サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第六話:寺の夜


第六話:寺の夜

 十五メートル四方ぐらいの炊事小屋には三台のおおぶりな竈が壁に並べられ、小屋の中央には大型の囲炉裏があり、その周りに七輪が十基ほど並べられている。竈の反対側には流しと大きな水甕がある。流しには山の上のカルデラ湖から引き入れているのだろう、水が常時流れている。炊事小屋の奥に小さい物置の様な棚の部屋が作り付けられており、そこに鍋・釜と食器が並べられている。

 三十人もの門下生や寺の僧侶など合わせて四十名強だろう。武道系の門弟が多いとしても、人数にはやや不釣り合いに大きい炊事小屋だ。実際、二台の竈と囲炉裏のふた隅だけ使われている状況だ。こんな険しい山の上の寺でも客人を迎え入れることもあるのだろう。

 五十嵐が炊事小屋の中を検分していると、夕食が終わったのであろう、数人の門弟たちが食器を抱えて、洗い場に置いていく。続いてレンファも入ってくる。お椀を二十個ほど重ねた塔を両手の平に載せているレンファ。合計四十個のお椀で両手が塞がっているが、足取りは確かだ。洗い場にお椀を滑りこませ、門弟たちの動きを見ている。

「ほら、さっさとやりなさい。ほら、そこ、ちゃんと洗って棚にならべるんだよ。綺麗に洗って綺麗に並べる、さ、ほらほら」若い門下生を叱咤しながら、食器の片付けをしている一方で、竈の上の大鍋を洗い場に持っていく。

 大鍋をひょいっと軽々持ち上げる様子を見て、五十嵐が少し驚く。レンファの体重に近いと思われる分厚い鉄鍋を苦もなく持ち上げている。まっすぐ手で引っ張りあげるのではなく、体重をかけて、それでもバランスを崩さないで体の向きをスルッと切り替え、反動を利用している。

「すごいわね、レンファさん」大鍋とダンスを踊る様に洗い場にいれると、そのまま次の大鍋にとりかかる。「うん、男の人でもちょっと苦労するんだけど、レンファおばさんだと軽々とやっちゃうんだ」リーメイが嬉しそうに説明する。

「あ、良いとこに来たね。鍋を洗っておきなさい」とリーメイに指示が飛ぶ。「うん、わかった、三人で洗うよ」と五十嵐とミーメイを引き連れて洗い場に並ぶ三人。鍋を持ち上げようとするが、結構重い。この鍋を軽々と運んだということは、あのレンファさん筋肉の塊なのかしら?と訝る五十嵐。

「この鍋はこうやって洗うといいんだよ」とリーメイがヘチマタワシを両手に結びつけて、洗い場に飛び乗る。どうするのか?と五十嵐が見ていると、リーメイはそのまま鍋のヘリに足をかけ、手を伸ばしてそのまま鍋の中に倒れこむ。ジャリジャリと両手を左右に開いては閉じて体重をかけながら鍋の内側を洗う。

 カリカリと乾いた音になってくると、ミーメイがバケツに貯めてある水を洗っている鍋にいれる。シャカシャカシャカと水を切る音とともに、リーメイが鍋の内側を洗い上げる。ミーメイが鍋に飛び乗りヘリに片足をかけると、鍋が傾いて、洗い水が流し場にこぼれていく。鍋がほぼ垂直になったところで、ミーメイが鍋の裏から抑えると、リーメイが仕上げの水をバケツから投げかける。
 さすが双子というか、息がぴったりあっている様子に感心して見入ってしまう五十嵐。続いて二つ目の大鍋に双子が取り掛かる。五十嵐は洗いたての大鍋を竈に移動しようと持ち上げる…… 持ち上がらない。思ったよりはるかに重く、軽く四十キロは越えている。そんな重いものを体重かけてバランスとりながらあの二人は軽々と扱っている。なによりレンファがこんな重いものを?

 なんとか鍋を竈まで引きずるように運び、双子が洗い終わったふたつ目にとりかかろうとすると、「無理しなさるな。まだ足首の傷が完全にふさがったわけでもなかろう」とレンファが五十嵐を止める。「ここは任せて、洗い場を手伝ってくだされ」と鍋のヘリに体重をかけ鍋を浮かす。そのまま、鍋を回転させて浮かせた側を手前にして、元に戻ろうとするところに手のひらをいれて持ち上げるレンファ。
 一連の動作を動きに無駄がまったくなく、また重力と反動を使って最小限の力で鍋を持ち上げると、するっとすり足で竈の横にもっていく。五十嵐は、流れる様なレンファの動作にも、見入ってしまった。

「さ、終わったら風呂だよ。今日は女が先だからね。お前ら、絶対覗くなよ」というレンファの声。ミーメイも手ぬぐいと、やや厚めの合わせを持ってくる。五十嵐は自分の着替えがないことに気づいたが「おねえさんの分もありますよ」と、リーメイが綺麗に洗った道着と手ぬぐいを持ってきてくれる。

「お風呂って、どこにあるの?」「裏山の登り口のわきに温泉がでているんです」とリーメイが裏山の方を指さす。山にへばりつく様に板の扉があり、暗くなっている山の登り口の脇にぼんやりとした提灯の明かり。奥は洞窟の様になっているのだろう。

 狭い入り口から入ってみると、外から想像していたよりも広々としている。小さな体育館ぐらいの空間。うっすらとした灯籠に照らされて、湯気が見える。足元に目を凝らすと、段差があり、その下には水、いや、お湯が覆っている。

「ひろいお風呂ね、プールになるんじゃないかしら。あら、暖かくて気持ちよさそう」「深いところもあります。注意してくださいね」とリーメイは道着を脱ぎ、温泉池のヘリにすっと立つ。「おねえちゃん、危ないよぉ」ミーメイが止める間もなく、綺麗なフォームで温泉池に飛び込むミーメイ。

 ミーメイも道着を脱ぎ、五十嵐の手を引きながら「レンファおばちゃんも、泳ぐのは、はしたないっていっているのに」と姉の行動に愚痴を言っている。階段を降りていくと、くるぶしが温かいお湯に包まれる。ゆっくりと足元を確かめながら、段差を降りて行くと、腰から胸のあたりまでお湯に浸れる様になっている。中心部分はもっと深いのだろう、リーメイはすいすいと泳いでいる。

「あら、あなたは泳がないの?」「わたしはおねえちゃんみたく、ハシタナクないから、いいんです」と、ちょっと不貞腐れた感じになるミーメイ。「あら、ごめんなさいね。でも、すごく気持ちいいお湯ね」「うん、暖かいだけじゃなくてね、ケガや腫れ物にもいいよ」とミーメイは湯殿の向こう側にある浮島にあがって、体を洗い始める。五十嵐は肩までお湯につかって、疲れをいやす。

 しばらくすると、レンファと寺の使用人なのだろう、女性が五人ほどはいってくる。広々とした温泉池が少しにぎやかになる。五十嵐は、傷が完全にふさがり痛みが消えた踝のマッサージをはじめる。ゆっくりとお湯の上でたゆたう様に泳ぐリーメイ、レンファたちは談笑している、ミーメイも体を洗い終わって湯殿の池に頭だけだしてニコニコしている。「ここ、ほんとうに戦闘地域なのだろうか?」という疑問がふと、五十嵐の頭をよぎる。