サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第十二話:脱出


第十二話:脱出

 沖合五百メートル程の洋上に停泊している一隻目。デッキが二階建ての中型船の客船だ。普段は紅湾とエルドナの定期客船として就航しているので、それなりに乗り心地は良さそうだ。その船に、漁村総出で小舟を使っての乗船が粛々と行われている。六十名ほどの農民と、十名の護衛役の門弟、総勢七十名、倉庫に余裕があるので山寺の文化財なども乗せる。乗船が終わる頃、二隻目の汽笛が聞こえてくる。

 空が白み始めた空の下、洋上二キロ程に一隻目に比べてやや小型のエルドナ船籍の貨物船がみえる。貨物船の倉庫部分にベッド等を押し込んで、宿泊できる様にしてはいるが、乗り心地ははるかに悪そうだ。二泊三日の旅程、それも緊急の亡命だから贅沢も言えない。

 農民たちを乗せた船が出発するのと入れ違いに漁港から三百メートル程の沖合にて停泊する二隻目にマオたちが乗船を開始する。五十嵐や双子も門弟なのでこの船に乗り合わせる。リーメイは海原を見て嬉しそうにしているが、ミーメイはちょっとつまらなそうだ。リー・チェン・ポーの三人組、ナサフ・ルミスダ・ラルヴァの長老格連中もこの船だ。

「やれやれ、この年で貨物船の倉庫で船旅とは、長生きはするものじゃ」とラルヴァが皮肉まじりに愚痴る。「そんなに寝心地は悪くなさそうだぞ」とルミスダ。「なんにせよ、船だ、揺れるからな」とラオ。ナサフは船長と航路などを確認している。

 三十名程度なので、そんなに時間もかからずに乗船が完了、レンファばあさんと、ばあさんの調理器具を担いで乗船した門弟二人が乗り込んで全員が揃った。早速、出発しようとすると、マオたちの元に船長とナサフが駆け寄ってくる。

「北夜の軍船がこちらを指向している模様です」
「一隻目の方には?あちらは大きいが、一般客船だ、拿捕されやすいぞ」とルミスダ。
「先行している船にも他の追撃が出ている模様ですが、接触までに公海に逃げられる模様です」
「公海上なら合衆国やファメールの戦艦に守られるから、問題はないでしょう。とすると、問題はわたしたちですな」とラルヴァ。
「まずは、逃げましょう。公海に出る前に接触されるとまずい」ルミスダが提案する。
「それしか、あるまい。で、船長、相手の艦はどういう艦だ?」
「型式は不明です。レーダーに映った範囲からの推測になりますが、サイズとしては、この船の倍程度と思われます。現在の速度は二十五ノットを維持しています」
「では、速やかに出航してください。巡視艇から遠ざけつつ」とマオ。
「努力はしますが、高速艇だと、一時間程度で接触を受けるでしょう」とルミスダが不安を示す。

 エンジン音が高まり、短めの汽笛を二回ならし、貨物船が動き始める。門弟たちを集めて、マオが指示をだす。「敵に追われている、逃げてはいるが、追いつかれ、戦闘になることもありえる。こちらは武器も少ないが、戦闘を回避しつつ公海に出ようと思う。各自、白兵戦の用意をしておいてもらいたい」

「あと、そうだのう、無線は使えるのか?」と船長に訊くマオ。「はい、一応、現在は無線封鎖していませんので、いつでも発信できます」
「では、五十嵐くん、いっしょに無線室まで来て貰えるかな?」と五十嵐を指名するマオ。
「わたしが、ですか?」
「ああ、君のいた軍隊に助けを求めるわけだからね」とマオが微笑む。

 操舵室では無線担当の船員が無線機を操作しながら「最大出力で発信します、たぶん、最低でも半径二百キロは届くはずです。空気が良ければ五百キロは届くはずです」とマイクを差し出す。
「現在位置は、北緯三九度三十分五秒, 東経一二四度五三分三十秒になります。目的地はご存じの様に紅湾になります。針路はほぼ南下方向です」と操舵担当者が海図を指差しながら五十嵐に伝える。

「まずは、救難信号を発信します。その後、救援依頼放送をお願いいたします」と船長がスイッチを押すと、キュインキュインと言う音があがる。救難信号なのだろう。五十嵐はマイクを受け取り、救難信号が終わるのを待つ。

「こちら、元連邦皇国空軍第二三戦闘ヘリ小隊副長、大尉の五十嵐千鶴。現在、民間の亡命集団とともに、北夜からの海路上にあるが、敵艦船の追撃を受けている。一時間以内の救援を乞う。現在位置北緯三九度三十分五秒, 東経一二四度五三分三十秒、現地点から南下中。近隣展開中の連合軍艦船に救援を乞う」

 五十嵐の通信の後、再度、救難信号が発せられる。それが終わると、「繰り返す。こちら、元連邦皇国空軍第二三戦闘ヘリ小隊副長……」

 通信と救難信号を繰り返しては、応答がくるのを通信担当船員がインカムに耳をあてて待っている。「受信した。本部に連絡した。現在、本部にて対策立案中」操舵室のスピーカから、連邦皇国なまりの英語が聞こえる。「繰り返す、受信した。五十嵐千鶴大尉、以下、貴船の無線封鎖に務められよ」再度の受信の後、通信が途絶える。

 北夜のお膝元、しかも華魅と隣接している海域だから、連合軍といえども空母などの展開は手薄だ。大型艦船、巡洋艦などの救援は期待できなさそうだが、高速軍用艦か海兵隊の揚陸艦、あるいは輸送ヘリなどによる救援になるだろう…… 間に合うかな?と五十嵐は海図を眺めながら頭で計算して、不安になる。

「さいわい、追ってくる敵のうち、本船が公海上に出るまでに接触しそうなのは一隻のみ。我々が逃げる方向は北夜の戦艦の逆方向、こちらが全力で逃げて、相手が増速して三十ノット程度で追ってきても、ギリギリですが、公海に出られます」船長が報告する。

 先行している七十人を乗せた船は五十嵐らの乗る船より速度的に優っている。五十嵐らの乗る船との距離が離れていく。「農民たちは無傷で切り抜けられそうだな」マオが、少し安心した様に言う。「こちらの心配もしていただけませんか? 船は沈んでも、マオ様の資産なら簡単に作り直せるでしょうが」と船長が愚痴る。

 船長にとっては、この脱出行に成功したら引退して悠々自適な人生を描ける破格な条件だった。夢見ていた故郷の山でゆったりとした長い引退生活という人生設計。それが、船ごと拿捕され、北夜で矯正施設と呼ばれている収容所で余生を送る生活に書き換えられてしまう。不安をかき消そうとするかの様に、「機関全力、燃費を考えるな」と伝声管に怒鳴る船長。

「敵艦船、速度をあげて本船を追尾しています」
「われらの出発を感知して増速したのだろうな。で、速度は?」
「三十ノット………三十五…… え?……四十……ああ!…‥四十五ノット…‥」操舵室に不穏な情報が示される。「四十五?高速哨戒艇か?」マオが聞き直す。「四十五ノット、最大速度に達しているかわかりませんが、今のところ四十五ノットを維持して本船を指向しています」

「うわぁああ、追いつかれるぅ、どうしてくれるんだぁああ」船長が慌て出すのを横目に「ナサフ、ルミスダ、ラルヴァ…それにチズさん、白兵戦の準備を」マオが言う。「砲撃で沈められてしまったら白兵戦はないのでは?」ルミスダが問う。
「四十五を出せるとしたら、軽量化のため、武装もたいしたことはない。少なくとも本格的な巡洋艦や戦艦ではない。砲があったとしても小型船舶レベル相手がせいぜいのはずだ」とマオが断定する。この船も小型船舶なのだが、致命的な打撃は無理…‥という希望的観測ではある。

        *********

「いがらしちづる?聞き覚えがあるわね」救難信号に続いた放送を傍受したレムセーは、記憶を辿った。「あ、鈴原さんのところのあのカリフラワーさんね」放送を本部に転送しつつ、念の為、救難要請の発信地に舵を取りながら部下に招集をかける。

 本部からの指令がすぐにはいった。近隣海域に展開している部隊は救助に向かえという指示だ。それを聞いてミネルヴァの声があがる「ええええ? 哨戒艇の相手するのですかぁ?」

 本部からの指示の通り、逃亡している難民船に向けて進めてはいるが、高速性と機動性だけが取り柄で打撃力・防御力がほとんどない偵察用ヘリだ。艦艇同士での殴り前提の防備・火力を備える哨戒艇に立ち向かう意味が、ミネルヴァにはまったく判らない。

「そうね、殴りあって沈めようとか、相手にするわけじゃないわ。難民船が逃げる手助けをするだけ。偵察ヘリでまともに艦艇を相手できるわけがないわ」レムセーが部隊集合を確認しながら説明する。

「難民船の手助けって、具体的には?」ミネルヴァが機体を前傾させながら意地悪な質問をする。「そうね、難民船拿捕の邪魔をするってことね」

「意地悪しろ、ってことですね」とミネルヴァが確認する。
「縮めるとそうなるわね── 命がけの意地悪ね」

        *********

「敵艦艇の型式(かたしき)は?」「速力や形状から、夜北、というか、華魅払い下げの海緑型と思われます。十七センチ砲一門に六門の二十一ミリ機銃が主兵装です」攻撃ヘリ部隊三機の離陸状況を確認しながら鈴原が本部からの情報を確認する。
「千鶴さん、よりによってそんなところから」と思いながら、対艦兵装を積んでヘリ空母から緊急発進した僚機に目的地を指示する。位置と速度から、レムセーの部隊が鈴原隊より先着する。レムセー隊と難民船の接触想定時刻と、敵巡視艇と難民船のそれは、ほとんど同じだ。
 どこまで相手を妨害してくれるか、五十嵐らが拿捕され人質にされてしまったら手も足もでない。なにしろ場所は敵の海域であり、制海権も制空権も敵が持っている。どれだけ遅らせてくれるか、考えられる状況に応じた作戦をめまぐるしく考えながら舵をとる。

「五十嵐さん、お久しぶり、楽しみですね」櫻の場違いな声に、どう応えてよいものか水嶋は少し考えて、何も言わずにおくべきだと判断するのに数秒。機体の前傾を増して高加速に入る。鈴原機、美坂機も加速を増し、戦闘速度で急行する。