戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第11話 第二次アルデンテ島沖海戦、前編


 1943年5月21日、セレウベル海をアルデンテ島に向け、総勢数百万トンと言う鉄の塊が海の一角を埋め尽くすように突き進んでいた。
 スバート海海戦、第一次アルデンテ島沖海戦を経て消耗した艦隊から再建なったセレバンテス帝国の大艦隊である。今回は前回の海戦とは比べ物にならない艦隊規模だった。
 このセレバンテス第一連合艦隊の規模は、戦艦と巡洋戦艦を合わせて30隻、空母17隻、巡洋艦36隻、駆逐艦等100隻以上の戦闘部隊が先頭を航行している。
 これが戦艦20隻を中核にする第一艦隊、巡洋戦艦8隻を中核とする第二艦隊、空母を中核とした第一機動部隊(第一、第二空母部隊に分けられている)に分かれていた。
 さらにこれら戦闘部隊の後方数十キロはなれて弾薬等が満載された運送船、タンカー、その他補給物資を積んだ輸送船が護衛空母と駆逐艦を中心にした護衛部隊に守られ付き従っていた。
 そして、艦隊の最後尾に上陸作戦を敢行するための陸軍師団を乗せた兵員輸送船と護衛部隊が航行している。
「それにしても、こんな大艦隊を指揮できる日が来るとは」
 第一連合艦隊の総司令官に任命されていたリーベ・シュベスター大将は、艦橋から外に出て水平線を埋め尽くすほどの艦船群を眺めながら言った。彼が視線を空へ向けると対空警戒についている戦闘機が旋回していた。
 その戦闘機は、新しく量産配備されたフォーウルフFw-113T艦上戦闘機であった。Fw-113Tは、1850馬力を発揮する新型エンジンを搭載した高性能機で、最高時速も600kmを軽く超えている。
「あの戦闘機隊はどこから飛んだ部隊かね?」
 リーベ大将は隣に控えている航空参謀に聞いた。
「はい、時間と空域から判断しましてペーター・ストラッセル級空母の二番艦から飛び立った部隊でしょう」
 航空参謀は、手に持っていた書類を確認しながら言った。
 ペーター・ストラッセル級空母は、従来の空母とは一線を画す空母で艦載機の発艦促進のため、油圧カタパルトを世界で始めて二基搭載し、爆弾や魚雷を搭載した艦上機でも迅速に発艦ができるシステムを備えていた。カタパルトは、昔から巡洋艦以上の大型艦艇に備えられ、偵察機等の発艦のために使用されてはいたが、それらで使用されていた火薬カタパルトや空気圧式カタパルトでは重い艦上機を加速させるには力不足だったのである。
 また、大型化したその船体は、空母の弱点である甲板の重装甲化と艦載機の数を大幅に増やすことを可能にした。それが、4隻配備されていた。
「これほどの大艦隊なら負ける気がしませんな」
 そう言ったのは旗艦デレ・メント・ジェーラルの艦長であった。
「簡単にそうとは断言できないな。君は、航空機が戦艦を撃沈できると思うか?」
「それはもちろん、航空機に戦艦は撃沈できません」
 艦長はさも当然のことのように断言した。
 リーベ大将は、人差し指を立てると話し始める。
「いや、それは違う。上層部でも航空機で戦艦を撃沈できると信じている者は少ない。が、しかしだ、私はそれが可能だと思う。それから考えると、戦艦は無力とは言わないが戦艦よりは空母と艦載機を量産したほうが有利だと考えている。そしてだ」
 そこでリーベ大将は航空参謀のほうに向いて聞く。
「我が艦隊の空母は何隻か?」
 航空参謀はすぐさま答える。
「すべて合わせると17隻であります」
「偵察部隊からの報告にあった敵の航空戦力は?」
 それにも航空参謀がすぐに答える。
「はい、少なくとも20隻近くいるとのことです」
 それを聞いたリーベ大将は、話の続きをし始める。
「隻数で見ても我が艦隊は敵に劣っている。それに、こちらが新鋭機を出すと言うことは、敵も新鋭機を出してくる可能性があると言うことだ。また、我が空母部隊の何隻かは本来機動部隊に加えるには適さない小型空母だ。それから考えると敵と我が艦隊との差はさらに広がる。この海戦、戦艦部隊で突撃を敢行しなくてはいけなくなるかも知れぬな」
「突撃、ですか?」
 艦長が戦艦同士の砲戦には聞きなれない言葉を聴いて聞き返した。
「そうだ、突撃だよ。いざとなったら昔の海戦のように艦首を敵艦にぶつけられるほど近づいて敵空母を砲撃してやろう。君も知っている通り、空母と言う船は戦艦の砲撃にはまったくの無力だ。あくまで、海上基地としての役割がメインだからな」
 そこで何かを思い出すようにいったん言葉を切り、艦長に質問した。
「君も先の海戦で機動部隊が壊滅した事実を知っているだろう。それが戦艦部隊に起こらないと断言できるかね?」
 艦長は、すぐには答えなかったため彼らの間で沈黙の時間が流れた。リーベ大将は返答があるまで待ち続け、一分くらい経ったとき艦長が言った。
「そうですね、スバート海海戦では我が軍が、損傷した戦艦でありましたが沈没寸前の被害を与えましたし、そのときの目標が軽装甲だった事を考慮に入れましても無傷ならまだしも損傷したときなら、あるいは」
 いくら戦艦が重装甲を施しても完全な浮沈艦にはなれないと言うことは艦長自身分かっていたが、航空機のほうが良いといってしまったら自分の存在意義が無くなってしまうような気がして断言はできなかった。
「まぁ、そう簡単には敵機に撃沈させないよ。そのために対空射撃を猛訓練してきたし、レーダーを大半の艦に搭載したのだからね。それに防空専門艦もあって我が艦隊の防空力は確実に上昇している」
 そこで言葉を切って、リーベ大将は戦艦を守護するように同行するヒラミレス級防空巡洋艦に視線を移した。他の将官も彼に合わせて視線を移した。
 ヒラミレス級防空巡洋艦は、セレバンテス帝国海軍が始めて配備した対空戦闘専用の艦艇であった。
航空戦力を過小評価していたセレバンテス帝国であるが、霧城連邦の大機動部隊が出現したことで少しは評価するようになっていた。ヒラミレス級防空巡洋艦は、霧城連邦の防空巡洋艦にヒントを得て建造された。
防空力を強化した巡洋艦は既にあったが、ヒラミレスは大胆にも本来の巡洋艦の主兵装である主砲を取り除き、代わりに対空射撃用の高角砲と機関砲や機銃を増設したのである。さらに、新開発された対空レーダー、射撃用レーダーなども装備し、下手な鉄砲数撃てば当たるというように数で押し切るのではなく、レーダーを組み合わせることで命中率を飛躍的に上昇させていた。
 開戦前から建造が進められ、開戦後の戦訓から生産の大幅な繰上げが行われて艦隊配備されたのであった。
「それにしても、我が国の工業力はすごいな。これほどの艦を短期間に就役させてしまうんだからね。その我が国との戦いをしている霧城連邦の工業力もすごいがな」
 そう言うと、リーベ大将は体を180度方向転換させて艦内に戻っていった。
「ところで、大セレネバ帝国は今回の海戦に戦力は出さないのかね?」
 リーベ大将は、指揮官席に腰を下ろしながら参謀長に聞いた。
「戦力を出すと言うことですが、先の海戦で空母部隊に大損害を受けて再編成中であり、出すことができるのは空母数隻と護衛部隊からなる小部隊だということです」
 たとえ空母数隻であっても加勢があるとないとではまったく違うとリーベ大将は考えており、もしものときの保険に使うには打ってつけだ。敵艦隊攻撃には過小な戦力でも防空任務等の補助的役割になら極めて有益であろうと考えていたからだった。
 彼が戦力の多い少ないということに敏感なわけは、諜報機関を通じて聞いていた敵の新型機の情報から、その新型機の性能が大幅に上昇していること、敵空母に艦載されている可能性も高いこと、それによって敵制空戦力が上昇しているとの予想から少しでも多くの直掩機を欲していたからであった。
「その艦隊の合流予想時刻ですが、現在の艦隊位置から言って敵との交戦開始から少し遅れてくると思われます」
「まぁ、仕方なかろう。大セレネバ帝国は霧城連邦の通商破壊作戦をもろに受けているそうだそうじゃないか」
「そうですね、我が国も頻繁にではありませんが、霧城連邦の通商破壊行動に被害を被っております。それにより生産の遅延も出ていると聞きます」
 その場に居合わせた要員の全てが通商破壊活動の話しを聞き、一瞬口をつぐんでしまった。
 通商破壊作戦は、主に潜水艦を主体とした海上戦力で行われるが、それを初めて大々的に実施したのは他ならぬセレバンテス帝国だったのである。
彼らは、通商破壊作戦をされた国がどうなるか良く知っていた。輸送船を片っ端から沈められ、輸送船を護衛するはずの駆逐艦でさえも時には撃沈されてしまい、補給物資が海の航路を通ってこなくなってしまう事態はその国の継戦能力に甚大な被害を与えるからである。
「が、しかし、我が軍は敵に屈することはできん。今回の海戦では敵と刺し違える覚悟で攻撃を行う必要がある。総員、そのことを心にしっかり刻んでおけ」
 軍帽を被りなおし、リーベ大将は水平線をじっと見つめる。その目は、水平線のずっと向こう、海戦の起こるであろう海域を向いていたのである。
 艦隊が行く海の遥か上に広がるのは雲ひとつない青い空であった。自分たちは逃げも隠れもしない、正々堂々叩きのめしてやる。そう、気持ちを込めて、水平線を見つめていた。

★

 同艦隊、空母翔鶴。霧城連邦艦隊は、第一、第二機動艦隊、15隻にものぼる大空母部隊を迎撃に出していたのである。しかも、第一機動艦隊には瑞穂級大型装甲空母が一隻配備され、総艦載機数は一千機以上であった。
 空母は6隻増強され、重巡洋艦、軽巡洋艦、防空巡洋艦、駆逐艦等も増強されていた。また、新型航空機も配備されていたのである。
 しかし、これらの艦や航空機は霧城連邦の製造した全体のものに比べれば一部である。なぜならば、華々しい第一線に出られる戦闘艦以外にも輸送船を護衛するための護衛駆逐艦や護衛空母、その輸送船自体も次々に竣工させていたからである。
 また、近代化が進んでいた海軍と比べ技術的に遅れていた陸軍の兵器も新型が次々と製造されていた。

 翔鶴は、本来第一遊撃隊の所属ではあったが、今回第一遊撃隊は砲撃任務だけをこなすとして翔鶴も第一機動艦隊に戻されていた。
「…我が国の海を守ってきた世界に誇れる霧城連邦海軍が今日、アルデンテ島基地を出港いたしました。作戦行動のため、詳しい情報は伝えられていませんが、セレバンテス帝国が大艦隊を派遣してきたことから、主力機動艦隊と戦艦部隊を投入することは明らかです。敵の戦力は決して少なくはありませんが、我が霧城連邦海軍は、その力のすべてを発揮して敵を完膚なきまでに叩きのめし、その強さを見せ付けてくれることでしょう。繰り返しお伝え申し上げます。我が霧城連邦海軍は……」
 ラジオからは、気持ちを抑えきれないのか少し早口になりながら話すキャスターの声が発せられていた。
「なんとも陽気なこった。前線で戦う私たちのことなんか分かってんのかなぁ」
 ラジオのつまみをどう回しても同じような内容しか言っていないラジオにうんざりしてしまったのか長い銀髪を指でいじりながら女性士官が言った。
「落ち込んでいないのは良いことですっ。イシュタル中尉は違うんですか〜?」
 ラジオに耳を澄ましていたレイカ少尉は青い髪を揺らしながら振り向いた。
「そりゃ、これから戦うって時にすごい暗い声でしゃべられたら困るけどねぇ。それより、あんたはたまには落ち込んだらどうなのぉ。いつも元気じゃ疲れないの?」
 イシュタル中尉が逆に聞き返す。
「ぜーんぜん疲れませんっ。落ち込んでるほうがよっぽど疲れるじゃありませんか」
 笑顔いっぱいで話すレイカ少尉にイシュタル中尉は何か言おうとしたが、言ってもあまり意味がないと思ったようで、両手を肩ほどまで挙げて降参というようなジェスチャーをすると右手首に付けられた腕時計に視線を移した。
 その腕時計は大分使い古されたもので何度も内部電池を取り替えては使用し続けている愛用時計であった。
 腕時計は、長針がちょうど一周して12時のところに戻ってきたところできっかり1時を指していた。
「敵さんはいつお見えになるのかな。ねぇ?」
「え、あ、も、もうすこしじゃないんですか?」
 赤みがかかった黒の髪を大きく揺らしてレベッカ・プレトリア少尉が返答した。
 レベッカ少尉はイシュタル中尉の小隊の部下であり、良き話し相手であった。自己主張の強いイシュタル中尉といつも必要以上のことは言おうとしないレベッカ少尉は周囲の予想に反して極めて仲が良かった。性格がまったく違うからかえって相性が合うのであろうか。
「レベッカ、あなた大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫ですよ」
 レベッカ少尉は、先ほどの動揺をまだ引きずっているようで声が所々裏返っていた。
「一度深呼吸したらどう? 落ち着くわよ」
 レベッカ少尉の肩に触れながら言った。イシュタル中尉は、自分の言ったとおりに深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着かせようとしている様子が面白くてくすっと笑った。
「も、もう、笑わないでくださいよぅ」
「あー、悪い悪い。まぁ、誰だっていつも落ち着いているわけじゃないし、何かあったらすぐに私を頼りなよ。少しも気負いする必要はないからね」
 レベッカ少尉は、操縦の腕はすばらしいものがあるのだが、精神的にはまだまだだなと思うところがあった。そこが彼女の魅力でもあるのだが。
 すみれ大尉にアタックするには根性がないし、沢渡中尉もしかり、レイカ少尉は見ている分には可愛いのだが、あのバイタリティについていこうと思う者は少なかった。レベッカ少尉は、おとなしい性格であるということで何度か告白を受けたことがあった。
 しかし、彼女は恋愛に対しては何か信念があるようで告白を受け入れることはなかった。
「そういえば、他のメンバーはどうしてるかレイカは知ってる?」
「他の人ならたぶん機体の最終調整にでも行っているんじゃないですか?」
「なるほど。レイカ、疾風ってどうよ?」
 疾風は、海空軍に配備され始めていたが、今海戦のために海軍に優先配備されていた。
 レイカ少尉は、考えを整理しようと天井を見て少しの間考えにふけると、視線をイシュタル中尉のところまで下ろしてきて話し出した。
「そうですね〜、操作性が良いのは良いんですけれど、ちょっと操作に敏感すぎるかな。烈風のつもりで操縦すると旋回が利きすぎたりして慣れるのに少し時間がかかりました。でも、機関砲弾が増えたのはありがたいですね。中尉はどうなんですか〜?」
「あ、私?」
 レイカ少尉はこくんと頷く。
「そうねぇ、私も攻撃力の強化はありがたかったけれど航続力が伸びたのが良いんじゃないかしら。空戦出来る時間も増えたことだし。スコアも効率よく稼げるってことで」
 レイカ少尉がそれに続けて話をしようとしたとき、艦内にブザーが鳴り響き、艦内連絡が入った。
「偵察に出ていた彩雲から敵機動部隊発見の報告が入った。待機中の各パイロットへ告ぐ、各員至急発艦準備を成せ。繰り返す、各員至急発艦準備を成せ」
「レベッカ行くわよ」
「あ、はいっ」
 イシュタル中尉は、レベッカ少尉の手を取り飛行甲板上に上がる通路へと走っていった。彼女らは、即時待機を命令されており、飛行服は既に着用済みであった。
 飛行甲板上に出ると第一次攻撃隊のパイロットたちが飛行甲板の一角に集合しており、彼女らもそこに急いだ。
「遅いぞ! 命令から何秒以内に集まるかは分かっているだろう?」
「申し訳ありませんっ」
 そう言いながら加わる。
 レイカ少尉たちの後に誰も来ないことを確認してから屋良中佐は話し始める。
「既に聞いている通り、艦偵彩雲が敵機動部隊を発見した。敵は大型空母10隻以上からなる大機動部隊である。敵は、これを二手に分けて運用している。我が翔鶴の第一次攻撃隊は瑞鶴や他の第一機動艦隊所属の空母艦載機部隊と共にこれの一方を叩く!  総員、これまでの空母戦とは比較にならないほどの大規模戦闘であることを忘れるな。何か言いたいことはないな?」
 屋良中佐は、みんなの顔を一通り見ていってから次の言葉を言う。
「それでは、搭乗開始!」
『了解』
 パイロットは皆が声をそろえて言うと、それぞれの愛機に走っていく。
「レベッカ。まぁ、落ち着いてしっかりすれば大丈夫だから」
 イシュタル中尉は、レベッカ少尉にそう声をかけながら愛機へと乗り込む。
 飛行甲板上の艦上機はどの機も発動機に火が入れられ、何十ものプロペラが壮大な音を立てながら回っていた。艦の先にある流星から折りたたまれた主翼を元のまっすぐな状態に戻し、甲板要員の誘導の元、二基装備された油圧カタパルトに移動していった。
 流星は、霧城連邦海軍初の艦上攻撃機と艦上爆撃機の任務を一機種で代用できる万能機であった。まず、魚雷を搭載した流星が発艦していく。発艦に使われる油圧カタパルトは、先の軍港帰港時に改修工事を受けたものである。ちなみに、他の空母にも油圧カタパルトが二基又は一基装備され、発艦作業をよりすばやくすることに成功していた。
 通常は艦上戦闘機から発艦するのが常であったが、疾風の航続距離が流星より短いことから先に流星を発艦させることになっていた。
 機体をカタパルトに固定し、ロープで勢いよく引っ張ることで外部装備を満載した艦上機でも用意に発艦させることができる。重い魚雷を搭載した流星がいとも簡単に発艦していけるのもこの油圧カタパルトのおかげである。
 二基のカタパルトでテンポよく発艦した雷装の流星の次は爆弾を搭載した爆装流星の番であった。これも何十秒おきに次々と発艦させられていき、ついに疾風の番になった。
「レベッカ大丈夫?」
 イシュタル中尉が声とジェスチャーで隣の疾風に搭乗しているレベッカ少尉に聞いた。
「はいっ」
 イシュタル中尉の問いかけに、彼女はびしっと敬礼をして返す。
「よしよし」
 レベッカ少尉の様子に満足したイシュタル中尉は、視線を前に向けて自分の番が来るのを待つ。
 このころになると、飛行甲板の前半分くらいが空いている状態になるので油圧カタパルトを使わずにも自力で発艦できるようになっていた
 そして、前に待機していた疾風が発艦し、番が回ってきた。イシュタル中尉の乗る疾風も折りたたまれた主翼が元に戻され、車輪止めを甲板要員が外し、機体がゆっくりと走り出した。スロットルをいっぱいまで上げ、疾風は一気に加速していく。
 そして、発艦に必要な揚力を得て空へ飛び上がる。
「こちら、すみれ大尉。遼機が飛び立ったことを確認したら中隊に合流せよ」
「了解」
 イシュタル中尉は、高度を取った後、遼機のレベッカ少尉機が飛び立つのを確認し、自分と同じ高度まで上がってきて合流してから中隊のいつところまで行く。
 第一機動艦隊は、疾風85機、流星185機と天山、彗星が少数、そして彩雲数機の計324機の第一次攻撃隊を発艦させた。第二機動艦隊もこれに呼応して疾風、天山、彗星、彩雲からなる182機の第一次攻撃隊を発艦させていた。
「わぁ〜。新型空母は、本当に大きいですね」
 他の小隊を待つため旋回していたイシュタル中尉のもとにレベッカ少尉から通信が入った。
 イシュタル中尉も彼女が見ているのと同じ空母に目を移した。
 レベッカ少尉が驚くのも無理はない。新型空母の瑞穂級は、全長300mを越え、全幅57mの最新鋭空母で、大型空母のはずの翔鶴級が小さく見るほどであった。
 さらに、瑞穂級には他の空母とは違う部分があった。それは、飛行甲板が直線になっていない点である。通常の滑走路のほかに前方左舷方向に斜めに設置されたもう一つの滑走路があった。これは、斜め飛行甲板と呼び、発着艦の効率化を目指して考案されたものであるが、日々高速化していく艦載機や近いうちに採用されるであろう墳進式航空機の運用に対応するための措置でもあった。
 墳進式航空機は、最高速度が速いのと比例して着艦時の速度も高速であり、従来の方法では着艦に必要な距離を確保することが難しくなったからである。また、従来機でも発艦と着艦を同時に行うことができ、待機中の航空機に着艦してきた航空機が激突する心配もないし、着艦作業に失敗してもすぐに飛び立ってやり直しがしやすいという利点もある。
 そして、もう一つ瑞穂級で採用された代表的な新技術が舷側に設置された二基のエレベーターである。飛行甲板中にも一基エレベーターがあるが、舷側エレベーターを使うことで飛行甲板を有効に使える利点がある。
 しかし、結果的に飛行甲板の舷側に大きな穴が空き、防御面で弱点をさらすことにもなる。その穴に爆撃や銃撃を受ければ格納庫内が火の海になりかねない。夜に光が漏れて発見されるきっかけや台風等による被害も考えられた。
 そのために、防火、防水、敵航空機の攻撃にさらされそうなときは分厚いシャッターを下ろすことで被害を最小限に抑える対策がされていた。
 艦内のところどころに火災消火用のスプリンクラーを設置したり、科学火災用の粉末消火器なども設置したりした。
 瑞穂級は、防御力と個艦防空能力の上昇も図られている。飛行甲板および格納庫の底に施された重装甲は艦の機関等の重要部分への500kgを防ぐことができる。喫水線下には魚雷攻撃に耐えうるための重防御が施された。
 対空砲は、防空巡洋艦で使用されている10センチ高角砲を砲塔化した10p両用砲8基と40o4連装機関砲を19基が配されている。これらの対空砲の射撃のためにレーダー付きの射撃指揮装置も置かれていた。
 また、対空、対水上見張りレーダーも最新鋭のものが装備され、初歩的ではあるが電子電算機も搭載され、旗艦機能も備わっている。
「こちら、中隊長。各小隊の合流を確認した。これより、制空隊に合流して敵攻撃に向かう。何度も言うことになったが、これは今までとはまったく違う大空母決戦である。各員そのことを忘れないように」
 中隊内通信ですみれ大尉から通信が入った。
「まぁ、いつも通り撃墜スコアを稼がせていただきます」
 イシュタル中尉は、中隊長と言うよりはみんなに宣言するように言った。
「それは一向に構わないけれど、独断専行だけはだめよ。私たちはチームとして戦っているんだからね」
「は〜い、了解です」
 そこで、イシュタル中尉は無線を通してレベッカ少尉に話しかける。
「行くよ、レベッカ」
「はいっ」
 レベッカ少尉の元気いっぱいの声が聞こえた。

★

 時間は少し戻ってリーベ大将の第一艦隊。
「我が艦隊が敵偵察機に発見されました。攻撃隊がくるのも時間の問題かと」
「我が方はどうなのだ。敵は発見できているのか?」
 そう聞かれた参謀は少し間を置いてから言った。
「いえ、まだです」
 リーベ大将は苛立っていた。霧城連邦が彩雲や水上偵察機を出して索敵しているのと同様にセレバンテス帝国側も艦載機や水上偵察機を出していたが、どの機からも敵と接触したと言う報告がなかったからであった。
 このままでは、敵の先制攻撃を受けてしまう。そう、彼は心配していた。
「分かった。見つかったらすぐに報告させろ」
 彼は、艦橋の中を行ったり来たりし続けた。その間にも刻々と時間は経っていった。そして。
「大将、敵です。空母5隻以上の敵艦隊を発見しました」
「よし、攻撃隊を発艦させよ。敵を撃滅するのだ!」
 リーベ大将の命令に、空母で発艦を待っていた艦載機部隊は次々と発艦していった。
「この前の海戦の屈辱を晴らして来い!」
「南洋の猿どもに我らの強さを思い知らせてやれ」
「一発たりとも爆弾を無駄にするんじゃないぞ。全部当てて来いっ」
 パイロットは、甲板要員のさまざまな歓声を受けて飛び立っていく。
 セレバンテス側も霧城連邦側にまけず劣らず、総勢470機の攻撃隊を出撃させた。
 ここに、二つの艦隊の決戦が始まったのである。

★

 第一機動艦隊の第一攻撃隊は、敵の機動部隊のうち主力の第一機動部隊の攻撃に向かっていた。
「こちら、攻撃隊総隊長。もうすぐ敵艦隊の見えるころだ。各機いつでも攻撃を開始できるよう準備をしておけ」
 母艦から出撃して20分、もういつ敵艦隊が現れてもおかしくない状態だった。
 イシュタル中尉もドロップタンクの投下スイッチに指をかけ、いつでも空戦を開始できる体勢だった。
「レベッカ、しっかり付いてくるのよ」
「了解」
 イシュタル中尉を始め、攻撃隊のパイロットの誰もが敵艦隊が現れるのを待った。
 そして、さらに何分が経ったとき、通信機から雑音が一瞬聞こえ、ついで偵察機のパイロットの声が聞こえてきた。
「こちら、翔鶴所属の彩雲。機載レーダーに敵を探知。敵の主力空母部隊を発見しました。方位2時の方向」
 イシュタル中尉は、その報告の通り前方二時方向に視線を移した。そこには、小さくだが点のようなものが見えていた。そして、こちらに向かってくる飛行体も。
「総隊長より各機へ、敵迎撃機だ。制空隊の半分はこれを牽制、迎撃。残りの制空隊は攻撃隊の支援に回れ。全機、ドロップタンク投下。戦闘開始!」
 第113戦闘機中隊の前方にいた別に戦闘機中隊がドロップタンクを投下し、編隊を維持しつつ、高度を上げていった。
「上空より敵機!」
 どこからともなく通信が入る。
「各小隊、散開。空戦開始!」
 すみれ大尉からも戦闘開始命令が出された。
「レベッカ、行くわよ!」
 そう言いながらイシュタル中尉はドロップタンクを投下させると機体を旋回させて、上空からの攻撃をかわす。
「レベッカ、付いてきてるかしら?」
 彼女はつぶやいた。
「は、はいっ」
 イシュタル中尉は、スロットルを全開に上げ、巡航速度から最高速度へと加速させ、機体を上昇体制へ移らせた。体全体にGがかかり、全身が座席へ押し付けられる。主翼は風切り音を立てていた。
 違う敵機が上空から降下攻撃してきたので機体を横滑りさせて避けると、機体を華麗に翻して反対に敵機の後ろを取る。
「もらった!」
 トリガーを引き絞り、疾風の主翼部分に装備された20o機関砲4門から無数の弾丸を発射させる。
 弾丸は、敵機に突き刺さり、火を吹かした。
「一機撃墜っ」
 彼女は小さくガッツポーズをとった。
「中尉、おめでとうございます」
「ありがと」
「それにしても、この疾風って戦闘機はまるで自分の体のようだわ」
 烈風も優秀な機体ではあったが、疾風はそのさらに上を行っていた。重戦闘機であるにもかかわらず、旋回性能も優れているからである。
「この調子で行くわよ」
「了解」
 その間にもさらに一機撃墜してスコアを増やしていたイシュタル中尉は上昇体勢に転じていた。
「中尉っ、後ろに付かれました。お願いします」
 レベッカ少尉から通信が入る。
「ダイブで回避しろ。そうしたら、助けるから」
 レベッカ少尉は、機体を海面のほうへ向け、急降下を始めた。コックピットはガラス窓で覆われているのと言うのに風きり音がひっきりなしに聞こえた。
 そして、高度が何百メートルか落ちたとき、後ろで爆発音が起こり、ついでイシュタル中尉の通信が入った。
「スコアゲット。レベッカ大丈夫?」
 彼女は、明るい声で大丈夫ですと返答した。
 敵の迎撃機のほとんどは、彼女らの戦闘機隊に拘束され、攻撃機や爆撃機の攻撃に向かえた機数は少なかった。
「次は、あの敵を狙うわよ」
 いつの間にか横を飛んでいた疾風からイシュタル中尉が指を指して言った。
 その戦闘機は、違う味方機とドックファイトして逃げてきたところで速度が落ちていたところだった。
 イシュタル中尉とレベッカ少尉は、機体を徐々に降下させながら速度を上げていって敵機に近づいていった。しかし、もう少しでイシュタル中尉の機関砲の射程内というとき、敵機は大きく右旋回をして回避運動を行ってきた。イシュタル中尉は、そこで機体を旋回させずに、後ろを飛んでいたレベッカ少尉に撃墜するように命じた。
 あまり急旋回をすると速度が落ちてしまい、逆に敵の的になってしまう危険性があるためであった。まだ、敵との距離があったレベッカ少尉ならそれほど速度を落とさなくても敵を射程内に治めることができるだろう。
 彼女の予想通り、レベッカは機体を敵機の後ろに付かせて機関砲を唸らせた。無数の弾丸が放たれ、敵機は胴体部分から黒い煙を噴出し、機体の制御が失われたのか錐もみ状態になって海面へ落ちていった。
「ざっとこんなもんですっ。次に行きましょう」
 レベッカ少尉は、良い具合に気持ちが高揚していつもよりも好調そうにイシュタル中尉には思えた。

 そのころ、同中隊のレイカ少尉と北条中尉の小隊も空戦を繰り広げていた。
「やりました、二機目を撃墜でっす」
 レイカ少尉は、操縦桿を握っていなければ拳を振り上げて喜びを表したい気分であった。
「北条中尉、援護ありがとうございます」
 急にお礼を言われたので一瞬と惑った北条中尉であったが、いつもどおり冷静な口調で返答する。
「援護するのは当然のことだから気にしないで。でも、いつも自分の撃墜ばっかり喜んでたのに今日は違うのね?」
「別に、今日だけってわけじゃないですよ。いつも感謝しています〜。だから、よろしくです。と、今度はあの戦闘機を狙いましょう」
 彼女は返答を待たずに上昇しようする。
「ちょっと、待ちなさい」
 やっぱり何も変わってない。そう思いながら北条中尉は後を追って上昇に転じた。
 それにしても、レイカ少尉の腕は並大抵のものではない。そう、彼女は思った。援護するどころか、時おり、付いていくのがやっとのほど激しい機動をする。
 しかし、まったく疲れる様子がなく、どこにあんな体力がつまっているのか不思議でたまらなかった。
「中尉、後ろっ!」
 レイカ少尉の叫ぶような大声が聞こえてきた。
 しまった、自分としたことが、敵に後ろを取られてしまったらしい。彼女は、操縦桿を倒して縦にターンするように機動すると、機体を今度は横に回転させて機体の上下を元に戻す。
 敵機は、北条中尉の機動に付いていけてないようで、機体を起こしにかかったところだった。
「落ちなさい!」
 機体上方から機関砲弾を叩き込む。20o砲弾は、胴体を穴だらけにし、主翼燃料タンクに命中して機体を炎で包み込んだ。
「やりましたね」
 通信機からレイカ少尉の元気な声が聞こえる。
「私だって、だてに小隊長はやってないわ」
 なんだか今日は、レイカ少尉のハイテンションな声があまり苦にならなかった。
「次は、私から仕掛けるから援護お願いね」
「イエッサー」
 彼女のノリノリの声を聞きながら、北条中尉は機体をダイブさせる。
 ブーンという風を切ると音がコックピットの中に響き渡り、敵機との距離がどんどん縮まっていった。
 北条中尉は、トリガーに指をかけ、射程内に敵が納まるのをじっと待った。無駄弾を使うのが嫌いだからだ。
「おとなしく落ちなさい」
 トリガーを引き絞る。無数の火線が敵機へと延びていく。
 弾丸は敵機の主翼に命中し、これをおもちゃの様にもぎ取った。
「ちょっと多く弾を使ってしまったわ」
 彼女はそう言っているが、射撃時間はほんの一瞬で敵機を最小限度の弾数で撃墜していた。
 そしてまた上昇体勢に移らせようとした北条中尉であったが、急に機体を旋回させた。そのまま上昇していたらいたであろう場所を何十発もの銃弾が通り過ぎ、その後をFw-113Tが通り過ぎていった。
「そう何度も後ろは取らせない」
 そのFw-113Tを今度は背後から抑えると銃弾を叩き込み、これを撃墜する。
「ひゅーひゅー、中尉かっこいい〜」
 レイカ少尉が子供のような声で言った。
「ほめるのは良いけれど、後ろ取られてるわよっ。えぃっ!」
「へー、そうなんですか〜?」
 ぼけたようなことを言いながらも、機体は機敏に反応する。そして、結果的に上昇してきた北条中尉の疾風に背中を見せることになってしまったのである。そうなっては、運命は決まったも同然だ。
「そこっ!」
 北条中尉の正確な射撃が敵を捉えた。
 敵機の背中に無数の穴が開き、ついで機体が内部から膨らんだように見え、爆発を起こした。
「中尉、やりぃ!」
「ありがとう。レイカ、だけどあまり調子に乗るんじゃないわよ?」
 そう問いかけると、レイカ少尉は一度大きく息を吸い
「了解ですっ」
と答えた。
「今度は、12時方向の敵を狙うわ」
この頃には、迎撃に上がった敵戦闘機隊はその半分が撃墜されていた。
彼らが空戦を開始したのと少し時間を置いて攻撃機や爆撃機も敵艦隊に攻撃を開始していた。

★

 セレバンテス帝国、第一機動部隊。旗艦、ペーター・ストラッセル。
第一機動部隊の各艦は、皆対空砲を敵の方に向けて攻撃開始の合図を待っていた。
「あと10秒で、対空榴弾の射程範囲内に入ります。10,9,8,7,6……1」
 そして、カウントダウンがゼロになった瞬間に機動部隊指揮官から攻撃開始の合図が出された。
「主砲発射!」
 第一機動部隊の戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦の主砲から一斉に砲弾が放たれた。それらは、楕円形の弾道を描きながら敵攻撃隊のいる空域へ飛んでいく。
 それらは、攻撃隊の密集しているところまで飛んでいくと一斉に爆発した。この砲弾は、遅延信管を利用した対空砲弾で、敵攻撃隊の混乱を目的として開発されていた。
 予想通り、敵攻撃隊は砲弾が爆発する寸前に左右上下へと散っていった。対空榴弾の命中率はほぼゼロに近く、何機か撃墜できれば儲けものだという感じであったが、計六隻50発以上の対空榴弾は少なくとも10機以上の撃墜に成功していた。
「よし、対空砲座への配置に付け!」
 主砲の発射時には、強い衝撃波が出るので砲塔化している対空砲ならまだしも、野晒しの対空機銃や対空機関砲の近くにいたらただごとでは済まないので、安全区域内まで一時避難していた。
「総員、対空砲火の指示を待て」
 各艦の乗員たちは、機銃や機関砲、高角砲の発射準備を整えたままじっとその時を待った。
 そして、敵攻撃隊が再び陣形を整えて所定の距離まで接近した。
「全艦、対空攻撃開始。円陣形の中心にいる空母に航空機を近づけさせるな!」
 指揮官の攻撃開始の合図に第一機動部隊を構成する空母から駆逐艦にいたるまでの全艦は、一斉に対空射撃を開始した。
 中でも、三隻いる防空巡洋艦の対空射撃は濃密であった。うち一隻は旧式巡洋艦の主砲を撤去し、対空砲を搭載した改装艦であったがそれでも対空攻撃に果たす役割は大きかった。味方の一個水雷戦隊の対空射撃に匹敵するのではないかと言うその射撃は、敵の一部を包み込むことに成功していた。
「右舷からくる航空機5機を撃墜しました」
 しかし、相手もこれくらいで怖気付くようなパイロットたちでなく、対空砲火の網の目を縫って攻撃を仕掛けてきた。
「攻撃機を4機逃した!」
「さらに、右舷から20機の攻撃機が接近」
「敵急降下爆撃機、来ます」
「弾幕を張れい」
 敵機は、対空砲火が一番多い防空巡洋艦に空母の次の優先順位で攻撃を仕掛けてきた。
「取り舵いっぱい。爆弾を避けろ」
 防空巡洋艦が舵を大きく切り、波を立てながら回避運動を行う。
「艦後方部へ一発命中。一発至近弾」
 艦長は、損害箇所を報告させると兵士を派遣して応急処置に務めさせた。
「さらに上空から4機接近。回避、間に合いません」
「総員、何かに掴まれ。爆撃のショックに備えろっ!」
 ヒューという風きり音が聞こえ、ついで火薬の爆発する音が聞こえてきた。艦は揺さぶられ衝撃で体を壁などにぶつけた将兵も多くいた。
「前部高角砲一基に直撃。第一砲塔が使用不能」
「対空射撃続行、全ての攻撃兵装が破壊されるまで攻撃をし続けろ」
 防空巡洋艦は、各所に火災を発生させながらも攻撃を続けた。
「空母上空へ攻撃機群が接近」
「撃て、撃って、撃って、撃ちまくれ!」
 対空砲座の指揮者が自分の管轄の砲座へと命令する。
 対空機銃が唸りを上げ、高角砲が衝撃と共に砲弾を発射させる。
「やったぁ、一機撃墜です」
「まだだ、次々来るぞ。2時方向の敵機を狙え」
 兵士は、砲座を旋回させ射撃を開始し、弾が切れると流れ作業で弾を補給してさらに射撃を続ける。
「左舷より雷跡4。空母マリアンに接近中」
 流星隊が魚雷を投下したのであった。
「右舷からも雷跡3」
「速力全開、面舵一杯!」
 左舷からの魚雷は加速で避け、右舷からの攻撃は舵を切ることで避けようと艦長が命令する。
「左舷の魚雷、回避成功しました。右舷の魚雷、2発直撃コースです」
 舷側にいる見張り員からの報告を聞いた艦長は、すぐに取り舵の命令を出したが既に遅かった。機銃座の兵士が海面を白い航跡を描きながら接近する魚雷に向けて射撃を加えたが、その努力もむなしく二発ともマリアンへと命中した。
「右舷中央部から多量の海水が浸入」
 艦内の兵士からの報告を証明するように艦全体が右へ少し傾いた。
「艦長、上空より急降下爆撃機!」
「撃ち落せ!」
 敵爆撃機は急降下しつつ視界一杯に広がる飛行甲板へと爆弾を投下した。
「衝撃に備えぇ」
 敵機の爆撃は、艦の後方に大きな穴を開ける。
「格納庫内で火災発生」
「さらに、上空より3機接近」
 取り舵で避けようとするが、またしても一発命中してしまう。
「格納庫の航空機に引火。とても消し止められません」
 兵士の悲痛な通信が入る。
「やれる、やれないじゃない。やるんだ」
 しかし、艦長は彼らに喝を入れた。
 第一機動部隊の対空砲火は前と比べて格段に濃密だった。だが、攻撃隊は数と高機動性を生かして容赦ない攻撃を加える。
「アシュトル、沈みます!」
 艦長が共に対空射撃を続けるアシュトルに目を向けると、アシュトルはもうもうと煙を吹きながら途切れ途切れに対空砲弾を撃ち上げていた。そして、大爆発を起こした。
「なんだと。こんな短時間に正規空母を撃沈させたなど信じられん。護衛艦艇は何をやっている」
 艦長は、隣にいる参謀に向けて怒鳴った。
「は、はい。護衛艦艇も必死の射撃を続けております」
「そんなの分かっている。撃て、撃ちまくるんだ」
 敵攻撃隊は、護衛艦艇にも攻撃を加え、重巡洋艦一隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦三隻を撃沈していた。
 マリアンの目の前でも、駆逐艦一隻が舷側に大きな水柱を発生させ、浸水と共に沈んでいった。
 マリアンも敵に負けじと対空砲弾を撃ち上げる。その砲火に敵攻撃機一機が絡め取られ、火達磨になりながら墜落した。
 しかし、残りの攻撃機が魚雷を投下した。
「左舷より雷跡2」
「取り舵一杯」
 艦長の命令でマリアンは矛先を左へと向けていったが、先の被雷で速力が落ち、水の抵抗の増加で先ほどよりも大きな円を描いて回頭する形となってしまった。
 やっと半分くらい回頭し終えたところで艦前方部分に水柱が高く大きく上がった。
「二発被雷。艦首部分より浸水。前部居住区でも火災発生」


★

 第二機動艦隊上空。
「くそ、これじゃきりがないぞ」
 第二機動艦隊の直掩機隊は、次々に襲ってくる敵戦闘機に手を焼いていた。
「敵も新型らしい。気をつけろ」
「こっちは一機やられた」
 セレバンテス帝国の攻撃隊は、霧城連邦の防空力が強力なことを考慮に入れて、攻撃隊を分けずに集中攻撃したのである。それも、防空力が弱い第二機動艦隊を。
 上空には疾風が60機飛んでいた。直掩機に46機割り振られていたが、敵機の接近にさらに14機が飛び立っていたのである。しかし、470機の攻撃隊の相手をするにはまだ少なかった。また、セレバンテスの戦闘機は前の戦闘機より格段に性能が良くなっており、セレバンテス側は数で押し切ろうとしていた。
 第二機動艦隊側は、第一機動部隊の何倍もの対空砲火を上げるが、突入した攻撃機の何割かが対空砲火を潜り抜けて魚雷や爆弾を投下し、空母一隻を大破させていた。
「くそっ、増援の航空機はまだ来ないのか?」
「もうすぐ来るとのことですが…。うわぁっ!」
 また一機疾風が撃墜されてしまった。
 そして、味方艦隊のほうもこの大群は予想外であった。
「敵攻撃機、一個中隊来ます」
 空母葛城の見張り員が艦長に報告する。
「上からも4機」
 艦長が命令する間もなく次々と新手が現れる。
「面舵一杯、爆撃を避けろ。攻撃機は撃ち落せ!」
 葛城は、艦を右へ左へと回頭させ、搭載された高角砲が砲弾を発射し、機銃と機関砲群は弾幕を張って応戦した。雲龍級の空母は中型空母で高速空母でもあったので舵の利きが良く、回避運動をしやすい艦であったが、空母はもともと弱い軍艦であるので一度攻撃を食らえば致命傷になる可能性もあった。
「爆弾一発が後部甲板に命中。しかし、戦闘続行には影響なし」
「雷跡3」
 見張り員の叫び声が響き渡った。
「舵戻せ、取り舵一杯」
 操舵手が操舵輪を左へ勢いよく回し、それに少し遅れて艦が付いていく。葛城は、矛先を魚雷の方向へと向けると魚雷に向かって前進する。
 見張り員は、舷側を通り過ぎる魚雷を確認した。
「魚雷回避!」
 その報告にほっとした艦長は、舵を元に戻すように命令を出した。
 しかし、ほっとしたのもつかの間、さらに魚雷が右舷から接近してきたのである。
「戦速後進、面舵一杯」
 ついで聞いた見張り員からの魚雷の位置から考えて、増速して避けるより、逆に減速して回頭したほうが良いと判断したからだった。
 葛城がつんのめるように減速し、艦首部分が海水をかぶった。それと同時に左へと舵が切られ、艦が曲がっていった。
「さらに左舷より雷跡2」
 艦橋からも海を進んでくる魚雷の航跡が見て取れた。艦長がすぐに取り舵を命令したが既に敵の魚雷はすぐそばまで迫っており、回避するのは不可能に近かった。
「総員、衝撃に備えよ」
 艦長も近くにあった手すりを掴み、魚雷が接近に備えた。魚雷は、葛城の舷側艦首からやや中央寄りのところに命中した。
「二発被雷!」
 魚雷が命中した瞬間、艦橋要員らは大きく揺さぶられ、艦長も体を壁に打ち付けた。
「艦長、怪我はありませんか?」
 ぶつけた肩を抑えていた艦長に兵士が一人寄ってくる。
「だ、大丈夫だ。それよりも被害状況を知らせるんだ」
 葛城に命中した魚雷は、大量の海水を流入させ、閉鎖した隔壁を水圧でこじ開けて艦前部は水に浸されていった。
 鈍い音と共に、艦全体が前のほうへと傾いていく。
「前部に浸水。新しい火災は発生していません」
「ダメージコントロール班出動、これ以上の浸水を防げ」
 艦長が担当の士官に命令して少しも立たない間にまた新たな敵機が現れた。被雷で速力が落ちたのを確認した敵が攻撃を集中してきたのである。
「急降下爆撃5機来ます」
「撃ち落せ!」
 海上近くを飛ぶ攻撃機を攻撃していた機銃座も砲身を空へと向け、毎分三百発という発射速度で弾幕を張る。
「落ちやがれっ」
 銃弾を発射で発生する振動をできるだけ抑え込み、少しでも命中率を上げようとしたが、敵は落ちず、250kg爆弾は敵急降下爆撃機から投下され、まるで線で繋がっているかのように飛行甲板へと殺到した。
 飛行甲板上で次々と爆発が起こり、爆風が格納庫内を駆け巡る。この爆風は、格納庫内に待機させてあった航空機の燃料へと燃え移り、空母を内部から熱し始めた。
「格納庫内で大火災が発生しました。とても消し止められません」
「なんとしても消すんだ! 何でも良いから処置をしてから言え」
 艦長が怒鳴り散らすと、走ってきた兵士は一言返事をして走って戻っていった。
 直掩の戦闘機隊は、やっとのことで制空隊の戦闘機を蹴散らし、他の機種への攻撃に移った。
「3時の方角を見てください。増援の戦闘機です」
 烈風や零戦などの戦闘機隊が少なくとも30機は飛んできていた。
「ようやく来たか」
 このころには、敵戦闘機の中に弾切れの者が出ていたが、依然数の上では互角かそれ以上であった。

★

 第113戦闘機中隊。
「こちら中隊長。迎撃機の大半の撃墜に成功した。総隊長機からも攻撃隊支援のため、残弾に余裕があるものは機銃掃射を行うように命令が下った。嵐の中に突っ込むわよ」
「了解」
 中隊の隊員らが声を合わせて返答した。
 中隊長の小隊を先頭に各小隊も敵の対空砲火の上がる嵐の中へ飛び込んでいった。
「これは、ずいぶんすごい嵐だこと」
 すみれ大尉は、独り言をつぶやいた。
 すみれ大尉たちが支援に回ったときには敵の対空戦力は減少していたが、それでも今まで体験したどれよりもすごかった。たとえて言うならば、バケツをひっくり返したときの大雨のようなほとんど隙間のない対空砲火が上がってきていたのである。
 その対空砲火の網の目を縫ってすみれ大尉たちは機体を接近させる。
 そして、トリガーに指をかけ機関砲弾を発射させた。すみれ大尉の攻撃は、甲板にいた兵士を襲い、彼らを殺傷した。
「敵に後ろを付かれた。誰か助けてくれ!」
 味方爆撃機の背後を取り、後部旋回機銃の攻撃を避けながら銃撃を加えている戦闘機をすみれ大尉と沢渡中尉が見つけ、攻撃態勢に入った。
 爆撃機に攻撃が当たらないように敵上方から降下しつつ銃撃を加える。
 ボッと炎が上がり、主翼の片方が飛び散り、敵戦闘機は回転しながら墜落していった。
「ところで、残弾はどれくらいある?」
 すみれ大尉は、副長である沢渡中尉に聞いた。
「弾は、先の空戦でかなり消耗してしまいましたね。攻撃の支援射撃をすることは結構ですが、あと何回か機銃掃射を加えたら離脱したほうが良さそうです」
「そうよねぇ」
 すみれ大尉自身、残弾が残り少ないことは分かっていた。それとて並みのパイロットに比べれば残段は多いほうではあったが、不測の事態に備えて少しは余裕を持たせておきたかった。
「それじゃあ、あと一回攻撃をしたら切り上げましょう」
 すみれ大尉が通信を終えてすぐ、沢渡中尉が言った。
 その会話をしている間に、すみれ大尉たちの疾風は再び攻撃態勢に移る高度に達していたので、周りを警戒しつつ、駆逐艦の一隻に目標を定め、それを沢渡中尉に伝えて降下態勢に入った。
 高度が見る見るうちに下がっていき、それと比例して敵艦との距離が短くなっていった。上空を通り過ぎながら敵駆逐艦に向けて射撃するとき、機銃の発射音や風きり音にまぎれて人間の悲鳴が聞こえてきた。すみれ大尉は、心の隅でそのことを気にしつつも機体を上昇させてからのことを考えていた。
 すみれ大尉が二回目の機銃掃射をして上昇に転じたとき、それまで次々に攻撃していた攻撃機や爆撃機は、敵艦隊から離れた地点に集合して帰還の準備をしていた。まだ、爆弾や魚雷を投下していない機も先ほどよりは散発的になった対空射撃を潜り抜けて攻撃を敢行していたが、それももう終わるようだった。
 最初に空を旋回していた直掩隊の影はどこにもなく、味方機しか見当たらなかった。
 そこで、すみれ大尉は、他の小隊に通信を行って集合をかけ、自分の小隊もその地点へと向かわせた。
「こちら、中隊長。全機いるわね?」
 すみれ大尉が点呼を取ると一人残らず返答が帰ってきた。それに安心して総隊長の帰還命令を待っていたすみれ大尉たちであったが、総隊長から来た通信は違うものだった。
 敵の増援が現れたのである。
「新たなる敵を発見した。敵は、大セレネバ帝国の戦闘機隊だ。攻撃機と爆撃機を逃がしつつ、これを撃退せよ」
 最初からこうなることは、予想の内ではあったが、厄介な問題であった。どの疾風も残弾がそれほど多くは残っていないだろうからだ。
 しかし、攻撃機や爆撃機は必ず守らなくてはいけないし、それが任務である以上下がるわけには行かなかった。
「中隊長より各小隊へ、残弾の制限があるが、戦闘機以外が後退する時間稼ぎをせよ」
 そう命令を受け、中隊の各小隊は、敵の戦闘機隊の方角へ向かっていった。第一次攻撃隊の制空隊の中には攻撃機などと一緒に後退していく機もあったが、残弾がある機体は方向転換して敵の撃退に向かっていった。
「永子、ここからはただの必中じゃなくて、一発必中で行くわよ」
「了解」
 すみれ大尉たちが向かった先にいる敵戦闘機隊の機数は、味方の機数よりも少なかったが弾数の問題で不利であった。
 しかも、問題はそれだけではなかった。
「おい、敵機の中で大型のやつは足が早いから気をつけろ」
 先に空戦に入ったパイロットから通信が入ってきた。大セレネバ帝国も新型機を繰り出してきたらしい。
「少し性能が良くなったって、この疾風の敵じゃないわっ!」
 すみれ大尉は、燃料タンクの残量メーターを一瞬確認して全速力で敵機の方向へ向かった。
 敵新型機は、通信にあったとおり、速度や空戦性能で前の機体と比べ能力が上昇していたが、すみれ大尉たちの手にかかればハンデを背負っていても互角以上に戦える自身があった。
「永子、あの小隊から狙うわよ」
 そう言うと、自機よりも低空を飛ぶ敵機に急降下していった。敵との距離が縮まっていき、敵機を照準内に収めた。敵のほうは、急降下してきたすみれ大尉の疾風を避けようと小隊を散会させていたが、彼女はその一機を確実に抑えていた。
 先ほどの宣言を実証するように、すみれ大尉はほんの数発、機関砲弾を敵機に向けて発射させた。疾風には、銃撃設定の種類があり、普通の連射モードと三連射モードがあった。
 すみれ大尉たちは、普段は連射モードで使用していたが、残弾が残り少ないということで三連射モードに切り替え、攻撃していたのである。
 すれ違いざまに発射された機関砲弾は、敵のコックピットに一寸の狂いもなく着弾した。中枢を破壊された敵機は、真っ逆さまに海へと落ちていった。
 すみれ大尉が機体を起こしにかかったとき、背後から機銃の発射音が聞こえてきた。そして、すぐ後に爆発音も聞こえてきた。
「この調子で行きましょう。中隊長」
 沢渡中尉がすみれ大尉の背後に付こうとしていた敵機を撃墜し、通信を入れてきた。
「言われなくてもそのつもりよ」
 すみれ大尉は、機体を横に倒してダイブさせると次の獲物に襲い掛かっていった。敵機は、例の新型のようですみれ大尉の疾風から逃れるように急旋回をしたが、すみれ大尉も機体を操作して敵機の後ろをがっしりと押さえる。
「後ろに付かれたのが運のつきね」
 そう言って、機関砲弾を発射させる。一発目は、主翼をかすめ、二発目は胴体部に直撃し、三発目がコックピットに命中した。
 コックピットのガラスが赤く染まり、パイロットを失った敵機は原形を保ちつつもその機体を海へと墜落させていった。
「少しは装甲が厚くなったようね」
 前の機体なら、もっと損傷が拡大していただろう。
「でも、コックピットを狙われたら意味ないわ。さ、次っ!」
 彼女の目が、次の獲物に焦点を合わせた。

「くそ、残弾は少ないはずなのに的確に当ててきやがる」
 彼は、海軍航空隊のエースで先のアルデンテ島攻防戦でも制空隊の一機として戦っていた。
「エギーナ、生きてるかぁ?」
 攻撃を仕掛けてくる疾風を交わしつつ。遼機に通信を入れた。
「ああ、もちろん生きてるよ。まぁ、しかし、装甲が厚くて助かる」
 彼の愛機には、疾風の20o機関砲弾が何発か命中していた。しかし、重装甲のおかげで空戦へは影響していなかったのである。
「おい、エリーク。あの一機で飛んでる敵を狙おうぜ」
 エギーナの指差した先にいたのは、遼機を失い、単独で攻撃をしている疾風であった。
「了解した。そいつに急降下攻撃をかけるぞ。付いて来いよ」
「もちろんだとも!」
 エギーナは、機体を横に倒して違う味方機を攻撃する敵機を上方から攻撃しようと降下する。敵機は、味方の戦闘機の一機と巴戦に突入しており、速度がかなり落ちていた。攻撃するには絶好のチャンスである。
「ひゃっほ〜。地獄へ落ちろ」
 味方機に攻撃を加えて上昇体勢に転じた敵機をエギーナは高空から狙い撃ちする。自分の機体の主翼から火線が延びて行き、敵機に命中する。
「味方機の仇だ。この野郎」
 エギーナは、すれ違いざまに機銃を連射する。主翼の機銃から何百発という12.7mm機銃弾が敵の機体を傷だらけにする。敵機は、煙を吐きながらさらに低空に逃げようとするが、エギーナの後から降下してきたエリークが止めの射撃を加える。
「逃げるんじゃねぇ。落ちやがれ」
 機首部分に搭載された20o機関砲が炸裂弾を浴びせかけたのである。機関砲弾は敵機に突き刺さり、火災を発生させた。
 敵機は、機体から火を噴きながら少しずつ高度を落としていき、海に着水するような形で墜落した。
「くそ、粉々にしてやりたかったのに。敵もなかなか分厚いな」
 彼の言ったとおり、疾風の防御能力は高く、多数の20o機関砲弾が被弾したのにかかわらず、母艦まで帰還できた機体もいるほどだった。
「おい、エリーク、後ろだ」
 一機の疾風がエリークの戦闘機の後ろに張り付き、機関砲弾をお見舞いしようとしていた。
「ダイブして逃げろ」
 エギーナの忠告で機体を降下させるエリークであったが、敵機はなおも付いてきており、その差な縮まりつつあった。
「おい、まじかよ」
 エリークが機体を旋回させようとしたとき、敵機から機関砲弾が放たれた。エリークの戦闘機を何十発かの20o機関砲弾がかすめ、何発かは機体に直撃した。
もう終わりか、そう彼が思った瞬間、敵機からの攻撃が突然止んだ。
「エリーク、敵は弾が無くなったらしい。お見舞いしてやれ」
 エリークは、機体を反転させると疾風への攻撃態勢に入った。エギーナも同じ疾風に12.7mm機銃による攻撃を仕掛け、速度を減速させていた。
 彼は、機銃の発射トリガーに指をかけ、エギーナが敵機のそばを離れた瞬間、雨あられの様に機銃弾を浴びせかけた。数秒間にわたって機銃弾を浴びせかけ、機体表面の鋼鉄板をえぐり、中にも損傷を与えたが、敵は墜落する気配を見せない。
 だめか、そう思ったエリークに敵機の爆発音が鳴り響いた。主翼内の燃料タンクから発火したらしい、片方の主翼が火に包まれ、バランス崩した疾風は墜落していった。
「よっしゃ」
 エリークが、次の獲物を見つけようと視線をめぐらせたときである。突然、上空から攻撃を受けた。旋回して回避運動をしたため、撃墜までには至らなかったが、4基あるうちの2基の12.7o機銃が使えなくなってしまった。
「今度は何だ」
 エリークが攻撃を受けた方向を見ると、大きな機体で左右の主翼に一基ずつエンジンをつけた双発機が眼に入った。
「双発機なんて連邦の海軍機にいたか?」
「いや、陸軍機じゃないか? アルデンテ島基地から飛び立ったやつだろう」
エギーナが襲撃を受けた双発戦闘機は、疾風と次期艦上戦闘機競争を戦い、最後まで残っていた双発戦闘機である。最終的に、艦上運用能力の問題で不採用にはなったが、性能自体は優れていたので戦闘爆撃機として生産されていたのであった。
「あいつ、図体の大きさに比べて機体が身軽だぞ。キャリーの小隊もあいつにやられたらしい」
 そこに、戦闘機隊の隊長から通信が入り、単発機を狙うように命令を受けた。
「よし、あいつは他の部隊に任せて俺たちは単発機を狙うぞ」
 エギーナは、低空を飛ぶ疾風に狙いを定めて降下していった。
その疾風は、エリークの急降下攻撃に対して旋回して回避運動をしてきた。
「エギーナ、後は俺がやる」
 そう言うと、エリークはエギーナが逃した疾風に対して追撃を加える。敵機は速度を落としており、今狙えば撃ち落せそうであった。
「もらった!」
 彼は、機首の20o機関砲を敵機に向けて放った。
だが、敵機はスロットルを上げるとさらに海面ぎりぎりまで降下して逃げる。
「逃げるな」
 エリークが再び20o機関砲を放とうとしたとき、エギーナの通信が急に入ってきた。
「旋回しろ。後ろに敵機だ!」
 エリークの後ろを取った疾風は、エギーナの攻撃を潜り抜け、20o機関砲を見舞った。
「くそ、こりゃ本当に危ないぞ」
 すぐに機体を旋回させようとしたが、20o機関砲が機体のあちこちへ命中する。その破片はコックピット内のエリークにも被害を与え、ついに、彼自身に命中した。そのすぐ後に彼が目にしたものは、先が無くなった左手だった。そこからは、血液がとめどなく流れ、コックピットの床を赤く染める。
「ざまねぇな、こんなところでやられるとは。すまん、エギーナ」
 通信機からは、エギーナの呼ぶ声が聞こえてきていたが、段々その声も聞こえなくなってきた。
「すまねぇ…」
 その一言を最後に、エリークの機体は重力に従って海へと墜落していった。
「くそっ、なんてこった」
 エギーナの怒りの矛先は、まず、遼機を守れなかった自分に向けられ、そして、撃墜した敵機に向けられた。
「あいつ、絶対にゆるさねぇ。俺が仇を取ってやる」
 遼機を撃墜した疾風は、彼よりも低空におり、上昇体勢に転じたところであった。
「待ってろよ」
 エギーナは、スロットルを最高にすると、上昇してくる疾風に猛然と迫っていく。敵機は、エギーナの接近を旋回して避けようとした。
「落ちやがれ!」
 エギーナが20o機関砲を放とうとトリガーに指をかけたとき、後ろから疾風の遼機が攻撃を加えてきた。
「まだ、ここで死ぬわけには行かないんだ」
 操縦桿を目一杯倒したが、敵機はなおも追跡して再び射撃してくる。
 しかし、彼の願いが通じたのか射撃が急に止んだ。
「機銃の故障か?」
 彼が呟いたとおり、その疾風は運が悪く、機銃が故障してしまったのである。そして、一瞬であったが、機銃の故障に彼女は戸惑った。
 だが、運命を決めるのにはほんの一瞬であっても十分すぎる時間であった。
「仇だ、落ちやがれ」
 一瞬、機動が遅れた疾風にエギーナは機首の20o機関砲と主翼の12.7mm機銃をしこたま撃ち込んだ。それでも、敵機は墜落する素振りを見せず、旋回してその場から消えていった。
「くっ、ついに、神様も見放したか」
 そこで、視界がぼやけてきているのが分かった。彼は、先ほどの攻撃で体から多量の血が出血していたのである。
「もう、おしまいか」
 彼は、機体を操縦する力を失おうとしていた。だが、神様は気まぐれであった。
 エギーナの視界の端に、火を噴いた機体から脱出しようとするパイロットが映った。その瞬間、彼の体に力が蘇り、疾風のパイロットに焦点をしっかり合わせた。
「くたばりやがれ、この野郎!」
 最後の力を振り絞り、敵パイロットに向けて全ての機銃で攻撃を加えた。

「止めろー!!」
 イシュタル中尉は、機体を急降下させ、照準内に入る前から20o機関砲を連射した。彼女の頭に弾薬を節約するなどという考えは全くなかった。ただ、敵機を撃墜する。それだけを考えて攻撃していたのである。
主翼に備えられた4基の20o機関砲から次々と機関砲弾が放たれ、敵機に突き刺さる。主翼がもげ、エンジンから火を噴き、尾翼が吹き飛んでも射撃を止めなかった。残弾がゼロになるまで彼女は撃ち続けた。
「はぁはぁはぁ」
 彼女の目に映った敵機は、原形を留めぬほどにばらばらになり、海面へと墜落していった。
 イシュタル中尉は、脱出したレベッカ少尉のほうに視線を移すが、上空からだとパラシュートに隠れて体が見えなかった。パラシュートの降下スピードが緩やかになったように見え、嫌な予感が頭をよぎったが、彼女はそれを振り払って降下し続けた。
「レベッカ!」
 時々吹く風にパラシュートが煽られるが、腕から先がなかなか見えない。
「レベッ…カ?」
 さらに高度を落としたイシュタル中尉に見えたのは…。

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