サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第三話:入門試験


第三話:入門試験

「ねえ、あのお寺への行き方、教えてくれない?」組み敷いている少女に五十嵐は話しかける。「……… 」黙りこくってしまう少女。「ちょっとした行き違いよ、気にしないでくれる? ね、お願いだから」少女は下を向いたままで、何か考えている様だ。

「う、うううん」掌底突きを食らって気を失っていた小さい方が目を覚ます。よろよろと立ち上がって「おねえちゃんを放せ」と五十嵐に対して身構える。だが、組み敷かれている少女の「やめなさい、ミーメイ」という声に動きをとめる。「お願いだから、ちょっとお寺に案内してくれないかしら?」と五十嵐が組み敷いている少女に聞く。「反撃も、もう出来ないでしょ? ね、お願い」五十嵐がウインクする。

「ミーメイ、マオに聞いてきて」
「え?マオじいちゃんに?」しばし逡巡する子に、組み敷かれている少女が「強い人がいるって、じいちゃんに!」と追いうちをかける。

「うん、行ってくる、マオじいちゃんならこんな奴、一発だよね」と、崖めがけて走りだす少女。何をするのかと見ていると、崖肌に飛びついて、こまかな出っ張りや岩の継目に手を掛けてジャンプ、その出っ張りに足をかけて、次のでっぱりに手をかける。そのまま、するすると小さい凹凸を巧みに使って登っていく。

「へえ、あんな風に登っていくんだ、あなたも出来るの?」と組み敷いている手を緩めながら、地面に押し付けられていた少女に五十嵐が聞く。ゆっくりと四つ這いから身を起こしながら少女は「崖上がりは、あの子が一番得意なんです。わたしも登れますが、ミーメイほど早くは登れません」

「ふーん、あの子、ミーメイっていうのね。あ、わたしは五十嵐千鶴、あなたは?」と、正座している少女の横に腰掛けて体育座りをする五十嵐。すっと横に座られて、ちょっと身を固くする少女。「え、えっと、わたしはリーメイ、年は同じですが、あの子の姉です」

「へえ、双子なんだ。道理でよく似ているわね、あの子の方が活発だけど、たぶん、技の切れはリーメイちゃんの方がよいわね」と五十嵐がほほ笑みかけると、コクリと頷きながら「試合だと互角です」とちょっと照れる少女。

 ミーメイが崖に張り付いてどんどん登っていくのを見上げながら「あの子もあなたの様に足技使うと凄いでしょうね、手技は良いのだけど、それに頼りすぎないといいかな?もしかしたら、蹴りがあまり上手ではないの?」とひとりごとの様に言う五十嵐。

「え?」…… あんな短時間の応酬で二人の得意や不得意を理解した五十嵐の言葉に驚くリーメイ。「あなたの足技もよかったわね。いきなり大技というのは、なんか舐められた気もするけど、あの切れ味だと普通は避けられないでしょうね」とリーメイを持ち上げる。

 崖の右側に体を寄せて登っていくミーメイが、軽く石を蹴って飛び上がり寺の石垣の上端に手をかける。「速いわねえ、もうてっぺんに」と五十嵐が呆れている。「ところで、あなたも帰る?」とリーメイに話かけると、意外そうな表情になる。人質として取り押さえられている、と勘違いしていたことが、ちょっと恥ずかしくて、頬がちょっと赤くなっていく。

「え? よいのですか?」
「ええ、だって、これはわたしにとっては、武道のお稽古。あなたの技もすごかったわ。 きっとこのお寺で武道を教えているのでしょうね。あなたの年頃にしては凄い、妹さんもね。教えていらっしゃるのは、きっと、素晴らしい武道家さんでしょうね。お会いできるのが楽しみ」

 五十嵐がにっこりと微笑むが、下を向いたままのリーメイ。もしかして、この人、ほんとはよい人なのではないだろうか? 戦っていた時もまるで練習の時の様だったし、地面に倒れこんでしまった時も、蹴りや突きでとどめを刺せたのに抑えこみだった。それに、ミーメイへの拳も掌底で、拳であったら顔面を破壊することも出来たのに。その上、ミーメイの首を折らない程度に加減して顎に当てていた── しばらく逡巡するリーメイ。

「ねえ、妹さん、ミーメイちゃんだっけ? もう、お寺に入っちゃったね」と寺院を見上げていると、岩の上からロープがスルスルと二本降りてくる。つづいて、そのロープに板が渡されて、その上に四人の男が立ち、さきほど登っていったミーメイが腰掛ける。板がゆっくりとロープに添って降りてくる。

 降りてきている男は、屈強そうな三十前後の三人と、杖を突いている老人── たぶん七十は越えているだろう── が一人。ミーメイは崖の中腹あたりで座っていた板から飛び降りる。見事な着地だ。

 五十嵐が五人を迎えようと立ち上がると、リーメイも立ち上がり五十嵐の横につく。降りてくる四人を五十嵐が見上げているとミーメイが近寄ってきて「マオじいちゃんたちがお前に会うって。マオじいちゃん強いから覚悟しろよ」と不機嫌そうに言う。

「あらまあ、マオ様っておっしゃるのね。あのお爺様。ミーメイちゃんのおじいちゃんなの?」とほほ笑みながら聞くと「知るか、お前なんかに教えてやらない、ヘータイのくせに!」と突っかかってくる。「ミーやめなさい。この人はそんなに悪い人じゃない」とリーメイが遮る。

 双子が睨み合いをしているうちに、ベンチの上に座った男たちも下に降りた様だ。爺さんを前にして後に並ぶ男たち。老人以外、身長は百八十センチメートル前後で胸や腕の筋肉の太さもある。無駄に太いわけではなく精悍さと強靭さを秘めている筋肉の付き方だ。細身の棍棒を携えてはいるが、銃器などは持っていない。それを見て少し安心する五十嵐。

 三人の屈強な男をうしろに従えて、リーメイと並んでいる五十嵐の前に立つ老人。鋭い眼光と優しい笑顔が不釣り合いだが、決して敵意は持っていない様だ。「マオじいちゃん、こんなのコテンパンにしちゃってよ、チェン兄ちゃんでもリー兄ちゃんでも簡単だよね」とミーメイが囃し立てる。

「よしなさい、ミー」とやや強めに怒った口調でリーメイが窘める。リーメイの顔を見て、我に返ったのであろう、ミーメイがちょこんと頭を下げる。すぐにリーメイが五十嵐の前にでて振り向き、「こちらがマオ爺、この寺の総長とその裏の村の村長をしています」すっと老人に向きを変えたリーメイが手のひらで五十嵐を示しながら「こちらが五十嵐さん、道に迷われたそうです。さきほど迄、わたしとミーメイに稽古を付けていただきました」
 稽古だったかな? まあ、わたしにとっては稽古の様なモノであったけど、あの子たちにとってはちょっと違ったモノの様にも思えたのだけど…… と訝りながら五十嵐は「五十嵐千鶴ともうします、軍のヘリの乗組員でしたが、あいにくと撃ち落とされてしまい、帰るあてもなく彷徨っていたところ、こちらに伺いました」と正直に状況を説明する。

 老人は五十嵐を上から下まで見回して、「ほお、その制服、北夜や璃のものではないな。ふむ、華魅の飛行兵のものによく似ているのう。ほう、生地や襟もまったく異なるな、どちらのものかね?」と聞いてくる。視点は五十嵐の胸のあたりに固定される。

 視線を感じて、このスケベ爺…… とは思ったが表情には出さず「これは合衆国で編成されたヘリ隊の専用制服です。所属は連合軍第三空挺師団大璃民国中流派遣作戦第……」五十嵐が所属を言おうとするのを遮る老人「で、ご用件は? ミーメイが言うには食べ物を強奪しにきたとか、ところが、降りてくるとリーメイは稽古を付けてもらったと…… どうも話に食い違いがあっての」

 道に迷って、労働と引き換えでもいいから飯を貰えたらと、五十嵐が簡単に説明すると「ふむ、ミーメイはあわてものじゃのぉ。まあ、いつものことじゃ」とミーメイの頭を撫でながらマオ老人は微笑む。食事ぐらいはいただけるだろうか? と期待する五十嵐。だが、老人は「しかし、ここは拳法と格闘術の寺、まあ、表向きは仏法の寺ではあるがの。なんでもミーメイとリーメイをほんの数秒で組み伏せたそうじゃの。その技を、ちょっと見せては貰えぬか?」

 また、この子たちを? と五十嵐が見ると、ミーメイはやる気満々そうに腕を回す。「この子らでは、ちょっと物足りなかろう、そうだ、チェン、お前が教えてもらえ」と老人の右後にいる青年に声をかける。

 青年は、両腕手首を胸の上あたりで交差させ、一礼して老人の前に出てくる。五十嵐も慌てて、同じ様な格好で一礼するが、不慣れな礼のため、どうもおたおたしてしまう。「そちらの流儀は?」と青年が聞いてくる。「武術は、琉球空手と柔道、それにレスリングや逮捕術他、いくつかを少々やった程度です」と応える五十嵐。

「おう、そうじゃ、こちらも名乗っておらなかったな。八卦掌煤馬の流れを汲む劉彩臣の分派の末裔じゃ。まあ、田舎流派だが、華魅南東地域ではそれなり知られておる…… はずじゃ」

 そんなの、言われてもよくわからないわ…… とは思ったが双子の技からするとスピード前提の足技手技混淆の流派というアタリをつけながら、五十嵐も前に出る。チェンという青年の背丈や体躯から、充分な間合いの位置につく。両手をやや前に裏拳を相手に見せる様に構え、軽く両足を開く体勢を見せる五十嵐。相手の青年は左足を前に出し、右足を後にしてやや体を沈める。左上腕を胸の前に水平に、右腕を腰だめにしている。

 五十嵐とチェン青年の睨み合いが始まる。五十嵐は相手の挙動を構えに入る前から観察する。太極拳の演舞の様に、ゆっくりと大きめな挙動で身構えている。わざとゆっくりすぎる早さで体勢を作っている。つまり、技の速度に自信があって、それをさらに際立てようとしているのが判る。双子と同じ戦技思想だということに五十嵐が感づく。痛みが残る右足では振り上げが少し遅れるので、左足を軽く引き、左手の肘から先を腰のやや上で水平にして構える。相手の速攻型にあわせて、対速攻向けの構えに切り替える。

「ほお、これは、これは……」マオは興味深そうに五十嵐の構えを眺めながら、するすると横移動。五十嵐と青年の対峙を横から眺める位置で、ふたりをしげしげと眺める。それに付きそう様にミーメイが爺さんの横に付いていく。リーメイは五十嵐の後で心配そうに眺めている。

 青年がすり足で、じりじりとにじり寄って、五十嵐との間合いを詰めてくる。右足がまだ痛みを訴えている。相手が右側から打って来たら逃げるのは後に倒れるだけ? 左からきて欲しいわね、と、青年の右手と左足の動きを観察する五十嵐。

 青年がふっと右足を無造作に引き上げて、片足立ちに構える。青年の左足首にそれほど力が入っておらず、右手の引き込みも甘い。「フェイントね、ならばこちらも」と痛む右足を摺り足で進める。間合いを切った瞬間、青年の右前蹴りが繰り出される。すかさずそのまま右足を軸にしゃがみこみ、そこから上体に引き入れていた右手で正拳を繰り出す五十嵐。青年の右足と自分の右手が交差する瞬間、痛む右足の踏ん張りでジャンプしながら左横飛回し蹴り。

 フェイントに引きもしないで飛び込んで回転蹴り。フェイントが効く前提でいたために、不意撃ちになった青年は慌てて身を引く。が、左横回し蹴りの勢いに押されて腰がよれる、そこに、突進した五十嵐の右膝。

 五十嵐の右膝蹴りが、避けようと後退する青年の左脇腹をかすめると、青年は重心をさらに失い、ぐらつく。五十嵐は勢いを殺さない様に左後ろ蹴りを青年の横腹に命中させる。回転の勢いのままで横倒しになる青年。五十嵐は右足の激痛を抑えながら、上体をずらして青年に飛び乗り、横四方固めの体勢で青年を抑えこむ。利き手の右手を抑えこまれて、青年は身動きが取れなくなってしまう。

「勝負あり!」マオ爺さんの年齢からは考えられない大きな声。声の大きさに驚いた五十嵐だが、すぐに青年から飛び離れ、起立。その後、青年に一礼する。

「相変わらず、お前は技の切れに頼りすぎじゃ、チェン。フェイントが効く相手かどうかの見分けもつかなかったか──。今週の水汲み当番はお前だ」立ち上がりながら下をむく青年。「ところで、お嬢さん、右足は大丈夫かね? さきほどから、ずいぶんと痛みを我慢している様に見えたのだが」

 右足首の傷については気取られない様に細心の注意を払っていたが、この老人には見破られていた様だ。「自力である程度手当はしたのですが」と五十嵐は自分の右踵に目をやりながら答える。「まあ、チェンと構えたところで、たぶん、足首の肉が削られていると感じたが」…… 気付いていたなら止めてちょうだいよ、と五十嵐は声にはしなかったが、不満。

「まあ、そういうことであれば、武術の志願者ではなくても、けが人を助けるのも仏法の教えじゃ、まずは寺にて話をいたそう」老人が踵を返し、降りてきた板切れに座る。「おう、そうじゃ、お前ら、あれを寺まであげておけ」と五十嵐のバイクを指差しながら三人の青年に命じる。