サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第二話:彷徨者


第二話:彷徨者

「なんで平坦な道がないのよ」半島の大陸への付け根、山肌を縫う細道。側車を捨てて、単車に戻したバイクで走りながら愚痴る五十嵐。ひときわ高い頂上にカルデラ湖をいだく山の裾野であるが、道はうねうねと曲がりくねり、急勾配の荒地と森林が続く。山の中であるせいか、敵にあうこともほとんどないが、頼りになりそうな民家もほとんどない。民家があったとしても、貧しそうで、得るものもなさそうだ。それに、敵地であったとしても、まさか連合軍の兵士が強盗など働くわけにもいかない。

「食べ物は、あと三日分、もたせて五日分かな?山で狩り?ちょっと難しいかな。海側にいけるところまで行って、考えましょう」悪路と高低差のある道のり、応急処置は施したが、まだ完治から程遠い状態の右足首。それに、到底、バイクのガソリンも海まではもちそうにない。

 山のわきにへばりつく様な道とも表現しにくい轍の跡をゆっくりと登って行くと、急に視界が開け、四キロほど先の山の中腹に奇妙な円錐型の屋根の寺院らしきものが見える。そばの煙突からは煙があがっているので、多分、人が住んでいるのだろうと、重いバイクを押しながら五十嵐は円錐型の屋根を目指す。

 鬱蒼とした木々の合間を縫い、建物の近くまで来てみると、岩を積み上げた五十メートルほどの高さの岩の崖にでくわす。左右を見回しても、建物へ通じる道らしきものが見当たらない。そして、この山道は隣の山につながっている様に見える。「この崖を迂回する? それとも大回りする道でもあったかしら?」と引き返そうか?と振り返る五十嵐。すると、そこに十歳くらいの少女が二人、五十嵐を怪しそうに見ている。

「お前、ここで何をしている」背が低い方の少女が五十嵐を睨みつけながら、強めの語気で言ってくる。「ここはお前らみたいなのが来ちゃいけないところだ!」半島の言葉と大陸の言葉は微妙に異なり、少女のそれは大陸のものだ。ここは地政的にはまだ半島のはず…… と訝る五十嵐。「道に迷ったので助けて欲しいのよ」とこたえると、「うそをつけ、お前の格好みたらわかるぞ、兵隊だろ! 兵隊が道に迷うなんてありえない。迷ったとか大嘘だ!」

 大きな声で五十嵐にくってかかる少女を制して、長身の少女が「その服は軍隊のものですよね?」と、聞いてくる。この子の言葉も大陸のものだ。「ええ、そうよ。この国の軍隊とちょっと喧嘩している側ですけどね」と五十嵐が答えると「どっちでも同じだ。軍隊は、この寺にくるな、そう、じいちゃんと約束したのだろ? 帰れ」背が低い少女がさらに言い立ててくる。

 寺なのだ、やはり…… でも、この戦時下で軍を拒絶できるのだろうか?「お寺だったら、兵隊とかダメっていうでしょうね。でも、わたし、今は兵隊さんのお仕事はしてないの。ちょっと休ませてもらえない?」五十嵐は少女の説得を続ける。
 半島側で大陸の言葉を使い、その上、軍を拒絶する…… 面白い立ち位置ね、この半島を分断している戦争で、その半島の根元側の国の後ろ盾になってはいるが、大陸の国は表立って動けない。しかも、半島の国は戦争で忙しくて、こんな田舎の反抗分子を叩いている閑もない、ということなのだろうと五十嵐は理解した。

「兵隊は帰れ、お前にやるものなど無い。帰らないなら倒す!」隙がない構えを作り、五十嵐に躙り寄ってくる小さい方の少女。みたところ十歳かそこらだが、スキがない。格闘術をいくつか知っている五十嵐にも心当たりがない構えだ。
 銃もナイフもバイクに置いてあるのだが、素手でもなんとか抑えこむことくらいはできそうだ。痛む右足だが、軸足にはなる。左足を引き右手をやや前に出し左手を腰だめにして構える五十嵐。その構えをみて、「ねえちゃん、こいつやっつけちゃおう!」と少女。その声におされてか、背が高い方の子も、だまって頷きながら拳を作り身構える。

「ねえ、あんまり戦いたくないの、子供を殴っても寝覚めが悪いし」と表情を明るくして言ってみるが、少女たちの態度は変わらない。ふたりとも同じ様な構えで両足を地面につけたまま、長身の子を前にして、すり足でにじりよりってくる。両足を地面から放さないのは、武道の基本でもあり、それを忠実に守りながら、五十嵐の間合い直前で止まる。

「どこの構えか知らないけど、隙が見当たらないわね。この子たち、結構鍛えられているわ。でも、隙がないなら作ってみるかな?」と五十嵐は左足を引き上げて、踵落としを餌にする。前衛の背が高い少女が、するりと踵落としを挑発する様に踏み込んでくる。後衛にいた少女が右に体をずらせながら二ステップの助走で五十嵐に向けて飛び込んでくる。左足を使っている相手のさらに左側から攻めるのは理にかなっている。

「息はあっているわね?それに目もよい」と踏み込んできた長身の方の少女に左足の踵を落とすと、後に引く少女。左から飛び込んでくる少女に掌底を見せて威嚇するが、その手を掻い潜って脇腹に正拳を突きこんでくる。とっさに左足をあげて膝で少女の拳を受けるが、想定していた以上の痛みが五十嵐の左ひざを襲う。膝を伸ばして蹴りで少女を弾き飛ばそうとするが、すぐに身を引いて回避する少女。五十嵐の体勢が崩れた瞬間、長身の子は軽く助走を付けてくる。

 拳を腰だめにしてはいるが、ステップインしてくる少女が足先に神経を集中していることがわかる。「蹴りね」五十嵐の読み通り、長身の少女は飛び上がって、右足を振り回してくる。飛び回し蹴りだ。

「焦っているのかしら。大技はまだ早いわ、残念ね」と五十嵐は頭を前方に下げ、少女の右踵を掻い潜る。そのまま体を前に倒し、左肩から少女の左足に体当たりを食らわせる。自分の蹴りで五十嵐が引くとばかり思っていた少女は不意を突かれた状況に陥る。五十嵐の体当たりにバランスを崩し肩から地面に落ちる。柔術の様な受け身を見せて落下の衝撃を弱めならが。その勢いで体を一回転させ起き上がろうとする。しかし、受け身で体重を支えている腕の肘を踵で五十嵐がなぎ払うと、うつ伏せになってしまう少女。そこに五十嵐が少女の背中から覆い被さって、少女を抑え込む。
「おねえちゃん!」背の低い方が、構えも忘れて飛び込んでくる。慌てていたのだろう、五十嵐の掌底突きがカウンターで少女の顎に決まる。顎への衝撃で空を見上げる様にヘタヘタと崩れ落ちて地面にぺたんと座り込んでしまう。抑えこまれている少女も静かになる。