サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第四話:古寺院


第四話:古寺院

 二本のロープを両端に結び付けられただけの板に、右から老人と双子、左端に五十嵐の四人が腰掛ける。老人がロープをコンコンと叩くと、しばらくしてカクンと小さい振動があり、そのままするすると板が寺院に向かって引き上げられていく。モーターやエンジンの音も聞こえない。人力かしら?と五十嵐が訝る。真上を見上げるも、様子が見えるわけでもない。

「水車の力で持ち上げておるのじゃ。この上の山頂には湖があっての、そこに堰を作って、必要な時に水を流す様にしておる。この仕組のおかげで、わしら千年ほど、のんびりとこんな山奥で修行三昧の生活ができるのじゃ」

 山頂のカルデラ湖は、大陸と半島の境目にあり、泳いで渡って行き来できるし、湖の周りに兵隊がいて越境を見張っているわけでもない。ただ、山を降りると大陸側では亡命者・密入国者を監視している。逆に大陸から半島に逃げる物好きはほとんどいないため、半島側の、大陸からの越境監視は無いに等しい。

 そんなことを双子や老人から聞いているうちに岩壁の頂上に到達する四人。下をみてみると、三人の青年がバイクを引きずって岩壁に寄せている。「チェン兄ちゃん、がんばれえええ!」とミーメイが下に向かって叫んでいるのが微笑ましい。

 五層の塔を中心に、奥に二階建ての本堂、左に書院、右に講堂という寺院としては一般的な配置。庭には三十人ほどの僧らしき人々が整列し、武術の型の練習をしている。「僧と見習い合わせて四十名ほどの小さい寺だ。だが、皆、それなりに武術は身につけておる。夜は仏法を学び、昼は武術の稽古だ。そうそう、水汲みやらの仕事もあるがの」老人が寺を案内しつつ、説明してくれる。

 五十嵐の歩みが遅いのに気付いた老人「足首の怪我も見てしんぜよう」奥の本堂に五十嵐を招き入れる。古い木造建築物だが銘木をふんだんに使っているのだろう、樹脂の香りが五十嵐を包む。マオに導かれるまま、奥にしつらえてある座椅子に座り、痛む右足を伸ばす。「ちょっとよいかな?」と五十嵐の右踝に切り裂いた布で括りつけられている木板を取り外すマオ。「ほお、ちゃんとした応急処理だな、これならそう時間も掛からんだろうて」マオが傷口の回りに残っている血の塊などを剥ぎ取る。

「あ、いつっ」傷口に風が当り顔をしかめる五十嵐。「ふむ、骨は大丈夫だな、意外と頑丈な骨だ」と膏薬を手のひらで混ぜあわせそれを指先にとり、傷口に塗りこむマオ。傷口に膏薬が浸透して、患部が熱を持ってくるのを感じる五十嵐。入念に膏薬を傷口に塗りつけた後、踵から足首を真新しい木綿包帯で包み縛り上げる。「ちょっと熱くなるだろうが、そのままで待っておるとよい。決して動いたりしない様にな。夕方には熱も去り傷口も小さくなるはずじゃ」と、ひとり五十嵐を残して本殿から去るマオ。

 右足を伸ばしたままでは、動かすわけにもいかない。五十嵐は、あたりを眺める。本堂の二階にあがる階段や、棍棒などが揃えてたてかけてある壁。入り口から中庭で武術の稽古やランニングをしている青年たち。傷の痛みがスウっと引いていくのを感じながら、五十嵐は背もたれに肩を預けて、ぼんやりと外を眺める。

 青年僧たちは道着を纏って一糸乱れぬ突きと蹴りの演武をしている。「退屈だわ。でも、まずは傷を治さないとね」と右膝に手をかけて軽く膝の屈伸をする。そろそろ昼飯時なのだろう、外から、調理の煙がただよってくる。半島の付け根だが、大陸の北方に分類される文化の料理、いわゆる大陸宮廷料理と、半島の料理の混淆なのだろう、色々と芳しい。その心地良い香りで空腹を感じる。そういえば、この数日、早朝から重いバイクに乗り、ところどころでは押して這い上がってきたのだから、空腹を感じるのも、当然だ。

 入り口の方に人の気配を感じて、顔を向けると、双子の姉、リーメイがなにやら膳を抱えて入ってくる。つづいて、ミーメイが両手に桶を抱えている。二人を迎えようと、立ち上がろうとすると「だめだよ!爺ちゃんが言ってたけど、今日の夕方まで動いちゃだめだからね!」とミーメイがちょっと大きな声で五十嵐を制止する。「はいはい、わかりました。ここで楽にさせてもらいますね。あら、ふたりとも割烹着ですね、料理も出来るのね」と料理を運んでくる二人を座ったままで、招き入れる。

 リーメイが抱えてきたのは、三つ重ねられている御膳だ。それぞれの膳に皿がふたつとお椀がふたつ。皿の上にはすでに肉と野菜の炒めものと、肉団子が盛られている。最初の御膳を五十嵐の前に置き、五十嵐の両側に御膳を置くリーメイ。その御膳のお椀のひとつに持ってきた桶からとろんとしたスープを盛り付け、さらにもう一方の桶から具を散りばめて炒められたご飯をよそう。
 二人の手際の良さと、無駄がない丁寧な動作に、あんな乱暴者だった小娘も普段はこんな子たちなのだな、と五十嵐は少しおかしくなって微笑む。微笑みに気付いたリーメイが少し頬を染めて下を向く。

「美味しそう、これ、あなたたちが作ったの?凄いわ」
「うん、リーメイねえちゃんが作った、特別料理だよ。姉ちゃん料理上手いんだ。あと、あたしも少し手伝ったよ、この玉子とじスープ、作り方はお姉ちゃんに教えてもらったんだ」
「ありがとう、ほんとに美味しそう。あ、ここのご作法、教えてくれる?」
「普通にお箸と匙で召し上がってください、あ、ミーメイ、まだだめよ」

 双子は両手のひらを合わせ、親指と人差し指で箸をはさみ、おじぎをしながらしばらく黙祷。それを真似て五十嵐も手をあわせて黙祷。御膳にむかって、一段と深く頭をさげてから、茶碗に手を伸ばしている。五十嵐もそれにあわせて、食べはじめる。

 箸を持ってお椀を持ち上げるミーメイに注意しながら、ふたりのよりちょっと大きめな御膳を五十嵐の脇にそっと押すリーメイ。御膳から立ち上る香りをしばらく楽しんで、炒めご飯を口に運ぶ。思ったより味は濃くなく、でもしっかりと味わいよく野菜や肉のエキスが染み込んでいる。肉団子を口に運んで噛み締めると、ジュワッとエキスが口に広がる。

「あ、美味しい、簡単そうに見えて、ちゃんと手が入っているわね。このお団子、お肉だけじゃなくて茹でた人参やたけのこ、あ、椎茸も入っているわね」と感心しつつ箸を進める五十嵐。「そうだよ、おねえちゃんは料理が得意なんだ、すっごく美味しいでしょ?わたしのスープも食べてみて」と屈託がないミーメイ、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めながらもくもくと箸を進めているリーメイ。

 スープを食べようとすると、じっとミーメイに見つめられているのに気付く五十嵐。ミーメイも確かめる様にスープに口にして、自分で頷いている。そんなに心配なのかな?とほほ笑みを返しながら一匙、口に運ぶ。山査子の仄かな香りの下から、ヨモギを丁寧にすりつぶし煮込んでトロミを付けたスープの濃厚な味だ。口の中でさわやかな感じが広がる。ちょっと食事にはあわないけど、これはこれで美味しい。ヨモギは怪我の治療に外用薬としても使うが、滋養がある食べ物だ。ただ、強い香りがじゃまをすることが多い食材なので、丁寧な調理で香りを和らげるミーメイの仕事に感心する。

 もじもじと見つめているミーメイ。この子も、いい子だねえ……五十嵐は思わずほほえんでしまう。
「うん、美味しい、ミーメイちゃんが考えたの?冷たくしても美味しそうね」
「え!ほんと、嬉しいな。ヨモギをちゃんと晒して熱湯で吹きこぼれない様に、焦げ付かない様に煮たの。あとはおねえちゃんの教えてくれたとおり」と安心したのか、笑顔になっていく。

 食事を終えて、足を伸ばしたままで、壁を背にして目を瞑って静養を続けようとする五十嵐。双子は膳をさげて本堂横の洗い場で食器を洗い終えると、道着に着替えて、また五十嵐のいる本堂に戻ってくる。二人並ぶとリーメイの方が二センチほど背が高いが、見れば見るほど似ている。

 本堂の中の板の間の上で向き合う双子。お辞儀で礼を交わした後、それぞれ構える。暇を持て余している五十嵐に、組手を見せてくれるつもりなのだろう。

 リーメイがすっと右足を引く。左足首に力が入っていないので、即座の蹴りを出す様子もない。右足膝を軽く前に出して曲げて、左肘をやや前に突き出し、右手肘を腰脇にためながら裏拳を上にする。ミーメイは、左手を突き出し、掌底をリーメイに向け、右手を腰だめに構える。ゆっくりと左足を前にする。リーメイの蹴りを左手で捌き、腰だめにしている右拳で迎え撃つ方針なのだろう。

 リーメイが、足技の長射程を見せつける様に、ミーメイの間合いぎりぎりを探り、じりじりと間合いを詰めていく。ミーメイから討って出ると足技で打ち破られる状況。しかし、リーメイから討って出ても、足技ゆえの遅さから、ミーメイに回避・反撃される。お互いの構えの隙もなく、しばらく膠着状態。

「あら、根競べになっちゃったわね」固まって動きが取れなくなっている双子を、微笑みながら見比べる五十嵐。ちょっとイタズラしちゃおうかな? ミーメイの呼吸を見て、息を吐き終わった瞬間、手のひらを打ち合わせて「パン!」と鳴らす。

 リーメイは音に動じなかったが、ミーメイは五十嵐のたてた音に釣られる様に、無意識に間合いに踏み込んでしまう。左足で牽制しつつ上体を踏み込むミーメイだが、リーメイの右手突きで左膝を押し込まれて、前進が阻まれる。バランスを崩しながらも右手突きでミーメイの突進を抑えこむ。さらにリーメイは左手肘を立て、上体を左にそらして、ミーメイがやっと繰り出した突きを弾き返して、続けてリーメイの左膝蹴りが繰り出される。

 膝蹴りを回避しようとして、慌てて上体を右後に反らすミーメイだが、まっすぐ飛び込んでくるリーメイにのしかかられ、両手を前でクロスさせて蹴りを防ぐが、防御一辺倒に追い込まれる。一気に畳み掛ける様にリーメイの回し蹴り。不安定なまま横飛びに避け様とするミーメイだが、足首がよれ、横倒しになりながら尻餅をついてしまう。
 勝負あったわね、あとは押さえ込みかな?と、五十嵐が見ているとリーメイはミーメイの右足首を両手で持って自分の両足を絡ませながら自分も寝転がる。ミーメイはじたばたするが、関節技が決まってしまった様だ。

「い、あっ、ま、まいった」

 ミーメイの降参の言葉に、関節技を解くリーメイ。緊張感がまだ残っているのだろう、ゆっくりと立ち上がりながらも、上体の構えは残っている。すっと両肘を脇に添え両拳を前にだしながら、礼をする。ミーメイも、もそっと起き上がり、姉に礼を返す。

 五十嵐の開手をしたままの両手を見ながら「びっくりしました」とリーメイ。「でも、ちゃんとミーメイちゃんに集中していましたね。あの音でも動じずに凄い集中力ね。ミーメイちゃん、慌てて飛び込んじゃったわね?」五十嵐の開手の音で不用意な打撃をしてしまったミーメイはやや不満気だが、指摘は間違っていないので、コクリと頷く。

 ふたりの組手や、外で行われている体術の訓練を眺めながら、半分徹夜でバイクと一緒に登山してきた疲れに促され、うとうとと午睡におちてしまう五十嵐。