた先にあったものは、空軍航空隊の機数よりも多い大攻撃隊の群れであった。
「ありゃぁ、たぶん、機動艦隊から飛び立った攻撃隊だろう」
 桜は、攻撃隊を見てすぐ、旋回して攻撃態勢に入ったが、佐賀は攻撃隊のほうを見たままだった。
「いつまでも見てないの。支援攻撃に行くわよ」
 桜がそういうと、しぶしぶ承知したというような返事が返ってきて旋回して後ろを付いてきた。
「どうせ、もう爆弾は投下しちまったんだからもう少し見てたって良いじゃないか」
 もう勝手に見てれば良いじゃないかと放っておきたくなったが、そうするわけにも行かず、やれやれといった気持ちで彼を急かした。
「わがまま言ってんじゃないの。飛行隊長から機銃掃射するように命令されてるでしょう。上官の命令に従わなかったなんて隊長が聞いたら、どうなるかしらねぇ」
 この言葉に、佐賀は過敏に反応した。それもそのはず、隊長は彼らの間で一番恐れられる存在で隊長を怒らせたらどうなるかは彼自身が良く知っていた。
「わ、分かりました。このことは、隊長には絶対に言わないでくださいよ?」
 桜の脳裏に、手を合わせてお願いする佐賀の様子が浮かんだが、今日はまだ許すつもりはなかった。
「さぁて、どうかしらぁ」
 怪しい笑い声もプラスして佐賀をさらに追い詰めてみる。
「わ、わかったよぉ。帰還したら好きなものを一つ、なんでも奢ってやるから」
 かかった、そう桜は思った。最初から隊長に言うつもりなどなかったが、ちょっとじらしてみて良かったと思った。
 彼には気の毒だと思うが、いつも面倒を見てるし、まぁ、それくらいは大丈夫だろうとたまにこういう手を使う桜であった。
「了解、佐賀ちゃん。覚えとくね」
 佐賀のため息が小さく聞こえるが、それは聞こえないふりをして敵艦に接近していった。
 最大速度で敵艦に向けて突進していくと、敵の猛烈な対空砲火が周りを覆い尽くした。その嵐の中を桜たちはさらに進む。
 そして、機首の12.7mm機銃と主翼内側の20o機関砲、それぞれ4基から弾丸をお見舞いする。それらの弾丸は、甲板上で対空攻撃を続ける将兵たちに命中し、12.7mm機銃弾は敵兵の腕を切り裂き、20o機関砲弾は敵兵の足を粉々に吹き飛ばした。
 敵艦を一気に通り過ぎ、反対側に抜けると後ろから機銃弾が浴びせてきた。砲弾の遅延信管が爆発し、近くで爆発した砲弾の衝撃で時おり機体を揺らされながら艦隊を横断する。
 後ろで何かが爆発する音が聞こえ、機体を上昇させるときに後ろを振り向くと、大きな炎を上げる敵駆逐艦が目に入った。そのすぐ側を彗星が上昇していることからその彗星が急降下爆撃をしたことが分かった。
 爆弾が命中した敵駆逐艦は、対空火器の一角を薙ぎ払われ、他の火器で穴を埋めようとしたところにさらにさらに流星から投下された魚雷が命中した。
 次第に遠ざかっていく敵駆逐艦の舷側に大きな水柱が二つは上がっていた。
「見ろ、あの戦艦、沈みそうだ」
 佐賀に言われて戦艦群が航行する場所を見ると、その一隻から濛濛と黒煙を上がり、自分を覆い尽くしていた。違う急降下爆撃機が投弾をして爆風が発生すると、黒煙が追い払われ、そこに隠れていた戦艦が姿を現す。
 その艦上の所々から紅蓮の炎が立ち上っていた。艦は左へと大きく傾斜し、後続艦は回頭して迂回して航行していた。速力は、全快時と比べてアリの速さほどに減速し、姿を現したことを確認した雷撃隊が止めの雷撃を食らわそうと舷側から接近する。
「戦艦の撃沈、しかも敵艦のを見られるとは…。カメラでも持ってくればよかったわ」
 桜が冗談めかして言うと、待ってましたとばかりに佐賀がカメラを持ってきたことを言ってきた。
 桜は、佐賀のあまりの用意の良さに呆れてしまったが、この瞬間を逃したくないという思いは変わらなかったので、佐賀に使用許可を出した。
「撮っても良いけど、あとで私にも見せるのよ?」
 見せないといったら、また脅してやろうと思ったが、今回はあっさりと了承した。
「良いぜ」
 佐賀は、片手を操縦桿に添えながら、残った片手で器用にカメラを構えた。
 カメラを構えたとき、ちょうど味方の天山攻撃機が雷撃を成功させたところであった。
 3発の魚雷を右舷に被弾した敵戦艦は、さらに傾いた。もう少し高度が低ければ艦の底が見えるくらい傾斜が増し、アリの速さだったものがほぼ停止状態になった。そして、甲板に開いた穴から炎が噴出したかと思うと、今まで無事だった装甲板が空高く吹き飛ばされ、艦の中央から火山の噴火かと思うほどの勢いで炎と破片が吹き出したのである。

★

 セレバンテス帝国第一艦隊。
「なに、ブルデンブルクが!」
 司令長官のリーベ大将は、通信員の報告を聞いて思わず目を剥いた。
 テルピット級二番艦のブルデンブルクが大破したというのだ。
 テルピット級は、旗艦よりも小型ではあったが、防御面で優れており、優れたダメージコントロール能力から優勢な敵戦艦部隊と戦っても沈まないことを目標に建造されていた。それが、接敵から何十分も立たない間に満身創痍の状態にされてしまうとは。
 そして、リーベ大将はさらに驚くことになった。通信員からブルデンブルクが沈没したと聞いたからである。
 しかし、ここで引き下がるわけには行かなかった。なぜならば、総統閣下の命令は敵艦隊の撃滅であり、それは絶対に成功させなければいけなかったからだ。例え、自分の艦隊が壊滅しようともだ。
 総統の辞書に二度目という言葉はない。二度目の失敗を犯したとき、それは確実な死を意味する。しかも、ただ死ぬだけでなく、この世から抹殺されるということである。リーベ大将の知っている人物でもセレバンテス帝国では”いなかった”ことにされてしまった人物は一人や二人ではなかった。
「ここは何が何でも乗り切れ! 各艦、艦列を立て直して前進。できるだけ陣形を崩さないようにしろと命令しろ」
 リーベ大将は、自分を奮い立たせるように言った。
 このとき、各艦は回避運動に夢中でそんなことを実行している暇などなかったのであるが…。
「左舷から雷撃機4機接近」
 見張り員から報告が入る。
「直上より急降下爆撃!」
 今まで他の艦ばかりが狙われていたのであるが、旗艦にも攻撃隊が迫ってきた。
「とり〜か〜じ」
 艦長が操舵手に命令する。
 それに合わせて、旗艦が回頭する。
 外では、射撃用レーダーが敵機を照準し、レーダーからもたらされたデータを機銃や高角砲へに伝え、諸元を入力して各砲座が敵に照準する。まだ、レーダーから直接対空火器へデータが入力されていないが、兵士が目視で観測し、それを元に射撃するのとは大きく命中率が違っていた。
 照準された対空火器からは、雨霰のように銃弾や砲弾が発射され、砲火は敵機に向かって殺到する。その中を敵機は器用にも潜り抜けてさらに接近してくる。兵士たちは、それに苛立ち、怒りをこめてさらに銃弾や砲弾を叩き込む。
 炎風から800kg爆弾が、流星からは魚雷がそれぞれ投下される。それらも、旗艦に向けて殺意を振りまきながら接近していく。
 乗組員達は、その迫力に臆することなく、さらに対抗心を募らせて銃弾を叩き込む。投下された爆弾のうち、一発が高角砲弾に当たって空中で爆発し、炎風一機が怒りの砲火を真正面から浴び、火達磨になって墜落していった。
 また、雷撃してきた流星のうち1機を網で絡め取ることに成功し、一機に重症な傷を負わせた。
 敵機撃墜に将兵たちは歓喜し、敵を罵倒し、自分たちを称えた。
 しかし、その声も自分たちの砲火と敵の攻撃の前にかき消される。さらに、艦の一箇所から耳を劈く爆発音が発せられた。その音は、他のあらゆる音を一瞬だけ蹴散らし、自分の存在感を他のものに示した。
 甲板が抉られ、備え付けてあった機銃は鉄の破片へと成り果て、それを操作していた兵士は、肉片に成り下がった。爆弾や機銃の破片は、離れた場所にいた兵士をも殺傷し、爆風は無傷だった兵士を吹き飛ばし、艦の床や壁に叩きつけ、海へと吹き飛ばした。
 この攻撃で、少なくとも10人以上が戦死し、その倍近くの兵士が傷を追った。だが、彼らはそれでも攻撃を止めず、射撃する兵士がいなくなった対空火器には違う兵士が張り付き、息絶えた兵士をどかして代わりに射撃を続けた。
 これと同じような光景が艦隊の各艦で広がっていた。
 旗艦は、辛くも敵の攻撃を避けることに成功し、進撃を続けたが、それはかなりの幸運であった。
「コールマン、大破。プロパク、撃沈。アデレイド、中破。ノイヤは魚雷一発を受け、減速航行中」
 旗艦の艦橋には、次々と戦況報告が入っていた。しかし、そのほとんどが悪い報告であった。
 第一艦隊の艦船、中でも戦艦群はほとんどの艦が火災を発生させ、無傷な艦は一隻もなかった。補助艦艇群は、戦艦ほどの高い防御力を持ち合わせていないので、さらに被害は甚大であった。
 重巡洋艦一隻が撃沈し、駆逐艦3隻が轟沈、一隻が大破炎上中、一隻が舵の損傷のため艦列から大きく離れて独走していた。
 第一艦隊は、航空攻撃で大きな損害を被ったといえるが、それは航空隊側にとって見ても言えることであった。
 海空航空隊、450機にも上る大攻撃隊の攻撃にもかかわらず、敵艦隊は尚も進撃を続行しており、航空隊側も敵の砲火により30機以上を撃墜され、撃墜されていない航空機も母艦に帰るのがやっとという機体もあった。
 霧城連邦の予想に反し、戦艦はやはり頑強だったのである。自艦の持つ主砲弾に耐えうる装甲は雷爆撃に耐え、ハリネズミのように配置された対空火器群は猛烈な対空砲火の網を生成し、航空機を簡単には寄せ付けなかったのである。
 航空攻撃は、まだ第一段階であり、この後にも第二次攻撃隊が機動艦隊より来るし、基地航空隊も帰還してまだ稼動する機体は再出撃するようになっていた。
 この航空攻撃で、戦艦が航空機によって撃沈できるということは証明することができたが、反対に戦艦は強靭だということも同時に証明したのであった。敵艦隊が大規模で護衛艦艇も充実していたという点を差し引いてでもある。
 それは、相応に味方航空機もそれに乗るパイロットも新型機とベテランを投入したからであった。
 第一波攻撃は、空母艦載機隊が攻撃に参加してから30分にわたって行われた。
 この頃には、航空隊の大半が攻撃を終え、空にいるのは機銃掃射のために残った戦闘機がほとんどであった。
 慌しく指令を出していた艦橋は落ち着きを取り戻し、リーベ大将は改めて惨状を認識した。
 艦橋から見えるのは、濛々と黒煙を上げながら航行する駆逐艦や艦底の赤く塗装された部分を半分近く見せている巡洋艦、先ほどまで海に浮かんでいた艦艇の残骸などで、無傷な艦などないように思えた。
 旗艦も800kg爆弾一発、500kg爆弾を2発食らい、火災を消火中であった。
「戦艦は…、いくつ残っているか」
 リーベ大将は、担当士官に聞いた。
 士官は、旗艦に来ている通信をまとめて残存数を数えていたが、ふと顔を上げると言いにくそうな表情でたずねた。
「あの、それは浮かんでいる状態のも含めてですか?」
「そうだ。沈没していない数を聞いている」
 そう返答すると、担当士官はすぐに口を開いた。
「はっ、残存している戦艦は19隻であります。しかし、戦闘能力を残しているものだけにしますと、17隻になります」
「わかった」
 リーベ大将は、そう一言だけ言って指揮官席に戻っていこうとした。それを見た担当士官は、彼を呼び止めた。
「あの、補助艦艇の損害状況は聞きますか?」
 それを聞いたリーベ大将は、進行方向を向いたままその場で立ち止まったが、首を小さく横に振ると再び歩いていってしまった。
 
★


 霧城連邦艦隊 翔鶴、医務室
「う、うん? あれ、ここは……?」
 そう呟いて周りを見渡すがどこかの室内としか分からなかった。どうやらベッドに寝かされているらしい。
 彼女は、体を起こそうと腕に力を入れた。
「い、痛いっ」
 不意に訪れた痛みに思わずまゆをひそめた。
「まだ傷口が完全には塞がっていないのですから体を動かしてはダメですよ」
 女性の看護師が点滴の容器を入れ替えながら言った。
「それにしてもあなたは幸運でしたよ。敵艦隊を雷撃するために前進していた潜水艦に偶然発見されて、しかも全身に傷を負っていたのに出血量はそれほどでもなかったそうですからね。でも、それよりも何よりもイシュタル中尉がずっと付いていてくれたからじゃないかしら」
 看護師から聞いた話しでは、イシュタル中尉は機体の燃料が残り少ないのに彼女の位置を味方部隊に伝え続け、ついに燃料が底を尽いて着水を余儀なくされるも彼女のそばに居続けたそうだ。
「そ、その、イシュタル中尉は無事なのですか……?」
 彼女の一番の心配事はそれであった。自分の怪我はパイロットの腕がまだまだだったのだから仕方がないが、それでイシュタル中尉に何かあったとなればいくら悔やんでも悔やみきれない。
「冷たい海の中を泳いだり、大きな声を出して助けを呼んでいたりしていたらしいから体力を消耗していて、一時意識を失っていたけれど今は体力も快復したから自室で休んでいるわ」
 それを聞いた彼女はほっと胸をなでおろした。
「あらっ、中尉、まだ休んでいなくて大丈夫なの?」
「あー、あんなのそこで休んでいるレベッカに比べたらどうってことないですよ」
「どうもすみません……。私がダメなばかりに迷惑をかけてしまって」
 イシュタル中尉は、その言葉に首を振って違うということを示すと彼女に近寄ってそっと手を握った。
「何言ってるのよ。いざとなったら助け合うのが仲間ってもんでしょ。レベッカはそんなこと気にしなくて良いの。それよりも、今はその傷を癒すことに専念してまた二人で空を飛びましょ」
 口調はいつもの通りであったが、その顔はまるで娘を慰める母のようにやわらかい笑顔を浮かべていた。
「ご、ごめんなさい。もう、どっか穴掘って埋まっておきたい気分……。で、でも、わたし頑張る! 今度は迷惑かけないようにがんばりますっ」
「その意気よ、レベッカ」
 外で起こっている死闘とは裏腹に、この医務室内は元気な声で満たされていたのであった。

☆

 それから数時間後、リッシュメル王国海軍第一艦隊旗艦、リシュリュー。
 リッシュメル王国から派遣された第一艦隊は、戦艦4、重巡洋艦4からなる中規模艦隊であった。
 上空護衛のためにベルーダ級空母一隻を従えていたが、機動部隊撃滅の報を受けて後方に避退させていた。
 第一艦隊は、今海戦に置いて敵艦隊を霧城連邦海軍の第一水上打撃艦隊と合同して包囲殲滅するために派遣されていたのであった。
 第一艦隊の中核のリシュリュー級戦艦は、各国の戦艦と一線を画する設計の艦であった。通常、艦の前後に主砲を配置するのに対し、リシュリュー級は、前鐘楼の前に四連装38p主砲を二基搭載している。後部には一基も主砲は搭載しておらず、リシュリュー級の特異さを示していた。
 この主砲の集中配備には、ちゃんとした理由がある。主砲塔を前後に分けて搭載すると、装甲を厚くしなければいけない部分が多くなり、結果的に艦の排水量が増してしまう。そこで、集中配備することで重装甲を施す範囲を狭くすることが可能になり、燃料搭載量も増やすことが出来る。
 リッシュメル王国は、リシュリュー級の前のダンケルク級からこの方式をとっていた。
 ちなみに、今海戦に、霧城連邦が派遣した戦艦数は先の海戦と隻数は同じであったが、紫花級3番艦『紫苑』を加え、各艦とも火器の換装、レーダー等の電子装備の搭載によって戦闘力は格段に上昇していた。
 最終的に主砲を発射させるのは兵士であったが、主砲にデータを与えるのはレーダー等から来た情報を分析する電子演算装置である。これは、技術員が半年の努力の結晶として完成させた傑作機械であった。
 機能はまだまだ初歩的だが、それでも人間が計算する速さに比べ、何百倍も速くなり、それは主砲発射の間隔を狭めるのに役立っていた。
 主砲自身も最新鋭艦の紫苑は、新型砲塔に換装しており、他の戦艦も半分以上が同様の新型砲塔に換装されていた。
 それと比べると、リッシュメル王国の戦艦は、旧式といわざるをえなかったが、それとてセレバンテスにしてみれば新型機器の集まりであった。
 中でも、電子機器は霧城連邦の物を使用し、戦闘力を倍増させていた。
「ファム中将、今入った情報によりますと、霧城連邦艦隊は敵戦艦部隊との交戦を開始したとのことです」
 司令長官のファム・エスペラント中将は、参謀から報告を受け取った。
「うむ、我々も砲戦を開始できるように準備しておくように」
「了解」
 ファム中将は、リーベ大将と同じくらいの歳だが、艦隊指令になってまだ時が浅く、艦隊戦を行うのはこれが始めてであった。
「中将殿、霧城連邦艦隊旗艦から伝令」
「よし、読め」
 報告に来た士官は、敬礼をしてから文章を読み始めた。
「発、戦艦紫花。宛、リッシュメル王国海軍第一艦隊旗艦リシュリュー。セレバンテス帝国海軍の第二艦隊がそちらに向かっている。第一艦隊は、その艦隊を攻撃されたし。尚、我が海軍、巡洋戦艦部隊も攻撃に加わる予定なり」
 それが聞こえた艦橋内は、一気に高揚した。皆、声には出さないが顔には闘志がみなぎり、艦橋から外をじっと見つめていた。
 ファム中将も、やっと自分の艦隊が砲戦を開始できることに対して喜び、敵艦隊が現れるのを待った。
 ファム中将の艦隊は、速力を維持したまま航行し、十分が過ぎた頃、水平線上に敵艦隊が現れた。第一艦隊は、速力を最大まで上げ、距離をどんどん縮め、砲戦を開始するにはちょうど良い距離まで接近した。
「面舵一杯」
 ファム中将は、丁字を取るべく艦隊に転舵を命令した。
 敵艦隊もそれに対応して取り舵を取ってくる。
「我が艦隊の敵として、不足はない。回頭が済み次第、砲撃を開始する」
 敵艦隊を構成するのは、数を減らしたアンハルト級巡洋戦艦3隻と巡洋艦9であった。
 そして、敵艦隊の一部から早くも砲撃が開始された。回頭する第一艦隊の周辺に敵砲弾が着弾し、大きな水柱が艦を敵から覆い尽くし、艦上を洗う。
「セレバンテス帝国と砲撃戦をできるとは、夢のようですね」
 参謀長がファム中将に向けて言った。
 セレバンテス帝国とリッシュメル王国との間には距離があり、敵の海軍力が強大であるのでこんな機会でもなければ砲撃戦など生起し得ないかもしれなかった。
「そうだな。それなら、巡洋戦艦部隊が来る前に敵を撃滅してみせよう」
 ファム中将は、意気揚々と宣言をした。この艦隊があればそれも無理ではないと思ったからだった。
 将兵たちが、その言葉に士気をさらに高揚させた。
 敵艦隊の砲弾にさらされ、水柱に何度も艦上を洗われた第一艦隊は、戦艦4隻の回頭が終わり、ついに砲撃戦の準備が完了した。
「全艦砲撃開始!」
 ファム中将のその言葉に、旗艦リシュリューの四連装主砲が火を噴いた。
 主砲が艦前部に集中配備されているので、その衝撃もすさまじく、強化された艦橋の窓ガラスが嫌な音を立てて大きく揺れるほどだ。窓ガラスがなかったら爆風で艦橋内にあるものが吹き飛ばされるし、人間でさえも吹き飛ばされて鼓膜を破ってしまうほどの強さであった。
 しかも、これは爆風対策をいろいろ講じての結果である。
 リシュリューの4連装2基の38p主砲の砲身が僅かな時間差を置いて、8発の砲弾を勢いよく吐き出した。
 旗艦が砲撃を開始したことに追従して、同型艦のジャン・バール、クレマンソー、ガスコーニュが砲撃を開始した。
 これらの主砲は、厳密には連装砲塔が二つ横に配置されたものであるので斉発以外にも2門ずつ射撃したりも出来る。
 リシュリューとジャン・バールが発射した砲弾は、旗艦アンハルトを狙い、クレマンソーとガスコーニュの砲弾は敵の二番艦メラベンを目標に飛んでいった。
 何十秒かの時間を経て、アンハルトの50mほど手前に16発の砲弾がばらばらに着弾した。50mと言うと、かなり離れているように見えるが、射撃距離が二万五千メートルも離れている中で初弾からこんなにも近距離に着弾させられたのは、乗員の高度な腕とそれを補助するレーダー等の補助装置のおかげであった。
「第一斉射、敵旗艦の手前50に着弾」
 見張り員から報告を受け取ったファム中将は、改めて部下の腕の高さを感じた。
「一射目から近距離に着弾させるとは、良い傾向だ」
 ファム中将は、微笑を浮かべながら言った。
 乗員にとって、上官、それも司令長官に褒められることは、これ以上ない喜ぶべきことであった。
 この言葉に気分を良くしたのか、リシュリューの第二斉射はさらに敵艦の近距離に着弾した。着弾によって生じた水柱は、敵艦を覆い隠し、敵の砲弾がそれを切り裂いて飛んできた。
 敵は、訓練があまり行き届いていないのか、それとも士気が低下しているのか射撃精度が芳しくなかった。第一斉射は、リシュリューの遥か手前に着弾し、二射目以降も近距離に着弾したものは一発もなかった。
「我が航空隊の攻撃で士気が下がっているのでしょう。乗員にも死傷者が出ていることでしょうし、有利な状況が重なっております」
 参謀がそう言ったが、ファム中将は敵の士気の低さに少し不満であった。反対に敵の士気が極めて高い場合もそれはそれで困るのだが、砲撃戦をする以上同等の士気の高さがないと拍子抜けしてしまう部分があった。
「敵は士気が思うように上がっていないようだ。ここは、絶好の好機である。一気に畳み掛けるぞ」
 ここに来て、前に発艦させてあった水上偵察機からの情報が入ってくるようになった。
 そして、水上偵察機を支援するように空に別の大型機が表れたのである。
「こちら、アルデンテ島航空基地所属の海軍偵察機部隊である。これより、偵察の支援を行う」
 飛んできたのは、双発戦闘機『炎風』の偵察機型であった。機内には艦載演算機には機能が劣るが、艦載のものと比べて小型の電子演算機が搭載されていた。各種機械から得られた空の情報が電子演算機で計算され、届くようになった。
 これは、第二艦隊にとって願ってもない支援であった。レーダーで情報を得ても敵艦との間の空の状況が分からないと射撃の精度に影響するからだ。そのために、水上偵察機を発艦させて任務に当たらせているのだが、人的な計算と機械的に計算して送るのとを比べれば、機械が良いのは誰の目にも分かることで精度もかなり良かった。
「射撃準備完了」
「撃て!」
 艦長の命令で、砲弾が修正を加えた弾道を通って敵に迫り行く。
 戦艦から見た限りでは、少しずれているような弾道だったが、途中の気流などによって敵艦の方向へと寸分の違いなく飛んでいっていることが確認できた。
「これは、夾叉が出るかもしれませんね」
 参謀長が自身ありげに言った。彼の言った言葉は、数秒後に真実になった。
 見張り員が興奮した声で報告して来た。
「我が主砲弾、敵旗艦を夾叉」
 リシュリューの放った砲弾がアンハルトの両舷を挟んで着弾したのである。
「メラベンに放った砲弾が夾叉し、数発の至近弾が出たそうです」
 続けて通信員が僚艦からの情報を伝えてきた。
 夾叉が出たと言うことは、命中弾が出るのも近いと言うことだ。ここでさらに微調整を加えることで砲弾を直撃させるのである。
「修正弾、用意」
 砲術長から命令が下り、砲塔の中で射撃の修正をする兵士に命令が伝えられた。レーダー等の電子機械を使用しても最終的に砲弾が命中するかしないかの分かれ目は、将兵たちの腕次第と言うことだ。
 そして、それを可能にする腕がリシュリュー級の乗組員にはあったのである。
「主砲1番、弾道修正完了」
「撃て!」
 射撃命令を受けた士官が主砲発射の引き金を引き絞った。その動作は主砲塔へと伝えられ、砲身内に装填された炸薬が爆発し、38p主砲弾を空へと押し出す。
 主砲弾は、爆発による圧力を受け、秒速780mという高速で射出されて敵艦へと飛んでいく。途中、空気抵抗や風の影響で速度は下がるが、エネルギーは大きくは下がらずに維持される。
 見張り員の双眼鏡の中に移る砲弾は、何十秒と言う時間をかけて敵艦との距離を縮め、敵に襲い掛かった。
 38p砲弾が命中した瞬間、アンハルトの艦上にオレンジ色の閃光が放たれ、甲板の装甲を食い破って中に入り込もうと砲弾の炸薬が爆発した。甲板の厚い装甲版をへこませ、その場にあった機銃砲座をプレス機械のように押しつぶした。
 爆風は、人を木の葉のように吹き飛ばし、金属の床へと叩き付けた。
 他にも舷側に搭載されている副砲に砲弾が直撃し、この装甲を貫いて副砲を中から吹き飛ばした。副砲の砲塔自体が持ち上がり、艦上にいた将兵たちに覆いかぶさる。
 また、砲弾や機械の破片は、凶器となって将兵を殺傷した。
 そして、砲弾の爆風が取り除かれた艦上には金属と人の体が散乱していた。
 しかし、これに一安心していた将兵たちをリシュリューの二番砲塔とジャン・バールから放たれた砲弾が容赦なく襲う。
 炸薬の爆発は、兵士を木っ端微塵に吹き飛ばし、陥没したところに命中した砲弾がさらにへこみを大きくさせ、ついに装甲版を切り裂いてその爆発力を艦内に向けた。
 艦内では、火災が発生し、穴から流入した海水が艦内の一部を満たし始める。
「命中弾3! 敵艦は火災を発生させた模様。副砲の一つも破壊しました」
 艦橋のファム中将からもアンハルトから濛々と黒煙が上がり、火が出ていることが確認できた。
「この調子だ。撃てぇ!」
 敵の旗艦が惨劇に見舞われている中、リシュリューは射撃準備を続け、次の斉射を送り込んだ。
 この斉射の中からも、またもや命中弾を出して敵の負った傷を大きくした。
 そして、次の砲弾を叩き込もうと準備していたとき、リシュリューを衝撃が襲った。敵の砲弾が命中したのである。
 艦橋からは直接見えなかったが、後部甲板に命中した敵砲弾は副砲一基を使用不能にさせ、機銃のいくつかを壊した。
 しかし、艦橋内の要員の士気の高さはいくらも変わらない。敵に命中弾を出したリシュリューの乗員はいまだ高い士気を維持したまま砲撃戦を続けていた。
「応急修理班、急げ。被害を最小限にとどめるんだ」
 士官が艦内電話を通じて命令し、専門の将兵が現場へと飛んでいく。
 これから後も砲撃戦は、リッシュメル王国第一艦隊有利に運び、味方艦が一発被弾するたびに敵艦に3発以上命中弾を出す割合で被害を与え続けた。
 だが、その砲撃戦の最中、旗艦リシュリューをまさかの事態が襲った。
 敵の砲弾が、立て続けに第二主砲塔に命中し、これを破壊してしまったのである。
「敵も良くやる」
 ファム中将は、苦虫を噛み潰したような顔になり、乗艦に起こった現状をその目で確認した。
 砲身の一つは、ありえない方向へ通り曲がり、砲塔上面は無残にも食い荒らされてしまった。装甲板が捲れ上がって金属をささくれたたせていた。
 4連装砲塔を二基前部に集めた欠点が出てしまった。被弾で、第二砲塔が使用不能になったことで、攻撃戦力が一気に半減してしまったのである。
 また、他の命中弾で舷側に穴が開き、海水が流入して速力が少し落ちてしまった。
「第二砲塔、被弾。しかし、第一砲塔はいまだ健在、射撃続けられます」
 その頃には、敵戦艦にも大きな損害を与えており、中でも旗艦のアンハルトは艦の全体から煙上げて断末魔の叫びを上げていた。
「この砲弾のお返しだ。敵旗艦を血祭りに上げてやれ」
 残った第一砲塔の砲身に砲弾と装薬が詰められ、仰角、俯角と方向の調整を行い、射撃準備が完了した。
「準備よし!」
 士官が元気よく報告する。
「撃てっ!」
 上官が命令し、引き金を引き絞った。
 リシュリューの乗組員の想いを乗せ、砲弾は煙で艦を覆い隠しつつあるアンハルトに襲い掛かった。
 砲弾は、その想いを裏切ることなく、敵艦に命中し、アンハルトに致命傷となる傷を与えることに成功した。
 被弾した瞬間、爆風によって煙が霧散し、そこに一際大きな閃光が迸った。
 砲弾の爆発と艦内で起こった爆発は、太陽に負けないほどの光を出し、炎と煙がまるで生きているかのようにもくもくと艦内から昇り始めた。大小の爆発が何度も起こり、その度に物や破片が飛び散った。
 そして、火薬庫に火災が引火してしまったのである。主砲や副砲などの弾薬がところ狭しの並べられている弾薬庫に引火して起こった爆発は、前鐘楼のすぐ後ろを破壊して炎を噴出させた。
 もうこうなってしまったら最悪の事態から逃れることはできない。火薬庫の爆発は砲弾の命中を遥かに上回る衝撃を与え、大穴を生じさせ、海水の流入を加速させた。
 また、爆発の衝撃で電気系統を破壊し、火器管制のみならず、艦内電話でさえできなくしてしまった。あとは、伝管を通じた命令と直接将兵が飛んでいって命令を通達するしかなかった。
 アンハルトが沈没することは誰の目にも明らかで、乗員の中には上官の退艦命令を待たないで脱出していく将兵も後を絶たなかった。
 遅れること数十秒、ついに艦長から全乗員に退艦命令が出され、我先にと将兵たちが脱出し始めた。
 奇跡的に生き残っていた艦橋要員もすぐに避難を始め、残っていた救命ボートに艦長その他の士官などを乗せて脱出した。
 艦長が脱出に成功してから5分と経たず、アンハルトは艦の中央から折れ、海中へと沈んでいってしまった。艦内に残された何百人もの乗員と一緒に。
「敵、一番艦撃沈」
 ファム中将は、すぐに目標を三番艦のミシャントに変更するように伝えた。
 敵艦隊は、沈没したアンハルトの代わりにミシャントを先頭に据えると速やかに艦列を整えなおし、砲撃戦を続行した。
 この迅速さにはファム中将も満足し、砲撃速度を上げるように部下に言った。
 リッシュメル第一艦隊は、リシュリュー以外は全ての主砲が健在であったが、副砲以下の兵装に多大な被害を受けており、主砲が無事なのが不思議なくらいであった。
 今までなかば置き去りにされてきたミシャントの頭上に砲弾が落ち始めた。
 リシュリュー級の放つ主砲弾は、確実に敵巡洋戦艦の近辺に着弾していた。
 戦感動詞の砲撃戦が繰り広げられている頃、戦艦の後ろを付き従う重巡洋艦もお互いに砲撃をし合っていた。
 リッシュメル、セレバンテス共に20p連装砲4基を艦の前後に背負い式に搭載しており、リッシュメルのシェフラン級重巡洋艦だけが50口径で他のは55口径だった。両艦隊の重巡洋艦で対水上射撃用レーダーを搭載している艦はおらず、各将兵自身の目と頭がレーダーの代わりであった。
 彼らは、水柱で見え隠れする敵艦をその目に収め、射撃担当の兵士に方位や砲身の角度を伝達した。
 射撃諸元を伝達された兵士は、それを機械へと入力し、敵艦を照準する。
「主砲射撃準備、良し」
 そう兵士が上官へと連絡すると、撃て!の命令が下される。
 その度に、20p連装砲が火を噴き、空気を震わせて砲弾が発射された。艦隊は同航戦を行っているので、艦隊間の距離はほぼ一定で次第に射撃精度が上がってきていた。
 射撃をする度に、艦の近くで水柱が上がり、時おり艦上でオレンジ色の閃光と共に火が立ち上る。
 だが、致命的な損傷を受けているものはなく、互いに少しずつ、少しずつ、ダメージを蓄積させていく。舷側の鋼鉄板は凹み、変形し、艦上にある機銃や機関砲座を破壊した。
 兵士たちは、燃焼を最小限に抑えるべく、砲撃戦が繰り広げられる中をホースをもって走り回り、自らの命も顧みず消火作業を続ける。同時に、艦上で負傷した将兵を救助する為に担架を持った兵士が艦上をめぐっていた。
 重巡洋艦同士の戦いは、両者一歩も譲らぬ戦いを繰り広げていた。
 いくら隻数では劣っているといっても、アンハルト級の主砲はリシュリューの38pよりも一回り大きな40p主砲で、一隻あたりの門数も同じなのに戦艦同士では劣勢で、重巡洋艦同士の戦いでも相手を圧倒できないことに業を煮やしたのか敵は水雷戦隊を突撃させてきた。
 これに対し、リッシュメル第一艦隊も軽巡キュリティを先頭に駆逐艦八隻を従えた第二水雷戦隊を迎撃に向かわせた。
 第二水雷戦隊は、迫り来る敵水雷戦隊の進路上に立ちふさがり、横に倒した主砲でこれを向かい撃つ。
 敵水雷戦隊は、高速度を利用してこれを回避しようと試みるが、第二水雷戦隊は巧みに回頭して封じる。
 そして、軽巡洋艦の艦上に設置された主砲と駆逐艦の豆鉄砲が発射され、敵艦の艦上で爆発する。
 両水雷戦隊は、転舵を繰り返しながら戦い、魚雷を発射した。
 敵味方の戦艦の主砲弾が降り注ぐ中、戦いは続けられ、次第に第二水雷戦隊は押されていった。
 これに気をよくした敵水雷戦隊は、第二水雷戦隊を各個包囲攻撃で数を減らしていき、味方駆逐艦の半分を撃沈させられながらも敵を撃退することに成功した。
 戦艦を守る水雷戦隊を退けた敵水雷戦隊は、本丸である戦艦を必殺の魚雷で攻撃しようと距離を詰めていった。
「敵水雷戦隊接近!」
 ファム中将は、敵主力艦から視線を移した。そこには、数を大きく減らした味方水雷戦隊が後退し、敵水雷戦隊が迫ってくるのが見て取れた。
 彼はすぐさま、副砲に敵水雷戦隊を砲撃するように命じ、重巡洋艦にも目標を変更するように命令した。
 リシュリューの後部甲板に三角の形に配置された3基の三連装副砲が敵水雷戦隊の方向へと指向する。
 戦艦群の反対舷側に位置していた第一水雷戦隊も敵水雷戦隊の進出にあわせ、左舷側に移動してきた。
 リシュリュー級の副砲が轟き、その中を第一水雷戦隊が航行して砲撃を加える。
「敵水雷戦隊、転舵しました。雷撃、着ますね」
 参謀の一人が呟いた。彼の言ったとおり、10秒も経たないうちに見張り員から報告が上がってきた。
「左舷より魚雷接近! 雷跡3」
「取り舵〜」
 リッシュメルの艦長が左腕を横に倒しながら言った。
 敵の放った魚雷は、間一髪リッシュメルの脇にそれて行った。
 しかし、ファム中将の視線の端に、突然大きな水柱が映った。
 二番艦ジャン・バールの艦首部分に、不幸にも敵魚雷が命中してしまったのである。被雷した所から水柱が空高く上がり、それが消え去った頃には、ジャン・バールの艦首部分がきれいさっぱり無くなっていたのである。そのことで、ジャン・バールの全長が十メートル以上短くなり、艦首はからからにのどが渇いた巨大な生物のように水を永遠と飲み込んでいた。
 浸水により、艦首部分が沈み込み、それは、第一砲塔付近まで海水に浸かってしまうほどであった。
 だが、敵水雷戦隊の攻撃もこれまでのようで、駆逐艦3隻がリシュリュー級の副砲にやられ、2隻が第一水雷戦隊の雷撃によって撃沈され、軽巡が中破して撤退して行った。
 ファム中将は、損傷したジャン・バールに駆逐艦3隻を付けて後方に下げさせ、少なくなった水雷戦隊を再編成して配置させた。
 そして、敵艦隊との砲撃を続けるように命令した。
 リッシュメル艦隊の戦艦が三隻に減ったが、既に敵艦隊の戦艦は二隻に減っており、アンハルト以上に命中弾を受け続けていたメラベンも満身創痍な状態で、メラベンが沈めばこちらが圧倒的に有利になること予想できた。
 そして、砲撃を続行して十何斉射目かのとき、砲弾が二発続けて同じ場所に命中し、上がる黒煙がどっと多くなった。艦の速度は同型艦のミシャントと比べて亀の速さほどに減速して後続艦に次々と追い抜かされていった。
 黒煙に覆い隠され、ファム中将のほうからは見えなかったが、艦体は右に大きく傾き、そのおかげでスクリューの一つが海上へと姿を現し、醜く艦底をさらけ出していた。
 まるで、その姿が見られるのが恥ずかしいように、黒煙を噴出し続け、黒煙が収まったときには艦底の一部が頭を出しているだけであった。
 撃沈するまで時間が十分にあったため、駆逐艦が近づいて大半の乗組員を救助することに成功していた。
 二隻の戦艦が撃沈し、残る目標が一つになったことを確認したファム中将は、僚艦にミシャントに残る主砲塔全てを集中させて砲撃を加えるように命じた。
 先ほどの、リシュリューの被弾に続いて、僚艦クレマンソーが二番砲塔に被弾し、電気系統が故障してしまってこれが動かなくなっていた。乗組員は、応急処置をしたが、動作は完全には回復せず、砲塔の旋回が思うように行かない状況であった。
 このため、実質的には二隻の艦艇で砲撃してるのと同じ砲門数であったのだが。
 三隻で砲撃を続ける中、敵艦隊に残った水雷戦隊が再び突撃をかけてきたが、勢いに乗るリッシュメル艦隊は副砲砲撃と第一水雷戦隊による砲雷撃でこれを撃退した。
 水雷戦隊の二度目の攻撃に失敗した敵艦隊は、残ったミシャントを先頭に速力を上げ、リッシュメルの艦隊から逃走しようとする。
 リッシュメル艦隊もこれを逃すはずはなく、回頭してこれを追う。
 敵を追撃する今のような状況では、主砲塔が通常配置の戦艦より艦首部分に主砲を集めたリシュリュー級は大きなの力を発揮できるのであった。
 それに比べ、敵は後部砲塔の4門しか使用できないため砲撃力が半減してしまっていた。
 また、同航戦ではない、逃走しながらの砲撃はなかなか当たるものではなく、少ない駆逐艦を殿において煙幕の放出と弾幕射撃を行わせ、ミシャントも敵の撃破ではなく牽制のために後部砲塔と副砲を用いて射撃を行う。
 リッシュメル艦隊は、その砲弾が降り注ぐ中を突き進み、前部主砲で砲撃を加える。水柱が艦のすぐ側で上がり、空高く吹き上げられた海水は艦橋にも降りかかる。
 両艦隊の追走劇の終焉は、それから8分後、ファム中将の左手首に付けられた腕時計が9分目を指す数秒前に急に起こった。
 リシュリューが放った主砲弾が煙幕を破って敵戦艦に到達し、その一発が偶然にも艦橋のしかも艦長たちがいる司令部に直撃したのである。
 このたった一発の砲弾が一瞬のうちに艦橋要員のほとんどをなぎ倒し、吹き飛ばし、その体をミキサーにかけられた野菜のように切り刻んだ。
 砲弾の命中で、艦橋のある前鐘楼は直撃したところから折れ、前部のほうに金属が曲がる鈍い音を立てながら倒れこんだ。
 艦は、前鐘楼がやられただけで指揮系統がすべて駄目になるわけではなく、後部にある指揮所などの士官が代理で指揮を受け継ぐことが決められていたが、一時的な指揮系統の混乱は避けられず、それは艦隊にも影響した。
 艦長以下の役職についていたものが指揮を引き継ぐことなく、瞬時にいなくなってしまったので、ミシャントの操舵に乱れが生じ、艦隊の周りで煙幕を張っていた駆逐艦を避けられずに衝突してしまったのである。
 駆逐艦側は、衝突によって生じた穴から浸水で、たちまち艦全体を海の底へと沈ませてしまった。
 ミシャントは、この衝突事故でさらに混乱が大きくなり、とても僚艦の指揮を執っていられる状況ではなくなってしまった。
 これは、僚艦との齟齬の発生に拍車をかけた。
 煙幕が効果的に上げられなくなり、ついにはミシャントの姿を晒すまでになってしまった。
 もともと、リッシュメルの戦艦部隊は敵が煙幕をあげようとあげまいとレーダーで索敵、射撃している今の状況ではほとんど影響がなかったのであるが、水雷戦隊にしてみればそうではなかった。
 砲撃に関してだけを言えば、レーダーが配備されている水雷戦隊の旗艦からの支援などで十分効果を上げられたが、敵が姿を現してくれればそれだけ命中率も上がるし、近距離で雷撃する場合では命中率がずいぶん違うからである。
 それに、煙幕を抜けた瞬間、いきなり敵戦艦から砲撃を加えられるのは避けたかったからであった。
 ファム中将は、敵の混乱に乗じて水雷戦隊に雷撃を命令すると、自らもリシュリューと僚艦に限界速力を出させての突撃を命令した。
 敵水雷戦隊は、混乱の中で表れた魚雷に慌てふたむき、自分を圧倒するように表れた戦艦にさらに慌てて、ろくな対応をできぬ間に次々と血祭りに上げられていった。
 
 僚艦が次々に沈められても、自分一隻だけになっても奮戦していた駆逐艦がついに降伏旗を掲げ、両艦隊の戦闘は完全に終結した。
 ファム中将は、直ちに配下の駆逐艦を派遣し、海上を漂う敵味方の水兵を捜索するように命じた。
 つい先ほどまで敵同士であった両国の兵士たちが互いに手を取り合い、駆逐艦へと引き上げられていく。
 救助された将兵には、駆逐艦の水兵自らが食料やタバコを分け与え、互いに戦闘の終了を喜び、死んでいった仲間たちに黙祷を捧げた。
 
★

 リッシュメル艦隊が戦闘を停止させる少し前に、二大艦隊同士の戦いは霧城連邦の大勝利のうちに終了していた。
 リーベ大将座乗の旗艦を撃沈までは行かなかったがこてんぱんにやっつけ、ほかの戦艦のほとんどを撃沈、又は大破し、巡洋艦以下の艦艇群にも壊滅的打撃を与えることに成功した。
 リーベ大将指揮下の水上打撃艦隊で無事に母港まで帰還できたのは、大破した旗艦デレ・メント・ジェーラル、小破のテルピット級戦艦ヴェルヘリムス、同級戦艦のヴァイセンブルク、改テルピット級戦艦レッチャー、プレイチェン、他に戦艦ノイヤ、ミッツ、リースリマ。重巡洋艦と軽巡洋艦をあわせて4隻、駆逐艦も16隻足らずであった。
 空母部隊も出撃した空母のうち半分が帰らないという事態になってしまった。
 空母はまだ良いが、水上打撃部隊は出撃時の8割近い戦力を喪失してしまったのである。その隻数は、霧城連邦第一艦隊の半数にも遠く及ばない状態であった。
 これは、壊滅的状況を通り越して殲滅的状況で全滅したといっても過言ではない。
 
 これに対し、霧城連邦艦隊側の損害は大規模海戦というわりには少ないほうではあったが、老齢戦艦はただでは済んでいなかった。日向、扶桑、霧島が沈没し、山城と榛名が大破した。他に新鋭戦艦である要芽も中破の被害を受けていた。補助艦艇も20隻近くが撃沈、または大破の被害を受け、他も主砲を使用不能にさせられるなど被害を受けていた。
 この海戦は、霧城連邦にとっては大規模海戦において勝利を収めた最初の戦いとして、セレバンテス帝国にとっては至上稀に見る屈辱的な海戦として、長い間記憶されることとなった。

小説についてのアンケート
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