サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第十三話:海戦


第十三話:海戦

「見えたの!」

 六機編成の先頭で突進しているミネルヴァの奇声があがる。そして、奇声に自分で気づいたのだろう、声を戻して「難民船を目視確認、十二時の方向、約三.五海里(ノーティカルマイル/一海里=一八五二メートル)。その後方約五ケーブル(十分の一海里)に敵艦船と思われる武装船も確認しました」と報告する。

「敵艦船との距離一.五海里にて散開、ミネルヴァ、ソフィア、玲子は敵左翼から、残りとわたしは右翼から敵砲撃の撹乱を行う」各機から了解の声が帰ってくる。砲撃の撹乱って…… つまりは難民船を拿捕や撃破する前にわたしたちを始末しないと無理だと教えて、敵の砲の前で踊れってことなのよねえ…… ミネルヴァの頭の中では(これはぜったい、偵察隊のお仕事じゃないわ)と愚痴ってはいるが、声にはしない。第一、命がけではあるけれど、意地悪はそんなに嫌いじゃないし。

 難民船からもレムセーたちからも、敵巡視艇の兵装が見えてくる。前部甲板に砲が一門、たぶん十七センチ級、左右に銃座と思われる突起が三つずつ。艦載機銃なら二十一ミリといったところだろう、レムセーは敵兵力を把握する。敵の目的が難民船撃滅であればすでに撃っているはずだが、発砲の跡が確認できない、きっと生け捕りを考えているのだろう、野蛮残虐で名にし負う彼らにしては珍しいことだ。

        *********

 門下生たちは各自武器を準備して、甲板やマストに展開している。武器といっても、棍棒や三節棍、刀剣類主体だ。五人ほどの屈強の門弟、リーやチェンなどは小銃も携えてはいるが、握っているのは長めの棍棒だ。甲板上に鉄の板をたてて防壁としているが、主砲をくらったら無意味だ。

「撃ってきませんね」五十嵐がマオに問いかける。「撃てない理由でもあるんじゃないかな? たとえば敵軍の大尉を生け捕りにしたいとか」とマオが微笑んでいる。(なんか知っているみたいね、でも、それを今知っても意味ないわね)とは思いつつ、「なんでしょうねえ、誰か要人か大事な宝物でも乗っているのかしら?」マオに微笑み返す。

 マストの上の見張り台から「前方からヘリ、いち、にい……六機がこちらに向かってきます」と操舵室に連絡が入る。船のレーダーは無線封鎖で使えないため、マスト上の見張り台が久しぶりに使われているわけだ。五十嵐が目をこらすと、小型ヘリが見える。「偵察高速ヘリね。戦闘になったら危険だわ」とレムセーたちの心配をしている。

 敵巡視艇が、難民船の前方に機銃を撃って行き先を牽制しながらぐんぐん近づいてくる。難民船の右側から追い越し、回り込もうとしている。その甲板の主砲前に、人の背丈ぐらいの銛打ち銃が据え付けられているのが見える。本来はクジラ漁のための道具だが、それを北夜の海賊が武器として転用したものだ。民間船等、装甲が薄い船の船体に銛を打ち込んで動きを止め、引き寄せるために使う。

 難民船からもライフルで応戦するが、当たったところで、せいぜい外装を剥いで見てくれをちょっと悪くする程度しかできない。巡視艇からの銃撃は甲板上で展開している寺の門下生にだけ向けられている。

「マオとイガラシの身柄を引き渡せ、そうすれば他は見逃してやる」という怒声が巡視艇から大音量で響いてくる。「わたしのことはわかる、敵国の士官ですもの。でも、マオさんをなぜ? それもマオさんがなぜ先に?」と、難民船の操舵室の上でライフルを構えながら五十嵐が訝る。「大資産の流出を畏れているのかしら? でも、それなら預金封鎖なり財産没収ができるじゃないのかしら? もしかしたら、龍精膏の秘密なのかな?」

 そんな疑問よりは、まずは敵から逃げることね…… 銛うち銃に取り付いてこちらに銛の先を向けようとする敵兵を狙う。揺れる船からでは、なかなか狙いが定まらない。最初の一発は銛うち銃の後ろにある主砲の外装に着弾。二発目を装填して再度、構える。銛うち銃の射手も狙われていることに気づいたのだろう、銛うち銃の背後に隠れて難民船を狙っている。

 狙いが定まらないが牽制のためにも…… 五十嵐が銛うち銃の射手に向けて撃つ。二発目、三発目、四発目。しかし、相手は怯むことなく、銛を放つ。

 グアッッシャーン

 難民船の舳先から五メートルほどのところを銛が打ち込まれる。難民船に食い込む衝撃で銛の先が開 き、抜けない様に固持され、ウインチが回される。じりじりと難民船は哨戒艇に引き寄せられていく。哨戒艇の甲板には、盾に隠れて兵士が集結しはじめている。乗り移ろうというのだろう、はしごを掲げている者もいる。難民船からの射撃は盾に弾かれて無効だ。「これは白兵戦になるな」とナサフ、ルミスダ、ラルヴァの三人も甲板に出る。ランファばあさんは、厚めの中華鍋を肩にかけて、臨戦態勢だ。

 銛に着けられたワイヤーが引き寄せられ、船の間が三メートル程度に迫った時、巡視艇から渡り板がわりのはしごが難民船に差し渡され、続いて武装兵が盾を前に突進してくる。最初の数名は門弟たちが薙ぎ払ったが、催涙弾と放水で撃退される。ライフルではあの盾を貫通できない。防弾服と盾で完全防御の敵兵がはしごを駆け渡ってくる。

        *********

  「はあい! おまたせなの!」

 ババババババというエンジン音を響かせて、ミネルヴァら三機のヘリが船の間を通過しながら敵兵数名を十二ミリ機銃でなぎ倒す。なぎ倒すどころではない、直撃を受けた兵士は手足を残して蒸発していた。敵は難民を殺さずに確保することを目的としているのだろう、巡視艇から難民船への機銃掃射は今のところ、ない。結果、難民船との間に入った三機に対して機銃掃射もできない様だ。

 巡視艇から打ち込まれた銛のワイヤーがさらに巻き込まれ、難民船が引き寄せられる。渡し板が不要な状況、つまりヘリが入れるギリギリの隙間しかない状況になっている。このままでは飛び移ってくるく敵兵は増えるばかりだ。さらに、ヘリの安定性の問題から長居もできない。ミネルヴァらはすぐに上昇しつつ旋回して、やや上空から前傾しながらの銃撃で敵兵の動きを牽制する。だが、牽制だけしかできない状況でもある。

 巡視艇の反対側から攻撃(意地悪)を開始した隊長のレムセーら三機は、ちょっと悲惨だった。難民船とは逆サイドなので、敵は機銃・主砲を使い放題だ。機銃掃射をかいくぐるのに必死で、敵にかすり傷すら負わせられない。さらに、巡視艇の主砲で一機が中破してしまった。武器系統沈黙、エンジン出力半減、つまり戦線に存在する意味を失った。レムセーは被弾した僚機に離脱・帰投を命じて、残った二機は上空へ離脱する。投下するタイプの武器を持ってないので、機銃で牽制する程度しか出来なくなった。

 ワイヤーが巻き取られ、巡視艇の艦首に密着させられてしまう難民船。此処を先途と北夜の兵が難民船に飛び移る。五十嵐らがその兵を狙撃するが、防弾服と盾に阻まれ、敵兵を排除できない。リーやチェンらが武闘派らしく肉弾戦で殴りあうことで、なんとか甲板上で持ちこたえている状況だが、明らかに押され気味だ。ランファの中華鍋が敵兵を昏倒させている。拳銃程度の弾をランファの中華鍋ははねかえす。分厚く重い中華鍋、敵兵すら料理していく。ルミスダ、ラルヴァも、味方が倒した敵兵を海に投げ込んでいる。

 五十嵐は船の天井上からの射撃を続ける。低い柵に囲まれてはいるが、揺れが激しく、敵味方が入り乱れ密集している状況では迂闊に撃てない。あらたに飛び乗ってこようとする敵兵が、五十嵐の主たる的だ。

「チズねえちゃん、弾の補給」と、リーメイが天井のハッチから出てくる。下からミーメイが持ち上げているのだろう、バケツリレーよろしく弾丸が補給されてくる。
「ここは危ないわ、船室に戻りなさい」
「うん、でも、ここ眺めがいいから好き」とリーメイはとりあわない。
「あ、あそこに兵隊さん」とリーメイが巡視艇のベランダ状に突き出た監視台を指さす。敵兵がライフルで五十嵐を狙撃しようとしている。五十嵐はすぐに身を伏せて、匍匐射撃の態勢に移し、反撃する。しかし、ドアの内側に姿を隠す敵兵。
「おねえちゃん、これもあるよ」と、ミーメイが手榴弾を差し出してくれる。敵兵がもぐりこんだ窓まで二十メートルもない。安全ピンを引き抜いて監視台の上に投げ込む。監視台のドアが轟音とともに吹き飛び、火だるまのライフル兵が海へ落ちていく。

「弾は充分あるわ。わたしは飛び移ろうとする連中を撃つ。あなたたちは、敵の動きを見て、教えてね。ここに出ちゃだめよ、そのハッチから頭だけだしてね」五十嵐の指示におとなしく従い、頭だけ出してハッチにもぐりこむ。大人用のしかないのか、明らかに大きすぎるヘルメットをかぶって頭だけだして、きょろきょろとあたりを見回している。

 難民船の甲板上での敵兵排除はそれなりの成果を、今のところはあげてはいる。だが、巡視艇の減速・逆回転に引き込まれて難民船の動きもとまり、難民船に飛び降りてくる敵兵が増えている。じょじょに増える敵兵。なんとか艦橋・操舵室への侵入は防いではいるが、さらに増員されたらそれも難しいだろう。公海上なら、連合軍の艦船の援護も期待できるが、北夜の制海圏ではそれも期待できない。

 難民船の甲板上での門弟が北夜兵と殴り合いことで、膠着状態を維持するのが精一杯だ。そこに攻撃ヘリ小隊の鈴原たちが到着する。「あら、やっと御出座しですわね」とレムセー。

 しかし、難民船と哨戒艇が密着している状況に「これでは撃てない」到着した鈴原が困惑する。巡視艇は、軍船だけあって、難民船よりはるかに堅固だ。その巡視艇を打破できるロケット弾を持ってきてはいる。しかし、その様な打撃を与えたりしたら、密着している難民船はあっという間に蒸発してしまう。

 難民船を哨戒艇から切り離せない以上、レムセー隊と同じ様に機関銃での攻撃── ミネルヴァ用語で意地悪── 実質的には牽制、しかできない鈴原小隊だ。わずかに口径が偵察ヘリのより大きい程度の機銃では、哨戒艇に有効な打撃を与えられない。

 甲板上の白兵戦でも、ヘリでの牽制でも、膠着状態だ。膠着状態の継続は、北夜の制海圏で、北夜の援軍を待つこと、充分な敵援軍の到着をただ待っている、ということを意味する。

「ワイヤーを切ればいいの!」
 ミネルヴァが哨戒艇と難民船の間に割り込もうと高度を下げていく。ローター半径が小さいといっても、余裕となる隙間はほとんどない。ちょっとした誤操作でも、艦船と接触したヘリのローターは消失する。
「無理です! おやめなさい!」レムセーの制止も聞かず、「空軍戦技大会操縦部門一位の名誉にかけて、そして、なによりも、ストラビオーリ家の名誉にかけて」と叫びながらミネルヴァは、高度を下げるのをやめない。

「しかたない、ソフィアさん、玲子さん、ミネルヴァの援護を」二機が敵巡視艇左舷に向かって降りていくことで了解を示す。鈴原小隊の三機も遠巻きにして、敵兵の動きを封じる。
 船の間に舞い降りて行くミネルヴァら三機を見やりながら、レムセーは思った。名誉をかけるなら、連合軍とかガバメトス空軍とか、せめて、レムセー小隊の名誉とか言ってほしいところですのに──。

 ミネルヴァは、巡視艇から難民船に飛び降りようとする敵兵を十二ミリ機銃の三点射で蒸発させながら、完全ホバリング状態に入り射撃位置を固定する。敵船と平行にホバリング状態になるということは、側面が無防備かつ対敵攻撃不能になることを意味する。それを補うため、ミネルヴァ機の前後に、敵船を前にしてソフィア機玲子機がミネルヴァ機よりやや上空に展開し、ホバリングする。ソフィア機玲子機が交互に、巡視艇甲板と銃座に向けて弾幕を張る。

「難民船、取舵一杯で全速推進をかけてください!」ミネルヴァが叫ぶ。
 目の前二〇メートル程度だが、的はわずか太さ三十ミリ程度のワイヤーだ。ミネルヴァは、普段は裸眼ノンファインダー射撃だが、久しぶりにファインダーを覗きターゲットを指向する。残弾数八百、連射すると三十秒足らず。

 難民船のエンジン排気がまっくろになり勢いを増す。反発しようとする力でワイヤーがピンと張る。それを合図に、ミネルヴァの射撃が始まる。直径三十ミリのワイヤーに真正面から十二ミリ弾丸が数発当たったところで切断は出来ない。だが、百発も当て続け、削っていけば切断できる…… はずだ。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 時折曳光弾を交えて、細いワイヤーのほぼ一箇所に向けての射撃がはじまる。機体に固定された機銃による射撃で細いワイヤーを削り切る。完全に安定静止したホバリングが必要だ。ミネルヴァは両足でペダルを、左手で操縦桿をミリ単位で操作し、ホバリングの精度を維持する。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 ミネルヴァが何をしようとしているか敵兵も気づいたのだろう、手持ちのライフルでミネルヴァ機を撃とうとする。即座にソフィア機玲子機の弾幕が敵の動きを封じる。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 普通なら、百発撃って一発でも当たれば褒められる。それをまるで接地しているかの安定をホバリングで作り、精密射撃で五発に一発、いや、それ以上の率で当てるミネルヴァ。見る間にワイヤーが、こそげささくれて、細くなっていく。「後、ちょっと」横目で見やるソフィア。ささくれて細くなって伸びきっていくワイヤー。細くなり、さらに当てにくくなるが、構わず銃撃を続けるミネルヴァ。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

「すごい命中精度、あんなに安定して空中で機体を釘付けしている様なホバリング、弾丸の倍程度の細い線に当てる精密射撃…… すごい部下をお持ちで」と鈴原が呆れながら、レムセーを羨む。

  ブッギュン

 鈍い断末魔とともに、ワイヤーが切断され、難民船を引きずり込むという機能を失った。その瞬間、自由を取り戻した難民船が全力で離脱していく。「さあ、攻撃ヘリのみなさん!」とミネルヴァは操縦桿を目一杯ひっぱり急速上昇し離脱する。ソフィア機玲子機もすぐあとに続く。

 ロープ切断で、飛び出す様に離れていく難民船。拿捕して逮捕すれば人質にできるという巡視艇の思惑が潰えた。その瞬間、巡視艇の目的は、拿捕から撃沈に切り替わる。これまで難民船とは反対側で「必死の意地悪」をしていたレムセーらに向けられた主砲が、ぐるりと回転し難民船を指向する。

「いきます!」水島と美坂がほぼ同時に突入をかける。「あんな大きい的、絶対にはずさない!」櫻と壬剣が敵正面から、高瀬が右舷から成形炸薬弾付き対地ミサイルを一気に叩き込む。

 敵艦の主砲に櫻の一撃が命中する。しかし、それと同時に巡視艇主砲が最期の叫び声をあげた。櫻の一撃で狙いをずらされた敵の砲弾だが、離脱をはじめたばかりの近距離にある難民船の後部に、やすやすと命中する。

  ドゥッグァンガー

 主砲の一撃、対弾防御など持っていない民間船の外壁は薄皮の様なものだ。外壁を突き破り、エンジンに激突して爆発を引き起こす。難民船のエンジンとプロペラシャフトが一瞬にして破壊される。その爆発の振動で、甲板にいたラオたちが海上に吹き飛ばされる。囲いもない操舵室の屋上にいた五十嵐と双子も、燃え盛る巡視艇側の海上に投げ出されてしまう。

 五十嵐は海中から頭を出して、難民船を見やる。エンジン室から火の手があがっている。そして、燃料に引火したのだろう、難民船後部から火柱があがる。消火を諦めた船長らが救命ボートを巡視艇の反対側に放つ。続いて、船員や艦内に残っていた門弟、師範代がぞくぞくと海中に飛び込み、三艘の救命ボートに乗ろうとしている。大きな中華鍋を背負って、救命ボートに乗り移る女性も見えた。ランファおばさんも無事の様だ。

 敵の巡視艇は、鈴原隊の総攻撃を受けている。主砲は櫻の一撃で沈黙、壬剣の一撃で艦橋も炎上をはじめている。そして、高瀬の成形炸薬たっぷりの対艦ロケット弾三発がすべて直撃し、左舷の銃座と後部エンジン部からも火があがっている。最新大型戦艦の多重強装甲でもない限り、外装を打ち破り、内部で大爆発を引き起こす。きっと、艦内は、外見より酷い状況になっているはずだ。だが、巡視艇からの脱出者はいない、それどころか、救命ボートのリリースさえ行う様子が、無い。船外からも見える爆発もはじまった。誰の目にも無駄だとわかる鎮火や、稼働可能から程遠い状況に陥っている武器での攻撃を命ぜられたのであろう。愚かな司令官の下には付きたくないものね…… 

 艦橋破壊に成功した攻撃ヘリ、美坂・キョウコ・マーカライトの操る機体がするすると水面近くまで降りてきて、敵巡視艇と五十嵐らの中間地点にホバリングする。そこから直径二十一ミリの鉛で健気な反抗を試みる敵兵をなぎ倒し、さらに残っているロケット弾を次々と巡視艇の銃座に叩き込んでいく。攻撃を主体に考えるなら、もっと高い位置で機動しながらの攻撃が効率的で安全だ。「盾になってくれているのね、ありがとう」五十嵐はこころの中で礼をいう。

「それにしても…… どっちの船も助からないわね」と海から頭を出して立泳ぎをしながら五十嵐は周囲の状況確認をする。リーメイがちょっと離れたところで泳いでいる。「リーメイ、無事だったのね、ミーメイは?」と、聞くと、リーメイがあたりを見回す。三十メートルほど離れた海上で、手をばたばたと暴れる様にもがいているミーメイをみつける。ヘリが発生する下方風に煽られて水面は荒れ模様だが、それにしても溺れるほどではなかろうに。

 水を飲んでしまったのだろう、苦しそうな顔をして手足をばたばたさせているミーメイ。佳麗な抜き手を切りリーメイは、ミーメイの方に向かう。海難救助のお手本の様に、ミーメイを背中から抱きかかえ、背面平泳ぎをはじめる。「え?ミーメイちゃん、泳げなかったの?」という五十嵐の驚き。
「だから、泳ぎも練習しなさいって。お風呂場でだって泳げたんだから」とでも、リーメイは諭しているのだろう。

 三艘の救命ボートに船長らが乗ると、鈴原隊の三機が曳航ロープを下ろし、ゆっくりとひきはじめる。五十嵐と双子ほか数名、難民船と巡視艇の間に落ちた者は、救命ボートに乗れずに海中に浮かんでいる。五十嵐らの救助は、偵察ヘリの分担なのだろう。五十嵐の上にはレムセー機が、双子の上にはミネルヴァ機がホバリングして、引き上げ用のロープはしごが降ろされる。一人乗りヘリだが、操縦席後部の隙間にひとりやふたりは入る。

「救助、ご苦労、心から感謝する」と、五十嵐は大尉として、レムセー中尉に礼を言う。
「これで鈴原少佐の暗い顔を見なくてすむと思えば── 鈴原さんだけではありませんわ、小隊の方々の心配事を減らせられたら、わたしたちが偵察中に何かあっても生存確率が増しますもの」
「わたしが原隊復帰できるかどうかはさておき、軍務復帰はするつもりだ。その時には、こちらこそよろしく。あと、あの見事なホバリング射撃を見せてくれた者にもよろしくと伝えておいてくれ。すばらしい技術と冷静な判断、そしてなにより何が必要かを見抜く目、どれをとっても素晴らしい」
「はい、あの子はミネルヴァといいますが、本人に伝えておきます」そのまま伝えたら有頂天になってますます手がつけられなくなる、どうしたものか?とレムセーは少し悩む。

「さっさとはしごを登りなさい、ミーメイ」とリーメイがせかす。「ケホンケホン…… まだ、水が入っていて」と無様におぼれかけた弁解をするミーメイ。リーメイは、肩車をする様にして、ミーメイを押し上げる。よたよたと登ってくるふたりを見守りながらミネルヴァがぼやく。「艦艇相手のドンパチ、ロープ切断工事、海難救助、おまけに子どものお守り…… どれひとつをとっても、偵察ヘリのお仕事じゃないわ」