戦乙女が舞い降りた地で、

架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。

第10話 新型戦闘機、『疾風』


「…毎日の通勤に車が欠かせないという方もいらっしゃると思いますが、買い換えるときはこの車を購入してはいかがでしょうか。我が荒上重工業が開発いたしました新型車は、ガソリンの使用を従来の車の7割に抑えられます。あなたもこの車でガソリンを節約し、前線で戦う兵士たちのために一リットルでも多くのガソリンを送りましょう」
 部屋に置かれたラジオからは会社の製品の宣伝放送が流れていた。
「さぁ、5月も上旬を過ぎ4月病は終わったかと思いますが、まだ会社へ行くのがだるいと思っている方はいませんか? 前線の兵士は、一発でも多くの弾丸を欲しています。一機でも多くの航空機を欲しています。戦場で戦う兵士のために、皆さん会社へ必ず出勤し、しっかり働きましょう。 霧城連邦軍務省からのお知らせでした。さぁ、ここからは、有名芸能人同士のクイズ大会を放送したいと思います。今回の出演者は……」
 ラジオの放送が一時聞こえなくなり、緊迫した男性の声が聞こえてきた。
「番組の途中ですが臨時ニュースをお知らせします。本日、5月12日、我が陸軍とリッシュメル陸軍の連合軍がガバメトス陸軍との戦闘で敵の主力機甲師団を破り、資源地帯の占領に成功したとのことです。軍務大臣の話しによるとその資源地帯は石油その他の希少資源が多く取れる地域であり、ここの占領により我が軍の戦闘は大きく好転するとのことです」
 ラジオのつまみを回して、他の局に変えてみてもどの局も同じ内容をやっていたのであった。
 ラジオが告げているとおり、5月12日、ガバメトス王国陸軍との戦闘は、長期化するであろうという軍上層部の予想を裏切って、比較的短期間で主要資源地帯を占領するに至ったのである。
なぜ長期化すると予想されていたのかと言うと、ガバメトス王国はセレバンテス帝国の機甲師団ほどではないものの優秀な戦車群を備えており、旧式車が多いリッシュメル王国陸軍と歩兵支援車と言われるほど装甲が薄く、豆鉄砲しか搭載していない戦車が大半を占める霧城連邦陸軍ではなかなか戦線は前に進まないと考えられていたからである。
 しかし、霧城連邦は主力機動艦隊を投入しての爆撃や雷撃でガバメトス王国の主力艦隊の動きを封じ、陸上での戦闘支援のため、味方の機甲師団が通る前に支援爆撃や機銃掃射を行ったりした。
また、空軍の全面的な援助もあり、それら航空機の傘に守られながら進撃した味方機甲師団は終始戦闘を有利に進め、もう少しで敵の首都にも迫る勢いだった。ガバメトス陸軍は、負け戦と見るや、驚くべき速さで後退を重ね『敵は前進一速、後進六速のエンジンを備えている』と言わしめるほど早い後退で進撃が追いつかないほどであった。
占領した資源地帯にあった採掘工場もその影響かほぼそのまま接収することができたのである。ここから採掘された各種資源物資は、陸を横断して海岸線にある港まで運ばれ、護衛空母に守られた輸送船団によって霧城連邦の本国へと続々と運ばれていく手筈になっていた。
これで、正面戦力のさらなる増強が早急にされるであろう。
 そして、新型兵器の開発も。

★

「あ〜、帰ってきたって気がしますね〜。もう、体が覚えてますですぅ」
 軍港の入り口から少し離れ、主要都市のある方角へと歩く一段の先頭を行くショートカットの若い女性が歩きながら言った。
五月とはいえ、この辺りは気温が夏のように高く、彼女も
歳は既に20を越えているはずだが、嬉しさのあまり時おりスキップしながら歩く様は、まるで思春期の女学生のようであった。
「そうね。長期休暇だけど今日はどこから行こうかしら。レイカは、リクエストはある?」
 レイカ少尉たち第113戦闘機中隊のメンバーは、半年の任務を終えて本国の地を再び踏み、次の任務が始まるまで長期休暇を与えられたのであった。
レイカ少尉の後ろには、中隊長のすみれ大尉と副長の佐渡中尉、早瀬諏訪子少尉ともう二人男性がいた。
「そうですね、やっぱり、買い物が一番です! 洋服を買いに行きましょう。近藤さんはそれで良いですか〜?」
 近藤さんと呼ばれて顔を上げた男性は、戦艦伊瀬の副艦長の近藤中佐であった。その隣には、男性士官がもう一人ついてきていた。
「私は、どこでも構わないよ」
 そこで、付き添っていた士官がそっと近藤中佐に耳打ちした。
「副艦長、仕事山積みのはずでしょう? こんなことしてて良いんですか」
 事実、近藤中佐は、まとめなければならない書類がたくさんあった。
「それは後でまとめてやるから良いんだよ。君だって、嫌なら付いてこなくても良かったんだよ?」
 その問いに、士官はすぐに答えを返す。
「いえ、こんな可愛い女性や美人な女性が目の前にいるのに帰るわけないじゃないですか。副艦長、こんなおいしい位置をいつ手に入れたんですか?」
 近藤中佐も士官に耳に口を寄せて小声で言った。
「いつって何も、日ごろの行いが良いからだよ。それ以上は言えないな」
 こぼれそう落ちそうになるほどの笑みをなんとか抑えながら、近藤中佐は、女性士官の後を付いていく。男性士官は、笑みをまったく抑えないでニコニコしながら横を歩く。
「そういえば、ちょっと聞きましたよ。時々、彼女たちを伊瀬の図書館に通してるって。あそこには機密文書もありますし、大丈夫なんですか?」
「あ〜、その点は大丈夫だよ。通すときは一応見張りを立ててる」
「なるほど」
 男性士官は、言いながら頷くと前を歩く第113戦闘機中隊のメンバー、特にレイカ少尉に視線を集中させる。
「ほう、君はレイカ少尉がタイプなのか」
 近藤中佐は、前を向きながら、視線だけ横に向けて言う。
「そうですね〜。みんな良いですけれど、この中ではレイカ少尉が一番タイプですっ」
 すると、レイカ少尉が急に後ろを向いた。小声で話していたはずだが、聞こえていたようだ。
「今、誰か私のこと呼びました?」
 レイカ少尉の可愛らしい目がきょろきょろ動き、近藤中佐と男性士官の間を行き来する。
 近藤中佐は、そこで面白いことを思いついた。彼は、まだレイカ少尉たちに自分からは話しかけていなかった。それは、彼が人見知りだったからだ。近藤中佐はそれをネタにすることにした。
「あぁ、レイカ少尉のことを呼んでたよ。なぁっ」
 そう言って、隣を歩いていた男性士官の肩を叩いた。
「そうなんですか〜。何の御用でしょう?」
 彼女は、男性士官に近づき、顔を覗き込む。すみれ大尉たちも立ち止まってその様子を眺める。
「え、いや、呼んだというか、その…」
「その?」
 急にレイカ少尉と向かい合うことになって戸惑った彼は、予想以上に近くまで迫ってきたレイカ少尉にさらに動揺の度を深めていった。
「あー、えーと、そのですね、これは、その…。呼んだことは呼びましたけれど……」
「君は、レイカ少尉が好きなタイプなんだよね」
 怪しい笑みを浮かべ、近藤中佐がこの状況に油を注ぐようなことを言った。
「ほほう。レイカ、あなたはどうなの?」
 どうやら、すみれ大尉も近藤中佐の側に加わったようだ。
「そうですねぇ、私は、ちょっと話してみないと分からないです。まだ、何も知らないですし、とりあえず、歩きながら何か話しませんか?」
「はいっ」
 男性士官は、びしっと気をつけの形を取るとその場で固まったようになった。そして、ロボットのようにぎこちない感じで歩きだす。
「れ、レイカ少尉は、ど、どんなアニメが好きなんですか?」
 そういった後、男性士官ははっと自分の口を塞ぎ、違う質問にすればよかったと思った。
 近藤中佐もいきなりその質問はないのではないかと突っ込みたくなったが、彼女の反応を見たかったので黙っていた。
「そうですねぇ」
 レイカ少尉は、いつかのドラマのようにおでこに人差し指を当てると歩きながら考え始める。
「好きと言うか、印象に残っているのならありますけれど。う〜ん」
「そうなんですか〜。それは、なんと言う名前ので?」
 男性士官が恐る恐る聞くと、レイカ少尉はまた考えるポーズをすると、
「この前、図書室にお邪魔したときに、個室から誰かの笑い声が小さくするので、近づいてみたら、そういうものを見てて」
 レイカ少尉は、手を天空に向けるとそのアニメのキャラのポーズをしてみせる。
「こんなポーズしてました。魔法を使っていたので、魔女?」
 男性士官は、そのポーズからすぐに何のアニメなのか行き着いた。
「なるほど。…レイカ少尉って、主人公に似てるなぁ」
「そうですか〜。そういえば、その登場人物の服装可愛かったですね。リッシュメル人形みたいにフリルがいっぱい付いてて」
 男性士官は、自分の好きなことで話に乗ってきてくれたレイカ少尉に気を良くしてさらにまくし立てる。
「レイカ少尉、えと、あとで、その服着てみません…?」
 近藤中佐は、思わず何でやねんと突っ込んでしまったが、レイカ少尉は近藤中佐の予想とは違う行動に出た。
「え〜、持ってるんですか〜。良いなぁ。着てみたいなぁ」
 レイカ少尉は、目を輝かせて言う。
「すみれ大尉、レイカ少尉って、ああいう趣味があったんですか?」
 近藤中佐は、レイカ少尉と男性士官のペアの所から前の列に進んで、すみれ大尉たちに話しかけた。
「さぁ、レイカ少尉の服の趣味まではちょっと分からないわねぇ」
「私もレイカ少尉の洋服の趣向はあまり知らないですね」
 すみれ大尉と永子中尉が言う。
 しかし、諏訪子少尉は何か心当たりがあるようだった。
「あ、そういえば、前回の休暇のときに一緒に買い物に行ったら、フリルの付いた洋服を試着したときはありました。高かったので買いはしませんでしたけれど」
 すみれ大尉たちは、なるほどと声を合わせて言うと、後ろで話の花を咲かせている二人に目を向けた。
 二人は、この短い間にかなり打ち解けたようで、積極的に話しかけるレイカ少尉と相変わらずロボットのような片言言葉が混ざりながらも会話を続ける男性士官を見ているとなかなか微笑ましい。ちょっといじめてやろうとしたのに、その目論見が外れた近藤中佐は仲良く話す二人、特に男性士官に少し嫉妬した。
「ところで、ちょっと話が変わりますけれど、友人から聞いたんですが今日はジェット機のデモンストレーションが午後から近くの飛行場で行われるそうです。すみれ大尉は興味はあります?」
 近藤中佐は、この中では比較的話したことが多かったすみれ大尉に話しかけてみる。
「そうですね、私も知っていました。今は9時だから買い物が終わった後にでも行ってみましょうか」
 すみれ大尉は、言葉の最後で顔に笑みを浮かべ、何か意味ありげに目を細めてきた。
「な、なんでしょう?」
 その瞬間、メデゥーサに見つめられたような気分になったが、なんとか精神を立て直して会話を続ける。
「近藤中佐は、誰が好みなんです?」
「そんな、誰か一人には決められませんよ」
 このままでは男性士官の二の舞を、と思い、平常心を装って言った。
すみれ大尉は、その言葉に満面の笑顔で言う。ちょっと目だけが怖い。
「まぁ、欲張りですこと」
「あ、あはははは」
 近藤中佐は、言葉に困り笑ってごまかすことしかできなかった。
「中隊長、着きました。どのお店から入ります?」
 永子中尉がすみれ大尉に言う。
「は〜い、中隊長〜。そこのお店で良いですか〜?」
 男性士官と話していたと思っていたレイカ少尉がいつの間にか前のほうに進み出ていて、洋服店の一つを指差していった。その横を見ると、男性士官がレイカ少尉に肩を掴まれて立っていた。
「分かったわ。じゃあ、入りましょう」
 そう言うと、先頭を切って店に入ったレイカ少尉に続く形で第113戦闘機中隊のメンバーが、そして最後に近藤中佐が店の中に入っていった。

 それから何十分か経ち、近藤中佐たちは、お店をいくつか回り、それぞれが買い物を済ませて、一段落したところで公園に入り、休憩をしつつ次の行き先を考えていた。
 あれから、レイカ少尉と男性士官はすっかり意気投合したようで、道中ずっと話し込んでいた。今も公園のベンチに二人で座って話している。
 近藤中佐とすみれ大尉たち三人は違うベンチに座っていた。
「近藤中佐、荷物を持っていただいて本当に申し訳ありません。中佐は何か買わなくて良かったのですか?」
 すみれ大尉が近藤中佐の足元に置かれていた紙袋を一度見てから言った。
「いえ、まぁ、自分は特にほしいものはありませんでしたし、ところで、午後からのを見るにはまだ早いですけれど、まだどこかに寄りますか? それとも、お昼にしましょうか?」
 近藤中佐は、すみれ大尉たち三人に向かって言った。
「私は、洋服ほしいのを買えましたし、もう大丈夫です。永子中尉はどうですか?」
 諏訪子少尉が言う。
「時間がないのなら構わないんですけれど、ガンショップに寄らしてもらっても良いですか? 新しい銃を見たいんです。書類を提出してからじゃないと新しい銃は所持できないから買いはしませんが、試射をしたいもので。30分あれば済むと思います」
「良いわよ。そうしましょう。永子ちゃん、銃の腕前を見せ付けてやりなさい」
 すみれ大尉は、永子中尉の肩を叩きながら言う。
「人に自慢できるほどの腕前ではありませんよ。的に当てられるだけです」
 すると、すみれ大尉は永子中尉を肘でつつく。
「また〜、私たちの中じゃ一番うまいじゃない。自身持ちなさいっ」
 すみれ大尉が先導する形で少し離れたところにあるガンショップに立ち寄ったのである。
 ガンショップに付いた永子中尉は、店の中に入ると早速銃を選び出して何丁かの銃を取ってもらってそれを見比べるとその中から一丁を取った。その銃は、ハリー&ウェリントン製のオートマチックでシルバーの重い銃だった。
 レイカ少尉が試しに持たせてもらうと、両手で持っても銃口が正面に向けられないほどの重さだった。
 そして、店主の了解を取ってみんな揃って試射室に移る。
 永子中尉は、銃に銃弾を込め、ヘッドフォンをして片手で銃を構えると前方に出現した標的に狙いを定める。
 彼女は、引き金に指をかけると、そっと引き絞る。
少しはなれたところにいた他の人には、パン、パンと乾いた音が響き、永子中尉はただ一点標的だけを見つめて引き金を絞るのを繰り返す。
その度に発射音と硝煙があがり、弾丸が標的に撃ち込まれる。
「撃ち終わりました。まぁまぁ、といったところですね」
「さてさて、今日の調子はどうかなぁ」
 すみれ大尉が近くまで行って標的に目を向けると、すべての弾丸が標的の一番得点が高い部分に集中して命中していた。
「すごいじゃない。全弾、一番得点が高いところに命中してる」
 後から近づいてきたレイカ少尉もその的を見つめ、感嘆の声を上げる。
「おー、すごすぎます〜」
「その銃、男性でも相当な腕前じゃないと扱えない銃ですよ。そんな銃でこんなスコア出すなんて。まして、女性ですとかなりな腕前ですよ」
 近藤中佐も、その腕前には驚きの声を上げるしかなかった。
 しかし、永子中尉は少しも嬉しそうになるわけではなく、かえって不機嫌になった。
「弾丸の集中がいつもより良くないです。もっとよくなると思います。でも、お褒めの言葉を預かるのはありがたいです」
 そう言って、微笑した。
「どうだったの? その銃」
「そうですね、銃自体は前のバージョンよりも扱いやすくなっていますし、今度変更願を出すかもしれません」
 その後、永子中尉は銃を返すと所定の書類の一部分を店主に記入してもらい、書類を受け取ってすみれ大尉たちの元に戻ってきた。
「私の要望に付き合ってもらい、有難うございます。では、そろそろ良い時間ですし、お昼にしましょうか」
 近藤中佐が腕時計を見ると、きっかり30分だった。
「昼ごはんは私がおごりますので。何を食べに行きますか?
 みんなが店外に出てから近藤中佐が言った。
「おぉ、太っ腹。何食べようかな」
「ありがとうございますっ。近藤さん」
 男性士官が一番早く声を上げる。それについでレイカ少尉が声を上げた。
「じゃあ、私の良く知ってるところで良いですか?」
 諏訪子少尉が他の人に同意を求めるように言った。
「わかったわ」
 やはり、すみれ大尉が同意する形になって移動を始めた。

★

 皇居にある会議室では、沙羅皇王を始め、陸海空軍の将校、軍需企業の開発チームの代表が席に座り、女性の若い技術士官が新型兵器について説明していた。
 部屋の照明は暗めにされており、技術士官の横に置かれたスクリーンには戦闘機のいろいろな画像が映し出されていた。
「このように、我々が去る5月10日に完成させました二式戦闘機「疾風」は、配った資料に詳しいことが書いてありますが、性能試験に於いて、烈風艦戦の性能のすべてを上回る性能を発揮しております。まず、発動機は荒上社製の燃費の良い2500馬力エンジンを搭載し、機体を烈風より一回り小型化したことにより、最高時速740qの高速を得、航続距離は短くなるどころか、烈風よりも200q長くなっています。また、胴体と翼下に大型油槽を搭載することで最大3000kmの大航続能力の獲得に成功しました。爆弾は合計で1500kgまで搭載でき、機銃弾の数も従来の1.6倍搭載し、攻撃能力も上昇しています。二式戦闘機は重戦闘機ですが小型化で零戦の高い格闘戦能力に勝るとも劣らない能力を得ました」
 二式戦闘機「疾風」は、空軍と海軍航空隊で共用できることを前提で開発された最新鋭戦闘機である。そのため、空軍が烈風で不満を持っていた爆弾搭載量のでも大幅に能力を上げていた。
また、操縦性も極めて良好であり、これから増えるであろう経験の浅いパイロットにも十分対応できる。
 そして、技術士官によると性能試験でのことを交えながらの説明が一段落したとき、沙羅皇王が口を開いた。
「それにしても、あのフェアリアス飛行機の新型機とは、あの技術者はすばらしいですね」
 沙羅皇王は、新型機がフェアリアス飛行機社製だということは前々から知っていたが、完成して性能を見せ付けられるとやはり感心してしまった。
フェアリアス飛行機と言えば、ライセンス生産を主に行い、自社での開発は偵察機を一機行っただけでまだあまり有名な会社ではなかった。
しかし、フェアリアス飛行機で最近頭角を現した新技術者が出した新しい戦闘機案は、これまでの大馬力化と大型化の波に逆行し、大馬力化はするものの、できるだけ機体を小型に収め、高性能化を追求した戦闘機であった。
だが、開発初期の試作機では使用される発動機に不安定要素が多く、一時有名航空会社が出した大型戦闘機に傾きつつあった。そこに、現れたのが荒上社製新型エンジン『楓』であった。このエンジンは、未来の技術を応用し、大馬力にしては小型で安定して動作すると言う高い信頼性もあり、このエンジンを使うと言う前提でフェアリアス飛行機社に新型戦闘機の発注が行われたのである。
そして、1月に新エンジンを搭載した試作機が完成し、さまざまな性能試験の下に改良が進められ、ついに先行量産型も作られ、工場ではいつでも本格的な大量生産できる体制が整っていた。
「このような通りでありまして、いつでも量産可能状態であります」
 沙羅皇王は、静かに頷いた。
「良いでしょう。疾風の量産を開始させてください」
 普通、ここまでくれば量産を停止させることはまずないのだが、沙羅皇王への報告を兼ねてこういう会議が行われていた。
「では、二式戦闘機についてはこれまでとします。次は、墳進式航空機についてお願いします」
 司会役を務めていた海軍の佐官が次の話しに進める。
「はい。では、二つ目の書類を開いてもらえますか」
 全員が書類を開いたのを確認して、技術士官が話し始める。
「こちらは、国営企業である霧城飛行機で開発を行わせておりましたが、4月20日に試作機を完成させました。その後、試験用にさらに5機製造し、第11試験中隊にて各種試験を行ったところ、大変優秀な性能を発揮しました」
 技術士官がそこまで言うと誰かが一言いった。
「我が軍最強のレシプロ戦闘機の完成と同時期に墳進式戦闘機の試作機が完成するとは、皮肉のようですね」
 疾風は、レシプロ戦闘機としては史上最強の部類に入るが、それは、同時にレシプロ機の限界も示していた。新しく出てきた墳進式航空機は、レシプロ機が苦労して手に入れた高速を簡単に上回り、時速1000qに迫る勢いだ。
 正式採用にいたるまで、試作と試験は繰り返されるが、この墳進式戦闘機がレシプロ機に取って代わるときが来るのはもはや必然であった。
「試作墳進式戦闘機『桜花』で採用された両翼下にジェットエンジン搭載する方法ですが、陣風では桜花のジェットエンジンの二倍以上の推力を得ることができる新型ジェットエンジンを胴体後方に搭載し、胴体側面より空気を取り入れることによってより効率よくなっております。また、エンジンがなくなった主翼に爆弾や油槽を搭載することが可能になり、活動範囲や使用できる状況の幅が広がりました」
 そこで、技術士官はリモコンのボタンを一つ押して烈風と陣風の模擬空戦の様子を投影させる。
 烈風は、持ち前の高速力と高機動性を生かして陣風を射点に収めようと何度も上昇下降、旋回を繰り返した。が、しかし、陣風は烈風の手には乗らず、更に速い速度で機動を行い、焦って速度が落ちた烈風を反対に自分の照準内に納める。
 次の瞬間、陣風から模擬弾が発射され、烈風の胴体や主翼に塗料が飛び散った。
「このように、レシプロ機との模擬空戦でも陣風は優秀な成績を収めています。勝率は、概ね9割と言うところです」
 技術士官の最後の言葉に、沙羅皇王が眉をひそめた。
「後一割はどういうことですか?」
「陣風ですが、まったく新しい戦闘機にも全く弱点がないわけではありません。墳進式の航空機は急な加速ができないと言うことです。これをご覧ください」
 技術士官には、その質問をされるのは予想内であったようで、該当ページを開けるように説明すると、投影される映像も変えた。
「この映像で示されるように、レシプロ機は急な増速が可能であるのに対し、墳進式航空機は加速性能がレシプロ機には劣ります。高高度を飛んでいれば急降下をすることによってエネルギーを回復できます。ですが、低高度を低速で飛んでいた場合、敵がレシプロ機であっても急降下で迫られるとエネルギーが敵に劣ることにより、急な機動ができないということです」
「そんなことでは、陣風は実戦で役に立たんのではないですかな」
 空軍や、艦上機がある海軍に比べ、航空戦力を独自にあまり持っていない陸軍が弱点を痛烈に批判する。陸軍は、空軍の設立時に、自軍の航空戦力が空軍に取り上げられてしまったことにずっと不満を描いていたのであった。
「いくら墳進式といえどもどんな航空機でも弱点は存在し得ます。そこをフォローするのが戦術です。今までは、一撃離脱戦法を常用しながらも、格闘戦を使用する場合が多々ありました。これを一撃離脱戦法に統一することにし、小隊単位、中隊単位で緊密に連携させること、そして、近いうちに正式採用されることになる各種機器と新鋭レーダーを使用することによって弱点は十分フォローすることができると考えます。また、墳進式航空機は、高速を利用した迅速な戦力展開を容易にし、より作戦の進行の高速化を促すことができます」
「なるほど」
 陸軍の将官は、それ以後黙ってしまった。
「この陣風に加え、我々は、ジェットエンジンを搭載した双発爆撃機の開発も続けております。爆撃機は、戦闘機ほどの機動性を要求する必要がないため、ジェット機の高速を得ることで、生存性を高め、爆撃現場への到達時間も早くなり、敵の意表を突く作戦の展開を容易にします」
 その考えには、沙羅皇王をはじめ室内にいた全員が同意した。
「では、墳進式航空機については開発続行させることに致します。意義のある方はいませんね?」
 沙羅皇王の視線に陸軍の将官も黙ってうなずいた。

★

 陣風の上空通過によって生じた風がレイカ少尉の明るい紫色の髪をなびかせる。
「わぁ〜、す〜んごいですね〜」
 レイカ少尉は、なびく髪に構わずあっという間に通り過ぎていった陣風を目で追いながら言った。他の面々が座席に座って観賞する中で、レイカ少尉だけが立ち上がっていた。
「うんうん、すごいね」
 諏訪子少尉も目を輝かせ、羨ましそうな表情で陣風を見つめる。
 さらに高性能なジェット機を知る近藤中佐や男性士官にとって、陣風は化石と言えるほど旧式な性能ではあったが、何ヶ月も見慣れた烈風とは違うプロペラのない陣風に気分が高まらないはずはなかった。
しかし、近藤中佐を上機嫌にさせる要因は機体自体ではなくそれに乗るパイロットに注がれていた。
高性能なコンピュータの支援もなく、初歩的な機器以外は自分の腕だけが頼りの陣風を自由自在に操るパイロットに何よりも感動していたのである。
「あれに乗っているパイロット、相当の腕前ですね」
 近藤中佐が口にする前にすみれ大尉が彼の気持ちを代弁した。
「おお、エースパイロットとしての知識からの意見ですね」
「いえいえ、私はパイロットの端くれではありますが、エースだなんて滅相もありません。現場の一パイロットとしての意見です」
 すみれ大尉は、手を左右に小さく振りながら言った。
 近藤中佐が左隣を見ると、永子中尉が黙って前方を見つめていた。
 真剣に前を見つめているその姿を見て、それを邪魔しては悪いと思った近藤中佐は終盤に差し掛かったデモンストレーションに視線を集中することにした。
 陣風は、宙返りや旋回を行って激しい機動を繰り返し、もう一度彼らの頭上を通り越すと着陸態勢に入った。
徐々に速度を落としながら滑走路に進入して降ろした車輪で地面に接地する。
 滑走路脇に陣風が停止するとデモンストレーションを終了するアナウンスがあり、次に、テストパイロットの紹介が始まった。
「こちらがデモンストレーションのパイロットを担当しましたのは、パイロットです。彼は、大セレネバ帝国の新鋭機と交戦した経験を持つ数少ないパイロットであり、彼自身の要請により開発部門に転属してきました。では、お願いします」
 司会者がマイクを渡すとパイロットが話し始めた。
「今回、デモンストレーションで陣風のパイロットを務めさせて頂きました。ご紹介いただきました通り、私は、大セレネバ帝国のジェット戦闘機と交戦した一人のパイロットであります」
 そこまで話して彼は言葉を一度切った。
「しかし、実のところを申しますと、私はその時先輩パイロットに付いて敵戦闘機をよけるので精一杯でした。それほど私には腕がなかったのです。幸いにも私は空戦を潜り抜けることができましたが、パイロットたるものが逃げ回っていると言うのは屈辱以外の何物でもありませんでした。航空隊の壊滅によって帰国した私は、ジェット機開発のテストパイロットを募集している事実を知り、志願したのであります。未熟な腕ではありますが、皆様の前で陣風を操縦すると言うとても重要な役割を与えられ、とても満足しています。今日は、デモンストレーションにお越しいただきましてまことに有難うございます」
 そう言うと、彼は深々と挨拶をした。

パイロットの挨拶の後は、形式的なことが続き、デモンストレーションはすべて終了した。
「さて、そろそろ帰るとしましょうか」
 すみれ大尉の言葉に、全員座席を立ち上がって会場を出て母艦へ歩き始めた。
「今日は、お誘いいただいて有難うございました。有意義な時間を過ごすことができました」
 帰りの途中、近藤中佐は、すみれ大尉にお礼を言った。
「いえいえ、お忙しいところ有難うございます」
 すみれ大尉も歩きながらお礼を言う。
「またお話ししましょうね〜」
「はい、こちらこそ」
 レイカ少尉と男性士官は握手しあっていた。
 デモンストレーションがあった会場は、母艦が停泊している港に近かったので10分と経たずに近藤中佐たちとすみれ大尉たちは分岐点にたどり着いてしまった。
「では、今日はお疲れ様でした。今度またお会いしましょう」
 そう言って、すみれ大尉は他のメンバーと一緒に帰っていった。
「さっ、帰るぞ」
 近藤中佐は、男性士官を促すように言うと紫花のほうに歩き始めた。
「はい、中佐」

★

 デモンストレーションから一週間後、その情報を受け取ったセレバンテス帝国の総統室。
「な、な、なんだと! 我が開発局が霧城連邦に遅れを取るとは。おい、開発の進み具合はどうなっておるのだ」
 総統は、書類を持ってきた将官たちに怒鳴った。彼は、鼻の下に蓄えたひげを手でいじりながら将官たちを睨みつける。
「はっ、我が開発局もジェット機の試作機を完成させており、試験運用に入っております」
 将官は、直立不動のまま答える。
「それにだ、霧城連邦との戦闘はどれも散々な結果じゃないか。しかも、ガバメトス王国軍は負けを重ね、主要資源地帯も取られた。資源の輸入もこれで大幅に減った。何よりも厄介なものは、霧城連邦の大艦隊だ。我が軍の艦船の建造状況はどうなのだ」
 将官の隣に控えていた若年の士官が質問に答える。
「はい、総統殿。我が海軍は、新型艦載機の配備を行いました。5月初旬までに大型空母『ペーター・ストラッセル』級空母を2隻、マリアン級空母を3隻、重巡洋艦改造の『ヘブラムヴェル』級軽空母を6隻竣工させました。戦艦におきましてもFMG(フーロル・メス・ギガント)級を1隻、新型のテルピット級高速戦艦を4隻竣工させ、戦艦の数は開戦前の数より増えました。大幅に数を減らしました補助艦艇には特に力を注ぎ、続々と竣工させております」
 ペーター・ストラッセル級空母とは、マリアン級より大型で、航空機の搭載可能数も20機以上増えた。ヘブラルヴェル級軽空母は、霧城連邦の雲竜級空母よりも若干大型で搭載火力も増強されている。
 テルピット級高速戦艦は、FMG級より少し全長が短いが艦幅が広く40p三連装砲4基を装備しており、31ノットを叩き出し、対空火器も増強された。
 その他、補助艦艇群にも対空火力を中心に強化された。
「うむ、良かろう。艦隊決戦の準備はいつ整うか」
「はっ、準備は目下進行中ですが、艤装中の新造艦が竣工して各種訓練を完了させ、4ヶ月あれば、いえ、3ヵ月半で完了させます」
 総統は、その言葉を聞き、初めて表情を緩めた総統は席から遠くを見つめていった。
「ここは、我が主力艦隊を持って霧城連邦軍艦隊を一撃の下に撃滅しなければならないのだ! 先の海戦の汚名を返上するためにも大戦艦部隊を差し向け、霧城連邦の猿どもに我が軍が最強だと言うことを知らしめてやるのだ!」
 総統は、感情を大きく高ぶらせ、その勢いのあまり机を拳で叩いた。それは、同室にいた将官たちをびびらせるには十分であった。
「はっ、総統殿」
 体を硬直させてその場に立ち尽くす将官たちに向け、総統は笑みを浮かべた後言った。
「ふはははっ。我は、君たちの真の実力を知っておる。必ずや敵を撃滅してくれるであろう。そして、その暁には諸君らの胸に蒼十字勲章が煌くことになるだろう。では、準備を始めてくれたまえ」
 総統の前に居並ぶ将官たちは、一度敬礼して一人ずつ出口まで行くと、部屋を出る前にもう一度敬礼をして出て行った。

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