サイドストーリー「充実した空白 〜烈女の長期休暇〜」

架空戦記
同人誌のキャラクター「五十嵐千鶴」を主役にしたサイドストーリー「充実した空白」です。

第十話:撤収の時期



第十話:撤収の時期

 比較的静穏だった半島根本の海岸線での戦闘は、北夜軍にとっては背中を突かれたに等しい。偵察隊との小戦闘ではあるにしても、膠着状態の前線部隊の増兵よりも、海岸線保持・制海権増強が急務として捉えられた。

 漁村近辺での小競り合いから一ヶ月、マオの山寺を迂回する様に、陸兵たちが海辺の漁村方面に展開しはじめていることは、マオたちにもわかった。北夜と華魅の間の微妙なバランスで独立を維持してきた山寺ではあるが、早晩、ここを立ち退く必要がありそうだ。第一、漁村近辺で本格的な戦闘があれば、この山寺にも戦火は届く。さらに、漁村に兵を増強されるのは、海路以外の退路がないマオたちにとっては逃げ場を失うこと
を意味していた。

 他の長老格ナサフ、ルミスダ、ラルヴァを前に「そろそろ、ここは危なそうだのぉ。撤収の頃合いではないか?」マオが相談する。「脱出するなら、紅湾ですな。紅湾政府とは話を通してありますが、この人数で脱出するとなると、骨が折れる」とナサフ。

 紅湾── 華魅の南方の洋上にある、やや大きめな丸型の島国家。大戦のどさくさの中、現在の華魅政府との権力闘争に敗れ、大陸から島に流れた一派が建国した地域。つまりは、華魅とあまり仲が良くない。「船は紅湾の商船会社にでも頼むかな?」「金次第でしょう。金なら充分ありますので、心配ないでしょう。後は日程を決めましょう」とルミスダ。

「農民を含めて、百人程度ですね。全員が乗れる船は、まず入手できないでしょう。分散してなんとか」ナサフが苦しげに言う。「船を二隻として、ひとつは農民専用にしましょう。六十数名程度ですから、なんとかなるでしょう。問題は、わたしらだな。協定地域外に出るには許可がいるし、こんな状況で許可が降りるとは思えんな」と、ラルヴァ。「しかたあるまい、多少手荒なこともする必要がありそうだな。あと、門弟のうち五名程度を第一陣に入れることはできないか? 用心棒がわり、護衛として」とマオが溜息まじりに言う。

「七十人乗れる船、結構、大きいですね。紅湾でも数はそうないですが、ないわけじゃない。なんとか手配してみます」とナサフ。「うむ、頼んだ。わしらの船は三十人程度が乗れるものでよいだろう」と壁に貼ってある地図を眺めながら答えるマオ。「では、今夜からでも、漁村に分散して向かわせましょう。わたしは一足先に、バイクで船の手配をしにいきます」ナサフの言葉を合図に、長老がそれぞれの仕事をはじめる。

        *********

「山寺を引き払う!? どこに行くのですか?」マオに説明されて、五十嵐が驚きの声をあげる。「せっかく、寺の生活に慣れてきたっていうのに」── ミーメイとリーメイも驚いた表情をしている。「ところで、ミーメイ・リーメイを連れて、農民船で先に出発してもらえないか?」マオの意外な言葉に慌てる五十嵐。

「え?わたしもこの寺の門徒です、ぜひ、皆さんと一緒に」
「ふむ、ミーメイ・リーメイはどうだ? 第一陣でよいか?」
「わたしたちも門弟だと思っています。それに、チズねえさまと一緒がいいです。武芸でもお役にたてると思います」双子の意見も同様だ。

「それに、指名手配がかかっているわたしが同行するのは、村の方々も危険になります。わたしは、第二陣で──。他にも指名手配されている方達といっしょに。賞金額だけでも船がチャーターできそうですし」五十嵐が意見を重ねる。

 第一陣は不意を突く形になれば成功率は高い。だが、第二陣については敵もそれなりに備えてくるであろうことが予測される。できれば無傷の第一陣を見送った後、速やかに第二陣も出発させたいところだ。

 山寺から海岸までは、六十キロほどあり、さらに漁村は二十キロほど先にある。つまり八十キロほどの行程だ。老人も多いので、徒歩で行くのは無理がある。夜影に紛れての移動でもあるため、鹵獲したジープをトラックに改造して座席を設える。二十人ほどが乗れる小さめのトラックに改造された三台の元ジープが夕方には用意された。

 残っている二台のバイクが先導役として付き添う。途中で襲われることも想定して、ライフルなどの配備も終わり、最初のグループ五十人と用心棒がわりの門弟や運転手も準備が整った様だ。トラックの燃料が少しこころもとないが、漁村で調達できる。むしろ、第一便は漁村で燃料を買い付けることも大きな使命だ。

 深夜、トラックを見送るのと行き違いに朝ナサフを漁村までバイクで送ったチェンが戻ってきた。偵察がてらに漁村周辺をチェックしてきたらしく、漁村には兵が展開されておらず、海岸線の、漁村からかなり離れた場所に仮設宿舎を立てて、そこに中隊レベルの人数が集まっているとのこと。中隊レベル、百名から百五十名の兵士が展開している…… ということは、迂闊に戦端を開くわけにはいかない。悪い報せだけではない、ナサフはすぐに船の手配をして、七十人が乗れる一隻を確保したという嬉しい報せもチェンはもたらした。

 農民輸送用の船は運行状況から、二日後に漁村近くに寄ることになったそうだ。漁村の船着場は小さい上に底が浅いためある程度の規模以上の船は接岸できない。小舟で乗り移ることになるだろう。もう一隻についても、トラック第一便が戻ってくるころには判明する。明日には空のトラックが戻ってきて、すぐに第二便として出発する予定だ。

 身の回りの整理をはじめる五十嵐。といっても軍服以外にはほとんど何もない。軍服に着替えるべきか、少し悩んだが、拳法道場の道着を着る。軍服もカバンの底にしまう。空のホルスターが目にとまる。ライフルはおろか、拳銃もここに来てから一回も使ってないわね、時間があったら預けている愛用の銃、返してもらおうかな?

 そんな大忙しの皆の中、レンファおばさんはマイペースだ。急な山寺撤退のためか、残っている食材をふんだんに使った料理が出てくる。お祝い用の砂糖などもたっぷりのデザートまで付いてくる。華魅の豊富な料理法を存分に使っての手の込んだ料理、食材の旨味を引き出す手際よい調理。門弟を五人ほどコキ使って作り出される料理は、撤退の力仕事を下支えしてくれている。

 演武場等の装飾品の取り外しも行われている。いくつかは華魅の国宝級の品々であるが、華魅の体制が大きく変わったため、残しておくと破壊の憂き目にあう。大きいモノは残すしかないが、荷物に分けて持ち出せるモノは運びだす手はずだ。

        *********

 そうだ、最後にお風呂でも…と、五十嵐が岩風呂のところへ来てみると、入り口の戸板も剥がされて、中が丸見えになってしまっている。「これは、ちょっと無理ね」と中を覗きこむと、マオたち長老格が集まっている。別に昼間から入浴しているわけではなく、岩風呂の奥にある洞穴に入ろうとしている。風が沸いてくる不思議な穴で、リーメイからは「入っちゃダメ」と言われていた洞穴だ。

「おお、ちょうど良い処に。ちょっと手伝ってくれないか?」五十嵐に気づいたマオが手招きする。「はい、何をすれば?」と気軽に答えると、足元の穴を指さして、「ここに入って、中に置いてある箱を持ってきてくれないか?」とのこと。細い穴がだんだん細くなっていくが、あるところで急に広くなり、ストンと落ちてしまう五十嵐。「ほれ、ロープと灯籠じゃ」と灯籠を吊るしたロープが降りてくる。

 あたりがうっすらと明るくなり、洞穴の奥に金属製の箱が五つ積み上げられている。「この箱でよいのですか?」と重い箱を引きずってロープに結びつけると、老人たちがひっぱりあげているのだろう、ゆっくりと登っていく。

 五つの箱を全部片付けて戻ろうとすると「こっちの方が大事なことだが── 。箱があった台座の下、凹みがあるじゃろ?それを押し込むと、反対側に引き出しがでる。その引き出しの中の箱も持ってきてくだされ」と、マオの声。
 見てみると、台座の右側だけわずかに凹んでいる。そこを両手で押しこむと、ズルリと入っていく。さらに力を加えて押し込んでいく。反対側を見ると、隠されていた引き出しが開き、三十センチ四方、厚さ十センチほどの桐の箱が出てくる。

 桐箱を持って五十嵐が自力で洞穴を登ってみると、長老たちがはじめに引き上げた箱の蓋をあけて、中を確認している。「まあ、わしらの財産の、ほんの一部じゃ」と自慢気にルミスダが黄色と銀色の塊を見せる。「これで船を借りるのじゃ、豪華な船を買えるぐらいはあるのだが、まあ今は金より時間じゃ」と金塊・プラチナ塊を広場中央に運びだしている。

「この箱は?」と五十嵐が桐箱を差し出しながら訊くと、「こっちはあのプラチナよりずっと価値があるものじゃよ。ほら、君の右足の傷を治したクスリ、あれの原料じゃ」と、蓋を開けて中を見せてくれる。タールの塊を磨いた様に黒光りしている物体が、びっしりと桐箱に収まっている。

「たしかに凄い効き目でしたが、これは?」
「万能薬とまでは言わないが、大概の傷や怪我を完治させるのじゃ。ここで湧いてくる温泉水を大量に貯めて揺れない様にして二十年ほどすると、わずかに泥の様なものが沈殿する。それを集めて天日で乾かしたものだ」ルミスダが説明する。
「温泉のエキスですね、なんか色々と混じっていそう。でも、あの温泉、浸かっていると、体の内側からホコホコしてきますね」
「この山には昔、龍が住んでいたという伝説があるのじゃ。その龍の肝臓のエキスだとか言われて、龍精膏と呼ばれておる。まあ、伝説だがな。このひと箱で、さきほど引き上げた金塊の十倍くらいの値がつく」と自慢げにマオが言う。
── わたしに使ったのだけでも、結構なお値段になるのだろうなあ。

        *********

 寺院を飾っていた貴重品の解体梱包も終わったが、どう考えてもトラック一台分はある。どうするのか?と見ていると、若い門弟二十名程に背負わせている。一人あたり二十キロは軽く越える背負子の荷物だ。八十キロの行程、しかも下り主体とはいえ山道をいくことになる。

「大丈夫なのですか?あんな重い物を」と五十嵐が心配そうにマオに訊く。
「なに、この山をまる一日かけて一周する修行を毎年二回ぐらいやっておるからな。当然、石を二十キロ程もたせた上で、距離にすると百キロはある」と事も無げに言う。
 確かに、彼らのスタミナは驚くべきものがある。技の切れが悪いなど技量の面は育っている途中だとしても、バイクを二人がかりで持ち上げて坂道を登る程度のことはサラっとこなす体力面は侮れない。

「ということで、彼ら背負子組はそろそろ出発じゃ。わしらもトラックが戻ってきたら出発になる。ちゃんと武器も準備しておかなくては」と武器庫になっている蔵に向かうマオら長老。「あ、わたしの拳銃もよろしいですか?」「おう、そうだったな、ちゃんと取り置いてあるよ」

 愛用の銃と久しぶりの対面、そして、山寺で摂る最後の食事を楽しむ。