サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第八話:古武術


第八話:古武術

 五十嵐の山寺生活が始まって、三ヶ月。若い門弟にファの柔術や軍隊仕込みの捕縛術を教えたり、ラオら高僧の演舞を教えて貰ったりで、自分の武術も充実していくのを感じる五十嵐。ゆったりとした時間を楽しみ、双子や門弟らと山に入って食材を採集したり、料理の仕方を教えてもらったり、時には迷い込んだ北夜兵を退治したりで、武術以外も充実した時間を過ごしている。何度か漁村からの脱出も出来るのではないか?とラオに相談はしたが、慰留される。なにより、双子が五十嵐に懐いている上に、五十嵐も別れを切り出すのが辛くなってきている。

 最初はラオや寺の皆の世話にばかりなっていたが、今は武術師範としても一目置かれる存在になっている五十嵐。「このまま、この寺で一生…… というのも、悪くはないわよね」と、軍務復帰を日のべしている自分に言い訳をする日々。

 門弟たちへの逮捕術教授を終え、日課の双子との組手を楽しんでいる五十嵐。ふと気づくと、本堂横でランファがニコニコ顔で双子の様子を見ている。「ちょっと待って、ランファばあさんにも教えてもらいたいの」とミーメイがランファを呼ぶ。五十嵐が教えはじめる前は、おもにランファが双子に武道を教えていたという話は、ラオから聞いていたし、実際ランファが双子に教えているところも見ていた。

「そうね、古武術についてはランファさんが教えた方がいいわね。なにしろここは伝承古武術を教える寺ですから」と五十嵐もお辞儀をしながらランファを広場の一画に招く。「珍しい武術だね、この子たちにもよい刺激になっているみたいで、ありがたいことだ」と五十嵐を褒めるランファ。「さて、今日はチズさんに、何か変わったことでも」と日干し中の直径一m程度の大鍋を地面におくランファ。「あ、あれね!ミーメイよくぶつかっちゃうんだよね」「だってゆらゆらしていて、難しいんだもん。でも、これ一人で出来るのって、ランファ婆ちゃんだけだもんね」と、はしゃぐ双子。左足をふちに掛けると大鍋の反対側が浮き上あがる。足を外すと揺れ戻り、そしてまた踏むと今度はもっと高く反対側が浮き上がる。それを五回ぐらい繰り返すと鍋が真横になって、縁を地面にして直立する。わくわくしてそれを見守る双子。五十嵐は、何があるのだろう?あれくらいならちょっと練習したらわたしにだって出来る、と見ていた。
 ランファは鍋に右手をかけて、五十嵐と双子の方を向いてニコニコしている。そのまま鍋の方に横に倒れていく。五十嵐が「え?」と見ていると、そのまま鍋の底に手をついて片手倒立し、倒れる勢いのまま、鍋の底の丸みにそって側転で鍋の反対側に着地するランファ。そのままの勢いで鍋の縁をおすと、ぐるりと一回転。鍋を持ち上げている様に見えるが、鍋を押し上げる力はほとんど感じられない。鍋の縁が地面をえぐることもなく、鍋の湾曲に沿って地面の上を滑り、そこにランファが手足で鍋の速度を増していく。ぐるりぐるりと鍋の底に手をつきながらランファが鍋の回転にそって、側転しては鍋の回転を早めていく。

 ぐるんぐるんと鍋の中心にいながら連続その場側転で鍋を回転させるランファ。鍋の曲面がまるで球の様になめらかに回っている。そのうち、双子がランファにかけよっていく。ミーメイが「やらせて!」と声をかけると、「おはいり」その声を合図に双子がランファの前でランファと向かい合うようにして、鍋の回転の中に入る。重さ、たぶん四十キロは越える大鍋の回転。「はい!」という声とともに、ランファは鍋の向こう側に飛び、鍋の回転から出ると、今度は双子が縄跳びよろしく、着地した鍋の反対側に飛び乗って回転の加速を付けて、浮き上がった鍋の縁を二人揃って押し上げては、鍋を回す。

「これは、無理」と五十嵐が驚きながら、嬉しそうに鍋を回転させる双子を見ていると、ランファが「チズさんもはいらんか?」と声をかけてくる。「ねえ、面白いよ!」とミーメイがはしゃいでいる。目が回りそうだな、と思いつつ、双子が回している鍋の中に入ろうとする五十嵐の足が鍋にぶつかりそうになり慌てて後ずさりして避けると、今度は鍋の反対側の縁が五十嵐の顔面にぶつかりそうになって、鍋の回転から飛び出す様に逃げ出してしまう五十嵐。

 こんな曲芸、武術とは関係ないだろうに…… 鍋の回転の輪から無様に抜けだして憮然と双子の芸をみている五十嵐。「ほら、終わりじゃ」とランファが回転する鍋の縁を蹴ると、くるくると回りながら日干ししていた場所に飛んで行く鍋。「はじめてだと、ちょっと難しかったかな? リーメイは結構、最初から上手じゃったな」と五十嵐を見ながらリーメイの頭をなでるランファ。ちょっと不貞腐れ顔になるミーメイの頭もなでながら「お前も、ちょっとぶつけたら上手くなったものだの」と目を細めている。

「では、遊びも終わり。そろそろ、模範演技をリーメイたちにみせてやらないのか?」とランファが五十嵐の前に立つ。特に構えを見せているわけでもないランファの姿に「その姿勢で組手?」と五十嵐が訝かしむ。「かかってきなさい」と言わんばかりにランファが間合いに入ってくる。組み合う恐怖から、五十嵐は咄嗟に右手の裏拳突きをランファに繰り出す。
 にっこりとランファの微笑む顔が五十嵐の目に映ると、ランファは五十嵐の右手外側にくるりと体を回転させる。五十嵐が右肘を折り曲げて肘打ちでランファの肩を打とうとすると、ランファが五十嵐の腕に添う様に回転を続けながら五十嵐の右肘を引っ張る。腰がよれてしゃがみこんでしまう五十嵐を、ランファは五十嵐の背中を腰車に乗せて投げ飛ばす。クルンと回転してしまう五十嵐。投げられた勢いを使って回転を進めて、両足で着地後、ランファの逆側から反撃しようとする五十嵐。
「ほい!」というランファの掛け声とともに、五十嵐の膝の内側にランファの回転蹴りが入り、着地ではなく両膝で地面に落ちて正座してしまう五十嵐。「え?なに?」と正座した背中をランファにとられて身動きできなくなってしまう。

「直には円」とランファが諭す様に五十嵐に言う。「参りました」と反撃不能に一瞬で追い込まれた五十嵐。自分の攻撃が直線すぎて、くるくると回転するランファに翻弄されてしまったことを認めた。「直(まっすぐな攻め)には円(丸く展開して抑える)か」と五十嵐は考える。

「もう一番」と、五十嵐は腕をふりかぶり回転する様にランファを攻めようとする。横流しのパンチから、回し蹴りを合わせて直線的ではない攻め。「ほお、技の筋はよいの」と言いながら、直線的に踏み込んでくるランファ。回転の勢いで右膝蹴りを繰り出す五十嵐。ランファはその蹴りが届く前にしゃがみこんで前蹴りで五十嵐の軸になっている左足の膝の内側に前蹴り。くるりと崩れ落ちながらへたりこむ五十嵐。

「円には直」と言い放つランファ。え?さっきは直には円っていったのに、と不満顔の五十嵐。「矛盾していると思っておるの?」とランファが楽しそうに笑う。五十嵐は不満ながら顔をたてにふる。「素直でよろしい。最初のリーメイとミーメイを相手にしたのを思い出すと、このババアの言うことも少しはわかるじゃろう」

 最初って、あの寺の下の道でのお稽古ね…… 五十嵐は二人の攻撃を、曲と直で再解釈してみる。そういえば、ミーメイは後衛から直線的な手の打撃でわたしの態勢を崩そうとした。それに対して五十嵐がミーメイにより効果的な直線打撃を行った矢先、ミーメイは回転蹴りで横というか「曲」を用いてきた。幸い、体力と速度で勝った五十嵐が、直には直、曲には曲でねじ伏せたが、互角だったら確実に負けていたろう。考え直して、五十嵐は自分の弱さに気づいた。そして、ランファの強さについても、はじめて実感し、ランファを、多少武術を知っている程度の単なる口の悪いおばさんだと思っていたことを深く、後悔した。鍋洗いにしても、料理をしながら目を多方に向けていたことを。そして、門弟も半分は冗談めかしてはいたが、ランファがたまに見せる演武には、皆、襟を正して緊張して見ていたことを。

 うなだれる五十嵐に「お前はもっと強くなれるよ、ミーメイたちがお前の年になっても、相手できる程度に、な」と慰めるランファ。

「そんな、その頃は、わたしは五十すぎの婆さんですよ」と思ったが、目の前のランファの皺を見て、はっとなる五十嵐。双子と自分と、そしてランファの年齢を考えて、意味を察する。深々とランファに頭を下げる五十嵐。「もっと強くなれるかもしれない」と、そして「強くなりたい」という思い。自分が目指すべき大きく遠い目的ができたことを実感する。