サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第十四話:帰路


第十四話:帰路

 鈴原小隊は、他のヘリ隊群と戦闘機三十機による一時的制空権制海権の中、救命ボートを曳航する。行き先は、先行している難民船、というか難民船に付き添う護衛艦に向かう。偵察ヘリ小隊は救助した者を載せて、戦闘ヘリ部隊の本拠地であるヘリ空母に向かう。先行している難民船と直衛の護衛艦はやや大型といえども、ヘリの離発着機能はないので、救助者を抱えた偵察ヘリは最寄りのヘリ空母を目指すことになった。

「準戦闘速度ね」五十嵐が外を見やりながらつぶやく。
「ええ、ここはまだ敵の海域ですから」レムセーは返す。

 近辺の航空勢力を全て投入することで、一時期の制海権は得た。しかし、敵海域である以上、それが失われる迄に余裕はない。武力を持ちあわせていないが高速離脱できる偵察ヘリ小隊を迅速に下がらせ、救命ボートの曳行で速度が出せない鈴原隊の援護に全力を傾注する方針だ。

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「でも、なんで最初から撃ってこなかったのかしら?」と五十嵐が思い出す。
「あら、それでしたら、たぶん、マオさんが乗船されていたからではないでしょうか?」とレムセー 「縁を切ったとはいえ、華魅の主席のお父様ですから」
「え?あのマオじいさんが?」そういえば、華魅の主席はマオ・タントンといっていたな、と五十嵐は戦線参加前に受けた講義のことを思い出す。そして華魅の主席の親は「すでに物故しているらしい(要出典)」とあったことを。貧農からの立身出世を謳い、共産主義の頭目となった者にとって、「実は親が大富豪です」というのは、ちょっとまずいのだろう。
「縁を切ったとはいえ、北夜にとっては華魅に対する保険の意味があったのでしょう、手元にあるかぎりは」
「そうか、やっとわかったわ。ありがとう。華魅の主席の父親が自国にいる以上、それは大きな保険になる、でも、それが紅湾に亡命したら無意味どころか保険にしていたことが仇になるものね」── しらばっくれるマオの顔を思い浮かべながら、あの狸親父め…… と五十嵐がこころのうちで悪態をつく。

「あと、ふたり子供がいたと思うけど、あの子たちもヘリ空母へ?」
「ええ、そうなります。本機よりかなり乗り心地は悪いでしょうけど」

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「助けていただいて、ありがとうございました。よろしくお願いします」リーメイは、操縦席後部の下にミーメイを寝かせて床のベルトで固定しながら、ミネルヴァに礼を言う。「そっちのぐったりしているお嬢ちゃん、ちゃんと床に固定しておいてね」ミネルヴァは本部からの指令通り、機体を前傾させて準戦闘速度へ加速を開始する。
「きゃ!」とリーメイは機体の急激な傾きと加速による揺れ、そして高速旋回による横Gに耐える様に操縦席の端につかまる。床にベルトで腰を固定した上に、自分の足でミーメイを抑えてはいるが、それでも少しずつずれてしまう。「ゆ、ゆれる、こわい」とミーメイの顔が青ざめていく。
「加速をゆるめてもらえませんか? 妹が……」
「あとすこし、そう二分くらいで、準戦闘速度になるまで、ちょっと我慢してね。そこで少しは揺れもおさまるわ」とミネルヴァはとりあわない。「あなたがたを敵地から速やかに去らせることが、わたしの今のお仕事なの」

「ミーメイ、もうちょっとね、ごめんね、がまんね」とミーメイの手を握って不安を減らそうとする。「すぐに、おさまるから」
「優しいお姉さんね。きっと、素敵な女性になるわ」ミネルヴァ機はレムセー隊の先頭にあり、他の機との距離が半海里弱は離れている。多少、加速を緩めてあげても、いいかな? 誰も気づかない程度ならね…… 操縦桿の前傾をほんの少し弱める。

「ありがとうございます、緩めていただいて……」ミーメイが操縦席の後ろでつぶやく。
── こんな微細な加速の差を感じ取った?この年の子が?ましてやヘリなんかはじめての子が?一瞬の驚愕がミネルヴァを襲う。
「え?なんのことかしら。風の向きが変わったんじゃないかしら」と、しらばくれながら、(これだけ繊細な速度感覚、どうやったら育てられるのかしら)と訝っている。

 指定された速度に達して、すみやかに高速巡航にはいる。機内もいくぶんか平穏になり、ミーメイの表情もゆるんできた。しばらくすると、他の機もミネルヴァに追いついてくる。そろそろ公海上だ。

「先に中破離脱したクランベルが帰投したという連絡が入ったわ。機体のダメージは酷いけど、クランベル自身は打撲程度で心配いらないそうよ」とレムセーからの無線がはいる。偵察ヘリ小隊の空気がすこし緩む。

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 偵察ヘリ小隊に救出された五十嵐・ミーメイ・リーメイと四名の元難民船の船員が無事、ヘリ空母に到着する。船員たちは火災の煙を吸っていたこともあり、医務室に運び込まれる。おぼれかけたミーメイだが、着艦の頃には元気を取り戻していた。甲板上で、偵察ヘリ小隊の五機の操縦士たちが、着艦時整備のため、小休止している。五十嵐はレムセーと世間話をしながら、鈴原小隊の帰りを待っている。

「チズねえちゃんのお友達なのですよね?」と、暇そうにベンチに座っているミネルヴァに話しかけるリーメイ。「お友達かなあ? まあ、そういうことでもいいわ。でも、階級は五十嵐千鶴大尉の方がずっとずっと上なの」
「え?チズさんって、そんなに偉かったの?すごく優しかったんですけど」
「偉くても優しい人はいるし、偉くなくても厳しい人はいるのよ」
「うん、知っている。さっき、偉くないけど厳しい人に乗せてもらった」とミーメイ。
「あれはあなたに厳しくしたんじゃないの、命令に厳しく従っただけなの、あたしだって、普段は優しいのよ」
「偉くて優しいチズねえちゃんも知っているから、両方知ってる」ミーメイは食い下がる。
「軍隊では偉くて厳しいお方なの。鬼教官とか、地獄大尉とか言われているの!」と、食い下がってくるミーメイに少し苛立って、ミネルヴァは声を大きくしてしまう。

「ほお、偉くて厳しい? それは嬉しい評価だね」と五十嵐が入り込んでくる。
「いえ、そんな!」とミネルヴァは立ち上がり、敬礼しようとするが、それを押しとどめてミネルヴァの横に座る五十嵐。「あのホバリング、どこであんな技をみつけた? 繊細な操作にしても、何かに張り付いた様な空中静止を維持するなんて」

「うん、すごかったよね。あんな固そうなロープをぶっちぎっちゃうなんて」
「あれがなかったら、わたしたちここに来ることは出来なかったものね」と双子。

「機体の揺れから傾く方向を読んで、その傾きが発動する前に逆に舵を切る、それを上下左右前後、立体的に読む技術。あれができたら、弾薬消費も減らせるし。あれをみんなに教えるのってできない?」と五十嵐が戦技として取り入れられないか、考える。
「たぶん、リーメイちゃんなら素質があるかも。あんな微細な加速変化を体感できるくらいですから、自分で操縦すれば傾く兆候を感じて操縦できるかもしれません。わたしは機体を貰ってから、機体の振動やエンジン音から、ヘリがどう挙動しようとするか? をずっと意識して感じ取って、やっと会得したの」
「機体を『貰った』? 交代勤務や整備もあるでしょ? 他の機体も使うことがあるんじゃない?」機体と操縦手は一対一ではなく、通常ローテーションを組んで同じ形式ではあるが別機体を操縦するのが一般的だ。
「整備の方に無理を言って、いつもあの機体なの。ごく稀に、他のもあるけど、ほぼあの機体だけなの。あと、あの機体を誰か別の操縦手が使ったり、他の整備士の方が整備したりしない様にもしてもらっているの。シートやレバーやトリガーのセッティングや反応圧を変えられてしまうと、戻すのが大変なの」
 つまり、特定専属の機体で学び、その癖を完全に読み切り、同じ整備士が維持するのか。パイロット専属機体の運用は普通出来ない…… ましてや、特注整備も含めるとなると…… 「無理」という二文字が五十嵐の頭に浮かぶ。

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「悔しいなあ」と、救命ボートを護衛艦に曳航しおわった壬剣が愚痴る。
「え? 今回は、多少の犠牲者は出ましたが、五十嵐大尉は奪還したし、ついでに華魅主席の父親も保護できましたのに」美坂はなんで壬剣が悔しがっているか、はかりかねた。
「五十嵐大尉を目の前でロストしたのは、わたしなんですよ ── 奪還する機会があるなら、是非、わたしがって、ずっと思っていました。でも、偵察ヘリ小隊に譲らなければいけないとは」
「あら、あなたは充分活躍したわ。敵艦橋を一発で粉砕し、海に落ちた難民や五十嵐大尉の盾になろうという提案。そして、的確な攻撃方向指示と精密な射撃で敵の反撃を完全に封じた。あなたのおかげよ、海上に落ちた方々をひとりも死なせなかったのは」と美坂がなぐさめる。

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「ほぼ半年ぶりかぁ、大尉に早く会いたいですぅ」と櫻が水嶋に、増速をおねだりする。
「隊列を乱すわけにもいかないの。それに速度をあげたら燃費が悪いのよ」
「ちぇ、けちんぼ」
「けちって…… わたしだって早く帰投したいのよ」

「…… ミネルヴァ …… ミネルヴァ・マライア・ストラビオーリ」水嶋がつぶやく。
「え? それ、どなたですの?」
「さっき、偵察ヘリで牽引ロープを射撃切断した操縦手よ。彼女、まだ生きていたんだ。あんなに向こう見ずな性格で、よく二階級特進しなかったものね。訓練、実戦を問わず無鉄砲をやっては始末書を毎日書かされていた子、危険を愛してやまない子よ」
「へえ、水嶋中尉とは、お知り合いなのですね。すごい射撃技術でしたし、それだけ自信を持っていらっしゃるんじゃないですか」
「自信? ああ、自信の塊みたいな子だ。なにしろ、ガバメトスの戦技大会で射撃部門と操縦部門で一位を同時獲得したくらいだからね。それも、任官一年目でね─── 。天性の勘というか、すぐに新しい技を身につけて、それを実戦で試していた。たとえ難度がどれだけ高くてもね。ヘリでの背面飛行すらこなした」
「ヘリで背面飛行?そんなことしたら、墜落しちゃうじゃないですか?」
「訓練とはいえ、あれを目の前で見せつけられた時、これは絶対に敵わないと思った。背面飛行以外はなんとか同じレベル、いや、そのちょっと下くらいまではいけるのだけど、追い越すのは、自分には無理じゃないかと……」
「そんなことないと思います。中尉ほど努力できる努力の天才はいないと思います」と櫻がなぐさめる。
「ありがとう。努力でどうにもならない天才ってものもあるかもしれないけど、わたしにはそれしかないからね」

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「五十嵐大尉、ヘリ小隊に戻っていらっしゃるでしょうか?」と高瀬が心配顔だ。
「本人の意向次第ね。もちろん、五十嵐さんからこの隊への復帰願いが出されたら、この小隊への復帰請願書を司令部に出すわよ。もし、万一、他の隊を希望されたとしても、喜んで推薦状のひとつやふたつ」と鈴原。
「そうですよね。でも、そうすると一人あまっちゃう」あらまあ、そんなことを心配していたの?と、鈴原はこころのうちに微苦笑する。
「なんなら機数を増やしてもいけるんじゃないかしら。現に、偵察ヘリ小隊は六機編成ですし、輸送ヘリ隊は作戦によって部隊編成機数が変わる。第一、攻撃ヘリというカテゴライズは出来て間もない── 最適な機数についてもまだ模索中なのよ」

── 増やすとしたら、あの子が欲しいわねえ、でも、レムセーさん譲ってくれるかしら。