サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第五話:寺の生活


第五話:寺の生活

 厨房小屋からの晩餐の香りに目を覚ます五十嵐。少し暗くなっている本堂だが、蠟燭が燈される。ゆっくりと伸びをして、さらに足首を曲げてみるが、痛みはほとんどなくなっていた。バイクで逃亡していた三日分よりも、午睡の間で治った感じがする。体を休めたため傷の回復に回った面もあるが、老人が塗ってくれた薬のおかげが大きいだろう。包帯を交換してみると、これまで軽く滲んでいた血が完全に止まっている。

 右踝に手を当ててみると、熱も取れている。こわごわと踵をつまんでみると痛む様子もない。弾丸が掠めて皮膚を裂いていた部分も完全に塞がっている。左足から注意深く立ち上がり、裾をまくりあげてみると、ぱっくりと開いていた傷口が、今は閉じて一本の筋になっている。弾丸が掠め取っていった皮膚が、綺麗に盛り上がって再生しているのがわかる。

 右足のつま先で地面を押して軽く屈伸をしてみるが、かすかに渋る程度だ。「すごいわねえ、明朝には、完治しちゃうかも」と、五十嵐は苦笑いしながら右膝を抑え、軽い屈伸運動。

 夕餉の時間、あたりを柔らかでおいしそうな香りが包む。双子といっしょに昼食をとり、そのまま午睡していただけの五十嵐のお腹が空腹を訴える。「運動もしていないのに、お腹はすくんですよね」とミーメイが入いってくる。続いて「傷を治すのにも栄養が必要なのよ。あなたも崖から落ちた時、よく食べたじゃないの」と姉さん風をふかせながらリーメイも続いてくる。

「ふたり、仲がいいわねえ」五十嵐が苦笑しながら、二人を迎え入れ様とすると、「もうそろそろ夕食のお時間です、夕餉は道場で、みんなで食べるのですが、こちらにお持ちしましょうか?足の具合が」とリーメイが五十嵐の足元を見る。

「もう、大丈夫、皆さんにもご挨拶したいし。それにしても、あのお薬、凄いわねえ」と足首を軽く振って快癒を示す。「あのお薬は、秘密のお薬で、すごく効くんですよ、死んじゃいそうな人でも助かっちゃうんです」とミーメイが自慢気だ。

「夕ごはんのお料理、作るのはわたしとお姉ちゃんも手伝いしたので、えーと」…… ミーメイが少し言い淀んでいる。「あら、千鶴って呼んでね、五十嵐ってなんか角っぽくて」と微笑む五十嵐。「ちぃずる?」「ええ、それでいいわ。可愛いでしょ?」
 おとなのお姉さんだと思っていた五十嵐の口から「可愛い」という言葉を意外に思ったのか、ミーメイが微苦笑している。リーメイはきょとんとした顔になっている。

 道場ではお膳が四十人分ほど並んで、そのまわりを屈強そうな男連中が配膳してまわっている。「ここでは、女が料理するけど、配膳や片付けは男の人がやることになっているの」「男の人に料理させると、しょっぱかったり生焼けだったりで、だめなのよ」と双子は説明しながら五十嵐を誘導して上座の方に座らせる。

「ほら、お前たち、さっさと配膳しなさい、せっかくの料理が冷めちまうよ。飯はいつもどおり麦半分だよ。あ、そこ、そんなにお椀いっぱいにしない、食い意地がはっていると出世しないよ」道場の横にある、炊事場になっている小屋から女性の大声が聞こえてくる。屈強そうな拳士見習いたちが、「そこ、ちゃんと御膳を並べなさい、そっち、汁物があふれるよ」という声に慌てている。

「お元気なおばさんね」と調理小屋の方を見ると顔の大きさ位あるしゃもじを指揮杖よろしく振り回している。「レンファばあさん、いつもより元気みたいね」「うん、きっとお客さんがいるから張り切っているじゃない、お姉ちゃん」と双子。
 五十嵐の「レンファさんっていうのね、怖そうね」に「ううん、優しいおばあちゃんだよ。料理と材料の買い出しの時に、ちょっと声が大きくなるけど。ミーメイなんか甘え放題なの」とリーメイ。

 並べられていくお膳の上に、汁椀と飯椀、小鉢に魚の煮付けや野菜炒めが並べられていく。昼に双子が作ってくれたものよりも、美味しそうで五十嵐の頬が緩む。「美味しそうでしょ?ほんとレンファおばさんの作るのは美味しいんだよ、わたしやリーメイお姉ちゃんよりずっと」と説明しながら五十嵐の両隣に座る双子。

 道場から修行中の若者を従えて、マオたちが入ってくる。マオ老人を含め四人の年配者の前には徳利が並べられ、お膳の上に盃が置かれていく。徳利が並べられた者は師範とか師範代なのだろう、五十嵐は観察しつつ配膳が終わるのを正座で待つ。

「正座は、まだ痛むだろ?膝を崩してゆったりとしなさい」とマオが声をかけてくる。膝を崩すといっても、衆目も有る。躊躇している五十嵐に「なに、気にすることはない、なんなら道着を貸すぞ」という後押しの声がかかる。

「あのお薬のおかげで、ずいぶんとよくなりました。ありがとうございます」に、正座のままで頭をさげる。「ふむ、それはよかった。たまにあの薬で当たる者もいるので、少し心配しておった。体を鍛えている者には、よく効くのじゃよ」

「さて、今日はこの寺には珍しい客人じゃ。今夜は歓迎の祝宴も兼ねて少しレンファばあさんには頑張って貰った。まあ、何時も通りに粗末な宴ではあるが、皆も楽しむがよい」と、正座で待っている門下生を見回しながら老人が夕餉の開始を宣言する。皆、一斉に五十嵐に向かって一礼した後、お膳に乗せられている料理に一礼する。

「お料理にもお礼しないとね」とミーメイもお辞儀しながら、五十嵐に聞こえる様に言ってくれる。「うん、おいしそうね」五十嵐も料理に向かって一礼をした後、箸、少し長めの箸を手にして、お椀に手をかける。

 ふっと鼻孔をくすぐる優しい香りを楽しみながら、両脇の双子と歓談。しばらくすると、マオと三人の年配者が徳利を持って五十嵐の前に座る。恐縮してかしこまる五十嵐に「本日の主賓だ、そう硬くなりなさんな。ところで、貴殿の技、ここらへんでは見ない技だな、どこで学ばれた?」

「色々なところで色々と教えていただいて、それを組み合わせて……」実際、各国の武術武道から学んだものを組み合わせた自己流なので、どう説明したらよいものか、言い淀む。

「構えはファメールの柔術と琉球唐手が入っているな、エルドナのレスリングやメイリスのカラリパヤットに通じる間合い取りも見て取れたのだが、わしの目もそう曇ってはおるまい?」
「はい、その通りですが、そんな、学んだという程もありません。ほんのすこし。あと、パンクラチオンや擒拿、カポエイラも少し学んでおります」
マオの横に座っていた男が身を乗り出して「少しですかな?チェンを一発で沈めたタイミングと打力、リーメイ ミーメイ二人にスピード負けしない見切りといい、相当に修行を積んでおられるのでは?」と、呆れる。
 あんまり褒められると照れちゃう…… と、五十嵐が下を向く。「レンファばあさんにも勝っちまうかもなあ、なにしろ、ばあさん歳だからなあ」ともう一方の師範であろう中年男が嬉しそうに言う。なにかの冗談かしら?と五十嵐が訝っていると……

「ほら、そこ、人の悪口はやめな、この歳でも耳と目は確かなんだからね」と割烹着に身をくるんだレンファが大声で師範を窘めている。「あ、あう、レンファばあさんがすげえって話をしているんですよ」と師範代がしどろもどろで答える。
「それならいい、ちゃんと味わって食べるんだよ。宴だからこっちは残業だよ」と肩をすくめながら、食事を続けている。アジアにしては珍しく、客人でもない女性でも夕餉に同席するんだな、と五十嵐は自分の持っている知識を訂正しつつ箸を進める。

 寺院の近辺の農作物や川魚。工夫して丁寧な調理がされているのだろう、質素な材料を美味しい料理に変えている。「これはどなたが?」とミーメイに聞くと「レンファおばあさん、すっごく料理が上手でしょ? 美味しくて、拳法よりレンファおばあさんの料理目当てでこの寺に入門してくるのかもっていう噂もあるくらい」

 本堂でいただいた昼食も、美味しかった。このお膳に並んでいる料理はミーメイには悪いけど、ずっと美味しい。この半島は荒山が覆っており、ほとんどまともな農地もなく、ましてやここは山の中腹で、大掛かりな田畑はないだろう。

「おいしい、それにいろんな材料を使っているのね。こんなにたくさん」と、それとなくミーメイに聞くと「うん、裏にちいさい寺の畑、もうちょっと高台には村の人たちの畑があるの。それとみんなで木の実やお魚をとっているの。あと、港にもたまに皆で買い出しにいく」
 小魚や中型の魚もあるが、どれも日干しにしたのを戻したモノの様だ。川魚がすこし彩りを添えている程度だけど、調理が凝っている上に味付けが絶妙だ。おもわず、一杯食べてしまう五十嵐。

 他の門人などの話から、山の向こう側は、華魅だが、山の頂上を含め半島側、つまり、北夜側はすべてマオの支配地域になっている…… ということがわかった。マオの一族は昔からのこの地域の地主であり、また、華魅の前身の国の時代には、マオの先祖が県令も勤めていたそうだ。その流れで革命後も華魅と北夜の境目にあることを利用して、「寺で武道を教えるだけの地域」として擬似的な独立を得ているらしい。その独立も、雲行きが怪しいので、色々と画策しているということは、五十嵐もわかってきた。

 ミーメイ・リーメイが食べ終わるのにあわせて五十嵐も食事を終え、ぼんやりとしていると、レンファおばさんが五十嵐の前に来る。「あら、意外と華奢な体つきだね。チェンを一発で仕留めたというので、どんな屈強な方かと思ったら、ほっそりした女の子だから驚いたのよ」と五十嵐のまえに座るレンファ。
 女の子っていわれても、三十路も近いし…… どう答えてよいものか、悩みながら目をあげると、やや小太りでニコニコ顔のレンファと目があう。微笑んではいるが、目の奥の光は鋭い、その上、挙動も見た目の年齢よりはるかにキビキビとしている。

「どうも、大変お世話になっております。こんなご馳走までいただいて」
「急な話ですこしあたふたしちまったけどね。もっと時間があったら、ましなモンを出せたんだがねえ」と、マオにちらりと目をやりながらレンファは相変わらずニコニコしている。

「さ、遠慮しないで食べてね。ちょっと多めに作っておいたからね。あ、そうそうミーとリー、終わったら片付けて手伝いなさい」と双子に命じている。ミーメイはちょっと不服そうになるが、すかさずリーメイが「はい!ふたりでいきます!」と元気に答える。
 レンファはニコニコ顔になって双子の頭を交互になでならがら、五十嵐に「この子たちのこと、よろしくね」
「あ、はい!もちろん。お料理も上手だし、武芸も立派ですし、逆にわたしが教えて貰う側になりそうですが……」と半分お世辞で返す。「どうかしらねえ、後でまた」と、レンファは中座する。

 ミーメイと一緒に食事を済ませ、夜は何を手伝おうか?とキョロキョロしている五十嵐。「千鶴お姉さん、お食事が終わった後の片付けはお姉さん、お願いできます?」とミーメイがちょっと言いにくそうだ。「ええ、もちろんよ、すごく効くお薬とか、すごいご飯とか、お礼とかももちろんしなくちゃね。あ、そうそうお台所はどこ?」と立ち上がる。

 双子の案内で洗い場を脇に備えた炊事小屋に向かう五十嵐。