サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第七話:はじめての狩り


第七話:はじめての狩り

「おねえちゃん、朝のお仕事だよ」ちょっと固い棚式のベッドだったけど、すぐに慣れて熟睡していた五十嵐をリーメイが起こす。「あら、ちょっと寝過ぎたかしから?ごめんなさいね」と起き上がりながらあたりを見回す。迷彩模様…とはいっても、やや薄茶色に染められた道着に身を包んだ双子がたっている。

「ううん、普通は朝当番じゃなければもっと寝ていてもいいの。でも、さっき兵隊さんが山に入ってきたって見張りの人が言っていたの」「兵隊さん?この半島の兵隊さん?」「うん、だからみんなと一緒に追い出すの、手伝ってね」五十嵐はここが戦闘地域であることを、再確認する。

 棚ベッドからすっと起き上がると、ミーメイが渡してくれた茶色迷彩の道着に着替えて、寝室用の小屋を出てみると、広場が寺にこれほど人がいたのかと思うほど、ごった返している。マオ爺さんはその中心で指揮をとっている。「敵の規模は?」「たいした数じゃありません、ジープが一台だけです」「それだけか?歩兵の展開はないのか?」「確認されていません、見張り櫓を増員していますが」「陸兵の偵察にしても、規模が小さいのではないか?」「だから?」「もしかしたら、ここが協定地域だというのをうっかりして、迷いこんだのかもしれません」「そういうのが無い様にするための協定なのだ」「そうだ、やっつけましょう」「もうちょっと様子を見てみないか?後続の兵がいるかもしれない」……そんなやりとりがされている。

「で、わたしたちはどうすればいいの?」五十嵐はリーメイに聞く。
「いつもだと、みんなで別れて待ち伏せします」「へえ?あなたたちも?」「ええ、普通は、わたしたちは山の下の道で待ち伏せ、勝てそうなら倒してから武器を貰って、山から帰ってもらう。勝てそうじゃなかったらみんなに連絡して、みんなでやります」とミーメイ。
「マオお爺さんはやく決めないかなあ。あんなのチャッチャとやっつけないと、朝ごはんが遅れる」と愚痴っているミーメイ。

 山の頂近くに立てられている見張り台から手旗信号らしきもので、周辺の状況が送られてくる。偵察部隊にも満たないジープ一台だけの侵攻とも言えない侵攻にどう対応すべきか、意見が分かれている様だ。

「もしかしたら、わたしを追ってきた北夜の兵ではないかしら?」と五十嵐。「そうであっても、我々は迷っていた武術家を保護しただけだ。非は彼らにある。さっさと潰すべきだ」と、指南役というかマオと同年輩のルミスダが怒気を含んだ声でマオに提案する。

「理由はなんであれ、取り除かないといけないな」「小規模なのだから、大人数で繰り出しても仕方あるまい」と、ルミスダとラルヴァ、残る二人の指南役も呟きながら、マオの判断を待つ。「── ふむ、チェン、リー、ポーいつもの様に下門への道の入り口で相手をしてあげなさい。あと、リーメイとミーメイはお客さんが道を間違えないか見ていてあげてくれ、あ、そうそうチズさんもな、傷も治ったであろう?」とマオ。
──チズさんって、わたしのことなのだろうなあ、と五十嵐は会釈で了解の意を示す。「で、どこでご案内すればいいの?」ミーメイはすぐに五十嵐の手を引きながら「こっち!」と寺の隅にある土塀の切り欠きを指さす。あそこって、五十メートルくらいの絶壁だけど?と訝りながら近寄ってみると、リーメイがムシロを重ねた様なゴザ畳を持ってくる。「これに乗ってさっと降りるの」と、ゴザ畳の前に乗ると、すぐ後ろにミーメイも座り込み、五十嵐においでおいでをしている。

「滑り落ちるというか、単に岩肌を落ちていくだけじゃないかしら」とは思いつつ、五十嵐が座ると、ズリズリと滑落がはじまる。「あひゃ」と五十嵐が軽い悲鳴をあげるのを無視して、三人が乗ったゴザ畳が滑り落ちていく。滑らかそうには見える岩肌のデコボコがゴザ畳の裏側を通してお尻でわかる。勢い良く滑り落ちていくと、下の山道の手前で両足を広げ地面にふんばるるふ双子。五十嵐も真似をしてブレーキ、山道から十メートルくらいの高さで止まり、岩肌に添う細い棚の様な道で止まる。

「この道、ずっといくと兵隊が来る山道の上にでます」とリーメイ。「ねえ、やっつけちゃおうよ」とミーメイが崖に沿った細い道を走りだす。「しかたないわねえ」リーメイと五十嵐も後を追う。

 細い道というか、足裏の幅ぎりぎりの段差部分。そこを疾走していく双子にやっとこのことで後を走る五十嵐。細いラインを踏んで走る訓練もしたことはあるが、さぼっていたことを、後悔する。「こんなところで役立つのねえ、あの訓練」とぼやきながら、双子に置いていかれない様にするのが精一杯だ。五分も走るとコツが掴めてきたが、双子はさらに加速していく。

 下の山道と山肌の細道が分岐する地点、侵入してきたジープはまだ先だ。「ここで待ち伏せします。お姉さんはこちらで待っていてください。さ、ミーメイ、いつもの様にね」と崖を駆け下りていき、見る間に山道を越えて森の中に入っていく双子。山道に太い枝を張り出している巨木にとり着くと、するすると登っていく。
 山道に張り出している太枝の根本で双子が身を隠す。リーメイはやや太めの枝にとりつき枝先に移動する。ミーメイは、その枝の根本で待機している。五十嵐も身を伏せて、反対側の崖でジープの到着を待つ。遠くからエンジン音が聞こえはじめ、だんだんと大きくなってくる。オープンタイプのジープの姿が森の木々の隙間を通して見える。乗員は運転手を含めて三名、後席の二人がライフルを抱えてあたりを見回しているのがわかる。
 どうするのかしら?と双子の方を見ると、親指を下にして握った右手を上下に振っているミーメイと目があう。リーメイは敵に姿を見とがめられない様に太枝の裏側にしがみつきながら、指を下に向ける。ジープが真下に来たら襲いかかるつもりなのだろう。

 五十嵐は側道のやや大きめな石に足をかけて待機する。徐々にジープのエンジン音が大きくなり、タイヤのきしむ音も聞き取れる様になってくる。双子はそれぞれの位置で息をこらすかの様にジープの到着を待っている。

 双子が登っている木の手前五メートルほどにジープが達した時、双子が出す合図に合わせて五十嵐は寝そべったままで石をジープの手前に蹴りだす。落ちてくる石に気づいた兵士が崖側の上を見上げた瞬間、双子がほぼ同時に木から飛び降りる。ライフルを持って立ち上がろうとする兵士の肩の上にミーメイが、もう一人の後部座席の兵士の頭にリーメイの膝蹴りが炸裂する。同時に兵士ふたりを沈黙させて次は運転手を……とリーメイが向き直ると、相手もホルスターから小銃を抜こうとする。
 約五メートルの高さから落下してくる五十嵐の蹴りで、小銃を持った腕が面白い方向にネジ曲がる。落下の勢いのまま、膝蹴りも喰らわせると、尻もちをつく様に運転席に戻る格好で倒れこむ。

「これで全員沈黙しましたね」とリーメイ。「簡単よね」とミーメイがちょっと物足りなさそうだ。兵士たちの装備に金属手錠があったので、後ろ手にして手錠をはめる。死んではいないし、ここで殺すのも後味が悪い。まずは寺の麓まで連行することにする。後部座席に兵士を寝転がして、双子は見張り役で後部座席のヘリに腰かけている。

 寺の麓にはマオたちが待っていた。「偵察役なのだけどなあ、お前らは……」とミーメイの頭をなでるチェン。「うん、人数少なかったし、簡単だったよ」と言い返している。「で、この者どもはどうするのですか?」と五十嵐がマオに訊く。「この山は、建前上、殺生禁止ということになっているのじゃ」 建前上ねえ…… 建前ね── 五十嵐はマオの言葉を待つ。「なので、武装して入って来た者は武装解除した上で、協定地域の外に解放することになっておるのじゃ」

 この山の麓、十キロ程を行った先が、協定地域の端になる。そこまで武装解除した連中を運んでいかないといけない。両肩を脱臼している兵士二名に、腕がへし折られている元運転手が一名。襟の階級章を見ると、北夜の階級章で、中尉が一名、残りは伍長クラスだ。結構なお偉いさんだ。
「ほお、これは華魅のライフルですな。北夜のよりずっと軽くてしかも、出来がよい」ライフルを手にしたチェンが検分している。「ただ、問題は弾丸が北夜のモノとは合わないんですよね、あ、でも結構弾丸持っていますね」とジープの収納ボックスを覗きこんでいる。

「ライフル二丁、小銃三丁、弾丸がそれぞれ百発ずつ、大漁じゃないか」と若い門徒がジープから装備を剥ぎとっていく。携行タンク三つにも、ほぼフルに軽油が詰め込まれていた。「こいつら、どこまでドライブするつもりだったのだろう?」

 中尉の階級章を付けた兵士が意識を取り戻した様だ。「なんでこんな処に入ってきたんだ?」とマオが問いかける。「こっちに敵兵、ファ奴の兵が逃げこんだので、探索していただけだ。お前らに用はない。われらを解放せよ」と、状況を考えてない悪態をつく中尉さん。
「いやあ、ここはですね、戦時協定地域っていいましてね。華魅の管理地域なのですよ、北夜の兵隊さん、ご存じなかったのですかね?」と長老格のひとり、ラルヴァが問いかける。「だからといっていきなり襲撃してくるとは、どういうことだ、我らと事を構えたいのか?」北夜の中尉が大声で反駁する。

「協定では、武装兵がこの山に入るのは禁止されている。そして、我らもこの山にて修行するだけで、農作物などを分ける程度の協力と引き替えに独立しているつもりだ。いかなる軍ともやり合おうとは考えていないのじゃ」と長老格のナサフが諭す。

「武装解除も終わったから、解放してもいいぞ、どうする?」とチェンが凄む。「ケガをしているようだが、生憎とここでは満足な治療も出来ないからのぉ。すぐに山の麓に連れていってやるよ、ただ、わしらは協定地域から出ちゃいけないのでな、境界までだ。そこからは歩いて帰れ」とラオが引導をわたす。

 境界ラインまで、捕虜三人を連れて行く準備をチェンたちがしている。